魔道具を広めた俺が、世界をリセットするしかなかった理由

暁ノ鳥

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第5章:高まる戦雲、鳴り響く警鐘(1)

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 夜明け前、城の尖塔が夜空のグラデーションに浮かび上がるころ、グリフィス領はまだ静寂に包まれていた。
 しかし、その静けさは長く続かない。

「おはようございます、ソウヤさん」

 いつもより早い時間に、少年兵ファルクがソウヤの寝室をノックする。
 すでに外は白み始めていたが、まだ眠気を感じる時刻だ。
 ソウヤは軽くあくびをしながら扉を開けると、ファルクが落ち着かない表情で言葉を継ぐ。

「レオン様がお呼びですよ……どうやら『兵器強化の話』が本格的に動き出すみたいで、ダリウスさんや研究所の人たちも集められているみたいです」
「兵器強化、か……。早朝からこんな騒ぎになるって、相当急だな」

 ファルクはこくりと頷く。
 すでに騎士見習いの鎧を身につけ、身支度を整えている。

「連合評議会の使者が戻ったあと、昨日の夜にレオン様が側近たちと話し込んでいたみたいです。詳しいことは分かりませんけど……どうやら『他領地で兵器の実戦テストが始まった』って情報が入ったらしく、それに合わせて急ぎ兵器研究を加速させたいとか」

 ソウヤは心が重くなる。
 このまま軍拡競争が加速すれば、街や泉への負担がさらに増し、無理な実験が行われる可能性が高い。

「分かった。すぐ支度する。ファルクはもう行くの?」
「ええ、僕は警備隊のほうに配置されてますんで……ソウヤさんは執務室に入る前に、一度研究所をのぞいてみてください。ライラさんが待ってるかも」

 こうして慌ただしい朝が始まる。
 ソウヤは手早く身支度を済ませ、城の廊下へ走り出した。


 執務室の前へ来ると、すでに重苦しい雰囲気が漂っている。
 騎士団の数名が厳めしい顔で警備しており、出入りを制限している様子だ。
 ソウヤが「研究所のソウヤです」と告げると、騎士団員の一人が無言でうなずき、扉を開けてくれた。

 中ではレオンが大きなテーブルを前に腕を組み、政治顧問や古参の騎士団長、そしてダリウスが顔を揃えていた。
 壁際にはライラも控えており、ソウヤを見つけるなり安堵の表情を浮かべる。

「来たか、ソウヤ」

 レオンが厳しい口調で呼びかける。
 青い瞳には焦りの色がにじみ出ている。

「レオン様、急な召集とお聞きしましたが……」
「昨日、他領地からの情報が入り、あの『シグ』が新型兵器の実戦テストを行い、近隣の要塞を一撃で陥落させたという報が届いた。連合内で彼の名声は高まり、我が領にも圧力が来るだろう」

 会議に並ぶ面々が息をのみ、ダリウスは頬を引きつらせる。

「一撃で要塞を……それ、どこまでが本当です? もし本当にそんな破壊力なら相当危険ですよ」

 レオンは机を軽く拳で叩く。

「詳しい規模はまだ把握できないが、我々としては対抗できる兵器や防衛策を強化する必要がある。もはや悠長な手段は取れん」

 政治顧問の一人が書類を掲げる。

「レオン様、バルト商会から『軍備強化に必要な素材の大量供給』の提案が来ています。費用はかさみますが、これを受ければ短期間で新兵器を仕上げられます。評議会の展示会までに間に合うやもしれません」

「ふん……金はかかるだろうが、仕方あるまい。ダリウスよ、どうだ? お前の研究で『対シグ』を想定した兵器を一気に仕上げることは可能か?」

 レオンがダリウスに問うと、ダリウスは苦い顔で頷く。

「素材さえ豊富にあれば、ゴーレムの強化型や魔道砲の高出力版が作れなくもない……ただ、安全面や調整が追いつかない可能性があるがね」
「危険は承知だ。われらが後れを取れば、いつか領土を奪われるかもしれん。連合の評価を得られず、軍事力の低い都市など誰も相手にしなくなるぞ」

 レオンの口調は苛立ちに満ち、周囲の空気が一層張り詰める。
 ソウヤはたまらず声を上げる。

「レオン様、兵器開発を急ぐことは理解しますが、研究所で進めている安全策や制御装置も、同時に強化していただけないでしょうか。リスクを抑えずに兵器を量産すれば、街に甚大な被害が及ぶ可能性が……」

 レオンは目を細め、ソウヤを睨む。

「もちろん、事故を出す気はない。だが時間をかける余裕もない。そなたの提案する『安全管理』がどれほど役に立つか、証明するには相応の成果を早期に示してもらわねばならんぞ」

 彼の言葉に、政治顧問らが小声でヒソヒソと意見を交わす。
 「安全装置の開発は進んでいるのか」「軍備に支障がなければよいが……」などといった声が漏れる。
 ダリウスも「理論的には改良できる」と語りつつ、「急ぎすぎれば暴走が増えるリスクが高い」と警鐘を鳴らす。

「そうは言っても、シグが要塞を陥落させたとなれば、こちらも急がねばならん。レオン様、このままでは士気が落ちるとの意見もあるようです」

 騎士団長の一人がそう申し立てると、レオンは机上の地図を睨んで頭を振った。

「よし。ではこうする。兵器の大幅強化をダリウスとソウヤら研究所で進める。そのうえで、ソウヤのいう『安全装置』も同時に構築し、完成度を高められるか試してみろ。そのうえで途中経過を報告してもらう。そこで成果が出なければ、安全策は棚上げし、軍備一本に集中するしかあるまい」

 ソウヤの胸には重圧が圧し掛かる。

「分かりました。やれるだけのことはやります……」

 ソウヤがそう言うと、レオンは「期待しているぞ」と短く返し、会議はひとまず区切りとなった。


 会議を終え、ソウヤとダリウス、ライラは急いで研究所の三階へ戻る。
 大きな実験室に通じる廊下では、研究員や助手が慌ただしく書類を抱えて走り回っていた。
 助手の一人に聞くと、レオンの命令で「兵器強化の計画案」を早急にまとめるよう指示が飛んだらしい。

「まったく……軍備強化か。レオン様も焦りすぎだよ」

 ダリウスが眉をひそめる。
 ライラは大きなノートを抱え、「私たちも整理しないと」と慌てて言う。
 ソウヤは部屋の中央に腰を下ろし、深呼吸するように目を閉じる。

「ダリウスさん、レオン様は兵器をどれぐらいの規模で強化するつもりなんでしょう?」
「ゴーレム部隊の大幅増強と、魔道砲の拡張を求められてる。要するに『防衛用』を建前にして、実際には隣接領地への威圧力を高めたいわけだろう。泉の魔力をさらに吸い上げれば、確かに強力な兵器が作れなくはない」

 しかし、そのぶん魔力負荷が急上昇するのは明白だ。
 フレイヤが危惧していたように、泉が限界を迎えれば自然崩壊を起こすかもしれない。
 ライラが地図を広げ、「すでに領内の数か所で魔道具の暴走トラブルが発生しています。これ以上大規模に負荷をかけたら……」と声を震わせる。

「だからこそ『安全装置』を急げってわけだ。まあ理屈は分かる……ただ、魔道砲を高出力化するには魔力回路の増強が必要だし、ゴーレムを大量生産すれば制御ネットワークが込み入って、暴走リスクが一気に高まる」

 ダリウスは頭を抱えるように言う。

「むしろ、我々は今こそ『汎用的な制御システム』をしっかり整備すべきなんだが、はっきり言って提示された期間では無理だよ」

 ソウヤはペンを握り締め、メモ用紙に走り書きを始める。

「無理かもしれないけど、やるしかない。これまでやってきた緊急停止と負荷制御の試作品をさらに改良して、ゴーレムや魔道砲に適用するしかない。並行して、街での修理・整備体制も進めたい……けど、そっちは後回しにするしかないか」

 ライラは苦しそうに顔を歪める。

「職人さんたちや市民が困ってるのに、後回しなんて……でも、優先度を決めないと何も完成しなくなりますね」

 (くそ……本当は街の整備も同時に進めたいけど、軍事強化の期限が厳しすぎる)とソウヤは唇をかむ。
 フレイヤの声が頭をよぎるが、今は兵器の安全策が最優先だ。

 ダリウスが「仕方ない。じゃあ、分担しよう。僕が『兵器本体の性能向上』を担当する。ライラとソウヤは『安全制御の適用』を一気に進めてくれ。互いに相談はし合うけど、作業を効率化しないと間に合わん」と提案する。

「わかりました。じゃあ、ゴーレムや魔道砲の基本設計をダリウスさんがまとめたら、それに沿って安全策を組み込む、と……」
「そうだ。細かいところはノリと勢いで……と言いたいところだが、君のチェックリスト方式が多少役立つかもしれないな」

 ふう、と三人は深いため息をつく。
 一触即発の軍事競争の中、二週間という短期決戦の始まりである。


 その日の昼過ぎ、研究所の中庭側では早速ゴーレムの試作機がずらりと並び始めた。
 兵士たちと研究員が協力し、保管庫からゴーレムの素材や新型の魔力結晶を運び込んでいる。

 ダリウスは図面を手に、「頭部の回路はこっちで統合しよう」とか「下半身は防御シールドを付けたい」とか、忙しなく指示を飛ばしている。
 ソウヤとライラは安全制御の実装案をまとめながら、「ゴーレムに緊急停止用の回路を設けるにはどうするか?」と頭をひねる。
 すると、そんな騒がしい雰囲気のなか、巫女フレイヤが一人、研究所の外に立っていた。

「フレイヤさん!」

 ライラが気づき、ソウヤも横目で見てドキリとする。
 フレイヤの表情は悲痛とも哀しみとも言えない複雑な色を帯びていた。

「大がかりな兵器に使うため、また泉から魔力を大量に汲み上げようとしていますね」

 その言葉は静かだが、研究所のけんそうをかき消すような重みを持っている。
 ライラが申し訳なさそうに頭を下げる。

「すみません、私たちも止められなくて……。レオン様の命令が下ってしまったんです。連合世界での競争が激化してるらしくて」
 
 フレイヤはそっとまぶたを伏せ、「分かっています。私ももう何度も抗議はしました。でも、レオン様の耳には届かない……」とつぶやく。

 ソウヤはノートを抱え、「僕らは安全装置を可能な限り高めて、泉への負担を抑えようとしてる。それでも、魔力消費は大幅に増えるかもしれない」と苦い表情で言う。

「フレイヤさん、本当にごめん……いつか街を救うためにも、今の段階で兵器開発を完全に止めるのは難しいんだ。俺自身もやりたくてやってるわけじゃない」

 フレイヤはじっとソウヤの目を見つめる。
 そこには責めるような色はないが、深い哀しみがにじんでいる。

「分かっています。あなたが軍事力を求めているわけではないことも……。でも、あまりに急ぎすぎる。このまま魔力を乱用し、泉が限界を超えれば、巫女術では支えきれない事態になるかもしれません」

 その言葉に、周囲の研究員や兵士が耳を傾けているのを感じる。
 少し困惑したり、苛立ちを見せたりする者もいる。

 すると一人の兵士が、「いい加減、巫女さんも分かってほしい。軍備なしじゃ街は守れないんだ」と声をあげる。
 別の研究員が「まあ、泉が枯渇したら終わりだろ?」と応じ、軽い口論になりかける。

 フレイヤは短くため息をつき、「私はただ、泉の声を伝えているだけです。自然に感謝し、調和する道を探らなければ、『光の技術』がいつか闇に落ちる」と静かに警告する。
 
 ソウヤは、ファルクがいれば少しは場を和ませるかもしれないが、彼は今は城の警備だ。
 ダリウスはゴーレム強化に集中していて、こっちを気にしていない。

「フレイヤさん、落ち着いて。俺も同じ気持ちだ。なんとかバランスを取らないと危険なのも確かだし……ただ、領内は今、シグの兵器や連合評議会への対抗心で突き動かされている。止まれないんだ」
「はい……。分かっています。だからこそ、私も巫女の立場でどうにかしたいのです。いつか、泉が暴発寸前になる前に――あなたと再び話し合えることを望みます」

 そう言って、フレイヤは静かに頭を下げ、研究所から離れていく。
 背中に揺れる銀髪と、まとう長衣の淡い色彩が、悲壮感を帯びていた。

 ライラがうつむき、「もうどうしたらいいんでしょうね……」と呟く。
 ソウヤは胸の奥が締めつけられるのを感じるが、今は『兵器安全化のタスク』をやり遂げるしかないのだった。
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