万能能力者(デュアルホルダー)

暁ノ鳥

文字の大きさ
2 / 20

第2話 不本意な一手

しおりを挟む
 ああ、もう。
 本当に、本当に面倒だ!

 俺は内心で深く、深ーーーくため息をつき、一歩前に出た。
 怯える光の前に、壁になるように立ちはだかる。

「なんだぁ?  このガキ、ヒーロー気取りかよ?」

 チンピラの一人が嘲るように笑う。
 もう一人も、面白そうに口元を歪めた。

「どけよ、邪魔だ。 先にそっちから痛い目見たいってか?」

 威嚇するように、リーダー格らしき男が手を前に突き出す。
 その手のひらに、ボッと小さな炎が灯った。
 ライター程度の、実にしょぼい発火能力。
 だが、一般人には十分な脅威だろう。

 見せるためだけの能力か。
 低レベルで助かったな。

「おら、どうした? ビビって動けねぇか?」

 炎を見せびらかしながら、男が近づいてくる。
 もう一人の男も、足元に落ちていた空き缶を、ふわりと念動力で浮かせて見せた。
 コントロールはガタガタだが。

「あんまり俺らをナメてっと、火傷じゃすまねーぞ?」

 二方向からのプレッシャー。
 光が後ろで息を呑む気配がする。

 やるしかない、か。

 覚悟を決める。
 ただし、条件付きだ。

 『絶対に、能力者だと悟られるな』
 『魔法も、派手な超能力も使うな』
 『あくまで、「ケンカ慣れした一般人」の範囲で、迅速に終わらせろ』

「……忠告しておくけど」

 俺は静かに口を開いた。

「やめておいた方がいい。君たちじゃ、俺には勝てない」

「あぁ?  何言ってんだこのガキ!」

 発火能力の男が、挑発に乗って炎を投げつけようとする――その瞬間。
 俺は地面を蹴っていた。
 強化した脚力で一気に距離を詰め、男の懐に潜り込む。

「なっ!?」

 男が驚く間もなく、脇腹的確な一撃を入れる。
 魔法でも超能力でもない。
 鍛えたわけではないが、自身の体を効率的に動かす術は、なぜか知っていた。

「ぐふっ……!?」

 短い呻き声を上げて、男が崩れ落ちる。

「て、てめぇ!」

 もう一人の男――念動力使いが、慌てて浮かせていた空き缶をこちらにぶつけようとする。
 俺は飛んでくる空き缶の軌道を予測し、最小限の動きでひらりとかわす。
 同時に、足元の小石をいくつか、見えない力――ごく微弱な念動力で蹴り上げるように動かし、男の足元に散らばらせる。

「うおっ!?」

 男はバランスを崩して派手に転倒した。
 打ちどころが悪かったのか、そのまま動かなくなる。

 あっけない幕切れだった。
 路地裏には、倒れた二人の男と、呆然と立ち尽くす光、そして俺だけが残された。

 終わった、か……。

 我ながら鮮やかすぎる手際に、内心でため息が出る。
 違う、そうじゃない。
 こんなこと、したかったわけじゃないんだ。

 じわりと、嫌な汗が背中を伝う。
 自己嫌悪と、微かな恐怖。

「あ……あの……霧矢、くん……?」

 光が、震える声で俺を呼ぶ。
 その瞳には、恐怖と、それ以上に強い驚きと、そして……何か別の色が見えた気がした。

 まずい。
 長居は無用だ。

 俺は倒れたチンピラたちを一瞥する。
 息はある。
 骨も折れてはいないだろう。
 最低限の手加減はしたつもりだ。
 
 通報?
 するわけがない。
 面倒事が増えるだけだ。

「行くぞ、天野さん」

 俺は光の腕を掴むと、有無を言わさず引っ張って、その場を足早に離れた。

「え?  あ、うん……でも、あの人たちは……?」
「放っておけ。俺たちには関係ない」
「で、でも……!」
「いいから、早く行くぞ」
 
 振り返らず、ただ前だけを見て歩く。
 光は戸惑いながらも、俺に引かれるままについてきた。

 路地裏の薄暗がりが、急速に遠ざかっていく。

 俺が望んだ平穏な日常に、また一つ、亀裂が入ったような気がした。

 ◇

 夕日が街を茜色に染めていた。
 さっきの路地裏での出来事が嘘のように、世界は穏やかな顔をしている。
 だが、俺と、俺の隣を歩く天野光の間には、気まずい沈黙が重く垂れ込めていた。

 俺が半ば強引に光の腕を引いて歩き出した後、どちらからともなく口を開くことはなかった。
 光はまだ少し怯えているのか、あるいは別のことを考えているのか、俯き加減で俺の少し後ろをついてくる。

 疲れた。
 精神的に、どっと疲れた。
 平穏が脅かされたことへの苛立ち、そして何より、この状況を作り出してしまった自分への腹立たしさが渦巻いている。

 早く帰りたい。
 一人になりたい……。

 そんな俺の願いを知ってか知らずか、不意に光が足を止め、口を開いた。

「……あの、霧矢くん」
「……なんだ」

 できるだけ普段通りの、無関心な声を装って振り返る。
 光は意を決したように、まっすぐ俺の目を見てきた。

「さっきの……あれは……?」

 来たか。
 一番聞かれたくない質問だ。
 どう答える?
 下手なことを言えば、さらに面倒なことになるのは目に見えている。

「……霧矢くん、すごく強かった……。ただのケンカって感じじゃ……」

 光の瞳が、疑いの色を隠さずに俺を射抜く。
 嘘をついていることを見抜かれているのかもしれない。
 だが、ここで本当のことを話すわけにはいかない。

「……昔、ちょっと色々あってな。ああいう手合いには、少しだけ慣れてるんだよ」

 我ながら苦しい言い訳だと思った。
 昔ヤンチャしてた?
 この俺が?
 誰が信じるんだ、そんなこと。
 だが、これ以上マシな嘘も思いつかない。

「色々って……?」
「……詮索するなよ。思い出したくもないことだ」

 少しだけ語気を強め、突き放すように言う。
 これ以上踏み込ませないための壁だ。
 光は一瞬怯んだように見えたが、すぐに何かを言いたそうに口を開き……。
 そして、ため息と共にかぶりを振った。

「……そっか。ごめん、変なこと聞いて」

 どうやら、追及は諦めてくれたらしい。
 内心でホッと息をつく。

「でも……その、さっきはありがとう。助けてくれて……本当に、怖かったから」

 うつむきながら、消え入りそうな声でお礼を言う光。
 その言葉に、胸がチクリと痛んだ。

(礼を言われるようなことじゃない……俺が、巻き込んだようなもんだ)

 そんな言葉は、喉の奥に引っかかって出てこなかった。

「……別に。あんたのためじゃない。俺が面倒に巻き込まれたくなかっただけだ」

 また、心にもない言葉が出る。
 素直になれないのは、昔からの悪い癖か、それともトラウマがそうさせるのか。

 やがて、見慣れた分かれ道が見えてきた。
 俺のアパートへ向かう道と、光の家がある方向への道。

「……じゃあ、俺はこっちだから」
「あ、うん……」

 光はまだ何か言いたそうだったが、結局何も言わず、小さく頷いた。

「……また、明日ね。霧矢くん」
「……ああ」

 短く返事をして、俺はさっさと自分のアパートへの道を歩き出す。
 背後で、光がしばらくその場に立ち尽くしている気配を感じたが、振り返らなかった。

 角を曲がり、光の姿が見えなくなると、俺は壁に手をついて大きく息を吐き出した。
 どっと、鉛のような疲労感が全身を襲う。

「最悪だ……」

 目立ってしまった。
 光に、いらぬ疑念を抱かせてしまった。

 俺が必死で守ろうとしていた「平穏」という名の薄氷は、今日、確実にヒビが入ったのだ。
 考えたくもない疑問符ばかりが、夕暮れの空の下で、重く頭の中に響いていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ト・カ・リ・ナ〜時を止めるアイテムを手にしたら気になる彼女と距離が近くなった件〜

遊馬友仁
青春
高校二年生の坂井夏生(さかいなつき)は、十七歳の誕生日に、亡くなった祖父からの贈り物だという不思議な木製のオカリナを譲り受ける。試しに自室で息を吹き込むと、周囲のヒトやモノがすべて動きを止めてしまった! 木製細工の能力に不安を感じながらも、夏生は、その能力の使い途を思いつく……。 「そうだ!教室の前の席に座っている、いつも、マスクを外さない小嶋夏海(こじまなつみ)の素顔を見てやろう」 そうして、自身のアイデアを実行に映した夏生であったがーーーーーー。

サイレント・サブマリン ―虚構の海―

来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。 科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。 電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。 小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。 「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」 しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。 謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か—— そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。 記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える—— これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。 【全17話完結】

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

アガルタ・クライシス ―接点―

来栖とむ
SF
神話や物語で語られる異世界は、空想上の世界ではなかった。 九州で発見され盗難された古代の石板には、異世界につながる何かが記されていた。 同時に発見された古い指輪に偶然触れた瞬間、平凡な高校生・結衣は不思議な力に目覚める。 不審な動きをする他国の艦船と怪しい組織。そんな中、異世界からの来訪者が現れる。政府の秘密組織も行動を開始する。 古代から権力者たちによって秘密にされてきた異世界との関係。地球とアガルタ、二つの世界を巻き込む陰謀の渦中で、古代の謎が解き明かされていく。

空色のサイエンスウィッチ

コーヒー微糖派
SF
『科学の魔女は、空色の髪をなびかせて宙を舞う』 高校を卒業後、亡くなった両親の後を継いで工場長となったニ十歳の女性――空鳥 隼《そらとり じゅん》 彼女は両親との思い出が詰まった工場を守るため、単身で経営を続けてはいたものの、その運営状況は火の車。残された借金さえも返せない。 それでも持ち前の知識で独自の商品開発を進め、なんとかこの状況からの脱出を図っていた。 そんなある日、隼は自身の開発物の影響で、スーパーパワーに目覚めてしまう。 その力は、隼にさらなる可能性を見出させ、その運命さえも大きく変えていく。 持ち前の科学知識を応用することで、世に魔法を再現することをも可能とした力。 その力をもってして、隼は日々空を駆け巡り、世のため人のためのヒーロー活動を始めることにした。 そしていつしか、彼女はこう呼ばれるようになる。 魔法の杖に腰かけて、大空を鳥のように舞う【空色の魔女】と。 ※この作品の科学知識云々はフィクションです。参考にしないでください。 ※ノベルアッププラス様での連載分を後追いで公開いたします。 ※2022/10/25 完結まで投稿しました。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

処理中です...