万能能力者(デュアルホルダー)

暁ノ鳥

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第14話 記憶の断片

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「己の力とも……そして、その力が生み出してしまった、過去の影ともな」

 老人の言葉が、重くのしかかる。
 向き合うしかない、と彼は言った。
 だが、言うのは簡単だ。
 この、身を焼くような罪悪感と、いつまた暴走するかもしれない力への恐怖に、一体どうやって向き合えというのか。

 俺は顔を上げ、目の前の老人を睨むように見つめた。
 この老人は、何かを知っている。俺のことも、この力のことも。ならば……。

「どうすれば……」

 声が、震えた。

「どうすれば、向き合えるっていうんですか……? あんたは、何か知ってるんじゃないのか?」

 そして、もう一つ、聞かなければならないことがある。

「それに、あの箱が見せたものは……あれは一体、何だったんですか!? あの、禍々しいような……」

 俺の必死の問いかけに、しかし老人は静かに首を横に振った。

「答えは、わしの中にはない。おぬしの中にしかないのじゃ」

 まただ。禅問答のような、掴みどころのない言葉。

「箱が見せたものも同じじゃ。それが何を意味するか、どう受け止めるか……それは、おぬし自身が考え、見つけ出すしかない。わしが言えるのは、あれがおそらく、お主にとって『必要なもの』であったのだろうということだけじゃ」

 必要なもの? あの、悪意と虚無感に満ちたイメージが?

 苛立ちと無力感がこみ上げてくる。
 この老人は、何も教えてはくれない。
 ただ、俺を試すように、あるいは突き放すように、曖昧な言葉を繰り返すだけだ。

(……そうかよ)

 ならば、自分でやるしかない。
 自分で見つけ出すしかない。
 あのビジョンが何だったのか。そして、俺がどうすべきなのか。

 俺は再び目を閉じ、意識を集中させた。
 先ほど流れ込んできた、あのイメージの奔流。
 感情の濁流に飲まれず、今度は冷静に、その中から「情報」を拾い出す。

 思い出せ。何が見えた?

 炎、破壊、悲鳴……それらは過去のトラウマと結びつき、思考を乱そうとする。
 だが、それだけではなかったはずだ。もっと別の、異質なイメージが……。

 集中しろ。あの、冷たいエネルギーの感覚。虚無感。
 それと同時に見えたものは……?

(……形だ)

 そうだ、何か特定の「形」があった気がする。
 それは……紋章? 幾何学模様? いや、もっと……蠢くような、不定形な……。

 脳裏に、一瞬だけ、そのイメージがフラッシュバックする。
 黒と紫が混じり合ったような、禍々しいエネルギーが、複雑なパターンを描きながら渦を巻いている。
 それはまるで、生きているかのように脈動し、見る者に言いようのない不快感と恐怖を与える……そんな光景。

「……っ!」

 そのイメージはすぐに消え去り、後には再び混乱と頭痛が残った。

 だが、今のは確かに、ただの感情の奔流ではなかった。
 具体的な「形」を持った、情報としての断片だ。
 あれが、あの失踪事件や破壊事故に関係しているのか? あの第三の影の正体なのか?

 まだ、何も分からない。
 しかし、ゼロではなかった。
 ほんの僅かだが、手がかりのようなものを掴んだ気がした。

 俺は荒い息をつきながら、目を開けた。
 目の前の老人は、変わらず静かにお茶をすすっている。
 俺が何を見、何を感じたのか、彼は気づいているのだろうか。

 今はまだ、この掴んだ断片の意味を問う時ではないだろう。
 俺は、この奇妙なイメージを、忘れないように強く記憶に刻みつけた。

 ◇

 脳裏に焼き付いた、あの禍々しくも奇妙なエネルギーの「形」。
 それが何なのか、今はまだ分からない。
 だが、これが何かの手がかりであることは、間違いなさそうだ。

 俺はまだ残る頭痛と倦怠感を無視して、ゆっくりとソファから立ち上がった。
 これ以上、この不可思議な空間にいても、新たな情報が得られるとは思えない。
 それに、あの老人の前でこれ以上無防備な姿を晒し続けるのは危険だ。

「……失礼します」

 礼を言う気にはなれず、俺はそれだけ呟くと、部屋の出口へと向かった。
 老人は黙って、湯呑みを傾けている。俺が部屋を出る直前、彼はふと顔を上げ、静かな声で言った。

「若いの」

 俺は足を止め、振り返る。

「見えたものが、全てとは限らんぞ」
「……どういう意味です?」
「そのままの意味じゃ。箱が見せた断片も、おぬしが抱える過去の影も……見方を変えれば、あるいは別の貌(かお)を見せるやもしれん」

 老人は意味深な言葉を続ける。

「過去の影は、未来を照らす光にもなりうる。……もっとも、そのためには、影そのものと向き合う覚悟がいるがのぅ」

 そして、最後にこう付け加えた。

「急いては事を仕損じる。時には、立ち止まって己を見つめ直すことも必要じゃ。……まあ、せいぜい気をつけるんじゃな」

 それが忠告なのか、単なる世迷言なのか、俺には判断がつかなかった。
 ただ、その言葉には無視できない重みがあった。

 俺は無言で一礼すると、今度こそ部屋を出て、薄暗い店の中を通り抜ける。
 カラン、とドアベルが鳴り、俺は再び外の、ひんやりとした夜の空気の中に立った。

 どっと、疲労感が全身を襲う。
 精神的な消耗が激しい。
 まるで、フルマラソンでも走りきったかのようだ。

 それでも、収穫はあった。
 あの「形」のイメージ。
 そして、老人から投げかけられた謎めいた言葉。
 それらが、今後の俺の道標になる……のかもしれない。

 俺はアパートへの道を、重い足取りで歩き始めた。

 雪城澪、異能管、そして第三の影。
 俺を取り巻く状況は、依然として最悪だ。
 孤独で、無力で、いつ押し潰されてもおかしくない。

 だが、ほんの少しだけ、ほんの僅かだが、反撃の糸口のようなものが見えた気もする。

 まずは休もう。
 そして、頭を整理しよう。
 あのイメージの意味を、老人の言葉の意味を、そして……俺がこれから向き合うべき「過去」と「力」について。

 夜空には、頼りない月が浮かんでいた。
 その光は、俺が進むべき道を照らしてはくれなかったが、それでも、俺は前を向いて歩き続けるしかなかった。
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