万能能力者(デュアルホルダー)

暁ノ鳥

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第20話 静かなる介入者

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 公的機関の部隊による封じ込め作戦は、無惨な失敗に終わった。吹き飛ばされ、負傷した隊員たち。
 さらに破壊を増す現場。そして、依然として圧倒的な力でその場に君臨する、紫色のエネルギー体。絶望的な状況だ。

(どうする……? このままでは……)

 俺が倉庫の窓から、為すすべもなく眼下の惨状を見つめていると、不意に視界の端で何かが動いた。

 目を凝らすと、それは雪城澪だった。
 彼女は、先ほどまで潜んでいたはずの別の建物の屋上から、いつの間にか地上に降り立ち、驚くほど冷静に、そして迅速に、あの紫色のエネルギー体へと近づいていく。
 その動きには、戦闘服の部隊が見せたような力強さはないが、無駄がなく、まるで影のように滑らかだった。

(雪城……!? 何をする気だ!?)

 彼女はエネルギー体から、危険だが直接的な影響は受けにくいと思われる、絶妙な距離で足を止めた。
 そして、懐から手のひらサイズの、黒曜石のような光沢を持つ薄いプレート状のデバイスを取り出す。

 澪がデバイスを操作すると、そこから目には見えない何かが放たれたようだった。
 エネルギー体に向けて、特殊なスキャンを行っているのか? あるいは、もっと別の……干渉を?

 すると、それまで無差別に破壊を繰り返していたように見えた紫色のエネルギー体の動きが、ぴたり、と止まった。
 いや、止まったというよりは、その脈動のリズムが僅かに乱れ、まるで戸惑っているかのように、その不定形な体を揺らめかせ始めたのだ。

 先ほどの、公的機関の力任せな封じ込めに対する激しい拒絶反応とは、明らかに違う。
 澪の干渉は、この異質な存在に対して、何か別の作用を及ぼしているらしかった。

(なんだ……? あれは……?)

 俺は息を呑む。澪が使っているのは、魔法か? 超能力か? それとも、俺の知らない未知の技術か? いずれにせよ、彼女がただの転校生でないことは、もはや疑いようもなかった。
 彼女は、この異常事態に対処するための、独自の手段と知識を持っている。

 彼女の目的は? データ収集か? それとも、このエネルギー体を制御、あるいは破壊することか?

 澪の行動によって、状況は新たな局面を迎えていた。
 エネルギー体の注意は、明らかに彼女に向けられている。それは、ほんのわずかな時間かもしれないが、他の勢力にとっては介入、あるいは撤退のための「隙」となりうる。

 俺にとって、それは……?

 この隙に乗じて、俺も何か行動を起こすべきなのか? あのエネルギー体について、あるいは澪について、さらに情報を得るために? それとも、危険すぎる。今度こそ、撤退すべきなのか?

 澪の冷静な横顔と、依然として禍々しいエネルギーを放つ紫色の奔流を交互に見ながら、俺の中で再び激しい葛藤が始まった。
 時間は、ない。決断しなければならない。

 この混沌とした状況で、俺が取るべき、最善の一手とは――。

 ◇
 
 雪城澪が、未知のデバイスか能力かで、紫色のエネルギー体の注意を引きつけている。
 それは、ほんの僅かな時間しかもたないかもしれない、危険な均衡。

 俺の視線は、先ほどの衝撃波で吹き飛ばされ、瓦礫の近くで呻いている戦闘服の隊員たちに向けられた。
 少なくとも二人、重傷のようだ。このままでは、エネルギー体の次の気まぐれな攻撃の犠牲になるかもしれない。

(……くそっ!)

 介入すべきか? 否か? 脳裏で警鐘が鳴り響く。目立てば終わりだ。俺の秘密が露見すれば、平穏など永遠に訪れない。

 だが、目の前で人が死ぬかもしれない状況を見過ごせるほど、俺は冷酷になりきれなかった。
 あの日の……過去のトラウマが、見殺しにするという選択肢を拒絶する。

 決断は、一瞬だった。

 俺は倉庫の窓枠を蹴り、音もなく地上へと降り立った。
 そして、澪とエネルギー体が対峙している方向とは逆に、負傷した隊員たちへと向かって、全力で駆けた。

 身体強化。意識せずとも、俺の体は常人離れした速度を発揮する。風を切る音だけが、俺の存在を証明していた。

「!?」

 負傷した隊員の一人が、突然現れた俺に気づき、驚愕の表情を浮かべた。だが、俺は構わず、彼の腕を掴む。
 その瞬間、エネルギー体から放たれた紫色の波動の余波が、近くの瓦礫を吹き飛ばし、俺たちに向かって降り注いだ!

(まずい!)

 咄嗟に、俺は抱えた隊員を庇うように覆いかぶさりながら、ほんの僅かな念動力を展開する。
 それは不可視の力場。瓦礫の軌道をわずかに逸らし、衝撃を和らげる。結界のような派手なものではない。
 注意深く観察しなければ、ただ運が良かったようにしか見えないはずだ。

「ぐ……っ!」

 衝撃は完全に殺しきれず、背中に鈍い痛みが走る。だが、致命傷は避けられた。

 俺はすぐさま体勢を立て直し、負傷した隊員(幸い、意識はあった)を担ぎ上げると、再び驚異的な速度で駆け出した。
 もう一人、近くで倒れていた隊員も、同様に担ぎ上げる。二人分の体重は重いが、今の俺には問題ない。

 目指すは、現場の外縁部、封鎖線の内側で待機しているであろう後続部隊や救護班がいるであろう方向だ。

 俺の動きは、ほんの数秒間の出来事だったはずだ。
 混乱した戦場で、エネルギー体と対峙する澪や、後退した部隊、あるいは他の場所に潜むライバル候補が、俺のこの行動をどれだけ正確に認識できたかは分からない。ただ、「何か」が負傷者を運び去った、と見えたかもしれない。それで十分だ。

 やがて、封鎖線近くの比較的安全な場所まで辿り着き、俺は担いでいた隊員たちをそっと地面に降ろした。
 すぐに他の隊員たちが駆け寄ってくる気配を感じる。

 俺の役目は、ここまでだ。

 これ以上ここにいれば、誰かに顔を見られ、尋問されるかもしれない。
 俺は救助した隊員たちに一瞥もくれることなく、再び闇に紛れるようにして、その場から急速に離脱した。

 背後で、救護を求める声や、混乱した指示の声が聞こえる。

 俺は走りながら、荒い息をついた。

 人を助けた。それは、間違ってはいないはずだ。
 だが、そのために、俺はまた力を使った。そして、誰かに見られたかもしれないという、新たなリスクを背負い込んだ。

 これは、勝利なのか? それとも、破滅への一歩なのか?

 答えは分からない。ただ、俺は走り続けるしかなかった。この混沌とした状況から、一時でも早く逃れるために。
 そして、次に自分が何をすべきなのかを、見つけ出すために。

 夜空には、依然として禍々しい紫色の光が、まるで巨大な目のように、この街を見下ろしていた。

 ――第一部 完――
 
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