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第21話 他の転生者たちとの会合
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教授が持ち帰った古文書が示した「英雄終焉の夜」の断片的な真実。
それは俺たちの中に、マグナス皇帝やこの世界の歴史に対する新たな視点と、同時に多くの疑問を生んでいた。
俺たちは隠れ家で連日、古文書のさらなる解読や、今後の対策について話し合いを続けていた。
そんなある晩、カリナさんがひょっこり顔を出した。
「やっほー、一翔くんたち、元気してる? そろそろさ、『クラブ活動』の時間だよ」
クラブ活動?
カリナさんの言う「日本人クラブ」……つまり、他の転生者たちとの会合のことか!
「本当ですか、カリナさん!」
「ええ。あんたが現れたことで、色々と状況も変わってきたからね。一度、みんなで顔を合わせて情報交換した方がいいと思ってさ。準備はできてるよ」
俺の心臓がドキリと高鳴った。
俺以外にもいるという、日本からの転生者たち。
いったいどんな人たちなんだろうか。
期待と、少しの緊張を胸に、俺たちはカリナさんの案内に従って、夜のエレミアの街へと繰り出した。
アーシャとルーク、それにエレナさんも一緒だ。
アーシャは相変わらず警戒心を解いていないが、ルークとエレナさんは興味津々といった様子だ。
カリナさんに連れてこられたのは、エレミアの中でも特に古い、今は使われていない劇場地区の一角だった。
固く閉ざされた劇場の裏口にある、目立たない扉。
カリナさんが特殊な合言葉のようなものを呟くと、扉が静かに開いた。
中へ入ると、そこは劇場の楽屋裏を改造したような、広々とした空間になっていた。
壁には古いポスターや衣装が飾られているが、テーブルや椅子が置かれ、落ち着いた雰囲気の談話室のようになっている。
部屋の中には、既に五人の男女が集まっていた。
彼らが、俺以外の転生者たちか……!
「さあさあ、みんな注目ー!」
カリナさんがパンパンと手を叩いた。
「新しい仲間を紹介するわ! 最近エレミアを騒がせている英雄クロノスこと、高槻一翔くんと、その仲間たちよ!」
五人の視線が一斉に俺たちに集まる。
俺は緊張しながらも、頭を下げた。
「は、はじめまして! 高槻一翔です! よろしくお願いします!」
カリナさんが、一人ずつ紹介してくれた。
まず、一番年長に見える、白髪で眼鏡をかけた、穏やかそうな男性。
ヤマダさんと名乗り、元の世界では五十年ほど前に大手電機メーカーのエンジニアだったという。
今はエレミアで工房を開き、魔力と科学を融合させた道具を作っているらしい。
次に、快活な笑顔が印象的な、四十代くらいの女性。
サトウ先生と呼ばれていて、元の世界では体育教師だったそうだ。
三十年前に転生し、今は子供たちに武術や生き抜く術を教えているという。
物静かな雰囲気の、三十代くらいの男性はタナカさん。
元の世界では歴史学者で、転生してからはこの世界の古文書や歴史の研究に没頭しているらしい。
エレナさんと話が合いそうだ。
派手な身なりをした、二十代後半くらいの男性はスズキさん。
元の世界ではホストか何かだったらしく、転生後もその口の上手さを活かして、情報屋や交渉人として暗躍しているという。
カリナさんとは商売敵であり、協力者でもあるようだ。
そして最後は、俺と同じくらいの歳に見える、少し気弱そうな雰囲気の女の子。
ワタナベさんと名乗り、元の世界では普通の女子高生だったが、数年前に事故で転生。
今は街のパン屋で働いているという。
彼らは皆、服装こそこの世界に馴染んでいたが、顔立ちや雰囲気は間違いなく日本人だった。
そして何より、彼らが話す流暢な日本語が、俺の心に温かく染み渡った。
「いやー、まさか令和の時代から来た若者がいるとはねぇ」
ヤマダさんが感慨深げに言う。
「あたしが来た頃は、まだポケベルがギリ現役だったわよ!」
サトウ先生が笑う。
「ホストクラブも、今とは全然違いましたからねぇ」
スズキさんが遠い目をする。
元の時代の違いからくるジェネレーションギャップに笑い合いながらも、俺たちはすぐに打ち解け、それぞれの転生経緯や、この世界での経験、そして集めた情報を共有し始めた。
驚いたことに、俺たち転生者にはいくつかの共通点があった。
多くが事故や病気など、「死の間際」に「仲介者」らしき存在(姿形は様々だが)と接触し、「新しい世界で役割を果たしてみないか?」と誘われていること。
そして、元の世界で何らかの特殊な「才能」や「知識」、あるいは「強い意志」を持っていたこと。
「やっぱり……俺たちは偶然ここに来たんじゃないのかもしれない」
俺が呟くと、タナカさんが静かに頷いた。
「その可能性は高いでしょう。カリナさんの調査によれば、転生者が召喚される時期は、この世界の歴史の大きな転換点と重なることが多いようです。まるで、何かの『実験』に、我々が『触媒』として投入されているかのように……」
『実験』……『触媒』……。
エレナさんが立てていた仮説と同じだ。
「俺は……仲介者に『最後の転生者』、『鍵』だと言われた気がするんです」
俺が打ち明けると、場の空気が少し変わった。
「最後の……鍵……」
ヤマダさんが眉をひそめる。
「もしそれが本当なら、君の役割は我々の中でも特に重要ということになるな……」
俺は、改めて自分が背負うことになったかもしれない使命の重さを感じていた。
でも、もう一人で悩む必要はない。
ここには、同じ境遇を共有できる仲間たちがいるんだ。
「俺、まだ未熟ですけど……皆さんと一緒に、この世界の謎に立ち向かいたい。そして、もし可能なら……元の世界に帰る方法も……」
俺の言葉に、転生者たちは力強く頷いてくれた。
「ああ、もちろんだ!」
「協力しよう!」
「我々の知識と経験が役に立つなら!」
その夜、俺たちは今後の協力体制について話し合った。
情報網の共有、それぞれの専門知識を活かしたサポート、さらなる調査……。
会合が終わり、俺たちは隠れ家へと戻った。
アーシャとルークは、転生者という存在に驚きを隠せない様子だったが、「カズトのアニキの仲間なら、俺たちの仲間だ!」とルークは言ってくれたし、アーシャも「……まあ、頼りになりそうな連中ではあったな」と、少しだけ認めてくれたようだった。
エレナさんは「素晴らしい! これで私の研究も飛躍的に進みます!」と目を輝かせている。
孤独じゃない。
俺には仲間がいる。
異世界からの同胞たちが。
その心強さと、同時に増した責任感を胸に、俺はエレミアの夜空を見上げた。
◇
ある日、カリナさんがこっそり俺を呼び出した。
「一翔くん、ちょっとヤバい筋から接触があったんだけど……どうする?」
彼女が差し出してきたのは、一枚の小さなカードのようなもの。
そこには、特徴的な絹糸の紋様と、日時、そしてエレミアの廃墟地区にある古い教会の名前だけが記されていた。
「これって……」
「シャドウナイツの『シルク』からよ。あんた個人に、だってさ。罠かもしれないけど……どうする?」
シルク……!
あの、舞うように戦う強敵。
彼女が、俺に?
いったい何の目的で……。
「……罠の可能性は高いな」
隣で話を聞いていたアーシャが警戒心を露わにする。
「行くべきではない」
「でも、何か情報を掴めるかもしれないぜ、アニキ!」
ルークは興味津々だ。
俺は迷った。
危険なのは間違いない。
でも、シルクとの戦いで感じた、あの奇妙な感覚……。
彼女もまた、何かを抱えているのかもしれない。
「……行ってみるよ。一人で」
「なっ!? アニキ、危ないって!」
「一翔、正気か!?」
ルークとアーシャは反対したが、俺の決意は固かった。
これは、俺自身が向き合わなければいけない気がしたんだ。
結局、アーシャが「……何かあったらすぐに合図しろ。少し離れた場所で待機している」と、心配そうに(でも口調は厳しく)言ってくれた。
指定された夜、俺は一人、月明かりだけが頼りの廃墟地区へと足を踏み入れた。
崩れかけた壁、割れた窓ガラス……不気味な静寂が支配している。
目的の古い教会は、ステンドグラスもほとんどが砕け落ち、まるで巨大な骸骨のように夜空の下に佇んでいた。
教会の内部、祭壇があったであろう場所に、彼女は立っていた。
月光が差し込む中で、彼女はシャドウナイツの装束ではなく、動きやすそうな黒いドレスのような服を着ていた。
仮面はつけておらず、その素顔が露わになっている。
長い黒髪、切れ長の瞳、そしてどこか憂いを帯びた美しい顔立ち。
だが、その瞳の奥には、以前戦った時と同じ、鋭い光が宿っていた。
「……よく来たわね、英雄クロノス。罠かもしれないのに、勇気があるのね」
シルクは、静かな声で言った。
「単刀直入に聞く。何の用だ?」
俺は警戒しながら尋ねる。
「ふふ、警戒しなくてもいいわ。今日は戦いに来たんじゃない」
彼女はゆっくりと近づいてくる。
その動きはやはり、どこか舞踏のようだ。
「あなたに……協力をお願いしたいの」
「協力……? シャドウナイツのお前が、俺に?」
意味が分からない。
これは、やっぱり罠なのか?
「今の私は、シャドウナイツでありながら、そうではないとも言えるわ」
シルクは自嘲するように言った。
「私は……マグナス皇帝のやり方に、もうついていけないの」
彼女は語り始めた。
自分が元々は帝都で将来を嘱望された舞踏家だったこと。
しかし、英雄の血脈を僅かに引いていたために目をつけられ、家族を人質に取られる形で、シャドウナイツになることを強要されたこと。
そして、シャドウナイツ内部で行われている非人道的な実験……捕らえられた血脈者たちを使った、おぞましい力の抽出や改造。
「帝国は『英雄の浄化』を掲げているけれど、やっていることは、ただの醜悪な力の搾取よ。美しくない……。私の美学に反するわ」
彼女の瞳には、強い嫌悪と、そして深い悲しみの色が浮かんでいた。
「あなたと戦って、少しだけ思い出したの。純粋に、ただ誰かを守るために力を使う……そんな戦い方も、あるのだとね。あなたの戦いは、荒削りだけど……どこか、美しかった」
シルクは俺を真っ直ぐに見つめて言った。
「私は、帝国を内部から変えたい。この狂った実験を止めさせたい。そのためには、外からの力が必要……。だから、あなたに情報を流すわ。帝国の動き、シャドウナイツの計画……。もちろん、タダじゃない。見返りは、あなたがこの状況を打開してくれること」
敵からの、協力の申し出。
あまりに予想外の展開に、俺は言葉を失った。
彼女の言葉は本心なのか?
それとも、俺たちを陥れるための巧妙な罠なのか?
「……信じろと?」
「信じなくてもいいわ。でも、私にはもう、この道しかないの」
彼女の瞳は、真剣だった。
そこには、嘘や計算だけではない、切実な何かが宿っているように見えた。
「……少し、考えさせてくれ」
俺は答えるのが精一杯だった。
「いいわ。でも、時間はあまりないかもしれない」
シルクはそう言うと、ふわりと身を翻し、教会の闇の中へと消えていった。
まるで幻だったかのように。
俺は一人、月明かりが差し込む廃墟の教会に取り残された。
敵であるはずのシルクからの、協力の申し出。
信じるべきか、疑うべきか……。
白か黒か、善か悪か。
そんな単純なものじゃない。
この世界の複雑さと、そこで生きる人々のそれぞれの想い。
俺は、その重さを改めて感じながら、しばらくその場を動けずにいた。
それは俺たちの中に、マグナス皇帝やこの世界の歴史に対する新たな視点と、同時に多くの疑問を生んでいた。
俺たちは隠れ家で連日、古文書のさらなる解読や、今後の対策について話し合いを続けていた。
そんなある晩、カリナさんがひょっこり顔を出した。
「やっほー、一翔くんたち、元気してる? そろそろさ、『クラブ活動』の時間だよ」
クラブ活動?
カリナさんの言う「日本人クラブ」……つまり、他の転生者たちとの会合のことか!
「本当ですか、カリナさん!」
「ええ。あんたが現れたことで、色々と状況も変わってきたからね。一度、みんなで顔を合わせて情報交換した方がいいと思ってさ。準備はできてるよ」
俺の心臓がドキリと高鳴った。
俺以外にもいるという、日本からの転生者たち。
いったいどんな人たちなんだろうか。
期待と、少しの緊張を胸に、俺たちはカリナさんの案内に従って、夜のエレミアの街へと繰り出した。
アーシャとルーク、それにエレナさんも一緒だ。
アーシャは相変わらず警戒心を解いていないが、ルークとエレナさんは興味津々といった様子だ。
カリナさんに連れてこられたのは、エレミアの中でも特に古い、今は使われていない劇場地区の一角だった。
固く閉ざされた劇場の裏口にある、目立たない扉。
カリナさんが特殊な合言葉のようなものを呟くと、扉が静かに開いた。
中へ入ると、そこは劇場の楽屋裏を改造したような、広々とした空間になっていた。
壁には古いポスターや衣装が飾られているが、テーブルや椅子が置かれ、落ち着いた雰囲気の談話室のようになっている。
部屋の中には、既に五人の男女が集まっていた。
彼らが、俺以外の転生者たちか……!
「さあさあ、みんな注目ー!」
カリナさんがパンパンと手を叩いた。
「新しい仲間を紹介するわ! 最近エレミアを騒がせている英雄クロノスこと、高槻一翔くんと、その仲間たちよ!」
五人の視線が一斉に俺たちに集まる。
俺は緊張しながらも、頭を下げた。
「は、はじめまして! 高槻一翔です! よろしくお願いします!」
カリナさんが、一人ずつ紹介してくれた。
まず、一番年長に見える、白髪で眼鏡をかけた、穏やかそうな男性。
ヤマダさんと名乗り、元の世界では五十年ほど前に大手電機メーカーのエンジニアだったという。
今はエレミアで工房を開き、魔力と科学を融合させた道具を作っているらしい。
次に、快活な笑顔が印象的な、四十代くらいの女性。
サトウ先生と呼ばれていて、元の世界では体育教師だったそうだ。
三十年前に転生し、今は子供たちに武術や生き抜く術を教えているという。
物静かな雰囲気の、三十代くらいの男性はタナカさん。
元の世界では歴史学者で、転生してからはこの世界の古文書や歴史の研究に没頭しているらしい。
エレナさんと話が合いそうだ。
派手な身なりをした、二十代後半くらいの男性はスズキさん。
元の世界ではホストか何かだったらしく、転生後もその口の上手さを活かして、情報屋や交渉人として暗躍しているという。
カリナさんとは商売敵であり、協力者でもあるようだ。
そして最後は、俺と同じくらいの歳に見える、少し気弱そうな雰囲気の女の子。
ワタナベさんと名乗り、元の世界では普通の女子高生だったが、数年前に事故で転生。
今は街のパン屋で働いているという。
彼らは皆、服装こそこの世界に馴染んでいたが、顔立ちや雰囲気は間違いなく日本人だった。
そして何より、彼らが話す流暢な日本語が、俺の心に温かく染み渡った。
「いやー、まさか令和の時代から来た若者がいるとはねぇ」
ヤマダさんが感慨深げに言う。
「あたしが来た頃は、まだポケベルがギリ現役だったわよ!」
サトウ先生が笑う。
「ホストクラブも、今とは全然違いましたからねぇ」
スズキさんが遠い目をする。
元の時代の違いからくるジェネレーションギャップに笑い合いながらも、俺たちはすぐに打ち解け、それぞれの転生経緯や、この世界での経験、そして集めた情報を共有し始めた。
驚いたことに、俺たち転生者にはいくつかの共通点があった。
多くが事故や病気など、「死の間際」に「仲介者」らしき存在(姿形は様々だが)と接触し、「新しい世界で役割を果たしてみないか?」と誘われていること。
そして、元の世界で何らかの特殊な「才能」や「知識」、あるいは「強い意志」を持っていたこと。
「やっぱり……俺たちは偶然ここに来たんじゃないのかもしれない」
俺が呟くと、タナカさんが静かに頷いた。
「その可能性は高いでしょう。カリナさんの調査によれば、転生者が召喚される時期は、この世界の歴史の大きな転換点と重なることが多いようです。まるで、何かの『実験』に、我々が『触媒』として投入されているかのように……」
『実験』……『触媒』……。
エレナさんが立てていた仮説と同じだ。
「俺は……仲介者に『最後の転生者』、『鍵』だと言われた気がするんです」
俺が打ち明けると、場の空気が少し変わった。
「最後の……鍵……」
ヤマダさんが眉をひそめる。
「もしそれが本当なら、君の役割は我々の中でも特に重要ということになるな……」
俺は、改めて自分が背負うことになったかもしれない使命の重さを感じていた。
でも、もう一人で悩む必要はない。
ここには、同じ境遇を共有できる仲間たちがいるんだ。
「俺、まだ未熟ですけど……皆さんと一緒に、この世界の謎に立ち向かいたい。そして、もし可能なら……元の世界に帰る方法も……」
俺の言葉に、転生者たちは力強く頷いてくれた。
「ああ、もちろんだ!」
「協力しよう!」
「我々の知識と経験が役に立つなら!」
その夜、俺たちは今後の協力体制について話し合った。
情報網の共有、それぞれの専門知識を活かしたサポート、さらなる調査……。
会合が終わり、俺たちは隠れ家へと戻った。
アーシャとルークは、転生者という存在に驚きを隠せない様子だったが、「カズトのアニキの仲間なら、俺たちの仲間だ!」とルークは言ってくれたし、アーシャも「……まあ、頼りになりそうな連中ではあったな」と、少しだけ認めてくれたようだった。
エレナさんは「素晴らしい! これで私の研究も飛躍的に進みます!」と目を輝かせている。
孤独じゃない。
俺には仲間がいる。
異世界からの同胞たちが。
その心強さと、同時に増した責任感を胸に、俺はエレミアの夜空を見上げた。
◇
ある日、カリナさんがこっそり俺を呼び出した。
「一翔くん、ちょっとヤバい筋から接触があったんだけど……どうする?」
彼女が差し出してきたのは、一枚の小さなカードのようなもの。
そこには、特徴的な絹糸の紋様と、日時、そしてエレミアの廃墟地区にある古い教会の名前だけが記されていた。
「これって……」
「シャドウナイツの『シルク』からよ。あんた個人に、だってさ。罠かもしれないけど……どうする?」
シルク……!
あの、舞うように戦う強敵。
彼女が、俺に?
いったい何の目的で……。
「……罠の可能性は高いな」
隣で話を聞いていたアーシャが警戒心を露わにする。
「行くべきではない」
「でも、何か情報を掴めるかもしれないぜ、アニキ!」
ルークは興味津々だ。
俺は迷った。
危険なのは間違いない。
でも、シルクとの戦いで感じた、あの奇妙な感覚……。
彼女もまた、何かを抱えているのかもしれない。
「……行ってみるよ。一人で」
「なっ!? アニキ、危ないって!」
「一翔、正気か!?」
ルークとアーシャは反対したが、俺の決意は固かった。
これは、俺自身が向き合わなければいけない気がしたんだ。
結局、アーシャが「……何かあったらすぐに合図しろ。少し離れた場所で待機している」と、心配そうに(でも口調は厳しく)言ってくれた。
指定された夜、俺は一人、月明かりだけが頼りの廃墟地区へと足を踏み入れた。
崩れかけた壁、割れた窓ガラス……不気味な静寂が支配している。
目的の古い教会は、ステンドグラスもほとんどが砕け落ち、まるで巨大な骸骨のように夜空の下に佇んでいた。
教会の内部、祭壇があったであろう場所に、彼女は立っていた。
月光が差し込む中で、彼女はシャドウナイツの装束ではなく、動きやすそうな黒いドレスのような服を着ていた。
仮面はつけておらず、その素顔が露わになっている。
長い黒髪、切れ長の瞳、そしてどこか憂いを帯びた美しい顔立ち。
だが、その瞳の奥には、以前戦った時と同じ、鋭い光が宿っていた。
「……よく来たわね、英雄クロノス。罠かもしれないのに、勇気があるのね」
シルクは、静かな声で言った。
「単刀直入に聞く。何の用だ?」
俺は警戒しながら尋ねる。
「ふふ、警戒しなくてもいいわ。今日は戦いに来たんじゃない」
彼女はゆっくりと近づいてくる。
その動きはやはり、どこか舞踏のようだ。
「あなたに……協力をお願いしたいの」
「協力……? シャドウナイツのお前が、俺に?」
意味が分からない。
これは、やっぱり罠なのか?
「今の私は、シャドウナイツでありながら、そうではないとも言えるわ」
シルクは自嘲するように言った。
「私は……マグナス皇帝のやり方に、もうついていけないの」
彼女は語り始めた。
自分が元々は帝都で将来を嘱望された舞踏家だったこと。
しかし、英雄の血脈を僅かに引いていたために目をつけられ、家族を人質に取られる形で、シャドウナイツになることを強要されたこと。
そして、シャドウナイツ内部で行われている非人道的な実験……捕らえられた血脈者たちを使った、おぞましい力の抽出や改造。
「帝国は『英雄の浄化』を掲げているけれど、やっていることは、ただの醜悪な力の搾取よ。美しくない……。私の美学に反するわ」
彼女の瞳には、強い嫌悪と、そして深い悲しみの色が浮かんでいた。
「あなたと戦って、少しだけ思い出したの。純粋に、ただ誰かを守るために力を使う……そんな戦い方も、あるのだとね。あなたの戦いは、荒削りだけど……どこか、美しかった」
シルクは俺を真っ直ぐに見つめて言った。
「私は、帝国を内部から変えたい。この狂った実験を止めさせたい。そのためには、外からの力が必要……。だから、あなたに情報を流すわ。帝国の動き、シャドウナイツの計画……。もちろん、タダじゃない。見返りは、あなたがこの状況を打開してくれること」
敵からの、協力の申し出。
あまりに予想外の展開に、俺は言葉を失った。
彼女の言葉は本心なのか?
それとも、俺たちを陥れるための巧妙な罠なのか?
「……信じろと?」
「信じなくてもいいわ。でも、私にはもう、この道しかないの」
彼女の瞳は、真剣だった。
そこには、嘘や計算だけではない、切実な何かが宿っているように見えた。
「……少し、考えさせてくれ」
俺は答えるのが精一杯だった。
「いいわ。でも、時間はあまりないかもしれない」
シルクはそう言うと、ふわりと身を翻し、教会の闇の中へと消えていった。
まるで幻だったかのように。
俺は一人、月明かりが差し込む廃墟の教会に取り残された。
敵であるはずのシルクからの、協力の申し出。
信じるべきか、疑うべきか……。
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