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第16章
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俺は、復讐のリストに記した、最初の標的を狩るために、王国領の辺境に来ていた。
そこは、かつて俺が地獄を味わった、研究施設の跡地。
王国によって証拠隠滅のために爆破され、今はただ、無残な残骸が、墓標のように散らばっているだけだ。
ひゅう、と隙間風が、壊れた窓枠を通り抜けて、不気味な音を立てる。
空気は、錆と、湿ったカビの匂い、そして、消し去ることのできない、微かな血の悪臭に満ちていた。
ここは、俺の過去の墓場だ。
だが、今の俺は、もうあの頃の、無力な被験体じゃない。
俺は、狩人だ。
エリシアの情報によれば、俺の血液を採取していた、あのネズミのような目の下級研究員が、証拠隠滅の混乱に乗じて逃げ出し、この廃墟に隠れているという。
過去の亡霊にでも会いに来たのか、あるいは、自分だけが助かったという優越感に浸りに来たのか。
どちらにせよ、愚かな選択だ。
俺は、物音一つ立てずに、瓦礫の山を乗り越えていく。
右眼の『災厄の赤眼』は、この薄暗い廃墟の中を、まるで真昼のように、くっきりと映し出していた。
全ての輪郭が、血のような深紅色に染まって見える。
この色のない世界で、唯一、鮮やかな熱を放つものがあった。
奥の部屋。瓦礫の陰。
そこで、一人の男が、小さな魔力光を頼りに、何かを探している。
間違いない。あいつだ。
俺は、ゆっくりと、その背後に近づく。
足音は、ない。気配も、殺している。
今の俺は、復讐という名の、影そのものだ。
「……あった! これだ、これさえあれば……!」
男が、瓦礫の中から、小さなアタッシュケースを掘り出し、歓喜の声を上げる。
中身は、研究データか何かだろう。
こいつは、俺の血で、俺の苦しみで、出世の道でも切り開くつもりだったらしい。
その、下劣な欲望が、俺の最後の躊躇いを、綺麗さっぱり消し去ってくれた。
俺は、男のすぐ背後で、わざと、瓦礫を一つ、足で蹴った。
カラン、と乾いた音が響く。
「ひっ!?」
男が、悲鳴のような声を上げて、弾かれたように振り返る。
そして、俺の姿を認めた。
白銀の髪。
呪いの紋様。
そして、闇の中で妖しく輝く、赤い右目。
「あ……あ……お、お前は……被験体、No.288……!?」
男の顔から、さっと血の気が引いていく。
その顔は、恐怖で引きつり、面白いほどに歪んでいた。
膝は、生まれたての小鹿のように、ガクガクと震えている。
「覚えているか?」
俺は、静かに、一歩、踏み出す。
その一歩だけで、男は腰を抜かし、尻餅をついた。
「俺の血を、注射器で抜きながら……『面白いデータだ』って、テメェは、笑ってたよな」
「ち、違う! 俺は、命令されただけで……! そうだ、ヴェルナー様が! 全部、あの人の指示で……!」
「言い訳は、地獄でしろ」
男の恐怖に染まった顔。命乞いをする、哀れな声。
それを見ていると、俺の心の奥底から、じわりと、甘美な快感が湧き上がってきた。
これだ。俺は、これが見たかったんだ。
俺を虫けらのように扱っていた人間が、俺を前にして、恐怖にひれ伏す。
これ以上の、存在証明があるか?
俺は、右腕に意識を集中させた。
「オオオッ!」
一瞬で、俺の右腕は、禍々しい『災厄の爪』へと変貌する。
その、あまりに非現実的な光景に、男は、もはや悲鳴さえ上げられなかった。
ただ、大きく見開かれた目で、自分の死を見つめている。
俺は、躊躇なく、その爪を振り下ろした。
狙うは、心臓。
ザシュッ、と。
生々しい、肉を貫く感触が、腕に伝わる。
「が……はっ……」
男は、信じられないという顔で、自分の胸から突き出た、巨大な黒い爪を見下ろした。
そして、その口から、ごぽり、と赤い泡を吹いて、動かなくなった。
あっけない、幕切れだった。
俺は爪を引き抜き、男の死体を見下ろす。
もっと、こう、何かがあると思っていた。
天にも昇るような、圧倒的な達成感。
心の底から湧き上がるような、歓喜。
だが。
アドレナリンが引いていくと同時に、俺の心を支配したのは、奇妙なほどの、静けさだった。
いや、違う。
これは、空虚感だ。
ぽっかりと、心に穴が開いたような、冷たい感覚。
あれだけ渇望した復讐を、一つ、成し遂げたというのに。
俺の心は、少しも満たされていなかった。
「……これだけ? これで、終わり?」
ぽつりと、自分でも驚くほど、間の抜けた呟きが漏れた。
リストの一番上の名前が、消えた。
ただ、それだけだ。
俺の心の傷は、一つも癒えていない。
むしろ、この訳の分からない虚無感が、新たな傷を刻みつけたかのようだ。
物陰から、エリシアが、音もなく現れる。
彼女は、男の死体と、立ち尽くす俺を、値踏みするように一瞥すると、静かに問いかけた。
「どうだった?」
「……もっと何か、あると思っていた」
俺は、困惑を隠せないまま、そう答えるのが精一杯だった。
復讐って、こんなにも、空っぽなものだったのか?
俺は、自分の血で濡れた、黒い爪を見つめた。
その爪は、俺に絶対的な力をくれた。
だが、俺が本当に欲しかったものを、与えてはくれなかった。
その、どうしようもない事実だけが、廃墟の冷たい空気の中で、重く、俺にのしかかっていた。
そこは、かつて俺が地獄を味わった、研究施設の跡地。
王国によって証拠隠滅のために爆破され、今はただ、無残な残骸が、墓標のように散らばっているだけだ。
ひゅう、と隙間風が、壊れた窓枠を通り抜けて、不気味な音を立てる。
空気は、錆と、湿ったカビの匂い、そして、消し去ることのできない、微かな血の悪臭に満ちていた。
ここは、俺の過去の墓場だ。
だが、今の俺は、もうあの頃の、無力な被験体じゃない。
俺は、狩人だ。
エリシアの情報によれば、俺の血液を採取していた、あのネズミのような目の下級研究員が、証拠隠滅の混乱に乗じて逃げ出し、この廃墟に隠れているという。
過去の亡霊にでも会いに来たのか、あるいは、自分だけが助かったという優越感に浸りに来たのか。
どちらにせよ、愚かな選択だ。
俺は、物音一つ立てずに、瓦礫の山を乗り越えていく。
右眼の『災厄の赤眼』は、この薄暗い廃墟の中を、まるで真昼のように、くっきりと映し出していた。
全ての輪郭が、血のような深紅色に染まって見える。
この色のない世界で、唯一、鮮やかな熱を放つものがあった。
奥の部屋。瓦礫の陰。
そこで、一人の男が、小さな魔力光を頼りに、何かを探している。
間違いない。あいつだ。
俺は、ゆっくりと、その背後に近づく。
足音は、ない。気配も、殺している。
今の俺は、復讐という名の、影そのものだ。
「……あった! これだ、これさえあれば……!」
男が、瓦礫の中から、小さなアタッシュケースを掘り出し、歓喜の声を上げる。
中身は、研究データか何かだろう。
こいつは、俺の血で、俺の苦しみで、出世の道でも切り開くつもりだったらしい。
その、下劣な欲望が、俺の最後の躊躇いを、綺麗さっぱり消し去ってくれた。
俺は、男のすぐ背後で、わざと、瓦礫を一つ、足で蹴った。
カラン、と乾いた音が響く。
「ひっ!?」
男が、悲鳴のような声を上げて、弾かれたように振り返る。
そして、俺の姿を認めた。
白銀の髪。
呪いの紋様。
そして、闇の中で妖しく輝く、赤い右目。
「あ……あ……お、お前は……被験体、No.288……!?」
男の顔から、さっと血の気が引いていく。
その顔は、恐怖で引きつり、面白いほどに歪んでいた。
膝は、生まれたての小鹿のように、ガクガクと震えている。
「覚えているか?」
俺は、静かに、一歩、踏み出す。
その一歩だけで、男は腰を抜かし、尻餅をついた。
「俺の血を、注射器で抜きながら……『面白いデータだ』って、テメェは、笑ってたよな」
「ち、違う! 俺は、命令されただけで……! そうだ、ヴェルナー様が! 全部、あの人の指示で……!」
「言い訳は、地獄でしろ」
男の恐怖に染まった顔。命乞いをする、哀れな声。
それを見ていると、俺の心の奥底から、じわりと、甘美な快感が湧き上がってきた。
これだ。俺は、これが見たかったんだ。
俺を虫けらのように扱っていた人間が、俺を前にして、恐怖にひれ伏す。
これ以上の、存在証明があるか?
俺は、右腕に意識を集中させた。
「オオオッ!」
一瞬で、俺の右腕は、禍々しい『災厄の爪』へと変貌する。
その、あまりに非現実的な光景に、男は、もはや悲鳴さえ上げられなかった。
ただ、大きく見開かれた目で、自分の死を見つめている。
俺は、躊躇なく、その爪を振り下ろした。
狙うは、心臓。
ザシュッ、と。
生々しい、肉を貫く感触が、腕に伝わる。
「が……はっ……」
男は、信じられないという顔で、自分の胸から突き出た、巨大な黒い爪を見下ろした。
そして、その口から、ごぽり、と赤い泡を吹いて、動かなくなった。
あっけない、幕切れだった。
俺は爪を引き抜き、男の死体を見下ろす。
もっと、こう、何かがあると思っていた。
天にも昇るような、圧倒的な達成感。
心の底から湧き上がるような、歓喜。
だが。
アドレナリンが引いていくと同時に、俺の心を支配したのは、奇妙なほどの、静けさだった。
いや、違う。
これは、空虚感だ。
ぽっかりと、心に穴が開いたような、冷たい感覚。
あれだけ渇望した復讐を、一つ、成し遂げたというのに。
俺の心は、少しも満たされていなかった。
「……これだけ? これで、終わり?」
ぽつりと、自分でも驚くほど、間の抜けた呟きが漏れた。
リストの一番上の名前が、消えた。
ただ、それだけだ。
俺の心の傷は、一つも癒えていない。
むしろ、この訳の分からない虚無感が、新たな傷を刻みつけたかのようだ。
物陰から、エリシアが、音もなく現れる。
彼女は、男の死体と、立ち尽くす俺を、値踏みするように一瞥すると、静かに問いかけた。
「どうだった?」
「……もっと何か、あると思っていた」
俺は、困惑を隠せないまま、そう答えるのが精一杯だった。
復讐って、こんなにも、空っぽなものだったのか?
俺は、自分の血で濡れた、黒い爪を見つめた。
その爪は、俺に絶対的な力をくれた。
だが、俺が本当に欲しかったものを、与えてはくれなかった。
その、どうしようもない事実だけが、廃墟の冷たい空気の中で、重く、俺にのしかかっていた。
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