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第20章
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俺は、エリシアに促されるまま、リーゼとともに魔王城の中庭にいた。
俺の心を占めているのは、自分の魂が、これから辿るであろう、緩やかな死への恐怖。
そして、それでもなお、燃え盛ることをやめない、復讐の炎だった。
相反する感情が、俺の中で、まるで二匹の獣が喰い合うように、激しく争っている。
魔王城の中庭は、俺の知っている、どの庭とも違っていた。
地面から生えているのは、草花ではない。
まるで水晶でできたかのように、月光を浴びて、それ自体が、淡い青や紫の光を放つ、奇妙な植物たち。
それらは、まるで呼吸をするかのように、ゆっくりと、明滅を繰り返している。
空気は、湿った土の匂いと、どこか甘く、それでいて、少しだけ金属質な、不思議な香りに満ちていた。
空を見上げれば、地球では見たこともない、巨大な二つの月が、銀と銅の光を投げかけている。
ここは、美しい。
だが、どこまでも異質で、俺が属するべき世界ではないことを、その美しさが、かえって、雄弁に物語っていた。
俺の数歩先を、リーゼが、とぼとぼと歩いている。
その、感情のない、人形のような歩み。
彼女は、やがて、ひときわ大きく、青白い光を放つ、水晶の花の前で、足を止めた。
そして、その義手ではない方の、か細い左手で、その光の花に、そっと触れようとする。
だが、その指先は、花びらに触れる寸前で、ぴたり、と止まった。
まるで、そこに、見えない壁でもあるかのように。
彼女は、美しいものに、触れることさえ、できなくなってしまったのかもしれない。
「……きれい」
リーゼが、ぽつりと、呟いた。
その声は、やはり、虚ろだった。
美しい、という言葉の、意味も、感情も、何も理解せずに、ただ、記憶の中から、その単語を、引っ張り出してきただけ。
まるで、鳥が、人間の言葉を真似るように。
その、あまりに悲しい響きに、俺の胸の奥が、チクリ、と痛んだ。
ヴェルナー。国王。陽翔。
あいつらは、一人の人間の、魂を、ここまで、完全に破壊し尽くしたのだ。
その、許しがたい事実が、俺の憎悪を、さらに、かき立てる。
そうだ。俺は、復讐しなければならない。
この少女が奪われた、全てのもののために。
俺が、奪われた、全てのもののために。
その時だった。
俺の身体が、俺の意志より先に、動いた。
気づけば、俺はリーゼの隣に屈み込み、その栗色の、柔らかな髪に、そっと、自分の手を置いていた。
この手は、人を殺すための手だ。
禍々しい『災厄の爪』へと変貌する、呪われた手だ。
なのに、今、この手に宿っているのは、自分でも信じられないほどの、不器用な、優しさだった。
リーゼが、その虚ろな青い瞳で、俺を見上げる。
「いつか、本当に、綺麗だと思える日が来るさ」
我ながら、驚くほど、穏やかな声が出た。
それは、祈りだったのかもしれない。
この少女への、そして、この少女と同じ道を辿ろうとしている、俺自身への、あまりに、ささやかで、絶望的な、祈り。
その言葉を口にした瞬間。
俺の中で、憎悪とは、まったく違う、種類の、感情が芽生えるのを、はっきりと感じた。
それは、凍てついた俺の心の大地に、無理やり打ち込まれた、一本の杭のように、熱く、そして、痛みを伴う、温もりだった。
守りたい、という、庇護欲。
この子だけは、俺みたいになってはいけない。
憎しみの果てに、心が死んでいく、そんな、救いのない道を、歩ませてはいけない。
その、あまりに人間的な感情が、復讐一色だったはずの俺の心に、小さな、だが、確かな光を灯した。
だが。
その光が灯った瞬間、俺の右眼が、ドクン、と、警告のように、激しく脈打った。
頭の中に、冷たい声が響き渡る。
――なんだ、それは。
――弱さだ。感傷だ。復讐者には、不要な感情だ。
――その、ちっぽけな光が、貴様の憎悪の炎を、鈍らせる。
――貴様は、全てを捨てて、復讐者になると、決めたはずだろう。
俺は、まるで、灼熱の鉄にでも触れたかのように、リーゼの頭から、勢いよく手を離した。
違う。こんな感情は、間違いだ。
これは、俺を弱くする、毒だ。
俺の、内なる葛藤。
それを、遠く離れた回廊の影から、エリシアが、じっと見つめていた。
俺は、彼女の視線に気づく。
その紫紅色の瞳に浮かんでいたのは、安堵だけではなかった。
俺と同じ、葛藤の道を、先に歩んだ者だけが浮かべることのできる、深い、深い、悲しみの色だった。
俺は、その視線からも、リーゼの無垢な瞳からも、逃げるように、顔を背けた。
そして、脳裏に、陽翔の顔を、国王の顔を、無理やり、焼き付ける。
そうだ。俺には、復讐がある。
それだけが、俺の全てだ。
俺は、心に灯ってしまった、その厄介な光を、憎悪の闇で、必死に、塗りつぶそうとしていた。
だが、一度灯ってしまった光は、もう、決して、消えることはなかった。
それは、俺の、新しい、呪いであり、そして、最後の、救いだったのかもしれない。
俺の心を占めているのは、自分の魂が、これから辿るであろう、緩やかな死への恐怖。
そして、それでもなお、燃え盛ることをやめない、復讐の炎だった。
相反する感情が、俺の中で、まるで二匹の獣が喰い合うように、激しく争っている。
魔王城の中庭は、俺の知っている、どの庭とも違っていた。
地面から生えているのは、草花ではない。
まるで水晶でできたかのように、月光を浴びて、それ自体が、淡い青や紫の光を放つ、奇妙な植物たち。
それらは、まるで呼吸をするかのように、ゆっくりと、明滅を繰り返している。
空気は、湿った土の匂いと、どこか甘く、それでいて、少しだけ金属質な、不思議な香りに満ちていた。
空を見上げれば、地球では見たこともない、巨大な二つの月が、銀と銅の光を投げかけている。
ここは、美しい。
だが、どこまでも異質で、俺が属するべき世界ではないことを、その美しさが、かえって、雄弁に物語っていた。
俺の数歩先を、リーゼが、とぼとぼと歩いている。
その、感情のない、人形のような歩み。
彼女は、やがて、ひときわ大きく、青白い光を放つ、水晶の花の前で、足を止めた。
そして、その義手ではない方の、か細い左手で、その光の花に、そっと触れようとする。
だが、その指先は、花びらに触れる寸前で、ぴたり、と止まった。
まるで、そこに、見えない壁でもあるかのように。
彼女は、美しいものに、触れることさえ、できなくなってしまったのかもしれない。
「……きれい」
リーゼが、ぽつりと、呟いた。
その声は、やはり、虚ろだった。
美しい、という言葉の、意味も、感情も、何も理解せずに、ただ、記憶の中から、その単語を、引っ張り出してきただけ。
まるで、鳥が、人間の言葉を真似るように。
その、あまりに悲しい響きに、俺の胸の奥が、チクリ、と痛んだ。
ヴェルナー。国王。陽翔。
あいつらは、一人の人間の、魂を、ここまで、完全に破壊し尽くしたのだ。
その、許しがたい事実が、俺の憎悪を、さらに、かき立てる。
そうだ。俺は、復讐しなければならない。
この少女が奪われた、全てのもののために。
俺が、奪われた、全てのもののために。
その時だった。
俺の身体が、俺の意志より先に、動いた。
気づけば、俺はリーゼの隣に屈み込み、その栗色の、柔らかな髪に、そっと、自分の手を置いていた。
この手は、人を殺すための手だ。
禍々しい『災厄の爪』へと変貌する、呪われた手だ。
なのに、今、この手に宿っているのは、自分でも信じられないほどの、不器用な、優しさだった。
リーゼが、その虚ろな青い瞳で、俺を見上げる。
「いつか、本当に、綺麗だと思える日が来るさ」
我ながら、驚くほど、穏やかな声が出た。
それは、祈りだったのかもしれない。
この少女への、そして、この少女と同じ道を辿ろうとしている、俺自身への、あまりに、ささやかで、絶望的な、祈り。
その言葉を口にした瞬間。
俺の中で、憎悪とは、まったく違う、種類の、感情が芽生えるのを、はっきりと感じた。
それは、凍てついた俺の心の大地に、無理やり打ち込まれた、一本の杭のように、熱く、そして、痛みを伴う、温もりだった。
守りたい、という、庇護欲。
この子だけは、俺みたいになってはいけない。
憎しみの果てに、心が死んでいく、そんな、救いのない道を、歩ませてはいけない。
その、あまりに人間的な感情が、復讐一色だったはずの俺の心に、小さな、だが、確かな光を灯した。
だが。
その光が灯った瞬間、俺の右眼が、ドクン、と、警告のように、激しく脈打った。
頭の中に、冷たい声が響き渡る。
――なんだ、それは。
――弱さだ。感傷だ。復讐者には、不要な感情だ。
――その、ちっぽけな光が、貴様の憎悪の炎を、鈍らせる。
――貴様は、全てを捨てて、復讐者になると、決めたはずだろう。
俺は、まるで、灼熱の鉄にでも触れたかのように、リーゼの頭から、勢いよく手を離した。
違う。こんな感情は、間違いだ。
これは、俺を弱くする、毒だ。
俺の、内なる葛藤。
それを、遠く離れた回廊の影から、エリシアが、じっと見つめていた。
俺は、彼女の視線に気づく。
その紫紅色の瞳に浮かんでいたのは、安堵だけではなかった。
俺と同じ、葛藤の道を、先に歩んだ者だけが浮かべることのできる、深い、深い、悲しみの色だった。
俺は、その視線からも、リーゼの無垢な瞳からも、逃げるように、顔を背けた。
そして、脳裏に、陽翔の顔を、国王の顔を、無理やり、焼き付ける。
そうだ。俺には、復讐がある。
それだけが、俺の全てだ。
俺は、心に灯ってしまった、その厄介な光を、憎悪の闇で、必死に、塗りつぶそうとしていた。
だが、一度灯ってしまった光は、もう、決して、消えることはなかった。
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