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第2章:初めての冒険者ギルド(1)
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カイル、ライナ、そしてエレーナの三人がフェリダの村を旅立ったのは、明け方の空がうっすらと紫に染まりはじめた頃だった。
村人には詳しい事情を話せず、最低限の支度のみでの出発。
人々の温かい見送りを背に、彼らはひとまず王都エルデリアへ向かうことを目的とした。
もっとも、直接王都まで馬車を使うほどの余裕はない。
フェリダの村の家畜や馬車は数が限られているうえ、金銭的にも余裕はなかった。
そこでライナは、村の隣町まで行く行商人の荷馬車に頼み込み、安価で乗せてもらう道を選ぶことにした。
彼らを乗せた木造の小さな荷馬車は、軋む音を立てながら村を離れ、やがてまばらに広がる丘陵地帯を進んでゆく。
朝露を含んだ風はやや冷たいが、空は晴れ渡って旅日和と言えた。
荷馬車の揺れに合わせ、エレーナはローブの襟をきゅっと握りしめながら外の景色を見つめる。
村で短い間とはいえ休息できたことで、顔色は幾分回復したようだ。
それでも、時折胸元を押さえ、不安そうに視線を落とすこともある。
「体の具合、どう?」
カイルが隣で声をかけると、エレーナは微笑もうとして、ぎこちなく目を伏せた。
「ありがとう。だいぶ良くなったわ。まだ少し疲れが残ってるだけ……」
「そっか。無理はしないでね。何かあったら遠慮なく言ってくれれば」
「ああもう、あんたってほんとお人好しなんだから」
馬車の端に腰掛けていたライナが、少し照れ隠しのように顔を背ける。
途端に荷馬車ががくんと揺れ、ライナは「わっ」と声を上げてバランスを崩しそうになった。
「きゃっ、ちょ、ちょっと、おじさん、急に段差に突っ込まないでよ!」
「悪い悪い、道が荒れててな!」
行商人の男は苦笑しながら手綱を操るが、そもそも辺境近くの道は整備が行き届いておらず、こうした衝撃は当たり前だ。
まだまだ王都への道は遠い――そう実感させられる一瞬だった。
◇◇◇
カイルは振動に耐えながら、鞄にしまった『小枝』のことが頭を離れない。
あの不可解な力、ライナの剣撃を一瞬で増幅させたような現象が、果たして何だったのか。
(王都に行けば、誰か分かる人がいるのかな……)
エレーナは教会の関係者だが、何か知っていそうなそぶりはない。
むしろ、彼女自身も何か秘密を抱えているらしい。
それを問い詰めることはできないが、いずれ打ち明けてくれるだろうか――そんな葛藤が、カイルの胸を重くする。
しかし同時に、ライナが見せたあの力強い一面は確かに小枝の力と連動していた。
「自分は何の取り柄もない」と思っていたカイルにとって、それは初めての『大きな手応え』だったとも言える。
(旅路が長いから、その間にもう一度試せる機会があるかもしれない。でも、暴走したら怖いし……どう扱えばいいんだろう)
ちくりと胸が痛む。
まだまだ分からないことだらけだった。
◇◇◇
村を出て半日ほど経ったころ、道端から妙な音が聞こえた。
かさかさと低い唸り声のような、けれど何かが地面を這うような不気味な音。
行商人の男が顔をしかめる。
「嫌な予感がするな……このあたり、最近ゴブリンが出るって噂があったんだ。気をつけてくれよ」
カイルたちは急いで荷馬車から降り、周囲を警戒する。
すると、林の中から小さな緑色の影が見えた。
一匹ではない、三匹、四匹……。
鋭い牙をむき、錆びた短剣や棍棒を握るゴブリンの群れだ。
「ライナ!」
「分かってる! エレーナは後ろに下がって!」
ライナは片手剣を抜き、すぐさま前へ躍り出る。
ポニーテールが空気を払って揺れ、反射的に構えた盾が陽光を反射する。
その姿は『赤き小虎』と呼ばれるにふさわしい俊敏さだ。
ゴブリンたちが汚い声を上げながら突進してくるが、ライナは冷静に一匹の武器を弾き飛ばし、返す刀で相手の脇腹に斬りつけた。
鈍い悲鳴を上げてゴブリンが倒れ込み、他の仲間はたじろぐ。
(やっぱりライナはすごい……!)
カイルはナイフを握って一歩踏み出すが、どうにも踏ん切りがつかない。
エレーナはローブの下から杖を取り出し、身を守る結界を張る準備をしているようだ。
ライナが二匹目、三匹目のゴブリンを相手にしている間、残った一匹が行商人の荷馬車のほうへ走り出した。
「こっちに来るなっ……!」
カイルは咄嗟にナイフを投げようと腕を引くが、正直遠距離攻撃の精度など持ち合わせていない。
焦りに手が震える。
そのとき、鞄の中で小枝が微かに熱を帯びているのを感じた。
(今なら……あの力が使えるかもしれない。でも、どうやって……?)
混乱するカイルの前を横切るように、エレーナの結界が淡い光を放った。
ゴブリンは小さくのけぞり、その一瞬の隙を逃さずライナが駆け寄って剣の柄でゴブリンを殴り倒す。
ごん、と鈍い音がして、ゴブリンは地面に転がった。
「ふぅ……大丈夫?」
ライナは息を切らしながらカイルを振り返る。
カイルは情けない思いを抱きつつ頷いた。
「ありがとう、助かった。俺……何もできなかったな」
「気にしないで。まだ旅は始まったばかりだし……それに、怪我がないだけでも十分よ」
ライナは歯を食いしばりながらも、仲間を傷つけずに済んだことを安堵しているようだった。
エレーナもまた杖を下ろし、ほっと胸を撫で下ろしている。
こうして初めての旅でいきなり魔物の襲撃を受けた彼らは、身をもって『王都への道は安全ではない』ことを知った。
行商人の男はゴブリンの亡骸を警戒しつつ言う。
「ありがとうよ、おかげで助かった。だが、こうも物騒じゃ先に進むのも骨が折れるな。あんたら、どこまで行くんだ?」
「僕たちは先を急ぎます。危険だけど、仕方ない」
カイルが答えると、男は複雑な顔で頷き、別れを告げる。
荷馬車で先へ進むのはやめ、来た道を戻るという。
行商人の男とはそこで道を分かれ、徒歩で街を目指すことになった。
◇◇◇
日が暮れる頃まで歩き詰め、三人はようやく中規模の街へたどり着いた。
石造りの門と塀に囲まれ、かろうじて『城塞都市』と呼べるほどの規模はある。
名前は『リュードン』。
王都からはまだ二日ほどの距離だが、辺境寄りの宿場町として機能している。
門番に入城税を少しだけ支払い、中へ入ると、そこには露店が並び、人々が行き交う活気があった。
お菓子や果物、旅人向けの薬草や武器まで売られている。
フェリダの村とは比べ物にならない賑わいだ。
「わあ……こんなに人がいるんだ」
カイルは素直に驚きを漏らす。
「私、教会への用事で何度か王都を訪れたけれど……ここも活気があるわね」
エレーナはそう言いながらも、どこか落ち着かない様子で周囲を警戒している。
もしかすると追っ手を警戒しているのかもしれない。
そんな三人の視線を惹いたのは、街の中央広場の一角にそびえる大きな石造りの建物だった。
扉の上部に掲げられた看板には、剣と盾のマークが描かれている。
それは『冒険者ギルド』のシンボルだった。
「ここが……冒険者ギルド、だね。話には聞いたことあるけど、実際に入るのは初めてだ」
カイルはごくりと唾を呑み込む。
ライナも期待に目を輝かせた。
「行ってみようよ。もしかしたら王都まで行くための情報や手段が見つかるかもしれないし」
入り口をくぐると、そこは広々としたホールになっていた。
壁際には依頼書が多数貼り付けられ、内側にはカウンターと、その奥に受付係と思しき人々が忙しそうに書類を整理している。
剣や槍、弓を担いだ冒険者たちが行き来し、喧騒と酒の匂いが漂っていた。
◇◇◇
三人が人波をかき分けて奥へ進もうとしたとき、太い腕でずんぐりした体格の男に声をかけられた。
「おい、若いの。初めてか?」
振り向くと、そこには鎧の胸当てだけを着用し、腰に騎士剣を携えた壮年の男が立っている。
額には深い傷跡があり、短い黒髪に白髪が交じっている。
「はい、初めてです……」
カイルが正直に答えると、男は腕を組んで唸るように笑った。
「やっぱりそうか。表情に物珍しさがにじみ出てる。ここは冒険者ギルド『リュードン支部』だ。俺はガレス・トゥルーシールド。今はギルドの教官みたいな仕事をしてるが、昔は王国騎士団の副団長だったんだ」
「王国騎士団の……副団長!?」
ライナが素っ頓狂な声をあげる。
カイルとエレーナも思わず息を飲んだ。
王国騎士団の元副団長が、なぜこの街のギルドで教官などしているのか、疑問は尽きない。
「まあ、昔色々あってな。そんなことより……初めてなら登録が必要だろう?」
ガレスは慣れた手つきでカウンターに彼らを案内する。
そもそも冒険者ギルドでは、依頼を受けるために個人情報や身分証明を登録し、『冒険者証』を交付してもらう手順が必須だ。
「登録すると旅先でもギルド施設や宿を割安で利用できるし、怪我したときの治療サポートもある。ま、もちろんギルドの規則は守らなきゃいけないがな」
カイルたちは顔を見合わせ、同時に頷いた。
闇雲に旅をするよりは、ギルドを頼ったほうが安全だろう。
王都へ行く道中でモンスターが出たときの対策や、通行許可の情報も得られるかもしれない。
何より、エレーナを守るうえでも、ある程度公的な後ろ盾があったほうがいい。
「よろしくお願いします。僕はカイル・ファーヴェル、で、こっちがライナ・アシュベル、そしてエレーナ・ホワイトウッドです」
ガレスは頷いて、受付係の女性にそれぞれの身分情報を伝えるよう促す。
「身分証は、うちの村じゃ領主様に出す書類ぐらいしか……」
「なに、それで大丈夫だ。簡単な審査だけしてサインを残せばいい。お前たち、旅を続けるのなら、登録しておくと便利だぞ」
受付で必要事項を記入し、魔法道具で撮影された小さな肖像と共に、三人の冒険者証が発行される。
見るとランクは一番下の『F』となっていた。
「はは、やっぱり最初はFランクか。まあ、ここから上がっていくのよね」
ライナがカードを手にして笑う。
一方カイルは、こうして少しずつ『外の世界』に足を踏み入れている実感が湧いてきて、胸が高鳴る。
ガレスはそんな三人を見て、大きく頷いた。
「ちょうどいい。明日か明後日ぐらいに、初心者向けの『体験クエスト』があるんだ。お前たちもどうだ? 旅の間にも使える基礎知識を実践で学べる。剣を握ったことがない奴でも大丈夫だぞ」
ライナが腕を組み、ちらりとカイルを見る。
「どうする? 私は実戦経験もあるけど、旅の途中で困ることも多いし、知識は学んでおきたい。それに、あんたにはいい機会じゃない?」
カイルも迷いはしなかった。
あの小枝の力を試す術を探している以上、少しでも多くの情報や経験を積んだほうがいいはずだ。
エレーナも「私も学びたいわ」と意欲を見せる。
「じゃあ、お願いします。参加させてください」
「よし、決まりだ。あすは朝からギルドの訓練所に来い。団体でのプチクエストをやるから、しっかり準備をしておけ」
その夜、三人はギルドが紹介してくれた安宿に泊まり、久しぶりにゆっくりと体を休めたのだった。
村人には詳しい事情を話せず、最低限の支度のみでの出発。
人々の温かい見送りを背に、彼らはひとまず王都エルデリアへ向かうことを目的とした。
もっとも、直接王都まで馬車を使うほどの余裕はない。
フェリダの村の家畜や馬車は数が限られているうえ、金銭的にも余裕はなかった。
そこでライナは、村の隣町まで行く行商人の荷馬車に頼み込み、安価で乗せてもらう道を選ぶことにした。
彼らを乗せた木造の小さな荷馬車は、軋む音を立てながら村を離れ、やがてまばらに広がる丘陵地帯を進んでゆく。
朝露を含んだ風はやや冷たいが、空は晴れ渡って旅日和と言えた。
荷馬車の揺れに合わせ、エレーナはローブの襟をきゅっと握りしめながら外の景色を見つめる。
村で短い間とはいえ休息できたことで、顔色は幾分回復したようだ。
それでも、時折胸元を押さえ、不安そうに視線を落とすこともある。
「体の具合、どう?」
カイルが隣で声をかけると、エレーナは微笑もうとして、ぎこちなく目を伏せた。
「ありがとう。だいぶ良くなったわ。まだ少し疲れが残ってるだけ……」
「そっか。無理はしないでね。何かあったら遠慮なく言ってくれれば」
「ああもう、あんたってほんとお人好しなんだから」
馬車の端に腰掛けていたライナが、少し照れ隠しのように顔を背ける。
途端に荷馬車ががくんと揺れ、ライナは「わっ」と声を上げてバランスを崩しそうになった。
「きゃっ、ちょ、ちょっと、おじさん、急に段差に突っ込まないでよ!」
「悪い悪い、道が荒れててな!」
行商人の男は苦笑しながら手綱を操るが、そもそも辺境近くの道は整備が行き届いておらず、こうした衝撃は当たり前だ。
まだまだ王都への道は遠い――そう実感させられる一瞬だった。
◇◇◇
カイルは振動に耐えながら、鞄にしまった『小枝』のことが頭を離れない。
あの不可解な力、ライナの剣撃を一瞬で増幅させたような現象が、果たして何だったのか。
(王都に行けば、誰か分かる人がいるのかな……)
エレーナは教会の関係者だが、何か知っていそうなそぶりはない。
むしろ、彼女自身も何か秘密を抱えているらしい。
それを問い詰めることはできないが、いずれ打ち明けてくれるだろうか――そんな葛藤が、カイルの胸を重くする。
しかし同時に、ライナが見せたあの力強い一面は確かに小枝の力と連動していた。
「自分は何の取り柄もない」と思っていたカイルにとって、それは初めての『大きな手応え』だったとも言える。
(旅路が長いから、その間にもう一度試せる機会があるかもしれない。でも、暴走したら怖いし……どう扱えばいいんだろう)
ちくりと胸が痛む。
まだまだ分からないことだらけだった。
◇◇◇
村を出て半日ほど経ったころ、道端から妙な音が聞こえた。
かさかさと低い唸り声のような、けれど何かが地面を這うような不気味な音。
行商人の男が顔をしかめる。
「嫌な予感がするな……このあたり、最近ゴブリンが出るって噂があったんだ。気をつけてくれよ」
カイルたちは急いで荷馬車から降り、周囲を警戒する。
すると、林の中から小さな緑色の影が見えた。
一匹ではない、三匹、四匹……。
鋭い牙をむき、錆びた短剣や棍棒を握るゴブリンの群れだ。
「ライナ!」
「分かってる! エレーナは後ろに下がって!」
ライナは片手剣を抜き、すぐさま前へ躍り出る。
ポニーテールが空気を払って揺れ、反射的に構えた盾が陽光を反射する。
その姿は『赤き小虎』と呼ばれるにふさわしい俊敏さだ。
ゴブリンたちが汚い声を上げながら突進してくるが、ライナは冷静に一匹の武器を弾き飛ばし、返す刀で相手の脇腹に斬りつけた。
鈍い悲鳴を上げてゴブリンが倒れ込み、他の仲間はたじろぐ。
(やっぱりライナはすごい……!)
カイルはナイフを握って一歩踏み出すが、どうにも踏ん切りがつかない。
エレーナはローブの下から杖を取り出し、身を守る結界を張る準備をしているようだ。
ライナが二匹目、三匹目のゴブリンを相手にしている間、残った一匹が行商人の荷馬車のほうへ走り出した。
「こっちに来るなっ……!」
カイルは咄嗟にナイフを投げようと腕を引くが、正直遠距離攻撃の精度など持ち合わせていない。
焦りに手が震える。
そのとき、鞄の中で小枝が微かに熱を帯びているのを感じた。
(今なら……あの力が使えるかもしれない。でも、どうやって……?)
混乱するカイルの前を横切るように、エレーナの結界が淡い光を放った。
ゴブリンは小さくのけぞり、その一瞬の隙を逃さずライナが駆け寄って剣の柄でゴブリンを殴り倒す。
ごん、と鈍い音がして、ゴブリンは地面に転がった。
「ふぅ……大丈夫?」
ライナは息を切らしながらカイルを振り返る。
カイルは情けない思いを抱きつつ頷いた。
「ありがとう、助かった。俺……何もできなかったな」
「気にしないで。まだ旅は始まったばかりだし……それに、怪我がないだけでも十分よ」
ライナは歯を食いしばりながらも、仲間を傷つけずに済んだことを安堵しているようだった。
エレーナもまた杖を下ろし、ほっと胸を撫で下ろしている。
こうして初めての旅でいきなり魔物の襲撃を受けた彼らは、身をもって『王都への道は安全ではない』ことを知った。
行商人の男はゴブリンの亡骸を警戒しつつ言う。
「ありがとうよ、おかげで助かった。だが、こうも物騒じゃ先に進むのも骨が折れるな。あんたら、どこまで行くんだ?」
「僕たちは先を急ぎます。危険だけど、仕方ない」
カイルが答えると、男は複雑な顔で頷き、別れを告げる。
荷馬車で先へ進むのはやめ、来た道を戻るという。
行商人の男とはそこで道を分かれ、徒歩で街を目指すことになった。
◇◇◇
日が暮れる頃まで歩き詰め、三人はようやく中規模の街へたどり着いた。
石造りの門と塀に囲まれ、かろうじて『城塞都市』と呼べるほどの規模はある。
名前は『リュードン』。
王都からはまだ二日ほどの距離だが、辺境寄りの宿場町として機能している。
門番に入城税を少しだけ支払い、中へ入ると、そこには露店が並び、人々が行き交う活気があった。
お菓子や果物、旅人向けの薬草や武器まで売られている。
フェリダの村とは比べ物にならない賑わいだ。
「わあ……こんなに人がいるんだ」
カイルは素直に驚きを漏らす。
「私、教会への用事で何度か王都を訪れたけれど……ここも活気があるわね」
エレーナはそう言いながらも、どこか落ち着かない様子で周囲を警戒している。
もしかすると追っ手を警戒しているのかもしれない。
そんな三人の視線を惹いたのは、街の中央広場の一角にそびえる大きな石造りの建物だった。
扉の上部に掲げられた看板には、剣と盾のマークが描かれている。
それは『冒険者ギルド』のシンボルだった。
「ここが……冒険者ギルド、だね。話には聞いたことあるけど、実際に入るのは初めてだ」
カイルはごくりと唾を呑み込む。
ライナも期待に目を輝かせた。
「行ってみようよ。もしかしたら王都まで行くための情報や手段が見つかるかもしれないし」
入り口をくぐると、そこは広々としたホールになっていた。
壁際には依頼書が多数貼り付けられ、内側にはカウンターと、その奥に受付係と思しき人々が忙しそうに書類を整理している。
剣や槍、弓を担いだ冒険者たちが行き来し、喧騒と酒の匂いが漂っていた。
◇◇◇
三人が人波をかき分けて奥へ進もうとしたとき、太い腕でずんぐりした体格の男に声をかけられた。
「おい、若いの。初めてか?」
振り向くと、そこには鎧の胸当てだけを着用し、腰に騎士剣を携えた壮年の男が立っている。
額には深い傷跡があり、短い黒髪に白髪が交じっている。
「はい、初めてです……」
カイルが正直に答えると、男は腕を組んで唸るように笑った。
「やっぱりそうか。表情に物珍しさがにじみ出てる。ここは冒険者ギルド『リュードン支部』だ。俺はガレス・トゥルーシールド。今はギルドの教官みたいな仕事をしてるが、昔は王国騎士団の副団長だったんだ」
「王国騎士団の……副団長!?」
ライナが素っ頓狂な声をあげる。
カイルとエレーナも思わず息を飲んだ。
王国騎士団の元副団長が、なぜこの街のギルドで教官などしているのか、疑問は尽きない。
「まあ、昔色々あってな。そんなことより……初めてなら登録が必要だろう?」
ガレスは慣れた手つきでカウンターに彼らを案内する。
そもそも冒険者ギルドでは、依頼を受けるために個人情報や身分証明を登録し、『冒険者証』を交付してもらう手順が必須だ。
「登録すると旅先でもギルド施設や宿を割安で利用できるし、怪我したときの治療サポートもある。ま、もちろんギルドの規則は守らなきゃいけないがな」
カイルたちは顔を見合わせ、同時に頷いた。
闇雲に旅をするよりは、ギルドを頼ったほうが安全だろう。
王都へ行く道中でモンスターが出たときの対策や、通行許可の情報も得られるかもしれない。
何より、エレーナを守るうえでも、ある程度公的な後ろ盾があったほうがいい。
「よろしくお願いします。僕はカイル・ファーヴェル、で、こっちがライナ・アシュベル、そしてエレーナ・ホワイトウッドです」
ガレスは頷いて、受付係の女性にそれぞれの身分情報を伝えるよう促す。
「身分証は、うちの村じゃ領主様に出す書類ぐらいしか……」
「なに、それで大丈夫だ。簡単な審査だけしてサインを残せばいい。お前たち、旅を続けるのなら、登録しておくと便利だぞ」
受付で必要事項を記入し、魔法道具で撮影された小さな肖像と共に、三人の冒険者証が発行される。
見るとランクは一番下の『F』となっていた。
「はは、やっぱり最初はFランクか。まあ、ここから上がっていくのよね」
ライナがカードを手にして笑う。
一方カイルは、こうして少しずつ『外の世界』に足を踏み入れている実感が湧いてきて、胸が高鳴る。
ガレスはそんな三人を見て、大きく頷いた。
「ちょうどいい。明日か明後日ぐらいに、初心者向けの『体験クエスト』があるんだ。お前たちもどうだ? 旅の間にも使える基礎知識を実践で学べる。剣を握ったことがない奴でも大丈夫だぞ」
ライナが腕を組み、ちらりとカイルを見る。
「どうする? 私は実戦経験もあるけど、旅の途中で困ることも多いし、知識は学んでおきたい。それに、あんたにはいい機会じゃない?」
カイルも迷いはしなかった。
あの小枝の力を試す術を探している以上、少しでも多くの情報や経験を積んだほうがいいはずだ。
エレーナも「私も学びたいわ」と意欲を見せる。
「じゃあ、お願いします。参加させてください」
「よし、決まりだ。あすは朝からギルドの訓練所に来い。団体でのプチクエストをやるから、しっかり準備をしておけ」
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ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
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