怪盗ダーク ―5人の怪盗、世界を欺く―

七梨

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第20話 不可解な女たち

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◆◇◆
 

 5月も終わりに近付いた。

 五月晴れの空の下を、俺はカバンを持って歩いていた。
 中には数冊の本が入っている。今先程、近くの図書館で借りたものだ。

 本来なら、この時間は大学で勉強に費やしている筈だったのだ。
 ただ金がないから進学を諦めた訳ではない。
 進学の為に親父が貯めてくれていた資金を切り崩して、今慎ましく生活している。

 大学に行く意味を、見出すことが出来なくなったから。
 親父が……死んでから、一度は生きる意味さえも、見失った。

 ……あぁ、そうだ。
 国会事件の後。2週間経ったくらいか。

 俺は絶望の最中にいた。
 そして今思えば、あの時あの場にたまたまひかるが通りかかることがなければ、きっと今ここに俺はいない。

 ダークも存在しなかっただろう。

「タカー!」

 歩いていると、後ろから俺を呼ぶ声がして振り返る。
 けいが走ってやって来る。
 その後から、買い物袋を持ったパワフルがゆっくり歩いてやって来る。

 ……パワフル。

 さくら号にはたまにやって来る。
 男ばかりのむさ苦しい空間を、綺麗にする為に。

 だが、何故だろう。
 俺はコイツに好かれていない……どころか、激しく嫌悪すらされている。理由はわからないが。
 だから俺との会話は殆どない。

「何してるのー?」

「見ての通り、散歩」

「暇なの? キャッチボールしない?」

「暇じゃない。散歩してる」

 パワフルが、俺の前に腕を組んで立ちはだかる。

「久しぶりね。ちょうどあなたに話があったのよ」

「話?」

 俺はパワフルの顔を窺う。
 あだ名の通り威圧感がある。口は笑っているが、目は笑っていない。

 ……この女、どうも苦手だ。
 何故か腹の中が探れない。

「木谷高英くんにお願い。さくら号から、出て行ってほしいの」

「はぁ!?」

「何で!?」

 俺だけじゃなく、けいも素っ頓狂な声を出した。

「言う人を間違えてないか? 家賃ならちゃんと滞納せずに払っているが?」

「総志くんからはこの前一括返済してもらったわよ。何か大金が手に入ったらしくてね」

「何故だ。いくらアンタがさくら号の大家でも、正当な理由がなければ拒否する」

「そう。追い出す事は出来ないから、こうやってお願いしてるんじゃない」

「だから、その理由は」

「あなたの事が嫌いだから」

 ……は?? 何だそれは餓鬼か?
 呆気に取られて、言葉を一瞬失った。

「お母さん! おれはタカの事が大好きなの! 追い出したら絶対嫌だよ!」

 俺の代わりにけいが目を吊り上げて怒った。
 パワフルはそのけいを見て、失笑した。

「ケイトの前でする話じゃなかったわね。じゃあ単刀直入に聞くわ。さくら号に入居した理由は何?」

「……」

「人嫌いのあなたが、シェアハウスなんて選択するなんておかしいと思って」

 俺がパワフルを黙って睨んでいると、パワフルは笑って目を逸らした。

「……言うつもりも、出て行くつもりもないのね」

「ない」

「それなら、ケイトと関わらないで欲しいの」

「関わって来るのはコイツからなんだが?」

「お母さん! 怒るよ!」

 けいがパワフルを叩く。本当に怒っている。

「……ごめんねケイト。じゃ、忠告したわよ。行きましょう」

 ……忠告?

 そう言って、パワフルは踵を返して去って行った。

「え~? おれはタカと遊んで帰ろうかな?」

「遊ばない。帰れ」

 俺もパワフルとは反対の方向へ、歩き出した。

「えー……、またねタカ~」

 何なんだあの女。本当に意味がわからない。

 入居を決めた時はあんな態度取られなかった。
 なのに、住み始めてから豹変した。俺は何もしていないのに……。

 しかもさくら号で、俺ばかりが目の敵にされている気がする……。
 家賃滞納しているまさかりさんはさておき。

 困った事にはなったと思っている。
 俺がさくら号に住み始めた理由は、パワフルお前なんだよ。





 パワフルと会話して非常に嫌な気持ちにはなったが、依然として良い天気ではあったので、俺は予定通り公園のベンチに腰掛け本を読み始めた。

 俺の事が嫌いだからさくら号から出て行け? 理由が幼稚すぎて笑わせてくれる。無視だ無視。
 せっかくダークが軌道に乗り始めたのに、それを手放す手はない。

 暫くすると、向こうで誰かの足音が聞こえた。
 見知らぬ制服の女子高生。

 俺はまたすぐに視線を本に戻す。
 ……が、思い直して再びそいつに焦点を合わせた。

 あいつ……!

 胸の辺りまである長髪は、西日を浴びて茶っぽくなっている。
 細身のそいつは重そうな黒いエナメルバッグを背負って、公園の公衆トイレへ入って行った。
 ……俺の存在には気付いていない。

 ……よし。

 俺は公衆トイレから一番近いところにあるベンチに移動して、そこで本を開く。

 随分長い時間が経過して、女子トイレから出て来たのは学ランを着た一見男子生徒だった。
 髪の毛が一瞬で短くなった……、しかし顔でそいつが同一人物だというのは一目瞭然だった。

 あいつ、どうやって学校通ってんのかと思えば、こんなところで毎日……。

「おい、ひかる」

 ひかるは俺に気付くなり、目を見開いて息を飲んだ。

「た、タカ……!」

「随分長い便所だったな。藤井ひかる」

「ち、ちが……っ!」

「それとも、藤原光里《ふじはらひかり》と呼んだ方がいいか?」

「や……。ひかるでいいです……」

 鼻で意地悪に笑う俺を、ひかるは何とも言えぬ表情で見た。

「な、なんでここに」

「読書に打って付けの場所だから。お前こそ、毎朝朝練だとか言って早くさくら号を出るのは、そこで着替える為か」

「あはは……」

 笑っているけれども笑えない顔をして、ひかるは俺の隣に腰掛けた。
 敢えて俺との間隔を、ヒト一人分開けて。

「髪の毛は? お前の髪は自在に伸びたり縮んだりするのか?」

「はは、まさか。つけ毛しただけだよ」

「学ランは? 買ったのか」

「お兄ちゃんの。校章とか違うけど、タカたちにしか見せないからバレないじゃん」

「学校では藤原光里として過ごしてるんだな」

「……うん」

「へぇ」

 一度、そこで会話が途切れる。 

 弱く生温い風が、少し俯くひかるの短い髪を揺らした。
 ひかるは何処か落ち着かない様子だ。

「……で?」

「……で、って?」

「どうして男装してまでさくら号に?」

「う……それは……」

 少し長い沈黙の後。

「……言わない」

「何故?」

「言いたくないから」

「……理由になってない」

「ほ、ほっといてよ。タカだって言わないくせにさ」

 そう言って、ひかるはそっぽを向いてしまう。

 ひかるが転校した高校を少し調べてみたことがある。
 ……が、特にこれと言って魅力的な何かがあるという訳でもなく。

 陸上に至っては前の高校よりも成績は劣っているというレベルだ。
 たぶん単純にさくら号から近くて、自分の学力に見合った高校を選んだだけなのだろう。

 ……ならば、可能性として。

 やっぱり俺を追って来たのか?
 いや、そうだとしても何故だ?
 俺を追うことでこいつに何のメリットがある……?

 ひかるは遠くを見つめていて、何か考えごとをしている様だった。

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