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第20話 不可解な女たち
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5月も終わりに近付いた。
五月晴れの空の下を、俺はカバンを持って歩いていた。
中には数冊の本が入っている。今先程、近くの図書館で借りたものだ。
本来なら、この時間は大学で勉強に費やしている筈だったのだ。
ただ金がないから進学を諦めた訳ではない。
進学の為に親父が貯めてくれていた資金を切り崩して、今慎ましく生活している。
大学に行く意味を、見出すことが出来なくなったから。
親父が……死んでから、一度は生きる意味さえも、見失った。
……あぁ、そうだ。
国会事件の後。2週間経ったくらいか。
俺は絶望の最中にいた。
そして今思えば、あの時あの場にたまたまひかるが通りかかることがなければ、きっと今ここに俺はいない。
ダークも存在しなかっただろう。
「タカー!」
歩いていると、後ろから俺を呼ぶ声がして振り返る。
けいが走ってやって来る。
その後から、買い物袋を持ったパワフルがゆっくり歩いてやって来る。
……パワフル。
さくら号にはたまにやって来る。
男ばかりのむさ苦しい空間を、綺麗にする為に。
だが、何故だろう。
俺はコイツに好かれていない……どころか、激しく嫌悪すらされている。理由はわからないが。
だから俺との会話は殆どない。
「何してるのー?」
「見ての通り、散歩」
「暇なの? キャッチボールしない?」
「暇じゃない。散歩してる」
パワフルが、俺の前に腕を組んで立ちはだかる。
「久しぶりね。ちょうどあなたに話があったのよ」
「話?」
俺はパワフルの顔を窺う。
あだ名の通り威圧感がある。口は笑っているが、目は笑っていない。
……この女、どうも苦手だ。
何故か腹の中が探れない。
「木谷高英くんにお願い。さくら号から、出て行ってほしいの」
「はぁ!?」
「何で!?」
俺だけじゃなく、けいも素っ頓狂な声を出した。
「言う人を間違えてないか? 家賃ならちゃんと滞納せずに払っているが?」
「総志くんからはこの前一括返済してもらったわよ。何か大金が手に入ったらしくてね」
「何故だ。いくらアンタがさくら号の大家でも、正当な理由がなければ拒否する」
「そう。追い出す事は出来ないから、こうやってお願いしてるんじゃない」
「だから、その理由は」
「あなたの事が嫌いだから」
……は?? 何だそれは餓鬼か?
呆気に取られて、言葉を一瞬失った。
「お母さん! おれはタカの事が大好きなの! 追い出したら絶対嫌だよ!」
俺の代わりにけいが目を吊り上げて怒った。
パワフルはそのけいを見て、失笑した。
「ケイトの前でする話じゃなかったわね。じゃあ単刀直入に聞くわ。さくら号に入居した理由は何?」
「……」
「人嫌いのあなたが、シェアハウスなんて選択するなんておかしいと思って」
俺がパワフルを黙って睨んでいると、パワフルは笑って目を逸らした。
「……言うつもりも、出て行くつもりもないのね」
「ない」
「それなら、ケイトと関わらないで欲しいの」
「関わって来るのはコイツからなんだが?」
「お母さん! 怒るよ!」
けいがパワフルを叩く。本当に怒っている。
「……ごめんねケイト。じゃ、忠告したわよ。行きましょう」
……忠告?
そう言って、パワフルは踵を返して去って行った。
「え~? おれはタカと遊んで帰ろうかな?」
「遊ばない。帰れ」
俺もパワフルとは反対の方向へ、歩き出した。
「えー……、またねタカ~」
何なんだあの女。本当に意味がわからない。
入居を決めた時はあんな態度取られなかった。
なのに、住み始めてから豹変した。俺は何もしていないのに……。
しかもさくら号で、俺ばかりが目の敵にされている気がする……。
家賃滞納しているまさかりさんはさておき。
困った事にはなったと思っている。
俺がさくら号に住み始めた理由は、パワフルお前なんだよ。
◆
パワフルと会話して非常に嫌な気持ちにはなったが、依然として良い天気ではあったので、俺は予定通り公園のベンチに腰掛け本を読み始めた。
俺の事が嫌いだからさくら号から出て行け? 理由が幼稚すぎて笑わせてくれる。無視だ無視。
せっかくダークが軌道に乗り始めたのに、それを手放す手はない。
暫くすると、向こうで誰かの足音が聞こえた。
見知らぬ制服の女子高生。
俺はまたすぐに視線を本に戻す。
……が、思い直して再びそいつに焦点を合わせた。
あいつ……!
胸の辺りまである長髪は、西日を浴びて茶っぽくなっている。
細身のそいつは重そうな黒いエナメルバッグを背負って、公園の公衆トイレへ入って行った。
……俺の存在には気付いていない。
……よし。
俺は公衆トイレから一番近いところにあるベンチに移動して、そこで本を開く。
随分長い時間が経過して、女子トイレから出て来たのは学ランを着た一見男子生徒だった。
髪の毛が一瞬で短くなった……、しかし顔でそいつが同一人物だというのは一目瞭然だった。
あいつ、どうやって学校通ってんのかと思えば、こんなところで毎日……。
「おい、ひかる」
ひかるは俺に気付くなり、目を見開いて息を飲んだ。
「た、タカ……!」
「随分長い便所だったな。藤井ひかる」
「ち、ちが……っ!」
「それとも、藤原光里《ふじはらひかり》と呼んだ方がいいか?」
「や……。ひかるでいいです……」
鼻で意地悪に笑う俺を、ひかるは何とも言えぬ表情で見た。
「な、なんでここに」
「読書に打って付けの場所だから。お前こそ、毎朝朝練だとか言って早くさくら号を出るのは、そこで着替える為か」
「あはは……」
笑っているけれども笑えない顔をして、ひかるは俺の隣に腰掛けた。
敢えて俺との間隔を、ヒト一人分開けて。
「髪の毛は? お前の髪は自在に伸びたり縮んだりするのか?」
「はは、まさか。つけ毛しただけだよ」
「学ランは? 買ったのか」
「お兄ちゃんの。校章とか違うけど、タカたちにしか見せないからバレないじゃん」
「学校では藤原光里として過ごしてるんだな」
「……うん」
「へぇ」
一度、そこで会話が途切れる。
弱く生温い風が、少し俯くひかるの短い髪を揺らした。
ひかるは何処か落ち着かない様子だ。
「……で?」
「……で、って?」
「どうして男装してまでさくら号に?」
「う……それは……」
少し長い沈黙の後。
「……言わない」
「何故?」
「言いたくないから」
「……理由になってない」
「ほ、ほっといてよ。タカだって言わないくせにさ」
そう言って、ひかるはそっぽを向いてしまう。
ひかるが転校した高校を少し調べてみたことがある。
……が、特にこれと言って魅力的な何かがあるという訳でもなく。
陸上に至っては前の高校よりも成績は劣っているというレベルだ。
たぶん単純にさくら号から近くて、自分の学力に見合った高校を選んだだけなのだろう。
……ならば、可能性として。
やっぱり俺を追って来たのか?
いや、そうだとしても何故だ?
俺を追うことでこいつに何のメリットがある……?
ひかるは遠くを見つめていて、何か考えごとをしている様だった。
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