諦めることを諦めてみた

ゆい

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出会い編

3

「自分の前の名前って覚えている?」

と、神子様に聞かれる。
僕はふるふると首を横に振る。

「誰も、僕の名前を、呼んでくれなかったから、覚えていないんです。前も、その前も、神子様が、アイドルを、していた世界でも」

僕は少し困った顔をして言った。
誰にも呼ばれなかったから、本当に覚えていない。
今世、兄がいるから、区別できるように名前で呼ばれているだけだ。
兄がいなかったら、僕の名は、僕自身すら忘れてしまっていただろう。

神子様と侯爵子息には衝撃的な話みたいだったようで、顔を青褪めて、言葉をなくしてしまった。











また神子様に慰められて、公爵令嬢に涙を拭われ、ちょっと僕が落ち着いてきたところで、下校時間になった。
更に詳しい話は、明日の放課後にすることとなった。
ちなみに、僕はずっと侯爵子息の膝の上にいた。侯爵子息が離してくれなかった。
誰もそれについて言及することは、なかった。

しかも侯爵子息は、帰りも『家まで馬車で送る』と言ってくれた。
お断りをしたけど、僕が徒歩通学をしているのを知っていて、

「もう日も暮れて危ないから、私が送るよ」

と、言われた。
僕は断る言葉が思いつかなくて、どうしようかと考えていたら、あっという間に馬車に乗せられていた。
いつの間にか侯爵子息と神子様に、家まで送られることになった。
座席には僕を挟んで2人が両隣に座った。
そんな馬車の中での会話だった。








沈黙が続く中、先に意識を取り戻した神子様が、

「ちょっと待って。…君は、生まれ変わる度に、記憶を保持し続けているって、こと?」

と、聞いてきた。

「…君じゃなくて、ユーク=ネメティス君だ」

神子様の声で侯爵子息も意識を浮上した。
侯爵子息はさっきの流れで、僕の名前をきちんと呼ぶように、神子様に言ってくれた。

「…ユーク、くん」

「歳上ですので、呼び捨てで、いいです」

家族以外から名前なんて呼ばれない。
神子様から名前を呼ばれたら、何かくすぐったい気持ちになった。

「なら、ユーク。君は、覚えているの?その、何回も生まれ変わっていることを。」

「…はい。ただ、一番、古い記憶が、神子様がいた、世界なんです。断片的、ですけど」

「じゃあ、俺がいなくなったっていう報道はあった?ニュースは流れた?」

「……いえ。神子様が、いなくなる前に、僕が死んだかと、思います。そんな話は、聞いていない、気がします」

僕は記憶を探るけど、ニュースや新聞で、そんな報道が出た記憶はなかった。
アイドルの渡良瀬尚がいなくなったのなら、大々的に報道をするだろうし。

「…そっか。……ユークは、その、…覚えているの?」

神子様が僕に何を聞きたいのか意味が分かり、こくんと頷く。

「……深くは聞かないけど、事故とか?」

ふるふると首を横に振る。

「僕、自ら、です」

「「っ!!」」

神子様と侯爵子息は、驚愕の表情をした。

「16歳の、誕生日でした。生きることを、…頑張れなくて。……限界だったんです」

「「……。」」

「その後は、記憶を思い出す度に、生きることを、諦めました」

馬車の中は、静かになる。
ガタガタと車輪の音しか聞こえてこない。
先程から僕の言葉で衝撃を受けている2人。
なんか、『酷い話を聞かせて、ごめんなさい』と、謝りたい気持ちになってしまった。


「……今は?」

「…えっ?なんて、言いましたか?」

しばらくしてから、侯爵子息がぼそっと言う。
居た堪れない気持ちになっていた僕は、どう言えばいいのかわからずに考え込んでしまい、侯爵子息の言葉を聞き逃してしまった。

「今も、今回も、生きることを諦めたいのか?」

少し悲し気な表情で侯爵子息は僕に聞いてくる。
神子様の方も見れば、切なそうな顔をしていた。
僕はゆっくりと首を横に振る。

「……いえ、今は、違います」

「……そうか」

神子様と侯爵子息は、どこかホッとした表情になった。
それから家に着くまで、2人に頭を撫でられた。













家の屋敷の正門の近くで馬車を止めてもらい、僕は馬車から降りる。

「送っていただき、ありがとうございました」

「うん、また明日ね」

と、約束の言葉をくれる神子様。

「今日は疲れただろうから、ゆっくり休んでくれ」

と、気遣いの言葉をくれる侯爵子息。

「神子様、グランベル様、おやすみなさい」

「…尚、でいいよ。俺も名前で呼んでほしい」

神子様が照れながら言う。

「私もロアフォルトでいい。…長いから、ロアでいい。」

侯爵子息ロアフォルト=グランベル様は、愛称呼びさえ許してくださった。

「……っ、はい!ありがとうございます、尚様!ロア様!」

嬉しくて、目に涙を溜め、お礼を言う。
2人とも笑顔で『おやすみ』って言ってくれた。




僕は今世初めて、家族以外の人の名前を呼んだ。
誰かと約束をしたのも、優しくされたのも、初めて尽くしだった。
気持ちが温かくなって、少しだけ夢心地の気分だった。











僕は馬車を見送った後、正門からではなく、裏門から家に入る。家族にも、使用人にも見つからないように、こそこそ隠れながら自分の部屋に戻る。
僕の部屋は、住み込みの使用人たちの部屋がある場所の一階の物置部屋だった部屋だ。

前は2階にきちんとした自室があった。今は弟の部屋になっている。
弟の服や服飾品でクローゼットがいっぱいになったから、隣の僕の部屋を衣裳部屋にしてしまった。
僕はおさがりの服だけでクローゼットはスカスカだったから、弟が『使わないなら僕が使うよ』と言って、母から部屋ごと取り上げられたのだ。
部屋がない僕は、いつの間にかこの場所に押し込められた。


いつもだと、僕の帰りはもっと遅い。
完全に陽が沈んだ頃に、家族が夕食を食べ始める頃に家に辿り着く。
学園がある日は、夕食の時間に間に合わないから、僕は一人、部屋で食べる。
固くなったパンと薄いスープのみ。
使用人は面倒くさそうに運んでくる。
食べ終わったら、自分で食器を下げないと、放置しっぱなしだ。
まだ、食事があるだけ有り難いかな

と、思っていた。
でも、夕食については、家族や使用人からの嫌がらせだった。
食器を下げに厨房に行く途中、使用人たちがそんな話しをしているの聞こえてきた。

『リュカ様は、アレにおかずを取られたって、泣いていらしたわ』

『サイル様は、アレの分のせいで、肉料理が少ないって嘆いていたわ』

『奥様は、食事の時間なのに、アレがリュカ様に意地悪する姿をみたくないとおっしゃっていたわ』

最終的に、『夕食の時間に間に合わないなら、部屋で食べなさい』と父から言われて、一人で部屋で食べるようになる。
そして、おかずのない夕食になるのは早かった。
それから、朝食も学園のない日の夕食も、少ない食事量しか出なくなった。
昼食なんて、学園に入ってから、食べたことはなかった。

昨日は学園はなかったから、夕食は食べれた。
今日は弟の誕生日だ。
いつもより豪華な食事なんだろう。
使用人たちもお祝いのために、忙しく動き回っているのだろう。
使用人は、僕の食事を運ぶことを忘れるだろう。
昨年はそうだったから。



部屋に入り、制服から私服へと着替える。
カバンから教科書を出して、明日の授業の準備をする。
教科書以外入っていないはずのカバンに、小さな包みが入っていた。
カバンから出して、開けてみる。
中には、生徒会室でみた焼き菓子だった。
それとメモが一枚。

『今日はいっぱい泣かせてしまったから、お詫びにもならないけど、食べてね』

と、書かれてあった。
名前は書かれていないけど、多分皇子殿下か、公爵令嬢の計らいで、侍従が準備してくれ、カバンの中に入れてくれたんだと思う。
焼き菓子を一つつまみ、口に入れた。
ほろほろと口の中で溶けていく。
甘いけど、優しい味がした。
僕は大事にひとつずつ食べた。


また、涙が出てしまう。
今日は涙腺の機能が停止したのか、ずっと泣いてばかりいる。
家族から何を言われても泣かないでやってこれたのに。
他人から、嘲笑や蔑みの視線を向けられても、踏ん張ってきたのに。


何気ない気遣いが、優しさが、僕の心に沁み入る。
嬉しくて、温かくて、ひび割れるほどカラカラに乾燥した心を、少しだけ潤わせてくれる。



この気持ちを誰にも奪われないように、そっと心の奥の方へ、大事に仕舞った。


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