諦めることを諦めてみた

ゆい

文字の大きさ
14 / 16
にゃんこ編

2

「元々日本に猫はいなかったらしいんだよ。仏教と共に日本に定着したんだよね。お経の本をネズミから守るために連れてきたのが、由来だって」

「尚様は、何でそんなことを知っているのですか?」

「日本猫の愛猫家から聞いたことがあるから。純血の日本猫って数が少なくて、愛猫家は手放さないんだよね。日本猫って、それはもう、ちっちゃくて可愛いんだよ。もう一目惚れしたよ。で、譲ってもらうために色々と勉強したんだよね。猫って肉食だけど、魚を好んで食べるのは、日本の猫くらいみたいだし」

「へぇ。もう、猫博士ですね。今度からそう呼びましょうか?」

「いやいや、俺はまだまだだよ。しかもこの世界に、……にゃんこいないし。」

「あぁ、……ですね。軽率でした」

「あのぉ、神子様、ユーク殿。よく話をしながら、執務ができますね?……こちらのを確認された書類、大司教様に届けても大丈夫でしょうか?大司教様がお待ちになっています」

尚様の下で秘書役の神官たちが、どの書類を持って行って良いかを確認してきた。
大司教から書類を早く上げろと催促が来たみたい。

「こちらの書類は大司教様に、こちらは不認可の書類で、計算等が違っています。こっちに関しては、皇宮へ突き返して来なさい。予算案が不明瞭なうえに、金額の桁が多いです」

「か、かしこまりました」

と、神官は書類運びで部屋を出て行った。

僕は、上がってきた書類を確認してから、尚様に渡している。尚様はきちんと確認してから、印鑑を押す。
名前を書いても消えるので、僕が『印鑑を作ったらどうですか?』と言ったら、尚様は自分で硬い木の枝を見つけてきて、ナイフで彫った。
シーリングスタンプがあるから、スタンプを作る職人はいるはずなのに、なぜか自分で彫っていた。
デザインもこだわって、猫型の枠にローマ字で【NAO・WAT】と入れてある。無駄に器用な人だと思った。口には出していないけど。三文判より大きいけど。
ちなみに僕がその印を見たとき、思わず笑ってしまった。
【WAT】って、WHATの略称と聞いたことがあった。ネットやSNSで使われていると、英語教師が言っていた。普通に訳すと、『えぇ⁈尚⁇』になってしまうから、笑ってしまったのだ。
尚様の愉快な言動を、僕しか理解できないことが残念だ。



「ユーク、ロアフォルトは?」

「グランベル様なら、今は訓練の時間です。それに、教会内なら、私一人でも尚様の警護はできます」

「まぁ、そうだけど。……ユークは、もう名前で呼んであげないの?」

「……私は今、平民ですので」

「そんなに意固地にならなくてもいいのに。本人も名前呼びを許しているのに」

「いえ、分別はきちんとしておかないと、グランベル様の評価に繋がりますので」

「……全く、素直じゃないな。……気にはしているくせに」

「尚様、まだ書類は沢山ありますよ?追加を持って来ましょうか?」

と、僕はわざと尚様の嫌がることをにっこりと笑いながら言う。
僕は、あの日からロア様の名前を読んでいない。尚様もそのことについて、気にはしているみたい。

「もう無理‼︎頑張れないよ‼︎朝からやっているのに、なんで減らないの‼︎」

尚様は机をバァァンと叩いて、文句を言い始めた。

「尚様が、書類から逃げ回っていたからじゃないですか」

僕は呆れながら言う。

「逃げ回ってはいない。ただ、執務室にいるとね、邪魔がね、入るんだよね、……ホラ」

と、ドアをノックする音が聞こえる。
僕が応対をするためにドアに向かう。
少しドアを開けて、顔だけを出して、訪問者を確認する。

「……また、あなたですか」

僕は廊下にいる訪問者を確認して溜息をつく。そして、ドアの前で待機している聖騎士を睨む。
いい加減に、関係者以外の訪問をきちんと止めて欲しい。
聖騎士は平民出身が多いから、貴族相手には逆らえないことはわかっている。しかし、毎日執務の邪魔をしに来られるから、迷惑極まりない。
待機している聖騎士は、気まずげな表情をするだけだった。

「神子様はいられるんでしょ?部屋に入らせてもらうわ」

と、子爵令嬢が勝手にドアを大きく開けて、部屋に入ろうとする。
この令嬢は、尚様に一目惚れをしてから毎日のように押し掛けてきた。
こちらの予定を把握しているかのようで、尚様が外出している時は、教会に来ることはなかった。内通者がいるようだ。

「神子様ぁぁ‼︎」

ゴォォン!

と、令嬢は部屋に入ろうとしたけど、見えない壁で思いっきり鼻先をぶつけていた。
今、護衛聖騎士がいないのだから、僕が部屋に結界を張っているのに。
これで何度目だろう。学習能力はないのだらうか。

「いったぁぁい!神子様、この侍従がまた意地悪をするぅ!」

と、鼻をおさえながら、泣き真似をする。
ふぅっと、尚様の溜息が聞こえる。

「神子様は今、執務中です。教会の者以外の方はご遠慮ください」

僕はそう言って素早くドアを閉めた。

「結界の範囲を広げたほうがいいでしょうか?」

と、尚様に問う。

「ん~、あれはあれで、俺への好意しかないから、俺の浄化も効かないんだよね。でも、範囲を広げると、ユークが大変になるでしょ。どうしたものかねぇ。……電子ロックみたいに、IDカードで許可された人以外は、この階層に立ち入り禁止ができたらいいんだけどね。機密情報もあるから、聖騎士がいるのにねぇ」

「ああ、なるほど。……魔道具師に相談してみます」

「期待しないで、待っているよ」

毎日同じご令嬢に突進されて、辟易している尚様。アイドル時代も熱狂的なファンの対応に手を焼かされたと言っていたけど、異世界に来てまで同じ状況を味わう羽目になるとは、同情しかない。
でも、僕はそんなものがあるとは思い出せなかったので、尚様の前世界記憶の物を作ることを賛成する。

「僕は詳しいことはわからないので、紙に書いてもらってもいいですか?」

「……自分で自分の仕事を増やしてしまったな」

「尚様の警護の問題ですので、お願いします」

尚様は『余計なことを言った』と後悔をしている。でも、実用化されたなら、皇宮にも取り入れられるだろうから、また尚様の懐は温かくなるだけだ。
僕の前世記憶は、嫌なことしか覚えていないから、活用出来るものは思い出せない。
尚様は、アイスクリームが食べたいがために冷蔵庫・冷凍庫を提案して、アイディア料で稼いでいる。版権は売らないでレンタルにしたから、毎月いくらかの収入が入ってきている。
砂糖がなくて未だに作られていないけど。

僕が唯一覚えていたのがアイロンだった。
尚様みたいに『クイックチェンジ』は出来ないから、侍従らしく身なりを気にした時に思い出した。
今は、貴族や商家で持っていない家はないくらいに普及した。これは良い小遣い稼ぎになった。



ロア様が訓練から戻ってきたら、夕食の時間になり、僕たちは食堂へと移動した。
食堂の席は、大司教以外席は決まっていなくて、来た人から順番に奥から座っていく。
尚様も初めは大司教の隣に座っていたらしいけど、『会話をしないと顔と名前が覚えられない』と言って、『色々な人たちと触れ合う機会が欲しい』と、お願いをしたらしい。
この頃は一日中大司教から勉強を教えてもらっていたから、食事の時くらいは解放されたかったみたいだ。





配膳が終わり、大司教が神への感謝の言葉を伝え、みんなが祈る。それが終わると一斉に食べ始める。
食事が進むにつれて、話し出す人が出てくる。騒がしくならないようであれば、特に咎められることはない。勿論、悪意ある噂話や誰かの悪口を話題にすることは論外だけど。



「ユーク、食事が終わったら、ちょっと付き合ってよ」

「……元気ですね」

「脳を使ったなら、身体を動かさないと。それに俺の相手はユークしか出来ないし」

「……グランベル様は?」

「ええ、ロアフォルトって、ヘタじゃん」



「まぁ、たしかに」

!!

「力技でどうにかしてくるのが嫌なんだよね」

⤵︎

「わかります。技術を少しでも磨いていただければ、私も痛い思いをしなくてすむのですけど」

⤵︎⤵︎

僕たちの会話を聞いていたロア様は凹んでしまった。
でも、痛いものは痛い。翌日になって青痣になっていたりして、見える部分だとあまり印象は良くない。
それにロア様がヘタなことも、みんな知っているし。

「だから、ユークお願い!」

「……また、熱中し過ぎて真夜中まで、なんて嫌ですからね。ほどほどでお願いします」

「ありがと!寝る前の軽い運動だから」

と、尚様が言う。
毎回軽い運動と言うけど、僕には結構な運動量だ。これは体力の差か、天賦の才か。まぁ、両方だと思うけど。

僕は夕食後のことを考えると、食事の進みが遅くなった。



今夜は早く寝たかったのに。


感想 2

あなたにおすすめの小説

愛されたいだけなのに

まさお
BL
我儘令息だったノアは一回目の人生で最愛の人からの裏切りの末、殺される。 気がつくと人生が巻き戻っていて人生二週目が始まる。 しかしまた殺される。 何度も何度も繰り返した人生の中で自分が愛されることを諦めてしまう。

記憶を無くしたら家族に愛されました

レン
BL
リオンは第三王子で横暴で傲慢で侍女や執事が少しでも気に入らなかったら物を投げたり怒鳴ったりする。家族の前でも態度はあまり変わらない… 家族からも煩わしく思われたていて嫌われていた… そんなある日階段から落ちて意識をなくした…数日後目を覚ましたらリオンの様子がいつもと違くて…

「お前を愛する事はない」を信じたので

あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することは無い。お前も私を愛するな。私からの愛を求めるな」 お互いの利益のために三年間の契約結婚をしたアヴェリンとロデリック。楽しく三年を過ごしたアヴェリンは屋敷を出ていこうとするのだが……。

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 ※本編のロアン編完結。  ヴィルヘルム編を連載中です。

愛され方を教えて

あちゃーた
BL
主人公リハルトは自分を愛さなかった元婚約と家族のために無惨に死んだ…はずだった。 次に目が覚めた時、リハルトは過去に戻っていた。 そこは過去のはずなのにどこかおかしくて…

ゆい
BL
涙が落ちる。 涙は彼に届くことはない。 彼を想うことは、これでやめよう。 何をどうしても、彼の気持ちは僕に向くことはない。 僕は、その場から音を立てずに立ち去った。 僕はアシェル=オルスト。 侯爵家の嫡男として生まれ、10歳の時にエドガー=ハルミトンと婚約した。 彼には、他に愛する人がいた。 世界観は、【夜空と暁と】と同じです。 アルサス達がでます。 【夜空と暁と】を知らなくても、これだけで読めます。 2025.4.28 ムーンライトノベルに投稿しました。

虐げられた令息の第二の人生はスローライフ

りまり
BL
 僕の生まれたこの世界は魔法があり魔物が出没する。  僕は由緒正しい公爵家に生まれながらも魔法の才能はなく剣術も全くダメで頭も下から数えたほうがいい方だと思う。  だから僕は家族にも公爵家の使用人にも馬鹿にされ食事もまともにもらえない。  救いだったのは僕を不憫に思った王妃様が僕を殿下の従者に指名してくれたことで、少しはまともな食事ができるようになった事だ。  お家に帰る事なくお城にいていいと言うので僕は頑張ってみたいです。        

『死ぬほど愛されたい』と願ったら、最強の公爵家に転生して家族の愛が重すぎます!〜赤ちゃん令嬢は『慈愛の眼』で今日もデレを解析中〜

五十嵐紫
ファンタジー
元・社畜SE、今世は国宝級の赤ん坊!? 最強の父様とお兄様が過保護すぎて、一歩歩くだけで国が揺れちゃいます!