何もしない悪役令息になってみた

ゆい

文字の大きさ
21 / 37
本編

19

しおりを挟む
今日も、祖母に起こしてもらい、シリルに支度を整えてもらう。
朝食後にオルクス様が迎えに来て、シリルと3人で書庫に向かった。
帝国の絵本や物語を書庫のカウチに座りながら読んでもらう。
オルクス様の読み方はとても丁寧で、途中帝国ならではの言い回しなども解説してもらいながらだったので、とてもわかりやすかった。
絵本は帝国に伝わる伝承や、帝国で流行っている英雄の物語だった。
伝承は教会の壁画にもなった聖者の話だった。聖者が天使から授かった力で、魔物から人々を守るお話だった。



昼食後は、書庫に籠りっぱなしも良くないからと、中庭を散策することにした。
オルクス様と手を繋いで、シリルが後ろから日傘を差してくれる。

「今日は日差しが強いので差しますね。リアム様はすぐに赤くなると聞いていますから。」

と、シリルの気遣いが嬉しかった。

「なら、私が日傘を持つよ。」

「オルクス様はリアム様の手をそのまま繋いで、守ってくださいませ。」

「…そうだね。リアムを守る使命があったね。」

シリルの絶妙な言葉選びで、シリルの仕事は取られることはなかった。

「リアムは普段から散歩を嗜んでいるのかい?」

「はい。屋敷内なら、探査魔法を使って一人で歩き回ります。庭に行く時は、使用人達にお願いしています。シリルが侍従になってからは、シリルと一緒です。」

「そうか。昨日聞いたが、リアムは花が好きなんだよね?」

「はい。見るのも描くのも好きでした。今は香りを楽しんでいます。」

「描く?リアムは絵を描くのが好きだったのか?」

「はい。絵を描くのが好きで、ずーっと描いていたかったです。」

描く楽しさを思い出した僕はちょっとだけしょぼんとしてしまう。

「…何かの本に盲目になった画家の話があったな。彼も見えなくなってしまったが、絵の具を手に取ると、色によって微妙に温度や質感が違うことに気が付いて、キャンバスに直接手で絵を描いていくって話があった。」

「……そんな話があるんですか?」

「ああ。ただ本のタイトルなどは覚えていないから、紹介はできなくてすまないね。」

「いえ、話を聞けただけでいいです。見えなくても、絵を描く人がいただけで、心強いです。」

「ただ、あまりお薦めのやり方ではないんだよ。手が絵の具で色んな色に染まってしまうからね。リアムの可愛い手が色んな色に染まるのは嫌だな。」

「ふふ、しませんよ。流石に手を筆代わりにしたら、みんなに怒られそうです。」

後ろでシリルが頷いていることには気がつかない。

「一度見に行きたいなぁ。」

「リアム様の絵はどれも素晴らしいので、見応えはあります。」

と、シリルがオルクス様に伝える。
オルクス様は立ち止まり、シリルの方に顔を向ける。

「本当に?!」

「はい。現公爵夫妻の絵は、応接室に飾られるほどです。」

「父様達の絵はそんなところに飾ってあるの?てっきり夫婦の間に飾ったかと思っていたのに。」

「来客の方々は、玄関の間の王都の風景画でまず圧倒されます。応接室の夫妻の肖像画で、画家の紹介をお願いされます。」

「父様はなんて答えているの?」

「旦那様達は何も答えません。ただ微笑むだけです。5歳の時のリアム様が描かれたなんて、誰も信じてくれませんからね。」

「そうなんだ。秘密なの?」

「はい。公爵家の秘密です。」

ふふふっと笑うシリルは、どんな表情をしているのかわからない。

「ふむ。ご挨拶で伺った際は、しっかりと絵を見よう。リアム、ここから少し階段になるが、抱っこしようか?それとも歩くかい?」

「抱っこで。躓いて転んだら、お祖母様がオルクス様を叱りそうですから。」

「そうか!では、失礼するよ。」

オルクス様は僕を優しく抱き上げてくる。
抱き上げながら歩いても、不安定さを全く感じない。
手を置いている胸元は、厚くて硬い。

「オルクス様、筋肉、すごいです。」

「これでも騎士見習いだからね。」

「えっ?学園生では?」

「学園には行っているよ。15歳までは貴族の義務だけど、そのあとは卒業するか、専門を学ぶかは自由なんだ。私は騎士をしつつ、軍事学を学んでいる。だから、まだ見習いなんだ。将来はオステオンの代で、騎士団総長にはなりたいと考えているんだ。必要なことは今のうちに学んでおかないと、本格的に騎士になったら学ぶ時間を取るのが難しいらしい。」

「…ちゃんと将来設計していたんですね。」

ただ支えたいと言うだけの人ではなかったらしい。有言実行の人だった。
シリルが後ろで『ブッ』と笑いだす。多分『ちゃんと』の部分だよね。失言でした。

「これからはリアムとの結婚も考えて、設計しないとだな。あと5年したら、我が国では成人にあたるから、15歳で嫁いできてくれるかい?」

「アダマスでは17歳が成人ですので、15歳は早すぎます。エド兄様は18歳になったら嫁ぐ予定になっていますので、僕も18歳まで結婚しません。早すぎると、父様達が淋しいでしょ?」

「ははっ、リアムは優しいな。そうだな、ご両親が淋しがるな。アダマスとは遠いから、中々会えなくなるしな。あと8年は我慢しよう。」

「はい。そうしてください。」

僕の我儘だと言わずに、僕の意見を取り入れてくれた。理由を述べれば、周りの気持ちも考えてくれる。
オルクス様は、とても優しい人だなと感じた。

「リアム、階段が終わったから歩くかい?この先に噴水があるんだ。水が冷たくて気持ちが良いよ。」

「噴水!触りたい!」

「よし、行こう!」

降ろしてはくれずに抱かれたまま、噴水のところまで連れてきてもらった。
一昨日にも聞いた水の音がする。冷えた水で噴水の周りの気温は若干涼しい。涼しい風が頬を撫ぜる。

「きもちいい。」

「ああ、ここは心地好い場所だから、皇宮の者の休憩場所として人気があるんだ。」

「休憩場所?今も休憩している人がいるの?」

皇子と賓客の僕がいたら、休憩していた人は休憩していられないだろうと、聞いてみる。

「いや、解放の時間が決まっているから、大丈夫だよ。」

「なら良かった。休憩はきちんと休憩しないと、仕事に支障が出るからね。シリルもきちんと休憩してね。」

「はい、ありがとうございます。」

「リアムはやっぱり優しいな。」

と、噴水の池の縁に座らせてくれて、冷たい水を触らせてもらう。
今日は暑いくらいだから、冷たい水が気持ちよくて、ついはしゃいでしまう。

「オルクス様!」

と、いるだろう方向に向かって、噴水から落ちてくる水をかける。

「おや、リアムはいたずらっこだったのか?」

と、オルクス様からも仕返しとばかりに軽くかけられる。
家の屋敷内に噴水なんてないから、こんな遊びは5歳前に川に遊びに連れて行ってもらった時以来だった。
楽しくて水をかけあっていたら、いつの間にかびしょ濡れになっていた。そこで、オルクス様の動きが急に止まる。

「オルクス様?」

「あ、ああ、びしょ濡れになったから、着替えようか?」

「うん。シリル、服が張り付いて、気持ち悪い。」

胸元のシャツが張り付き、動きづらくなった。僕はシャツを引っ張りながら言う。

「リアム様、遊び過ぎです。お風邪を召されます。」

と、ふんわりの大きなタオルに巻かれた。
僕はシリルに抱かれて祖父母の部屋へ、オルクス様も濡れたので自室へ戻られた。

シリルは、『あの残念皇子め』とか『リアム様の扇情的な姿を周りに晒すな』とかブツブツと文句を言っていた。
扇情的って何?僕まだ10歳だよ?シリルの言葉選びは時々おかしい。

リアムは知らなかったが、今日のリアムは白い薄めのシャツを着ていた。
水で濡れたシャツは透けてしまい、普段からあまり日に当たらないリアムの白い肌が露わになる。
更に淡いピンク色の胸の頂きも露わになり、思いがけずにそれを見たオルクスは、ギュゥンと股間を膨らませる。
それに気付いたシリルは、急ぎ空間魔法からバスタオルを取り出して、リアムに巻き付けた。
シリルは前公爵夫妻に報告案件として、きちんと報告された後、オルクスは2人に説教をされたことは、言うまでもなかった。


びしょ濡れの僕を見た祖母は、『私もよくやったよ』と懐かしそうに言っていた。
多分兄弟で遊んだことを思い出したのだと思う。
皇宮で生まれ育った祖母の思い出は、そこかしこにまだ残っているみたいだ。

そして、僕とオルクス様が水遊びをしていた姿を影でこっそり覗いていた者がいたことは、僕は知らなかった。



その夜、皇族と僕と祖父母が陛下の命により招集された。


しおりを挟む
感想 33

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【蒼き月の輪舞】 モブにいきなりモテ期がきました。そもそもコレ、BLゲームじゃなかったよな?!

黒木  鳴
BL
「これが人生に三回訪れるモテ期とかいうものなのか……?そもそもコレ、BLゲームじゃなかったよな?!そして俺はモブっ!!」アクションゲームの世界に転生した主人公ラファエル。ゲームのキャラでもない彼は清く正しいモブ人生を謳歌していた。なのにうっかりゲームキャラのイケメン様方とお近づきになってしまい……。実は有能な無自覚系お色気包容主人公が年下イケメンに懐かれ、最強隊長には迫られ、しかも王子や戦闘部隊の面々にスカウトされます。受け、攻め、人材としても色んな意味で突然のモテ期を迎えたラファエル。生態系トップのイケメン様たちに狙われたモブの運命は……?!固定CPは主人公×年下侯爵子息。くっついてからは甘めの溺愛。

【完結】悪役令嬢モノのバカ王子に転生してしまったんだが、なぜかヒーローがイチャラブを求めてくる

路地裏乃猫
BL
ひょんなことから悪役令嬢モノと思しき異世界に転生した〝俺〟。それも、よりにもよって破滅が確定した〝バカ王子〟にだと?説明しよう。ここで言うバカ王子とは、いわゆる悪役令嬢モノで冒頭から理不尽な婚約破棄を主人公に告げ、最後はざまぁ要素によって何やかんやと破滅させられる例のアンポンタンのことであり――とにかく、俺はこの異世界でそのバカ王子として生き延びにゃならんのだ。つーわけで、脱☆バカ王子!を目指し、真っ当な王子としての道を歩き始めた俺だが、そんな俺になぜか、この世界ではヒロインとイチャコラをキメるはずのヒーローがぐいぐい迫ってくる!一方、俺の命を狙う謎の暗殺集団!果たして俺は、この破滅ルート満載の世界で生き延びることができるのか? いや、その前に……何だって悪役令嬢モノの世界でバカ王子の俺がヒーローに惚れられてんだ? 2025年10月に全面改稿を行ないました。 2025年10月28日・BLランキング35位ありがとうございます。 2025年10月29日・BLランキング27位ありがとうございます。 2025年10月30日・BLランキング15位ありがとうございます。 2025年11月1日 ・BLランキング13位ありがとうございます。

【完結】婚約者の王子様に愛人がいるらしいが、ペットを探すのに忙しいので放っておいてくれ。

フジミサヤ
BL
「君を愛することはできない」  可愛らしい平民の愛人を膝の上に抱え上げたこの国の第二王子サミュエルに宣言され、王子の婚約者だった公爵令息ノア・オルコットは、傷心のあまり学園を飛び出してしまった……というのが学園の生徒たちの認識である。  だがノアの本当の目的は、行方不明の自分のペット(魔王の側近だったらしい)の捜索だった。通りすがりの魔族に道を尋ねて目的地へ向かう途中、ノアは完璧な変装をしていたにも関わらず、何故かノアを追ってきたらしい王子サミュエルに捕まってしまう。 ◇拙作「僕が勇者に殺された件。」に出てきたノアの話ですが、一応単体でも読めます。 ◇テキトー設定。細かいツッコミはご容赦ください。見切り発車なので不定期更新となります。

【新版】転生悪役モブは溺愛されんでいいので死にたくない!

煮卵
BL
ゲーム会社に勤めていた俺はゲームの世界の『婚約破棄』イベントの混乱で殺されてしまうモブに転生した。 処刑の原因となる婚約破棄を避けるべく王子に友人として接近。 なんか数ヶ月おきに繰り返される「恋人や出会いのためのお祭り」をできる限り第二皇子と過ごし、 婚約破棄の原因となる主人公と出会うきっかけを徹底的に排除する。 最近では監視をつけるまでもなくいつも一緒にいたいと言い出すようになった・・・ やんごとなき血筋のハンサムな王子様を淑女たちから遠ざけ男の俺とばかり過ごすように 仕向けるのはちょっと申し訳ない気もしたが、俺の運命のためだ。仕方あるまい。 クレバーな立ち振る舞いにより、俺の死亡フラグは完全に回避された・・・ と思ったら、婚約の儀の当日、「私には思い人がいるのです」 と言いやがる!一体誰だ!? その日の夜、俺はゲームの告白イベントがある薔薇園に呼び出されて・・・ ーーーーーーーー この作品は以前投稿した「転生悪役モブは溺愛されんで良いので死にたくない!」に 加筆修正を加えたものです。 リュシアンの転生前の設定や主人公二人の出会いのシーンを追加し、 あまり描けていなかったキャラクターのシーンを追加しています。 展開が少し変わっていますので新しい小説として投稿しています。 続編出ました 転生悪役令嬢は溺愛されんでいいので推しカプを見守りたい! https://www.alphapolis.co.jp/novel/687110240/826989668 ーーーー 校正・文体の調整に生成AIを利用しています。

麗しの眠り姫は義兄の腕で惰眠を貪る

黒木  鳴
BL
妖精のように愛らしく、深窓の姫君のように美しいセレナードのあだ名は「眠り姫」。学園祭で主役を演じたことが由来だが……皮肉にもそのあだ名はぴったりだった。公爵家の出と学年一位の学力、そしてなによりその美貌に周囲はいいように勘違いしているが、セレナードの中身はアホの子……もとい睡眠欲求高めの不思議ちゃん系(自由人なお子さま)。惰眠とおかしを貪りたいセレナードと、そんなセレナードが可愛くて仕方がない義兄のギルバート、なんやかんやで振り回される従兄のエリオットたちのお話し。完結しました!

婚約破棄させた愛し合う2人にザマァされた俺。とその後

結人
BL
王太子妃になるために頑張ってた公爵家の三男アランが愛する2人の愛でザマァされ…溺愛される話。 ※男しかいない世界で男同士でも結婚できます。子供はなんかしたら作ることができます。きっと…。 全5話完結。予約更新します。

異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる

七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。 だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。 そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。 唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。 優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。 穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。 ――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。

処理中です...