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#21 12月30日 年末/大掃除/痕跡

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 年越しを挟んだ数日間は、年に1度のまとまった連休である。

 実家に顔を出すのは年明けの予定だ。年末は家の掃除に充てるのが就職してからの恒例だった。

 今年は湊咲がいるからどうなるだろうかと思ったが、彼女は年末年始もバイトのシフトを詰め込まれてしまったと言っていた。飲食店としては引き続き繁忙期なのだろう。

 今日も例年通り、カーテンの洗濯をしたり、棚の裏側に掃除機を突っ込んだり、水回りを擦ったり。いつもは見ないふりをしている場所の汚れを取り除いていく。

 といっても毎年やっているから、やるべき場所もその動作もなんとなくわかっている。わざわざゆっくりやる必要もないし、と順調にこなしていたら昼前にはやることがなくなった。

 単身者向けの賃貸なんて大した広さでもないから当然だった。それにしても拍子抜けした気にはなる。

 一人の昼食に最低限以上の手を掛ける気にもなれず、買い置きのカップ焼きそばを手に取った。適当に湯を沸かし、適当に3分待って、しっかり湯切りをした。ソースを回しかけ、麺をほぐしながら混ぜればもう食べられる。

 熱い麺に触れて一気に立ち上ったソースの匂いを嗅いでやっと気づいたけれど、私は空腹だったらしい。

 こらえきれずに、キッチンで立ったまま、行儀の悪さを自覚しつつ一口目を啜った。

 何の味かと聞かれたらソースの味としか言いようのない味。複雑な風味は的確に味覚と嗅覚を刺激して、美味しいと感じる。

 どこかの誰かが仕事として練り上げて、工場で大量生産された味。それだって、私は美味しいと感じる。それも間違いのない事実。

 口に頬張った麺を咀嚼しながら、定位置の座椅子へと座る。掃除をした自覚があるから、部屋の空気が澄んだように感じた。どう考えたって気のせいでしかないのに。むしろ焼きそばソースの強靭な匂いが漂っているはずだから、普段よりも不純物が多いかもしれないくらいだ。

 焼いていない焼きそばをずるずると食べ進めながら、考える。

 今年の後半は湊咲と居る時間が多く、これまでと違った休日が多かった。しかしここに来て去年までのルーティンが突然戻ってきたような感覚がある。

 違和感がある方がおかしいのではないかと、自分でも思うけれど。

 それでもその些細な引っかかりは確かにうずく。

 そのうずきを紐解いてみるべきか、と考えて、その前にふと気づいたこと。

 キッチン、水回り以外の大掃除もすべきじゃないだろうか。

 今年の掃除は終わったと思っていたのに、思いついてしまった。勢いのままに残りの焼きそばを食べて、最後にカップの隅に残ったキャベツの欠片をかっ込む。立ち上がって流しへ向かい、空になったカップを水で濯いでから捨てて、キッチンと向き合った。

 ぐるりと見渡して。

 これまでほとんど使わなかったキッチンの換気扇が汚れているのを見て、それはそうだと妙な納得をする。コンロ周りは湊咲が調理後に掃除してくれていたからさほどひどくはない。しかしもちろん、多少の汚れはある。

 掃除をしようかと思ったが、食器用洗剤と風呂場用の洗剤しかない。使えるのだろうか。

 スマートフォンで適当なワードを入れて検索。

 ……まぁ、無理ではなさそうだけれど。せっかくならばしっかりやろうか。

 いつも使っているスーパーマーケットなら今日までは開いていたはず。窓の外を眺めてみても、年の暮れらしく空はよく晴れていた。散歩日和でもあるだろう。

 今更増えた手間に対して、どうしようもなく前向きになれている。

 それはきっと、その汚れが溜まっていった過程が私にとっては悪くない日々だったからだろう、なんて。

 言葉が頭に思い浮かんでから小っ恥ずかしくなって、一人で勝手に頬の熱を持て余した。
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