乾坤一擲

響 恭也

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試し合戦 アウステルリッツっぽい山崎の合戦

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 平成28年。秀隆と信隆は欧州の戦役について議論を交わしていた。
「ふむ、このカンナエの戦いとやらは興味深いが……」
「現代戦で再現するならば、自動化歩兵を両翼に展開する形になりますなあ。正面は重戦車を使用して防御力を上げることになります」
「ふむ、戦略レベルで行うならば……」
「航空機を使用して敵の後方を遮断とかになるでしょうな」
「三次元化しても戦術の基本は揺るがぬか」
「なにしろ未だに孫子が戦術、戦略の教本になっておりますからな」
「というか、これあれじゃろ? 魏武注釈子ではないか」
「と言うか、天正のころからですよ? 孫子の原書とかっておそらく竹簡ですからね?」
「腐って残っておらんか」
「ですねえ」
「両翼を広げ包囲する。機動力は軍の根幹じゃな」
「そうですなあ」
「そして、ふむ、この書物は興味深いな」
「ん? ああクラウゼヴィッツですか」
「戦争論と書かれておる……ふむ、200年ほど前の著書であるか」
「そうですね。かの有名な三帝会戦を観戦したらしいですよ」
「ふむ、その詳報がこれか……なんという……彼の人物が現世におったら儂でも勝てるかわからんな」
「そうですね。山崎の合戦を覚えていますか?」
「うむ、あの試し合戦じゃな」
「あれである程度再現できると思いますよ」
「ふむ……天王山をあえて明け渡すか」
「そして右翼に攻勢を仕掛けさせる。敵の本隊が天王山を降りたところで……」
「主力が天王山を奪う、それはすなわち敵の中央を突破することとなる」
「左様。あとは天王山から敵の弱体の翼を突けば全軍潰走ですな」
「ふむ、敵の中央を突破して背面展開し、分断した敵を包囲殲滅か。言葉にすればたったこれだけだが」
「実現は困難を極めるでしょうねえ」
「うむ」

 後年、大山崎演習場で内閣総理大臣たる信隆と、軍務大臣たる佐久間盛隆が互いに1万の兵をもって模擬戦を行った。
 天王山を巡る攻防があり、徐々に押される総理陣営。さすがに職業軍人は強いと思われた。そして佐久間軍はついに天王山を制圧する。総理率いる喜多川軍は損害を最小限に抑えつつ後退する。その際に右翼部隊が後退のタイミングを逃し、やや遅れていた。
 佐久間盛隆は即座に本隊にて敵右翼を攻撃し、そこから陣列の突破を図る。
 喜多川軍の中央部隊からは右翼への支援ができていない。さらに好機として攻勢を強めた。そこに喜多川軍の左翼が突出し一気に手薄になった天王山に攻撃を加える。同時に中央部隊も前進し、左翼、中軍をもって制圧に成功した。
 これは同時に佐久間軍の分断を意味する。左翼部隊は山頂を押さえつつ、右翼を攻める敵軍の後背を扼す。これにより、敵の攻勢が緩み、右翼は一気に反撃に出た。
 中軍は敵の本隊に逆落としを食らわせる。一斉射撃を食らわせ、そこに銃剣突撃をかけた。最初の射撃で大将たる佐久間の戦死となった。指揮系統が崩壊しそれはそのまま戦列の崩壊につながったのである。

 翌日の新聞の見出しはこうであった。アウステルリッツ会戦の再来。総理の指揮能力はナポレオンに匹敵する。
「うわっはっはっは! 見たか、儂の采配を!」
「というかですね。右翼が崩れたらこっちが負けてましたよ?」
「そうだな、その右翼を支えたお主の武勲も見事じゃぞ、秀隆」
「まあ、この実績で外征の理解ができればいいんですけどね」
「ああ、佐久間には悪い事をしたな」
「むしろまっとうな指揮官ならあんな危ない橋渡りませんて」
「むう、儂がまるでおかしいみたいじゃないか」
「いえ、ただの天才です。それこそナポレオン1世に匹敵する、ね」
「うわははははははははは、さすがわが弟よ。よくわかっておる」
「まあ、ね。いろいろと、ね」
「あと、中軍を率いた前田大将にもお褒めの言葉上げてくださいよ?」
「おう、あ奴は犬千代の再来であるな。猟犬のような勢いで敵を食い破った」
「得難い将領です。そもそも、最高指揮官と兵士だけじゃ戦争できませんからね? 中級、下級指揮官の育成にはもう少し時間かかりそうです」
「うむ、わかっとる。だが兵の練度は見事だった。秀隆の部隊にかけられた攻勢は決してやわなものではなかった故な」
「ですから、大臣の面目を施すコメントをお願いしますね」
「うむ、わかったぞ」
 信隆は満足げに頷いた。そして、自らは戦争の天才たる信長の再来であると放言したうえで、佐久間は軍人として、至高の技量を極めている。そもそも、一歩間違えばこちらが敗北していたし、戦術的にもあの重厚な攻勢は見事であった。とコメントしている。
 野党からは、そんな佐久間大臣を破ったこの俺すげえと言いたいのかとヤジを飛ばされ、珍しく口ごもる信隆であった。
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