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とある傭兵の半生~3~
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客間のドアが遠慮がちに叩かれた。
浅い眠りから引き戻され薄眼を開ける。
「どうした?」
起き抜けのためか少し声が低く出た。それが不機嫌な様子に聞こえたのか、ドア越しに息をのむ気配が伝わってくる。
「あの……偵察の兵隊さんが戻ってきました」
ドア越しに聞こえてきた若い女の声は、おそらく村長の娘だろうか。
「……わかった。すぐに行く」
身支度と言っても装備は外していない。枕元に置いてあった剣をひっつかむと、俺はドアを開いて、居間へと向かう。
「おお、隊長さん。こちらじゃ」
表情は……あまりよくない。ということはそういうことかと腹に力を入れる。
「ご苦労、報告をしてくれ」
今に入ると、泥まみれの兵が息も絶え絶えにあえいでいた。おそらく一休みもすることなく走ってきたものと思われる。
「は、はい! 魔物の群れはこちらに向かっています。風に乗って人の臭いを嗅ぎつけた可能性があります」
「……続けろ」
「はい! 数は数百。正確な数はケネスさんが踏みとどまって次の報告をするとのことです」
「わかった、ご苦労。休め」
「はい!」
返事はまだ声に張りがあったが、身体は限界だったのだろう。その場にしゃがみ込んで動けなくなっていたようだ。必死で呼吸を整えようとしていた。
へたり込んだ兵の世話を任せると外に出る。
「半分は続け!」
半数の兵を率いて西へ向かう。剣や短槍を持った身軽な兵が主力だ。
「いいか! ケネスたちを助けに行く。だが命を張って踏みとどまるのはここじゃねえ! 一撃離脱だ!」
「「おおう!」」
しばらく街道を進むと、風に獣臭が混じった。亜人どもの臭いだ。同じように感じた兵がいて、お互いに声を掛け合っている。
「近いぞ! 戦闘用意!」
「「おおう!」」
応じる兵たち。歩きながら俺の背後にいた兵が自然に俺を囲むように陣形を変化させていく。最前列の兵は歩きながら横一線に並び、さらにそれに従うように兵が整列していった。そして外周部にいた兵は剣を抜き襲撃に備える。
最前列の兵は槍を水平に構えた。穂先は前を向き、槍衾を形成する。
さそうして陣形が整うと、短剣持ちの兵が二人組で駆けだす。物見は軍の中でも最も重要な役割だ。
目をつぶって戦って勝てるわけがない。
「気をつけろよ!」
俺が声をかけると返事の代わりに手を上げてひらりと振った。
その動作はきれいにそろっていて、兵たちの練度が高いと感じることができた。
足並みをそろえて部隊は進んでいく。いつしか足音までがそろい、50名ほどの兵は一個の生物のようだ。
「隊長! ケネスたちが戦ってる!」
「状況は?」
「街道の脇にある岩を背に持ちこたえてるみたいだ」
さらに進むと大岩が見えてきた。ゴブリンの断末魔が聞こえて、血の臭いが鼻を刺す。戦場の臭いだ。
「前衛! かかれ!」
「おおう!」
10人ほどの槍兵が腰だめに構えた槍を手に走り出した。
「「うおおおおおあああああああああああああああああああああ!!」」
ゴブリンどもは統制は取れていない。そこに鬨を上げて槍兵が突きかかる。
「GYAAAAAAAA!!」
槍の穂先の数だけゴブリンどもが槍玉にあがる。そしてその後列の兵が出てきてすかさず立てていた槍を振り下ろす。
「両翼展開!」
方陣の側面をなしていた兵が箱のふたを開くように左右に展開を始める。
左右10人ほどの兵が一塊のままケネスたちを包囲しているゴブリンの群れに切り込んだ。
槍兵は最初に突き込んだ位置で踏みとどまり、横陣を組んで敵を押しとどめる。
「大将が来たぞ! てめえら! 気合入れろ!」
ケネスの怒鳴りが聞こえてきた。周囲で兵たちが大声を上げて自信を励ます。
「兄貴! あっちが手薄だ!」
「おっしゃ! てめえら! 突撃だああああ!」
ケネスが剣を振り下ろすと、少し大きめのゴブリンが真っ二つになった。断末魔すら上げられずに息絶える。そして、横薙ぎに振るわれた剣の一閃でさらに数体のゴブリンが切り裂かれた。
剣の振るわれた範囲だけ穴が開く。そこに向かって槍持ちの兵が突っ込んだ。
こうなって包囲網に穴が開くと後はもろい。
俺も剣を抜き放って切り込む。数は多いが所詮はゴブリン。数を生かせない様に立ち回ればなんとでもなる。
「かかれ! かかれええええ!」
血に濡れた剣を振りかざし、兵を叱咤する。そうして、最初は100余りいたゴブリンたちは、半数ほどが死骸となって地面に転がることとなった。
こっちの兵には軽傷者のみで、死者はいなかった。
「よし、引き上げだ!」
初戦は勝つことができた。それでも100を超えるゴブリンが出たことはめったにない。
「団長」
「おう、ケネス。無事でよかったな」
実際問題、100くらいでもただのゴブリンなら、こいつの腕なら蹴散らして帰ってこれるだろう。
こいつが連れて行った兵たちで突破はできなくはなかったはずだ。ただ、それをやるとおそらく何人かは死ぬ。
状況を聞けば俺が救援に来ることも織り込んで防御に徹したのだろう。
「ヤバい知らせです」
「100以上のゴブリンが出た時点で、それよりヤバい話か。景気がいい話だな」
「ええ、奴らの群れは、1000は下りません」
「……そうか」
思わず深いため息が出る。味方の兵が100あまりだ。じゃあ一人で10体のゴブリンを倒せばなんとかなるだろう。というわけにはいかないのだ。
1対1を10回繰り返すのならば、うちの兵ならばほぼ無傷でこなすことができるだろう。
ケネスなら100回やっても無傷だろう。
だが、一斉に10体に襲い掛かられたらそういうわけにはいかない。1~2体を倒すことができても、そのあとはゴブリンどもの餌だ。人間の手は2本しかないし、扱える武器も相応だ。
「もう一つ。ホブゴブリンがいた。5体までは確認できたが」
ホブゴブリンはゴブリンの上位種で、一回り以上大きな体躯をしている。ゴブリンどもの指揮官級として立ち回れる奴らだ。熟練の冒険者や傭兵が10人くらいで戦う相手になる。
俺ならば倒すことはできるだろう。ケネスでも勝てる。それでも消耗はするし負傷のリスクも高い。
続けざまにもたらされた悪い知らせに、兵たちも暗い雰囲気になった。
「おう、ホブゴブリンを倒したら確か報奨金が出るよな?」
俺の問いかけにケネスはぽかんとしていた。
「たんまり出ますぜ! 金貨50は固いはずです」
ケネスにくっついている兵がにやにやしながら答えた。確かアントニオとか言ったな。馬に乗れるし、金の計算も速い。
「ってことは5いりゃあどんだけだ?」
「250枚でさ!」
「そんだけありゃあ、何が買えるよ? ケネス、お前の剣、そろそろガタが来てなかったか?」
「え、ええ。刃こぼれもひどくなってきてましてね」
「ライアン。おめえはいつも全線で命を張ってくれてるな。そんなレザーアーマーじゃなくてチェーンメイルとかどうだ?」
「へ、へえ!」
「先に言っとく。今回の戦いで入った金は、全部おめえらに分ける。そんでな、田舎の傭兵隊とかってバカにされねえように装備を整えようぜ!」
「「「お、うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」
何とか士気は上がった。なんつっても命あっての物種だ。一人逃げたら10人の命が危うくなる。10人逃げたら……戦線は崩壊するな。
目の前に人参ぶら下げりゃあ目の色も変わる。命がけの大仕事となれば、それに見合う報酬は必要だろうよ。
浅い眠りから引き戻され薄眼を開ける。
「どうした?」
起き抜けのためか少し声が低く出た。それが不機嫌な様子に聞こえたのか、ドア越しに息をのむ気配が伝わってくる。
「あの……偵察の兵隊さんが戻ってきました」
ドア越しに聞こえてきた若い女の声は、おそらく村長の娘だろうか。
「……わかった。すぐに行く」
身支度と言っても装備は外していない。枕元に置いてあった剣をひっつかむと、俺はドアを開いて、居間へと向かう。
「おお、隊長さん。こちらじゃ」
表情は……あまりよくない。ということはそういうことかと腹に力を入れる。
「ご苦労、報告をしてくれ」
今に入ると、泥まみれの兵が息も絶え絶えにあえいでいた。おそらく一休みもすることなく走ってきたものと思われる。
「は、はい! 魔物の群れはこちらに向かっています。風に乗って人の臭いを嗅ぎつけた可能性があります」
「……続けろ」
「はい! 数は数百。正確な数はケネスさんが踏みとどまって次の報告をするとのことです」
「わかった、ご苦労。休め」
「はい!」
返事はまだ声に張りがあったが、身体は限界だったのだろう。その場にしゃがみ込んで動けなくなっていたようだ。必死で呼吸を整えようとしていた。
へたり込んだ兵の世話を任せると外に出る。
「半分は続け!」
半数の兵を率いて西へ向かう。剣や短槍を持った身軽な兵が主力だ。
「いいか! ケネスたちを助けに行く。だが命を張って踏みとどまるのはここじゃねえ! 一撃離脱だ!」
「「おおう!」」
しばらく街道を進むと、風に獣臭が混じった。亜人どもの臭いだ。同じように感じた兵がいて、お互いに声を掛け合っている。
「近いぞ! 戦闘用意!」
「「おおう!」」
応じる兵たち。歩きながら俺の背後にいた兵が自然に俺を囲むように陣形を変化させていく。最前列の兵は歩きながら横一線に並び、さらにそれに従うように兵が整列していった。そして外周部にいた兵は剣を抜き襲撃に備える。
最前列の兵は槍を水平に構えた。穂先は前を向き、槍衾を形成する。
さそうして陣形が整うと、短剣持ちの兵が二人組で駆けだす。物見は軍の中でも最も重要な役割だ。
目をつぶって戦って勝てるわけがない。
「気をつけろよ!」
俺が声をかけると返事の代わりに手を上げてひらりと振った。
その動作はきれいにそろっていて、兵たちの練度が高いと感じることができた。
足並みをそろえて部隊は進んでいく。いつしか足音までがそろい、50名ほどの兵は一個の生物のようだ。
「隊長! ケネスたちが戦ってる!」
「状況は?」
「街道の脇にある岩を背に持ちこたえてるみたいだ」
さらに進むと大岩が見えてきた。ゴブリンの断末魔が聞こえて、血の臭いが鼻を刺す。戦場の臭いだ。
「前衛! かかれ!」
「おおう!」
10人ほどの槍兵が腰だめに構えた槍を手に走り出した。
「「うおおおおおあああああああああああああああああああああ!!」」
ゴブリンどもは統制は取れていない。そこに鬨を上げて槍兵が突きかかる。
「GYAAAAAAAA!!」
槍の穂先の数だけゴブリンどもが槍玉にあがる。そしてその後列の兵が出てきてすかさず立てていた槍を振り下ろす。
「両翼展開!」
方陣の側面をなしていた兵が箱のふたを開くように左右に展開を始める。
左右10人ほどの兵が一塊のままケネスたちを包囲しているゴブリンの群れに切り込んだ。
槍兵は最初に突き込んだ位置で踏みとどまり、横陣を組んで敵を押しとどめる。
「大将が来たぞ! てめえら! 気合入れろ!」
ケネスの怒鳴りが聞こえてきた。周囲で兵たちが大声を上げて自信を励ます。
「兄貴! あっちが手薄だ!」
「おっしゃ! てめえら! 突撃だああああ!」
ケネスが剣を振り下ろすと、少し大きめのゴブリンが真っ二つになった。断末魔すら上げられずに息絶える。そして、横薙ぎに振るわれた剣の一閃でさらに数体のゴブリンが切り裂かれた。
剣の振るわれた範囲だけ穴が開く。そこに向かって槍持ちの兵が突っ込んだ。
こうなって包囲網に穴が開くと後はもろい。
俺も剣を抜き放って切り込む。数は多いが所詮はゴブリン。数を生かせない様に立ち回ればなんとでもなる。
「かかれ! かかれええええ!」
血に濡れた剣を振りかざし、兵を叱咤する。そうして、最初は100余りいたゴブリンたちは、半数ほどが死骸となって地面に転がることとなった。
こっちの兵には軽傷者のみで、死者はいなかった。
「よし、引き上げだ!」
初戦は勝つことができた。それでも100を超えるゴブリンが出たことはめったにない。
「団長」
「おう、ケネス。無事でよかったな」
実際問題、100くらいでもただのゴブリンなら、こいつの腕なら蹴散らして帰ってこれるだろう。
こいつが連れて行った兵たちで突破はできなくはなかったはずだ。ただ、それをやるとおそらく何人かは死ぬ。
状況を聞けば俺が救援に来ることも織り込んで防御に徹したのだろう。
「ヤバい知らせです」
「100以上のゴブリンが出た時点で、それよりヤバい話か。景気がいい話だな」
「ええ、奴らの群れは、1000は下りません」
「……そうか」
思わず深いため息が出る。味方の兵が100あまりだ。じゃあ一人で10体のゴブリンを倒せばなんとかなるだろう。というわけにはいかないのだ。
1対1を10回繰り返すのならば、うちの兵ならばほぼ無傷でこなすことができるだろう。
ケネスなら100回やっても無傷だろう。
だが、一斉に10体に襲い掛かられたらそういうわけにはいかない。1~2体を倒すことができても、そのあとはゴブリンどもの餌だ。人間の手は2本しかないし、扱える武器も相応だ。
「もう一つ。ホブゴブリンがいた。5体までは確認できたが」
ホブゴブリンはゴブリンの上位種で、一回り以上大きな体躯をしている。ゴブリンどもの指揮官級として立ち回れる奴らだ。熟練の冒険者や傭兵が10人くらいで戦う相手になる。
俺ならば倒すことはできるだろう。ケネスでも勝てる。それでも消耗はするし負傷のリスクも高い。
続けざまにもたらされた悪い知らせに、兵たちも暗い雰囲気になった。
「おう、ホブゴブリンを倒したら確か報奨金が出るよな?」
俺の問いかけにケネスはぽかんとしていた。
「たんまり出ますぜ! 金貨50は固いはずです」
ケネスにくっついている兵がにやにやしながら答えた。確かアントニオとか言ったな。馬に乗れるし、金の計算も速い。
「ってことは5いりゃあどんだけだ?」
「250枚でさ!」
「そんだけありゃあ、何が買えるよ? ケネス、お前の剣、そろそろガタが来てなかったか?」
「え、ええ。刃こぼれもひどくなってきてましてね」
「ライアン。おめえはいつも全線で命を張ってくれてるな。そんなレザーアーマーじゃなくてチェーンメイルとかどうだ?」
「へ、へえ!」
「先に言っとく。今回の戦いで入った金は、全部おめえらに分ける。そんでな、田舎の傭兵隊とかってバカにされねえように装備を整えようぜ!」
「「「お、うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」
何とか士気は上がった。なんつっても命あっての物種だ。一人逃げたら10人の命が危うくなる。10人逃げたら……戦線は崩壊するな。
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