11 / 27
裏(三人称)
11 最初から愛などなかった
しおりを挟む
「夜会で何とかエヴァと接触しないと。エヴァに噂が嘘だと言ってもらわないと」
チャールズはスミス伯爵家の応接間で婚約者となったマリアと話していた。
マリアが婚約者となってからスミス伯爵家には頻繁にきていた。家族とは折り合いが悪くて家にいづらいのだ。
「結婚したお姉様に、元婚約者のあなたが接触するのは、どうかと思うけど。それに、お姉様は嘘は言っていないわ。放っておけばいいじゃない」
きょとんとした顔になるマリアをチャールズは信じられない思いで見ていた。
「僕だって、わざわざエヴァに接触したくない」
母を思わせるエヴァが嫌いなのだ。できれば、視界にすら入れたくない。
「でも、あんな噂を流されるなら訂正すべきだろう」
貴族にとって醜聞は命取りだ。下手をすれば家が存続できない事にすらなりかねないのだ。
「お姉様は嘘は言っていないわ」
マリアは同じ言葉を繰り返した。
「周囲に言い触らす事で、お姉様の気が済むなら、それでいいじゃない」
チャールズは、まじまじと目の前のマリアを見つめた。
違和感を覚えたのだ。
こういう事態が起こった時、こんな風に泰然と構えている少女だっただろうか?
姿形は紛れもなく自分が惚れた愛らしく美しい少女だのに。
「君は平気なのか? 自分達家族を悪く言われているんだぞ」
「我が家で起こった事は、どの家でもある事でしょう? この程度でスミス伯爵家は潰れやしないわ」
その日の天気の話をしているような、どうでもいい話題を口にしている、そんな口調だった。
「……マリア、君は」
自分の姉が公衆の面前で、自分達家族を悪く言っているのに、なぜ、マリアは平然としていられるのだろう?
彼女の言っている通り、あんな噂程度ではスミス伯爵家が潰れないという自信があるからか?
そうだとしても、人前に出る度に、好奇や蔑みの視線を受ける事態になると分かっていて、なぜ放置できるのか?
「つまらない噂など、すぐ消えると思うけど、耐えられないなら私とも婚約解消する? 私の婚約者だから、あなたも噂されているだけだろうし」
「なっ!? 僕と婚約解消したら君も困るだろう?」
マリアはきょとんとした顔で言った。
「困らないわ。婚約者は、あなたでなくてもいい。なんだったら、爵位をを返上しても構わないもの」
「なっ!?」
さっきから「なっ!?」しか言えないのは、あまりにもマリアがチャールズが思っていない事を言うからだ。
「……そんな事、できるわけないだろう」
言いながら、チャールズは分かっていた。
マリアは本気で爵位を返上しても構わないと思っているのだと。
けれど、爵位を返上し、平民となった後の事に考えが及んではいないのだろう。
だから、簡単に言えるのだ。
だから、チャールズは、そこに言及した。マリアに考えを改めてもらうために。
「……爵位を返上した後、平民になって暮らしていけるのか?」
「別に、それは、あなたが気にする必要はないんじゃない? 私が爵位を返上したら、あなたとの婚約は破談となり、あなたとは他人になるのだから」
確かに、チャールズが侯爵令息のままでは平民となったマリアとは結婚できない。
「……僕と結婚できなくなっても構わないのか?」
「さっきから、そう言っているけど?」
マリアは言外に何度も同じ事を言わせるなと言いたげだ。
「……僕を好きなんじゃないのか?」
ようやくの事で言ったチャールズとは違い、マリアは、あっさり告げた。
「別に好きじゃないわね」
「は?」
「お姉様の婚約者だから奪っただけ。好きでも何でもない婚約者でも、見下している妹に奪われたお姉様が、どんな顔をするのか興味あったから」
チャールズにとって信じられない事をマリアが明かした。
エヴァがそうだったように、マリアもチャールズに対する愛などなかったのだ。最初から。
「私と婚約を破棄するか解消するか、好きにすればいい。お姉様の婚約者でなくなったあなたには興味ないから」
絶句するチャールズに構わず、マリアは淡々と続けた。
「まあ、あなたは困るでしょうね。家族とは折り合いが悪いし、姉から妹に乗り換えたあなたと婚約しようという物好きな令嬢は、他にいないでしょうし」
嘲りは欠片もない。ただ事実を告げる淡々とした言い方だった。
チャールズは理解した。
マリアは、マリアジェーン・スミスは、チャールズが思っているような女性ではなかったのだと。
愛らしく可憐な美少女。その外見通りの性格などではない。
エヴァ以上に、したたかで狡猾な女なのだと。
チャールズはスミス伯爵家の応接間で婚約者となったマリアと話していた。
マリアが婚約者となってからスミス伯爵家には頻繁にきていた。家族とは折り合いが悪くて家にいづらいのだ。
「結婚したお姉様に、元婚約者のあなたが接触するのは、どうかと思うけど。それに、お姉様は嘘は言っていないわ。放っておけばいいじゃない」
きょとんとした顔になるマリアをチャールズは信じられない思いで見ていた。
「僕だって、わざわざエヴァに接触したくない」
母を思わせるエヴァが嫌いなのだ。できれば、視界にすら入れたくない。
「でも、あんな噂を流されるなら訂正すべきだろう」
貴族にとって醜聞は命取りだ。下手をすれば家が存続できない事にすらなりかねないのだ。
「お姉様は嘘は言っていないわ」
マリアは同じ言葉を繰り返した。
「周囲に言い触らす事で、お姉様の気が済むなら、それでいいじゃない」
チャールズは、まじまじと目の前のマリアを見つめた。
違和感を覚えたのだ。
こういう事態が起こった時、こんな風に泰然と構えている少女だっただろうか?
姿形は紛れもなく自分が惚れた愛らしく美しい少女だのに。
「君は平気なのか? 自分達家族を悪く言われているんだぞ」
「我が家で起こった事は、どの家でもある事でしょう? この程度でスミス伯爵家は潰れやしないわ」
その日の天気の話をしているような、どうでもいい話題を口にしている、そんな口調だった。
「……マリア、君は」
自分の姉が公衆の面前で、自分達家族を悪く言っているのに、なぜ、マリアは平然としていられるのだろう?
彼女の言っている通り、あんな噂程度ではスミス伯爵家が潰れないという自信があるからか?
そうだとしても、人前に出る度に、好奇や蔑みの視線を受ける事態になると分かっていて、なぜ放置できるのか?
「つまらない噂など、すぐ消えると思うけど、耐えられないなら私とも婚約解消する? 私の婚約者だから、あなたも噂されているだけだろうし」
「なっ!? 僕と婚約解消したら君も困るだろう?」
マリアはきょとんとした顔で言った。
「困らないわ。婚約者は、あなたでなくてもいい。なんだったら、爵位をを返上しても構わないもの」
「なっ!?」
さっきから「なっ!?」しか言えないのは、あまりにもマリアがチャールズが思っていない事を言うからだ。
「……そんな事、できるわけないだろう」
言いながら、チャールズは分かっていた。
マリアは本気で爵位を返上しても構わないと思っているのだと。
けれど、爵位を返上し、平民となった後の事に考えが及んではいないのだろう。
だから、簡単に言えるのだ。
だから、チャールズは、そこに言及した。マリアに考えを改めてもらうために。
「……爵位を返上した後、平民になって暮らしていけるのか?」
「別に、それは、あなたが気にする必要はないんじゃない? 私が爵位を返上したら、あなたとの婚約は破談となり、あなたとは他人になるのだから」
確かに、チャールズが侯爵令息のままでは平民となったマリアとは結婚できない。
「……僕と結婚できなくなっても構わないのか?」
「さっきから、そう言っているけど?」
マリアは言外に何度も同じ事を言わせるなと言いたげだ。
「……僕を好きなんじゃないのか?」
ようやくの事で言ったチャールズとは違い、マリアは、あっさり告げた。
「別に好きじゃないわね」
「は?」
「お姉様の婚約者だから奪っただけ。好きでも何でもない婚約者でも、見下している妹に奪われたお姉様が、どんな顔をするのか興味あったから」
チャールズにとって信じられない事をマリアが明かした。
エヴァがそうだったように、マリアもチャールズに対する愛などなかったのだ。最初から。
「私と婚約を破棄するか解消するか、好きにすればいい。お姉様の婚約者でなくなったあなたには興味ないから」
絶句するチャールズに構わず、マリアは淡々と続けた。
「まあ、あなたは困るでしょうね。家族とは折り合いが悪いし、姉から妹に乗り換えたあなたと婚約しようという物好きな令嬢は、他にいないでしょうし」
嘲りは欠片もない。ただ事実を告げる淡々とした言い方だった。
チャールズは理解した。
マリアは、マリアジェーン・スミスは、チャールズが思っているような女性ではなかったのだと。
愛らしく可憐な美少女。その外見通りの性格などではない。
エヴァ以上に、したたかで狡猾な女なのだと。
20
あなたにおすすめの小説
秘密の多い令嬢は幸せになりたい
完菜
恋愛
前髪で瞳を隠して暮らす少女は、子爵家の長女でキャスティナ・クラーク・エジャートンと言う。少女の実の母は、7歳の時に亡くなり、父親が再婚すると生活が一変する。義母に存在を否定され貴族令嬢としての生活をさせてもらえない。そんなある日、ある夜会で素敵な出逢いを果たす。そこで出会った侯爵家の子息に、新しい生活を与えられる。新しい生活で出会った人々に導かれながら、努力と前向きな性格で、自分の居場所を作り上げて行く。そして、少女には秘密がある。幻の魔法と呼ばれる、癒し系魔法が使えるのだ。その魔法を使ってしまう事で、国を揺るがす事件に巻き込まれて行く。
完結が確定しています。全105話。
婚約破棄されたら前世の夫に捕まった
青葉めいこ
恋愛
第一部リズ。
「エリザベス・ペンドーン! 俺は、お前との婚約を破棄する!」
前世で婚約破棄宣言した私、リズが今生で同じ事をされてしまった。
そんな私の前に皇帝陛下が現われた。
妙な気迫で私に詰め寄る彼は前世の私の夫、アーサーだった。
私同様、前世の記憶を持つ彼は、今生でも私を妻に望んでいるという。
今でも彼を愛しているけれど平凡な人生を望む私は結婚する気はなかった。
けれど、この彼からは絶対に逃げられない。
第二部ベス。
もう二度と転生したくない。
その願いはかなわなかった上、今度もまた、あの二人の娘として転生してしまった。
「エリザベス・テューダ! 私は貴女との婚約を破棄する!」
前世と同じく公衆の面前で婚約破棄宣言されてしまった私に、即座に求婚してきた男性がいた。
今度はすぐに気づいた。
「彼」だと。
彼もまた私同様、前々世からの記憶を保持したまま転生していたのだ。
前々世から私を欲している彼からは絶対に逃げられない。
婚約破棄されたら前世の夫に捕まった。
「妾は、お前との婚約破棄を宣言する」「婚約破棄された私は彼に囚われる」「婚約破棄を仕向けた俺は彼女を絶対逃がさない」のネタバレがあります。
小説家になろうにも投稿しています。
嘘つくつもりはなかったんです!お願いだから忘れて欲しいのにもう遅い。王子様は異世界転生娘を溺愛しているみたいだけどちょっと勘弁して欲しい。
季邑 えり
恋愛
異世界転生した記憶をもつリアリム伯爵令嬢は、自他ともに認めるイザベラ公爵令嬢の腰ぎんちゃく。
今日もイザベラ嬢をよいしょするつもりが、うっかりして「王子様は理想的な結婚相手だ」と言ってしまった。それを偶然に聞いた王子は、早速リアリムを婚約者候補に入れてしまう。
王子様狙いのイザベラ嬢に睨まれたらたまらない。何とかして婚約者になることから逃れたいリアリムと、そんなリアリムにロックオンして何とかして婚約者にしたい王子。
婚約者候補から逃れるために、偽りの恋人役を知り合いの騎士にお願いすることにしたのだけど…なんとこの騎士も一筋縄ではいかなかった!
おとぼけ転生娘と、麗しい王子様の恋愛ラブコメディー…のはず。
イラストはベアしゅう様に描いていただきました。
魔力量だけで選んじゃっていいんですか?
satomi
恋愛
メアリーとルアリーはビックト侯爵家に生まれた姉妹。ビックト侯爵家は代々魔力が多い家系。
特にメアリーは5歳の計測日に計測器の針が振りきれて、一周したことでかなり有名。そのことがきっかけでメアリーは王太子妃として生活することになりました。
主人公のルアリーはというと、姉のメアリーの魔力量が物凄かったんだからという期待を背負い5歳の計測日に測定。結果は針がちょびっと動いただけ。
その日からというもの、ルアリーの生活は使用人にも蔑まれるような惨めな生活を強いられるようになったのです。
しかし真実は……
虐げられ続けてきたお嬢様、全てを踏み台に幸せになることにしました。
ラディ
恋愛
一つ違いの姉と比べられる為に、愚かであることを強制され矯正されて育った妹。
家族からだけではなく、侍女や使用人からも虐げられ弄ばれ続けてきた。
劣悪こそが彼女と標準となっていたある日。
一人の男が現れる。
彼女の人生は彼の登場により一変する。
この機を逃さぬよう、彼女は。
幸せになることに、決めた。
■完結しました! 現在はルビ振りを調整中です!
■第14回恋愛小説大賞99位でした! 応援ありがとうございました!
■感想や御要望などお気軽にどうぞ!
■エールやいいねも励みになります!
■こちらの他にいくつか話を書いてますのでよろしければ、登録コンテンツから是非に。
※一部サブタイトルが文字化けで表示されているのは演出上の仕様です。お使いの端末、表示されているページは正常です。
【完結】嫌われ公女が継母になった結果
三矢さくら
恋愛
王国で権勢を誇る大公家の次女アデールは、母である女大公から嫌われて育った。いつか温かい家族を持つことを夢見るアデールに母が命じたのは、悪名高い辺地の子爵家への政略結婚。
わずかな希望を胸に、華やかな王都を後に北の辺境へと向かうアデールを待っていたのは、戦乱と過去の愛憎に囚われ、すれ違いを重ねる冷徹な夫と心を閉ざした継子だった。
(完)お姉様、婚約者を取り替えて?ーあんなガリガリの幽霊みたいな男は嫌です(全10話)
青空一夏
恋愛
妹は人のものが常に羨ましく盗りたいタイプ。今回は婚約者で理由は、
「私の婚約者は幽霊みたいに青ざめた顔のガリガリのゾンビみたい! あんな人は嫌よ! いくら領地経営の手腕があって大金持ちでも絶対にいや!」
だそうだ。
一方、私の婚約者は大金持ちではないが、なかなかの美男子だった。
「あのガリガリゾンビよりお姉様の婚約者のほうが私にぴったりよ! 美男美女は大昔から皆に祝福されるのよ?」と言う妹。
両親は妹に甘く私に、
「お姉ちゃんなのだから、交換してあげなさい」と言った。
私の婚約者は「可愛い妹のほうが嬉しい」と言った。妹は私より綺麗で可愛い。
私は言われるまま妹の婚約者に嫁いだ。彼には秘密があって……
魔法ありの世界で魔女様が最初だけ出演します。
⸜🌻⸝姉の夫を羨ましがり、悪巧みをしかけようとする妹の自業自得を描いた物語。とことん、性格の悪い妹に胸くそ注意です。ざまぁ要素ありですが、残酷ではありません。
タグはあとから追加するかもしれません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる