13 / 113
第一部 ジョセフ
13 彼は最初から「彼」だった
「どうしました?」
ノックして部屋に入って来たアンディは、私の浮かない顔を見て怪訝そうに言った。
「……最初から私がジョゼフィーヌだったらなって」
前世と今生の人格が入れ替わるのではなく、最初から「私」が「ジョゼフィーヌ」として生きていればよかった。
「……あなたは、最初から『あなた』だったのよね」
彼の体、アンドリュー・グランデの人格は、最初から彼、《アイスドール》、武東夏生だったのだという。私のように前世と今生の人格が入れ替わったのではない。
「……羨ましいわ」
「……私は、むしろ貴女が羨ましいですよ」
私の心の底からの羨望にアンディは何ともいえない微妙な顔になった。
「……私は今生の母の胎にいる時から『私』でした」
アンディの告白に私は目を瞠った。てっきり今生で物心ついた頃、前世の記憶や人格がよみがえったのかと思っていたのだ。
「……胎児から『あなた』だったのなら」
私の言いたい事が分かったのだろう。アンディは普段は氷人形に相応しい無表情なのだが、この時ばかりは、げんなりした顔になった。
「……ええ。赤ん坊の頃のあれこれを精神年齢五十で体験しましたよ」
アンディは声こそ荒げていないが、やけくそ気味に言った。言動まで常に冷静な彼にしては珍しい。
「……うわ~~! 五十で赤ちゃんプレイは、きっついね~~!」
赤ん坊の頃のあれこれとは、つまり授乳やおむつ替えなどだろう。精神年齢五十で体験するには、あまりにもきつい。
「……体は正真正銘の赤ん坊でした。プレイとか言うのは、やめてください」
アンディは遠い目になった。
「……前世でいろんな拷問を体験しましたが、これが精神的に一番きましたね」
「……ごめん。羨ましいとか言って。私の悩みなど、あなたが体験した事に比べれば大した事ないわね」
魂が同じでも、体が変わっても、記憶があっても、私は自分をジョゼフィーヌとは思えない。
ジョゼフィーヌ・ブルノンヴィルとして生まれ変わったというのに、心は、あくまでも異世界で三十年生きた女、相原祥子なのだ。
「……ジョゼフィーヌとして生まれ変わったのに、もう相原祥子には戻れやしないのに……この世界でジョゼフィーヌ・ブルノンヴィルとして生きていかなきゃいけないのに」
この体に「私」が表出して一ヶ月経ったというのに、私は未だに「前世の私」に未練があるらしい。
「貴女は貴女でいい」
アンディはソファに座っている私の前に跪いた。
「お嬢様に、ジョゼフィーヌ・ブルノンヴィルに生まれ変わっても、貴女は貴女として生きればいい」
「……そのために、私がブルノンヴィル辺境伯になるのが嫌だと言ったら? お祖母様は、私にそれを望んでいるわ。あなたに、お祖母様に逆らう事はできないでしょう?」
前世では、もうすでに彼の絶対の主、《エンプレス》は亡くなっていた。だから、新たな主である私の望み通り、彼女が創立した《アネシドラ》を共に壊滅させる事までした。
けれど、今生は、彼が主だと定めたお祖母様と私、二人が生きているのだ。
お祖母様と私の望みが違ったら、彼は迷わずお祖母様に、《エンプレス》の生まれ変わりである彼女に付くだろう。
前世で私を主だと定めたのは、前世の私が《エンプレス》の曾孫であり彼女に似ていたにすぎないのだから。
「貴女の望むままに。私は、確かに、ジョセフィン様に逆らえない。けれど、貴女にも逆らえませんから」
私とお祖母様の望みが違ったら、邪魔はしないが、どちらにも手を貸さないと彼は言っているのだ。
「……私は今度こそ人生を謳歌した。誰かや何かのためではなく自分のためだけに生きたい」
ジョゼフィーヌ・ブルノンヴィルに生まれ変わって、その立場による義務があるのだとしても、それだけは絶対に譲れない。
新たな肉体であっても、異世界であっても、「私」という人格を保ったまま生き直す事ができるのだから――。
「……だから、私がこれから生きるこの体に、消えない恐怖を植えつけてくれた『礼』をしなくては、ね」
私はアンディに微笑みかけた。
「私の個人的な報復に力を貸してくれる?」
「勿論です。今生でも貴女の力になると誓いましたから」
アンディは私の小さな手を取ると、手の甲にそっと口づけた。
ノックして部屋に入って来たアンディは、私の浮かない顔を見て怪訝そうに言った。
「……最初から私がジョゼフィーヌだったらなって」
前世と今生の人格が入れ替わるのではなく、最初から「私」が「ジョゼフィーヌ」として生きていればよかった。
「……あなたは、最初から『あなた』だったのよね」
彼の体、アンドリュー・グランデの人格は、最初から彼、《アイスドール》、武東夏生だったのだという。私のように前世と今生の人格が入れ替わったのではない。
「……羨ましいわ」
「……私は、むしろ貴女が羨ましいですよ」
私の心の底からの羨望にアンディは何ともいえない微妙な顔になった。
「……私は今生の母の胎にいる時から『私』でした」
アンディの告白に私は目を瞠った。てっきり今生で物心ついた頃、前世の記憶や人格がよみがえったのかと思っていたのだ。
「……胎児から『あなた』だったのなら」
私の言いたい事が分かったのだろう。アンディは普段は氷人形に相応しい無表情なのだが、この時ばかりは、げんなりした顔になった。
「……ええ。赤ん坊の頃のあれこれを精神年齢五十で体験しましたよ」
アンディは声こそ荒げていないが、やけくそ気味に言った。言動まで常に冷静な彼にしては珍しい。
「……うわ~~! 五十で赤ちゃんプレイは、きっついね~~!」
赤ん坊の頃のあれこれとは、つまり授乳やおむつ替えなどだろう。精神年齢五十で体験するには、あまりにもきつい。
「……体は正真正銘の赤ん坊でした。プレイとか言うのは、やめてください」
アンディは遠い目になった。
「……前世でいろんな拷問を体験しましたが、これが精神的に一番きましたね」
「……ごめん。羨ましいとか言って。私の悩みなど、あなたが体験した事に比べれば大した事ないわね」
魂が同じでも、体が変わっても、記憶があっても、私は自分をジョゼフィーヌとは思えない。
ジョゼフィーヌ・ブルノンヴィルとして生まれ変わったというのに、心は、あくまでも異世界で三十年生きた女、相原祥子なのだ。
「……ジョゼフィーヌとして生まれ変わったのに、もう相原祥子には戻れやしないのに……この世界でジョゼフィーヌ・ブルノンヴィルとして生きていかなきゃいけないのに」
この体に「私」が表出して一ヶ月経ったというのに、私は未だに「前世の私」に未練があるらしい。
「貴女は貴女でいい」
アンディはソファに座っている私の前に跪いた。
「お嬢様に、ジョゼフィーヌ・ブルノンヴィルに生まれ変わっても、貴女は貴女として生きればいい」
「……そのために、私がブルノンヴィル辺境伯になるのが嫌だと言ったら? お祖母様は、私にそれを望んでいるわ。あなたに、お祖母様に逆らう事はできないでしょう?」
前世では、もうすでに彼の絶対の主、《エンプレス》は亡くなっていた。だから、新たな主である私の望み通り、彼女が創立した《アネシドラ》を共に壊滅させる事までした。
けれど、今生は、彼が主だと定めたお祖母様と私、二人が生きているのだ。
お祖母様と私の望みが違ったら、彼は迷わずお祖母様に、《エンプレス》の生まれ変わりである彼女に付くだろう。
前世で私を主だと定めたのは、前世の私が《エンプレス》の曾孫であり彼女に似ていたにすぎないのだから。
「貴女の望むままに。私は、確かに、ジョセフィン様に逆らえない。けれど、貴女にも逆らえませんから」
私とお祖母様の望みが違ったら、邪魔はしないが、どちらにも手を貸さないと彼は言っているのだ。
「……私は今度こそ人生を謳歌した。誰かや何かのためではなく自分のためだけに生きたい」
ジョゼフィーヌ・ブルノンヴィルに生まれ変わって、その立場による義務があるのだとしても、それだけは絶対に譲れない。
新たな肉体であっても、異世界であっても、「私」という人格を保ったまま生き直す事ができるのだから――。
「……だから、私がこれから生きるこの体に、消えない恐怖を植えつけてくれた『礼』をしなくては、ね」
私はアンディに微笑みかけた。
「私の個人的な報復に力を貸してくれる?」
「勿論です。今生でも貴女の力になると誓いましたから」
アンディは私の小さな手を取ると、手の甲にそっと口づけた。
あなたにおすすめの小説
侯爵家を守るのは・・・
透明
恋愛
姑に似ているという理由で母親に虐げられる侯爵令嬢クラリス。
母親似の妹エルシーは両親に愛されすべてを奪っていく。
最愛の人まで妹に奪われそうになるが助けてくれたのは・・・
[完結]私を巻き込まないで下さい
シマ
恋愛
私、イリーナ15歳。賊に襲われているのを助けられた8歳の時から、師匠と一緒に暮らしている。
魔力持ちと分かって魔法を教えて貰ったけど、何故か全然発動しなかった。
でも、魔物を倒した時に採れる魔石。石の魔力が無くなると使えなくなるけど、その魔石に魔力を注いで甦らせる事が出来た。
その力を生かして、師匠と装具や魔道具の修理の仕事をしながら、のんびり暮らしていた。
ある日、師匠を訪ねて来た、お客さんから生活が変わっていく。
え?今、話題の勇者様が兄弟子?師匠が王族?ナニそれ私、知らないよ。
平凡で普通の生活がしたいの。
私を巻き込まないで下さい!
恋愛要素は、中盤以降から出てきます
9月28日 本編完結
10月4日 番外編完結
長い間、お付き合い頂きありがとうございました。
異世界に逃げたシングルマザー経理は、定時退勤だけは譲れない
木風
恋愛
DV夫から一歳の娘を抱えて逃げた鈴木優子は、光に飲まれて異世界の王宮へ転移してしまう。
生きるために差し出した武器は簿記と経理経験――崩壊寸前の王宮会計を『複式簿記』で立て直すことに。
ただし譲れない条件はひとつ、「午後五時の定時退勤」。娘の迎えが最優先だからだ。
その姿勢に、なぜか若き国王ヴィクトルが毎日経理室へ通い始めて――仕事と子育ての先に、家族の形が芽吹いていく。
【完結】どくはく
春風由実
恋愛
捨てたつもりが捨てられてしまった家族たちは語る。
あなたのためだったの。
そんなつもりはなかった。
だってみんながそう言うから。
言ってくれたら良かったのに。
話せば分かる。
あなたも覚えているでしょう?
好き勝手なことを言うのね。
それなら私も語るわ。
私も語っていいだろうか?
君が大好きだ。
※2025.09.22完結
※小説家になろうにも掲載中です。
だってお義姉様が
砂月ちゃん
恋愛
『だってお義姉様が…… 』『いつもお屋敷でお義姉様にいじめられているの!』と言って、高位貴族令息達に助けを求めて来た可憐な伯爵令嬢。
ところが正義感あふれる彼らが、その意地悪な義姉に会いに行ってみると……
他サイトでも掲載中。
公爵令嬢の辿る道
ヤマナ
恋愛
公爵令嬢エリーナ・ラナ・ユースクリフは、迎えた5度目の生に絶望した。
家族にも、付き合いのあるお友達にも、慕っていた使用人にも、思い人にも、誰からも愛されなかったエリーナは罪を犯して投獄されて凍死した。
それから生を繰り返して、その度に自業自得で凄惨な末路を迎え続けたエリーナは、やがて自分を取り巻いていたもの全てからの愛を諦めた。
これは、愛されず、しかし愛を求めて果てた少女の、その先の話。
※暇な時にちょこちょこ書いている程度なので、内容はともかく出来についてはご了承ください。
追記
六十五話以降、タイトルの頭に『※』が付いているお話は、流血表現やグロ表現がございますので、閲覧の際はお気を付けください。
王女殿下のモラトリアム
あとさん♪
恋愛
「君は彼の気持ちを弄んで、どういうつもりなんだ?!この悪女が!」
突然、怒鳴られたの。
見知らぬ男子生徒から。
それが余りにも突然で反応できなかったの。
この方、まさかと思うけど、わたくしに言ってるの?
わたくし、アンネローゼ・フォン・ローリンゲン。花も恥じらう16歳。この国の王女よ。
先日、学園内で突然無礼者に絡まれたの。
お義姉様が仰るに、学園には色んな人が来るから、何が起こるか分からないんですって!
婚約者も居ない、この先どうなるのか未定の王女などつまらないと思っていたけれど、それ以来、俄然楽しみが増したわ♪
お義姉様が仰るにはピンクブロンドのライバルが現れるそうなのだけど。
え? 違うの?
ライバルって縦ロールなの?
世間というものは、なかなか複雑で一筋縄ではいかない物なのですね。
わたくしの婚約者も学園で捕まえる事が出来るかしら?
この話は、自分は平凡な人間だと思っている王女が、自分のしたい事や好きな人を見つける迄のお話。
※設定はゆるんゆるん
※ざまぁは無いけど、水戸○門的なモノはある。
※明るいラブコメが書きたくて。
※シャティエル王国シリーズ3作目!
※過去拙作『相互理解は難しい(略)』の12年後、
『王宮勤めにも色々ありまして』の10年後の話になります。
上記未読でも話は分かるとは思いますが、お読みいただくともっと面白いかも。
※ちょいちょい修正が入ると思います。誤字撲滅!
※小説家になろうにも投稿しました。
悪夢から逃れたら前世の夫がおかしい
はなまる
恋愛
ミモザは結婚している。だが夫のライオスには愛人がいてミモザは見向きもされない。それなのに義理母は跡取りを待ち望んでいる。だが息子のライオスはミモザと初夜の一度っきり相手をして後は一切接触して来ない。
義理母はどうにかして跡取りをと考えとんでもないことを思いつく。
それは自分の夫クリスト。ミモザに取ったら義理父を受け入れさせることだった。
こんなの悪夢としか思えない。そんな状況で階段から落ちそうになって前世を思い出す。その時助けてくれた男が前世の夫セルカークだったなんて…
セルカークもとんでもない夫だった。ミモザはとうとうこんな悪夢に立ち向かうことにする。
短編スタートでしたが、思ったより文字数が増えそうです。もうしばらくお付き合い痛手蹴るとすごくうれしいです。最後目でよろしくお願いします。