あなたを破滅させます。お父様

青葉めいこ

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第一部 ジョセフ

84 心の奥に秘めていた殺意②(ジョセフ視点)

 たまたま市場を散策してロザリーを見つけた時は衝撃だった。

 黒髪と暗褐色の瞳は平民では珍しくもない。

 小柄で華奢な肢体も女としての魅力に欠ける。

 けれど、その顔立ちだけは母上に比肩するほど美しかった。

 一目で目と心を奪われた美貌。

 変えられた顔だろうとロザリーだろうと構わなかった。

 それどころか、ロザリーであれば都合がいいと思った。

 私に惚れ媚薬を盛ってまで私の子を産んだ女だ。

 妻か愛人にしてやると言えば泣いて喜ぶはずだった。

 けれど――。

 ――ふざけんな! 娘を虐待するクズをいつまでも愛せる訳ないでしょう! そこまで人間として堕ちてないわよ! 愛人も妻もどちらも絶対お断りよ!

 普段の控え目でおとなしい姿からは想像できない激しさで罵ってきた。

 女に、しかも、ロザリーに罵られるとは思わず絶句した。

 衝撃が去ると、怒った顔さえ美しいと思えるようになった。

 もっといろんな表情を見たかった。

 その日はアルマンに無理矢理連れ戻されてしまった。

 それから数日は、アルマンや護衛に見張られ館からは出られない日々だった。

 ブルノンヴィル辺境伯家の人間に基本的に忠実なアルマンだが、自分の許容範囲を超えると主だろうと逆らうのをためらわない。有能な彼を出し抜くの事はできないし、母上が目を掛けていた彼を解雇もできない。

 悶々としている時に、好都合な事態が起こった。アルマンがジョゼフィーヌの世話のため王宮に行くようになったのだ。それはそれで腹立たしいが彼がいなくなるのは好都合だ。

 ロザリーが住んでいるはずのウジェーヌの家に行ったが、そこはすでに無人だった。

 私が訪問するのを厭い引っ越したのか?

 そこまでするかと思うが、最後の二人の様子からそこまで思い切った事をする人間達かもしれないと思い直した。

 私に惚れ媚薬まで使って娘までしたくせに、ようやく私が振り向いた途端、なぜ拒絶するのか全く理解できない。

 どちらにしろ、逃がすつもりはない。

 母上以外で初めて自分の心を摑んだ女だ。

 正確には、ロザリー自身ではなく彼女の新たな顔に心を奪われている自覚はあるが。

 何かあればアルマンに命じれば事足りたが、今回は無理だ。

 アルマンが使えないのならアレクシスに頼む事にした。

 幼い頃から大抵の事は聞いてくれた従弟。

 今回だって私の頼みを聞いてくれるはずだ。

 無人となったウジェーヌの家から背を向けた時、声を掛けられた。

「ブルノンヴィル辺境伯ジョセフ様ですね?」

 どこといって特徴のない中年男だ。黒髪黒目で中肉中背。身綺麗だが着ている服の生地も仕立ても大した物ではない。どう見ても平民だ。

「そうだが、お前は?」

 私は多少警戒しながら対峙した。

 私を「ブルノンヴィル辺境伯ジョセフ」だと知って声を掛けてきたのだ。ブルノンヴィル辺境伯であり国王の異母弟である私を害するなど余程の馬鹿だが私は今一人で護衛はいない。

 しかも初対面だ。いくら相手が荒事に向いてなさそうな男でも多少は警戒する。

「失礼しました。私はアンリ・マルタンと申します」

 そんな私に男は平民にしては丁寧な所作で一礼した。

「閣下もウジェーヌ・アルヴィエを捜しているのですか?」

、という事は、お前も?」

 正確には私が捜しているのはロザリーであってウジェーヌではないが、ロザリーがウジェーヌと一緒にいるなら同じ事だ。

 それに、なぜ目の前の男、マルタンがウジェーヌを捜しているのか気になった。

「ええ。あの男には多少恨みがあるので」

「ウジェーヌに何かするのは別に構わんが、一緒にいる女には手を出すな。は私の物だ」

「分かりました。閣下の女に手を出すなど大それた事はしません」

 商人だというマルタンは、その伝手つてでウジェーヌを捜しているという。

 ウジェーヌにどういう恨みがあるのか興味ないので聞かなかったが、ウジェーヌと一緒にいるだろうロザリーの行方も、ついでだからと捜してくれるという。

 アレクシスに頼むつもりだったが宰相である彼は何かと忙しい。私の頼みも最優先にはできないだろうとマルタンに頼む事にした。

 それからマルタンとちょくちょく会うようになり、次第に私は「ジョゼフィーヌ」の肉体で生きる「あれ」について愚痴るようになっていた。

 マルタンと出会って一年程経った頃だ。

 未だにウジェーヌもロザリーも見つけられていないが、そんな事、気にならないほどマルタンと会うのは楽しかった。

 国王である異母兄も世間もブルノンヴィル辺境伯は「あれ」だと誤解しているが、マルタンだけは私こそが真のブルノンヴィル辺境伯だと言ってくれる。

 その日も落ち合った酒場で「あれ」について愚痴っている時、ふいにマルタンが思いついたように言った。

「そう言えば、春の社交の時期ですね。ジョゼフィーヌ様も来られるのですよね?」

「来るだろうな。『あれ』が一応ブルノンヴィル辺境伯だと言われいてるからな。それがどうした?」

「領主館では腕の立つ護衛に囲まれていらっしゃるでしょうが、夜会であれば、ジョゼフィーヌ様もお一人で行動されるでしょう? 小娘の命を奪う事くらい簡単だと思いませんか?」

 本当なら「どうして、そんな事を言うんだ?」と訊くべきだっただろう。

 けれど、私は「あれ」の命を簡単に奪えるかもしれないと言われて心の奥に秘めていた願いが芽吹いてしまった。

 私は、本当は、ずっと「あれ」を殺したかったのだ。

「あのような恥辱」を与えられた時から殺意はきっと芽吹いていた。

「……簡単だとは思う。けれど、私が実行するのは」

 それでも、さすがに人としての禁忌の一つである身内殺しを実行に移すのは抵抗があった。

 今生と前世と人格が入れ替わっても、あの体は私の娘ジョゼフィーヌだ。

「閣下が自ら手を汚す事などしなくていいですよ。汚れ仕事は私がしますから」

「なぜ、そこまでしてくれるんだ?」

「閣下のお役に立ちたいだけですよ。閣下には、それだけの人間的魅力がありますから」

「そうか」

 私は納得した。母上譲りの完璧な容姿や才能で私は今まで多くの人間を魅了してきた自覚はある。この男もその一人なのだ。

「では、頼む。うまくいけば、お前をこれまで以上に引き立ててやろう」

「ありがとうございます。閣下」

 にっこり笑う男の目の奥には、確かに嘲りがあった事を私はついに気づかなかった。







 





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