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第一部 ジョセフ
85 最悪な事態を引き起こしてしまった事を私はまだ知らない
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実の娘の殺害未遂を認める発言をしてしまった後、何やかんやと喚くジョセフをアレクシスの命を受けた彼の部下が薬で眠らせた。
アレクシスは国王に、こう申し出た。
「ジョセフの処罰は私にお任せください。被害者は私の息子の婚約者で加害者は従兄、しかも私の邸で起こった事ですから」
国王は数秒じっとアレクシスを見た後、素っ気なく言った。
「好きにしろ」
「ありがとうございます。しばらくジョセフの尋問で仕事ができなくなりますが、今の所、重要な案件はありませんので」
まあアレクシスは、このために、重要な案件は大急ぎで終わらせていたのを私は知っている。
心置きなく尋問するために、アレクシスは早速ジョセフを王都にあるヴェルディエ侯爵家の別邸に連れて行った。
眠らせたジョセフやアレクシスや彼の部下達がいなくなると、国王はぽつりと言った。
「君の仕業か?」
「何の事でしょう?」
聡明で勘もいい国王には、すでにおおよそ見抜かれているのだろうと思ったが、私は惚けて見せた。
「ジョセフに、わざと君を殺させるように仕向けたのだろう?」
「仕向けたとしても、お父様は、ずっと『私』を殺したがっていましたよ」
国王の疑問を認めたようなものだが、それに対して彼は追及などしてこないだろう。
国王は異母弟に全く興味がない。彼がどうなろうと、はっきりいって、どうでもいいのだ。
アレクシスに連れて行かれる異母弟がどんな目に遭うか、大方の予想はついているだろうに、素っ気なく「好きにしろ」と言ったのだから。
「予想以上に、うまくいったな」
ヴェルディエ侯爵邸の私に宛がわれた部屋の応接間でウジェーヌと私はソファに座って向き合っていた。
ヴェルディエ侯爵令息の婚約者である私は、王都にいる間、ここに泊まらせてもらえるようになったのだ。
壁際には仏頂面のアンディとレオンとリリとロザリーもいる。
アンディとレオンとリリは私についてきたが、ロザリーはウジェーヌの家政婦としてついてきた。
ブルノンヴィル辺境伯領の領主館の使用人達は、賓客だと紹介したウジェーヌの家政婦ロザリー・リエールとして認識している。顔が変わった彼女を領主館の使用人達は、さすがに私を産んだロザリー・リエールだと思わず同姓同名の別人だと思っているのだ。
美容整形の事を知られてしまえばウジェーヌに迷惑がかかるのでロザリーは勿論、事情を知る私達は、あえて彼らの誤解を解かなかった。
ウジェーヌはワイン、未成年の私は紅茶で乾杯した。
「これもあなたのお陰だわ。ウジェーヌ。ありがとう」
「私は私のしたいようにしただけだよ」
ウジェーヌはワインを一口飲んだ。
ロザリーへの、というか彼女の新たな顔への執着から、再びジョセフはウジェーヌの家に現われるだろうと予想はしていた。
ジョセフに付いている護衛には、誰かがジョセフに接触しても彼に危害を加えない限り遠くで見守るように命じておいた。
ジョセフに接触したアンリ・マルタンは、ウジェーヌの商売仲間だ。
一年かけてマルタンはジョセフの信頼を勝ち取り、ついには心の奥底にある私への殺意を煽って実行させた。
私の殺害未遂を実行したならず者はウジェーヌやマルタンの部下で不治の病で余命幾ばくもない男だった。彼の家族への援助と引き換えに私を襲うならず者の役を引き受けたのだ。
ブルノンヴィル辺境伯である私を襲うのだ。成功するにしろ失敗するにしろ、ただでは済まない。だから、そういう人間を選んだ。
「……ジョゼ様、なぜ、あんな真似を?」
アンディはウジェーヌと私の話が一段落ついたのを見計らって話しかけてきた。
以前は「お嬢様」だったが私がブルノンヴィル辺境伯になってからは、アンディも私を「ジョゼ様」と呼ぶようになったのだ。
「あんな真似?」
「アンディが言っているのは、自分自身を危険にさらした事だ」
首を傾げる私にアンディではなく仏頂面のレオンが答えた。
「だって、ああしなきゃ、お父様が犯罪者にならないじゃない」
正確には、私とウジェーヌは、お父様を犯罪者にしたかったのではない。
犯罪者にする事でアレクシスが「尋問」できる事態にしたかったのだ。
だからこそ、アレクシスの邸で彼の息子の婚約者でありジョセフの娘である私の殺害未遂を実行した。
この世界の人としての最大の禁忌の一つである身内殺しを実行しようとした犯罪者。
貴人として生きていたジョセフにとって世間からそう見られるだけでも充分応えるだろう。
けれど、ジョセフの真の地獄は、これからだ。
アレクシスの「尋問」によって与えられるのだ。
そのために、アレクシスに協力要請したのだから。
「だからといって、自分自身を危険にさらすなんて」
いつも控えめでおとなしいロザリーも、この時ばかりは、きつい眼差しを私に向けている。
それだけ私を心配してくれているのは分かるのだが。
「あのならず者の男は私とウジェーヌが雇ったんだから本当に私に危害を加えたりなどしないわ。見ての通り怪我などないでしょう?」
「なぜ、事前に私達に教えてくださらなかったのですか? 貴女がならず者に襲われた時、私達がどれだけ驚いて心臓が止まりそうになったか分かりますか?」
リリが口にした「心臓が止まりそう」というのは比喩なのは分かっているが、前世で心臓を患っていた彼女に言われると、この言葉が重く感じて聞き流せなかった。
「悪かったなとは思うけど……知っていたら、あなた達、私を止めるでしょう?」
「止めないはずないでしょう。ウジェーヌ様もウジェーヌ様です。いくらジョセフを犯罪者にしたいからって、お嬢様を危険にさらすなんて」
ロザリーは今度はウジェーヌに喰ってかかった。
ロザリーは女性である前に母親だ。いくらウジェーヌが今現在の主で愛する男性でも娘のほうが大切なのだ。
今生の人格も前世の人格も一度としてロザリーを母親として慕った事などないのに、なぜ大切に想えるのだろう?
十月十日腹の中で育てて生み出した肉体の人格など、さして重要ではないのだろうか?
「ウジェーヌを責めないで。私がやると言ったのよ」
「今度からは、こんな事、おやめください」
沈痛な顔で懇願するロザリーに私は頷いた。
「必要がなければ、わざわざやらないわ」
「必要であってもです。危険な事なら代わりに私がやりますから」
「私は辺境伯よ。いざとなれば、国や民のために、この命を懸けるわ」
それに、前世で危険な目になら散々遭ってきた。ロザリーの言っている事は今更なのだ。
「何にしろ、ジョセフを排除できたから、あなたももう安全よ。ロザリー」
あのアレクシスに囚われた以上、ジョセフがロザリーにつきまとう事は、もうないのだ。
今生の私の父親が前世の私の顔を持つ女に迫る姿を見なくて済むのだ。
その事を素直に喜んでいたこの時の私は知らなかった。
私は手間暇かけて自らの手で最悪な事態を引き起こしてしまった事を――。
アレクシスは国王に、こう申し出た。
「ジョセフの処罰は私にお任せください。被害者は私の息子の婚約者で加害者は従兄、しかも私の邸で起こった事ですから」
国王は数秒じっとアレクシスを見た後、素っ気なく言った。
「好きにしろ」
「ありがとうございます。しばらくジョセフの尋問で仕事ができなくなりますが、今の所、重要な案件はありませんので」
まあアレクシスは、このために、重要な案件は大急ぎで終わらせていたのを私は知っている。
心置きなく尋問するために、アレクシスは早速ジョセフを王都にあるヴェルディエ侯爵家の別邸に連れて行った。
眠らせたジョセフやアレクシスや彼の部下達がいなくなると、国王はぽつりと言った。
「君の仕業か?」
「何の事でしょう?」
聡明で勘もいい国王には、すでにおおよそ見抜かれているのだろうと思ったが、私は惚けて見せた。
「ジョセフに、わざと君を殺させるように仕向けたのだろう?」
「仕向けたとしても、お父様は、ずっと『私』を殺したがっていましたよ」
国王の疑問を認めたようなものだが、それに対して彼は追及などしてこないだろう。
国王は異母弟に全く興味がない。彼がどうなろうと、はっきりいって、どうでもいいのだ。
アレクシスに連れて行かれる異母弟がどんな目に遭うか、大方の予想はついているだろうに、素っ気なく「好きにしろ」と言ったのだから。
「予想以上に、うまくいったな」
ヴェルディエ侯爵邸の私に宛がわれた部屋の応接間でウジェーヌと私はソファに座って向き合っていた。
ヴェルディエ侯爵令息の婚約者である私は、王都にいる間、ここに泊まらせてもらえるようになったのだ。
壁際には仏頂面のアンディとレオンとリリとロザリーもいる。
アンディとレオンとリリは私についてきたが、ロザリーはウジェーヌの家政婦としてついてきた。
ブルノンヴィル辺境伯領の領主館の使用人達は、賓客だと紹介したウジェーヌの家政婦ロザリー・リエールとして認識している。顔が変わった彼女を領主館の使用人達は、さすがに私を産んだロザリー・リエールだと思わず同姓同名の別人だと思っているのだ。
美容整形の事を知られてしまえばウジェーヌに迷惑がかかるのでロザリーは勿論、事情を知る私達は、あえて彼らの誤解を解かなかった。
ウジェーヌはワイン、未成年の私は紅茶で乾杯した。
「これもあなたのお陰だわ。ウジェーヌ。ありがとう」
「私は私のしたいようにしただけだよ」
ウジェーヌはワインを一口飲んだ。
ロザリーへの、というか彼女の新たな顔への執着から、再びジョセフはウジェーヌの家に現われるだろうと予想はしていた。
ジョセフに付いている護衛には、誰かがジョセフに接触しても彼に危害を加えない限り遠くで見守るように命じておいた。
ジョセフに接触したアンリ・マルタンは、ウジェーヌの商売仲間だ。
一年かけてマルタンはジョセフの信頼を勝ち取り、ついには心の奥底にある私への殺意を煽って実行させた。
私の殺害未遂を実行したならず者はウジェーヌやマルタンの部下で不治の病で余命幾ばくもない男だった。彼の家族への援助と引き換えに私を襲うならず者の役を引き受けたのだ。
ブルノンヴィル辺境伯である私を襲うのだ。成功するにしろ失敗するにしろ、ただでは済まない。だから、そういう人間を選んだ。
「……ジョゼ様、なぜ、あんな真似を?」
アンディはウジェーヌと私の話が一段落ついたのを見計らって話しかけてきた。
以前は「お嬢様」だったが私がブルノンヴィル辺境伯になってからは、アンディも私を「ジョゼ様」と呼ぶようになったのだ。
「あんな真似?」
「アンディが言っているのは、自分自身を危険にさらした事だ」
首を傾げる私にアンディではなく仏頂面のレオンが答えた。
「だって、ああしなきゃ、お父様が犯罪者にならないじゃない」
正確には、私とウジェーヌは、お父様を犯罪者にしたかったのではない。
犯罪者にする事でアレクシスが「尋問」できる事態にしたかったのだ。
だからこそ、アレクシスの邸で彼の息子の婚約者でありジョセフの娘である私の殺害未遂を実行した。
この世界の人としての最大の禁忌の一つである身内殺しを実行しようとした犯罪者。
貴人として生きていたジョセフにとって世間からそう見られるだけでも充分応えるだろう。
けれど、ジョセフの真の地獄は、これからだ。
アレクシスの「尋問」によって与えられるのだ。
そのために、アレクシスに協力要請したのだから。
「だからといって、自分自身を危険にさらすなんて」
いつも控えめでおとなしいロザリーも、この時ばかりは、きつい眼差しを私に向けている。
それだけ私を心配してくれているのは分かるのだが。
「あのならず者の男は私とウジェーヌが雇ったんだから本当に私に危害を加えたりなどしないわ。見ての通り怪我などないでしょう?」
「なぜ、事前に私達に教えてくださらなかったのですか? 貴女がならず者に襲われた時、私達がどれだけ驚いて心臓が止まりそうになったか分かりますか?」
リリが口にした「心臓が止まりそう」というのは比喩なのは分かっているが、前世で心臓を患っていた彼女に言われると、この言葉が重く感じて聞き流せなかった。
「悪かったなとは思うけど……知っていたら、あなた達、私を止めるでしょう?」
「止めないはずないでしょう。ウジェーヌ様もウジェーヌ様です。いくらジョセフを犯罪者にしたいからって、お嬢様を危険にさらすなんて」
ロザリーは今度はウジェーヌに喰ってかかった。
ロザリーは女性である前に母親だ。いくらウジェーヌが今現在の主で愛する男性でも娘のほうが大切なのだ。
今生の人格も前世の人格も一度としてロザリーを母親として慕った事などないのに、なぜ大切に想えるのだろう?
十月十日腹の中で育てて生み出した肉体の人格など、さして重要ではないのだろうか?
「ウジェーヌを責めないで。私がやると言ったのよ」
「今度からは、こんな事、おやめください」
沈痛な顔で懇願するロザリーに私は頷いた。
「必要がなければ、わざわざやらないわ」
「必要であってもです。危険な事なら代わりに私がやりますから」
「私は辺境伯よ。いざとなれば、国や民のために、この命を懸けるわ」
それに、前世で危険な目になら散々遭ってきた。ロザリーの言っている事は今更なのだ。
「何にしろ、ジョセフを排除できたから、あなたももう安全よ。ロザリー」
あのアレクシスに囚われた以上、ジョセフがロザリーにつきまとう事は、もうないのだ。
今生の私の父親が前世の私の顔を持つ女に迫る姿を見なくて済むのだ。
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