あなたを破滅させます。お父様

青葉めいこ

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第二部 祐

86 私から俺へ(ジョセフ視点)

 マルタンが雇った刺客は「あれ」の殺害を失敗したばかりでなく、よりによって私に雇われて襲ったと口走ったのだ。

 それからは、あっという間の出来事だった。

 衛兵によって私はヴェルディエ侯爵邸に連行された。

「あれ」との言い合いで我を忘れ「あれ」の殺害未遂を認める発言をしてしまった後は、薬で眠らされ気がついたら見知らぬ場所だった。

 しかも、明らかに牢屋と思しき場所の、唯一の家具である寝台の上に全裸で手枷足枷され、それらから伸びた鎖が寝台の柵に繋がれていた。

「何だ!? これは!?」

 思わず叫んだ私に声が掛けられた。

「ようやく気がついたか?」

 聞き慣れた低音の美声。

 傍らに従弟で宰相であるアレクシス・ヴェルディエ侯爵が立っていた。自分の異常な状況に気を取られて傍にいる彼に全く気づかなった。

 金髪碧眼、均整の取れた長身、気品に満ちた端正な顔立ち。

 そこにいるのは、紛れもなく見慣れた美しい従弟のはずだ。

 けれど、何かが違った。

「アレクシス?」

 私の呼びかけにアレクシスは、それはそれは美しい微笑を見せた。

 私は寒気がした。全裸だからではない。

 誰もが見惚れるような美しい微笑を浮かべるアレクシスの目が、まるでこれからいたぶる獲物を見る肉食獣みたいだったからだ。

「この日が来るのを私がどれだけ待ちわびたか、君には分からないだろうね」

 アレクシスは右手で私の頬を優しく撫でた。貴族の男性らしく手入れの行き届いた美しい手だが、ゾッとするほど冷たく感じた。

「触るな!」

 アレクシスの手から逃れようと顔を背ける私に彼は目を眇めた。

「いつまでその強気な態度でいられるのか、せいぜい私を楽しませてくれ。従兄殿」

「何を言っているんだ? とにかくを外してくれ!」

 手枷と足枷を視線で示す私に、アレクシスは子供のように無邪気な笑顔で言い放った。

「嫌だよ。せっかく捕まえたのに」

「……何言って」

 私は言葉を続けられなかった。アレクシスに口づけられたのだ。

 まさか男に、しかもアレクシスに口づけされるとは思いもしなかった私は、ただ固まっていた。

 数秒なのか数分なのか、思う存分口づけを堪能したアレクシスが顔を離した時には、私はぐったりしていた。女相手なら勿論キスやそれ以上も経験済みだが、こんな頭が真っ白なるような口づけをした事などなかったのだ。

「これくらいでを上げるのは早いよ。ジョセフ」

 いつの間にか私の体を跨ぐようにして寝台に乗っていたアレクシスがぺろりと私の耳を舐めた。

「っ!? やめろ!」

 反射的にアレクシスを睨みつけたが、彼の異様な熱を孕んだ瞳を見て怖気おぞけが走った。

「……ア、アレクシス?」

「私がゲイなのは知っているだろう?」

 知っていた。けれど、まさか従兄である私をで見ていると思った事などなかった。

「……まさか、お前、私を……」

 最悪な想像をしてしまった私に、アレクシスは目だけ笑っていない美しい微笑を見せた。

「私はね、自尊心が高くて美しい容姿を持つ男を『壊す』のが趣味なんだ。この別邸も、建てた」

 アレクシスの言葉で、私は、ここが王都にあるヴェルディエ侯爵家の本邸ではないのだと知った。

 宰相であるアレクシスが長く王都を離れる訳にもいかないだろうからヴェルディエ侯爵領の領主館でもないのだろう。おそらく王都にある彼の……趣味を楽しむための別邸なのだ。

「完璧な容姿と大した才能も能力もないくせに常に上から目線な言動。そんな君をずっと私の『おもちゃ』にしたかった」

 常に私を気遣い何でも言う事を聞いてくれた美しく有能な従弟。

 けれど、最初からそんな男などいなかったのだ。

 アレクシスは私を従兄どころか人間とすら見ていない。

「でも、美しく聡明で強い叔母上を苦しませたくなかったからね。あの方が生きている間は我慢してたんだよ」

 けれど、アレクシスの叔母、私の母上は亡くなってしまった。

 アレクシスの欲望に歯止めがなくなったのだ。

「……お、お前、私にこんな事して、ただで済むと思っているのか!? 兄上が黙っていないぞ!」

 アレクシスの暴挙を止めるために切り札として放った私の言葉に、彼は最初きょとんとした顔をした後、爆笑した。

「私が君を連れて行く時、陛下は『好きにしろ』と仰った。私が君をどう扱うのか、聡明な陛下ならおおよその見当はついていただろうに。本当に、あの方は異母弟きみの事など、どうでもいいんだね」

「そんな事ない! 兄上は」

「そう思いたいなら思えばいい。私には、どうでもいい事だ」

 アレクシスは私の反論を言葉通り興味なさそうに遮ると私の体をまさぐり始めた。

「やめろ!」

 叫んでもアレクシスの暴挙は止まらない。

 拘束された手足では抵抗できない。ただ鎖をカチャカチャと鳴らすだけだった。

 嫌なのに、無理矢理与えられる快楽に体が反応し始めた。

「……いやだ……やめてくれ……アレクシス」

 私の弱々しい懇願に、アレクシスは、にやりとわらった。今まで私や他人に見せていた優しげな表情とはまるで違う。これこそが彼の本性なのだろう。

「嫌だと言うわりには、体が反応しているね」

 ――嫌だと言うわりには、体が反応しているな。

 アレクシスの声に知らない男の声が重なった。

 男が遣っているのはラルボーシャン語ではない。貴族として母国語以外の近隣諸国の言語も習得したが私の知らない言語だ。だのに、なぜか言葉が理解できる。

(何だ? これは?)

 疑問に思う私の頭の中で「その声」が聴こえてきた。

 ――やめろ! 目覚めさせるな!

「その声」が口にしているのもラルボーシャン語ではない。けれど、またしても言葉が理解できる。

(何だ? これは?)

「案外君も女より男のほうがいいんじゃないか?」

 再びの疑問は、アレクシスが嘲笑も露に私の下半身に顔を埋めた事で立ち消えた。

「いやだ! やめてくれ!」

 ――やめろ!

 懇願する私の声と「その声」が重なった。

 欲望と嘲りに満ちたアレクシスの顔の向こうに私の知らない男の顔が見える。

 世間では清廉潔白で知られた美丈夫。けれど、その裏で少年達を穢らわしい欲望の餌食にしていたのだ。

 実の息子である「彼」さえ毒牙にかけようとした――。

「ああああ――っ!?」

 私の絶叫は、アレクシスには自分が与える行為に対する反応だと思っているだろう。

(知らない! こんな記憶知らない! 私のじゃない!)

 次々と頭に浮かび上がるのは、私の知らない過酷で悲惨で凄惨な記憶。

 貴人として守られ傅かれて育った「私」の精神が押し潰されるには充分だった。

 記憶の中には焦がれてやまないロザリーの新しい顔を持つ女性もいた。

 容姿が違っても私には分かる。

「彼女」こそが、なのだと。

(……そういう事か)

 なぜ、あれだけロザリーの新しい顔に執着したのか。

 なぜ、自分に無関心な母親を、それでも慕っていたのか。

 答えは、あったのだ。

(……全ては「彼」の影響だったのか)

 私自身が得た物など何一つなかった。

 人が羨む身分も容姿も……この想いすらも。

(……それでも)

 消えようとしている今、「私」が想うのは――。

(……母上)

 ずっと認めたくなかった。

 貴女が息子わたしを愛していなかった事を。

 それでも、私は貴女を愛している。

「彼」の影響だったとしても、貴女を愛するこの想いだけは、私の真実だ。




 ――ジョセフィン。




 この体で本来生きるべき人格、ジョセフ・ブルノンヴィルは消えた。

 代わりに浮上したのは――。 




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