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婚約破棄の破棄は了承しましたが、彼女と別れる必要はありませんよ
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「お前との婚約を破棄する!」
とある夜会で婚約者である公爵令息に、そう叫ばれた。
彼の突然の婚約破棄宣言のせいで周囲から好奇の視線にさらされてしまったのは、正直、嬉しくない。
彼は自分の立場が分かっているのだろうか?
「俺は容姿も能力も平凡なお前ではなく美しく優秀な彼女と結婚する!」
そう言って彼は傍らにいる美しい男爵令嬢を抱き寄せた。
彼と彼女の仲が噂されているのは知っていたが、まさか私との婚約を破棄してまで彼女と結婚をしようと考えていたとは思いもしなかった。
彼の家は公爵家だが、優秀な前公爵、彼の祖父が亡くなった後、困窮しているのだ。彼を含めた彼の家族が湯水のごとくお金を使い、そのくせ稼ぐ事をしないからだ。
現在無能揃いの公爵家だが、それでも王家に一番近い血統の我が国第二の名家だ。王家が滅亡させる訳にはいかないと新興貴族であるが、大陸一の商家でもあり、お金が潤沢にある子爵家の令嬢である私と公爵令息である彼との婚約を王命で結ばせたのだ。
「私達の婚約は王命です。あなたの一存だけでは、どうにもなりませんが?」
「ふん。国王ご夫妻は俺をかわいがってくださっている。俺が望めば、お前との婚約破棄も彼女との結婚も認めてくださるさ」
確かに、国王ご夫妻も彼の両親も彼を愛している。だが、それは美しい愛玩人形を愛でるのと同じだ。かくいう私の彼への愛もそれと同じなのだが。
「無理ですわ。だって、王命ですのよ?」
愛玩人形へ愛などで国王が一度命じた事を覆せば誰も従わなくなる。それでは権威の失墜になってしまう。
「それに、そもそも、私とあなたの婚約は、困窮したあなたの家を救うためですのよ」
まだ何か言い募ろうとする婚約者の言葉を遮る。耳に心地よい美声だが、いかんせん頭が悪い彼が放つ言葉は、とても耳を傾ける価値がないものばかりだ。聞いているだけ時間の無駄だ。
「そこの彼女のお家が、あなたのお家を救うほどの財力がおありなら、王家も婚約を認めてくださるでしょうが、違いますわよね?」
「え、えっと」
彼女が口ごもった。私の言う通りなのだ。
「彼は外見だけは、とてもお美しいし、公爵家の嫡子だもの。彼を手に入れれば、贅沢に暮らせると思って婚約者がいても構わず彼を誘惑したのでしょう?」
目端の利く貴族ならば、優秀な前公爵が亡くなって以降の公爵家が困窮しているのは分かるはずだが彼女は気づいていなかったのだろう。
「違います! 私は本当に彼を愛し」
「どうでもいいですわ。そんな事」
私は彼女の言葉を遮った。
「あなた達が真実愛し合っているかどうかなど、私にはどうでもいい事ですわ」
私は二人に私との婚約を破棄した場合、確実に起こる未来を話して聞かせた。
「それよりも、我が家の支援がなくなれば、あなたのお家は立ち行かなくなります。今お住まいになっている美しい館を手放す事になるだろうし、今よりもずっと質の落ちる衣服を着る事になるだろうし、今よりもずっと粗末な食事になるでしょうね」
私の話を聞いているうちに、二人の顔色が段々と悪くなってきた。
「それでも、彼女と添い遂げる覚悟がおありですか? その覚悟がおありなら、お祝い代わりに慰謝料を請求しない婚約解消にしますが?」
そう、慰謝料は請求しない。
ただ、望みのモノは頂いていくが。今まで彼の家を援助してきたのだ。望むモノを貰わなければ割に合わない。
「う、あ、分かった。婚約破棄はやめる。彼女とも別れる。それでいいか?」
「そんな!」
あっさり恋人である自分を捨てる彼に、彼女はショックを受けている。
「婚約破棄の破棄は了承しましたが、彼女と別れる必要はありませんよ」
「「え?」」
目の前の二人だけでなく周囲も怪訝そうな顔で私を見ていた。こんな大勢に注視されるのは、正直、居心地が悪い。
「婚約した時に交わした誓約書をちゃんと読んでいないのですね」
私は溜息を吐いた。
「私とあなたは白い結婚です。私、あなたの美しいお顔以外、興味ありませんので。なので、あなたが浮気しても、それで子供ができても、優秀なら後継者にしても構わない旨も誓約書の記載していますよ。王家にも認めて頂いています」
王家や公爵家としては、大陸一の商家と血縁関係となり完全に取り込む事を望んだようだが、王命だから結婚はするけど閨を強要するなら資金援助はしない、滅亡でも何でもしろと言い放つと、しぶしぶ了承した。
我が家にとっては、滅亡寸前の公爵家を手に入れてもメリットはないのだ。伊達に大陸一の商家ではない。王命に逆らって、この国で生きていけなくなっても他国で悠々自適に暮らせる財とコネはある。我が家を敵に回して困るのは王家や公爵家のほうだ。
「……そうだったのか?」
「ええ。だから、私とは結婚しなければいけませんが、彼女と別れる必要ありませんよ」
まあ、危うくなれば、あっさり自分を捨てる男と再び恋人関係になれるかどうかは彼女次第だが。
彼女にプライドがなかったからか、それとも我が家のお金で贅沢できると思ったのか、彼女は再び彼の恋人に戻った。大勢の前で婚約破棄騒動を起こしたのだ。彼女に、まともな縁談がこなかったせいもあるのだろう。
婚約破棄騒動を起こされても怒らず、愛人の存在を認め、そのまま結婚した私は、いろいろ言われているようだ。馬鹿だと言い切る者、寛大だと評する者。
外野に何を言われようと、どうでもいい。
私の目的は、たった一つで、そのために、彼と結婚したのだから。
「ああ、子が生まれたのね」
公爵となった夫と男爵令嬢の彼女との間に子が生まれたという報告をたった今受けた。
しかも都合がいい事に男女の双子だ。
跡継ぎとなる男の子と政略結婚に使える女の子。
「もう彼女は必要ないわね」
私の呟きを受け、控えていた部下の一人が即座に動いた。多くを語らなくても意を汲んでくれるのは、ありがたい。
彼女の役目は終わった。お金は潤沢にあるが、これ以上、彼女の生活資金という無駄金を使いたくない。
同じ理由で、彼と結婚したその日に、彼の両親である公爵夫妻を強盗に見せかけて部下に始末させた。公爵家は彼が継ぐし、領地経営は私や私が雇った優秀な部下達がしているのだ。無能で金を使うだけの公爵夫妻は必要ない。
「彼も、もう必要ない。なので、私の願いを叶えてほしいのだけど」
公爵家の執務室にいるのは、私と家令だけ。
目の前にいる家令の姿が、ぐにゃりと歪み変わった。
平凡な容姿だった家令は完璧な美貌の男になった。それだけでなく尖った耳と山羊の角を持ち、禍々しい気配を放っている。美しさも相まって一目で人間ではないと分かる。
彼は幼い私の前に突然現れた魔王だ。
人間が足を踏み入れられないという世界の果てに棲んでいる魔族の頂点に立つ魔王は、水鏡で世界各地を覗いた時、たまたま映った私を気に入り、死後、その魂をくれるのなら私が生きている間、自分の万能に近い魔王としての魔力を使ってやろうと持ち掛けてきたのだ。
出会った瞬間、私を殺して、さっさと魂を奪えばいいのに、そうせず、人間の小娘相手に、そんな提案をした魔王は甘いのか優しいのか。
ともかく、私は魔王の提案を承諾し、今現在、彼を思う存分こき使っている。
私が悩みもせず魂の譲渡を承諾した事に、人間にとって恐怖の対象である魔王が露骨に驚いたのは、おもしろかった。
転生して前世の記憶を保持できたとしても、私が「私」として生きられるのは、この人生の一度きりだ。魔王という最強の切り札を使って面白おかしく生きたほうが、よほどいい。
「そう言うと思って、もう叶えた」
私の目の前の空間に、ソレが浮かんでいた。
コレが欲しかった。
夫の美しい顔が。
そのために、彼と結婚したのだ。
「ああ、ありがとう」
私は首だけになった夫を抱えると、うっとりと見上げた。
苦悶と恐怖に彩られた最期の表情。
だが、それでも――。
「ああ、やっぱり、顔だけは美しいわね。旦那様」
頭の悪い夫が放つ言葉の数々は聞く価値がない。
肌を重ねる気にはなれなかったので体も不要だ。
私が欲しかったのは夫の美しい顔だけだ。
「間近で、ずっと俺の顔を見てきたのに、そんな男のほうがいいのか?」
魔王には不思議なのだろう。夫と出会うよりずっと前から夫よりも何倍も美しい魔王を見てきて、なぜ、自分よりも美しくない夫を生首にして傍に置きたがるのか。
「確かに、あなたは誰よりも美しいけど、生憎、私の好みじゃないのよね」
美しいとは思うが、心惹かれた事はない。
万能に近い魔力と整いすぎた容姿。
完璧であるが故に心惹かれないのだ。
私が心惹かれるのは、どこか不安定で歪みがあるモノなのだ。
「俺に向かって好みじゃないと言い切る女は、お前くらいだ」
魔王は笑った。私の物言いに怒りよりも面白さを感じたようだ。
「だから、いいんじゃないの? 私が、あなたに恋情を抱いていたら、うっとうしくなって、さっさと殺して魂を奪っているはずだもの」
「うーん、どうだろうな。逆に、俺も、お前に恋をして、魂を奪うのをやめて、伴侶にして魔王の永遠に近い命の半分を与えるかもしれんぞ」
「それこそ、ありえないわね」
私は笑った。
私の魂は、それはそれは美しいらしい。
用無しだと判断すれば部下に始末させ、夫を生首にして所有する女の魂が美しいとは到底思えないのだが。魔王には、そう見えるのだという。
だからこそ、魔王は私の魂を欲したのだ。
けれど、外見は、どこにでもいる十人並みの女だ。今のままの私を欲するなど、ありえないだろう。
この時は、そう思っていたのだが。
まさか、冗談めかした魔王のあの時の科白は本心だとは思いもしなかった。
幼い私の前に現れてから、ずっと傍にいた魔王は、魂だけでない「私」という女に本気で惚れていたのだ。ただ人間の小娘に本気で惚れたと認めるのは魔王としての矜持が許さなかったので、あんな冗談めかした言い方をしたのだ。
そんな魔王が腹をくくって私を口説きだし、私がそれに絆されるのは、そう時間はかからなかった。
二度と転生できなくても、魔王という最強の切り札を使って、今生を面白おかしく生きられれば、それでいいと思っていたのに――。
人間の短い生ではなく、魔王の伴侶となり長い長い時を生きる事になった私だが、どちらにしろ、魔王という最強の切り札を使って面白おかしく生きられるのに変わりはないから、これはこれでよかったのだと思う事にする。
後書き。
あらすじの○○は「生首」です。
とある夜会で婚約者である公爵令息に、そう叫ばれた。
彼の突然の婚約破棄宣言のせいで周囲から好奇の視線にさらされてしまったのは、正直、嬉しくない。
彼は自分の立場が分かっているのだろうか?
「俺は容姿も能力も平凡なお前ではなく美しく優秀な彼女と結婚する!」
そう言って彼は傍らにいる美しい男爵令嬢を抱き寄せた。
彼と彼女の仲が噂されているのは知っていたが、まさか私との婚約を破棄してまで彼女と結婚をしようと考えていたとは思いもしなかった。
彼の家は公爵家だが、優秀な前公爵、彼の祖父が亡くなった後、困窮しているのだ。彼を含めた彼の家族が湯水のごとくお金を使い、そのくせ稼ぐ事をしないからだ。
現在無能揃いの公爵家だが、それでも王家に一番近い血統の我が国第二の名家だ。王家が滅亡させる訳にはいかないと新興貴族であるが、大陸一の商家でもあり、お金が潤沢にある子爵家の令嬢である私と公爵令息である彼との婚約を王命で結ばせたのだ。
「私達の婚約は王命です。あなたの一存だけでは、どうにもなりませんが?」
「ふん。国王ご夫妻は俺をかわいがってくださっている。俺が望めば、お前との婚約破棄も彼女との結婚も認めてくださるさ」
確かに、国王ご夫妻も彼の両親も彼を愛している。だが、それは美しい愛玩人形を愛でるのと同じだ。かくいう私の彼への愛もそれと同じなのだが。
「無理ですわ。だって、王命ですのよ?」
愛玩人形へ愛などで国王が一度命じた事を覆せば誰も従わなくなる。それでは権威の失墜になってしまう。
「それに、そもそも、私とあなたの婚約は、困窮したあなたの家を救うためですのよ」
まだ何か言い募ろうとする婚約者の言葉を遮る。耳に心地よい美声だが、いかんせん頭が悪い彼が放つ言葉は、とても耳を傾ける価値がないものばかりだ。聞いているだけ時間の無駄だ。
「そこの彼女のお家が、あなたのお家を救うほどの財力がおありなら、王家も婚約を認めてくださるでしょうが、違いますわよね?」
「え、えっと」
彼女が口ごもった。私の言う通りなのだ。
「彼は外見だけは、とてもお美しいし、公爵家の嫡子だもの。彼を手に入れれば、贅沢に暮らせると思って婚約者がいても構わず彼を誘惑したのでしょう?」
目端の利く貴族ならば、優秀な前公爵が亡くなって以降の公爵家が困窮しているのは分かるはずだが彼女は気づいていなかったのだろう。
「違います! 私は本当に彼を愛し」
「どうでもいいですわ。そんな事」
私は彼女の言葉を遮った。
「あなた達が真実愛し合っているかどうかなど、私にはどうでもいい事ですわ」
私は二人に私との婚約を破棄した場合、確実に起こる未来を話して聞かせた。
「それよりも、我が家の支援がなくなれば、あなたのお家は立ち行かなくなります。今お住まいになっている美しい館を手放す事になるだろうし、今よりもずっと質の落ちる衣服を着る事になるだろうし、今よりもずっと粗末な食事になるでしょうね」
私の話を聞いているうちに、二人の顔色が段々と悪くなってきた。
「それでも、彼女と添い遂げる覚悟がおありですか? その覚悟がおありなら、お祝い代わりに慰謝料を請求しない婚約解消にしますが?」
そう、慰謝料は請求しない。
ただ、望みのモノは頂いていくが。今まで彼の家を援助してきたのだ。望むモノを貰わなければ割に合わない。
「う、あ、分かった。婚約破棄はやめる。彼女とも別れる。それでいいか?」
「そんな!」
あっさり恋人である自分を捨てる彼に、彼女はショックを受けている。
「婚約破棄の破棄は了承しましたが、彼女と別れる必要はありませんよ」
「「え?」」
目の前の二人だけでなく周囲も怪訝そうな顔で私を見ていた。こんな大勢に注視されるのは、正直、居心地が悪い。
「婚約した時に交わした誓約書をちゃんと読んでいないのですね」
私は溜息を吐いた。
「私とあなたは白い結婚です。私、あなたの美しいお顔以外、興味ありませんので。なので、あなたが浮気しても、それで子供ができても、優秀なら後継者にしても構わない旨も誓約書の記載していますよ。王家にも認めて頂いています」
王家や公爵家としては、大陸一の商家と血縁関係となり完全に取り込む事を望んだようだが、王命だから結婚はするけど閨を強要するなら資金援助はしない、滅亡でも何でもしろと言い放つと、しぶしぶ了承した。
我が家にとっては、滅亡寸前の公爵家を手に入れてもメリットはないのだ。伊達に大陸一の商家ではない。王命に逆らって、この国で生きていけなくなっても他国で悠々自適に暮らせる財とコネはある。我が家を敵に回して困るのは王家や公爵家のほうだ。
「……そうだったのか?」
「ええ。だから、私とは結婚しなければいけませんが、彼女と別れる必要ありませんよ」
まあ、危うくなれば、あっさり自分を捨てる男と再び恋人関係になれるかどうかは彼女次第だが。
彼女にプライドがなかったからか、それとも我が家のお金で贅沢できると思ったのか、彼女は再び彼の恋人に戻った。大勢の前で婚約破棄騒動を起こしたのだ。彼女に、まともな縁談がこなかったせいもあるのだろう。
婚約破棄騒動を起こされても怒らず、愛人の存在を認め、そのまま結婚した私は、いろいろ言われているようだ。馬鹿だと言い切る者、寛大だと評する者。
外野に何を言われようと、どうでもいい。
私の目的は、たった一つで、そのために、彼と結婚したのだから。
「ああ、子が生まれたのね」
公爵となった夫と男爵令嬢の彼女との間に子が生まれたという報告をたった今受けた。
しかも都合がいい事に男女の双子だ。
跡継ぎとなる男の子と政略結婚に使える女の子。
「もう彼女は必要ないわね」
私の呟きを受け、控えていた部下の一人が即座に動いた。多くを語らなくても意を汲んでくれるのは、ありがたい。
彼女の役目は終わった。お金は潤沢にあるが、これ以上、彼女の生活資金という無駄金を使いたくない。
同じ理由で、彼と結婚したその日に、彼の両親である公爵夫妻を強盗に見せかけて部下に始末させた。公爵家は彼が継ぐし、領地経営は私や私が雇った優秀な部下達がしているのだ。無能で金を使うだけの公爵夫妻は必要ない。
「彼も、もう必要ない。なので、私の願いを叶えてほしいのだけど」
公爵家の執務室にいるのは、私と家令だけ。
目の前にいる家令の姿が、ぐにゃりと歪み変わった。
平凡な容姿だった家令は完璧な美貌の男になった。それだけでなく尖った耳と山羊の角を持ち、禍々しい気配を放っている。美しさも相まって一目で人間ではないと分かる。
彼は幼い私の前に突然現れた魔王だ。
人間が足を踏み入れられないという世界の果てに棲んでいる魔族の頂点に立つ魔王は、水鏡で世界各地を覗いた時、たまたま映った私を気に入り、死後、その魂をくれるのなら私が生きている間、自分の万能に近い魔王としての魔力を使ってやろうと持ち掛けてきたのだ。
出会った瞬間、私を殺して、さっさと魂を奪えばいいのに、そうせず、人間の小娘相手に、そんな提案をした魔王は甘いのか優しいのか。
ともかく、私は魔王の提案を承諾し、今現在、彼を思う存分こき使っている。
私が悩みもせず魂の譲渡を承諾した事に、人間にとって恐怖の対象である魔王が露骨に驚いたのは、おもしろかった。
転生して前世の記憶を保持できたとしても、私が「私」として生きられるのは、この人生の一度きりだ。魔王という最強の切り札を使って面白おかしく生きたほうが、よほどいい。
「そう言うと思って、もう叶えた」
私の目の前の空間に、ソレが浮かんでいた。
コレが欲しかった。
夫の美しい顔が。
そのために、彼と結婚したのだ。
「ああ、ありがとう」
私は首だけになった夫を抱えると、うっとりと見上げた。
苦悶と恐怖に彩られた最期の表情。
だが、それでも――。
「ああ、やっぱり、顔だけは美しいわね。旦那様」
頭の悪い夫が放つ言葉の数々は聞く価値がない。
肌を重ねる気にはなれなかったので体も不要だ。
私が欲しかったのは夫の美しい顔だけだ。
「間近で、ずっと俺の顔を見てきたのに、そんな男のほうがいいのか?」
魔王には不思議なのだろう。夫と出会うよりずっと前から夫よりも何倍も美しい魔王を見てきて、なぜ、自分よりも美しくない夫を生首にして傍に置きたがるのか。
「確かに、あなたは誰よりも美しいけど、生憎、私の好みじゃないのよね」
美しいとは思うが、心惹かれた事はない。
万能に近い魔力と整いすぎた容姿。
完璧であるが故に心惹かれないのだ。
私が心惹かれるのは、どこか不安定で歪みがあるモノなのだ。
「俺に向かって好みじゃないと言い切る女は、お前くらいだ」
魔王は笑った。私の物言いに怒りよりも面白さを感じたようだ。
「だから、いいんじゃないの? 私が、あなたに恋情を抱いていたら、うっとうしくなって、さっさと殺して魂を奪っているはずだもの」
「うーん、どうだろうな。逆に、俺も、お前に恋をして、魂を奪うのをやめて、伴侶にして魔王の永遠に近い命の半分を与えるかもしれんぞ」
「それこそ、ありえないわね」
私は笑った。
私の魂は、それはそれは美しいらしい。
用無しだと判断すれば部下に始末させ、夫を生首にして所有する女の魂が美しいとは到底思えないのだが。魔王には、そう見えるのだという。
だからこそ、魔王は私の魂を欲したのだ。
けれど、外見は、どこにでもいる十人並みの女だ。今のままの私を欲するなど、ありえないだろう。
この時は、そう思っていたのだが。
まさか、冗談めかした魔王のあの時の科白は本心だとは思いもしなかった。
幼い私の前に現れてから、ずっと傍にいた魔王は、魂だけでない「私」という女に本気で惚れていたのだ。ただ人間の小娘に本気で惚れたと認めるのは魔王としての矜持が許さなかったので、あんな冗談めかした言い方をしたのだ。
そんな魔王が腹をくくって私を口説きだし、私がそれに絆されるのは、そう時間はかからなかった。
二度と転生できなくても、魔王という最強の切り札を使って、今生を面白おかしく生きられれば、それでいいと思っていたのに――。
人間の短い生ではなく、魔王の伴侶となり長い長い時を生きる事になった私だが、どちらにしろ、魔王という最強の切り札を使って面白おかしく生きられるのに変わりはないから、これはこれでよかったのだと思う事にする。
後書き。
あらすじの○○は「生首」です。
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