妹は謝らない

青葉めいこ

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 あの後、どうやって自室に戻ったのか分からない。

 気がついたら寝台に腰掛けていた。

 まず真っ先に思ったのは、「シオンを助けたい!」だった。

 けれど、皆目どうしたらいいのか見当もつかない。

 今のわたくしは子供で公爵令嬢だ。

 家族の愛には恵まれなくても、傅かれて守られて生きてきた。

 この公爵家箱庭以外で生きた事はないし、おそらく生きられない。

 わたくし一人でも生きられないのに、シオンを守れるはずがない。

 悶々と考えていたわたくしは、窓を叩く音に気づいた。

 何気に振り返って、ぎょっとした。

 窓の外、バルコニーにシオンが佇んでいたのだ。

「何やっているのよ!」

 慌てて窓を開けシオンを室内に招き入れた。

「普通に訪ねると貴女の家族がうるさいからな」

 確かにシオンの言う通り、ごく普通に彼がわたくしの私室を訪ね、それを見た誰かが家族の誰かに告げ口したら煩わしい事態が起こる。

 シオンに執着する父親アーテル公爵は、わたくしでなくても誰かが彼に接触するのを許さない。お小言だけならいいが、下手すればわたくしだろうと(元々あの男に家族に対する愛情など欠片もないが)ぶん殴るだろう。

 わたくしの物だけでなく使用人でも友人でも、わたくしと親しい人間を奪おうとする妹もまた、シオンとわたくしが接触したというだけでシオンに付きまとうだろう。

 全面的に妹の味方の母は妹に協力するに決まっている。

「樹からバルコニーに飛び移ってきたんだ」

 ちょうどわたくしの私室のバルコニーの近くに大木がある。シオンは、それに上るとバルコニーに飛び移ってきたのだ。

「他に方法はあるでしょう!? いくらこっそり訪ねるにしても危ないじゃない!」

 せめて誰もまだ起きていない早朝か、誰もが寝静まる深夜に訪ねて来てくれたほうがよかった。

「大丈夫。僕は身が軽いんだ」

 シオンは、にっこり微笑んだ。

 先程わたくしに見せたような儚げな微笑ではない。少年らしく溌剌とした微笑だった。

 普段なら見惚れるが、生憎わたくしは怒っているので見惚れるのではなくシオンを睨みつけた。

「危ない事はしないで。わたくしに用があるなら誰もいない時を見計らって来てくれればいいのよ」

 もし運悪く見つかってアーテル公爵あの男にお小言を食らったり、ぶん殴られたり、シオンが妹に付きまとわれて、わたくしだけでなくシオンも不快な思いを味わう事になっても、シオンが怪我をしたり飛び移るのに失敗して最悪死ぬよりは、ずっといい。

「……本当に、僕を心配してくれているんだね」

 シオンは、しんみりと呟いた。

「シオン?」

を見ても、僕を嫌悪するのではなく僕を心配してくれていただろう?」

 いつものように虚無を抱えた瞳ではない。ひどく優しい瞳でシオンは私を見つめていた。

 好きな人に、そんな瞳を向けられれば普通なら嬉しい。けれど、わたくしは居た堪れなかった。

 あんな……自分が凌辱されている場面を見られて一番つらいのはシオンだのに。

 こんな風に、優しい眼差しを向けられる資格は、わたくしにはない。

 わたくしは、シオンを虐げているあの男の娘なのだから。

「……シオン」

 何となく予想はしていた。シオンがわたくしを訪ねに来るだろうと。あんな光景を見られたと分かったのだ。口止めするため、もしくは怒りをぶつけるために。

 けれど、シオンの今までの様子からして、口止めでも、怒りをぶつけるためでもないのは何となくわかった。

 シオンは、わたくしに何を言いたくて訪ねに来たのだろう?

 わたくしの疑問に気づいたのだろう。

 けれど、その疑問の答えは、あまりにも予想外なシオンの言動だった。

「あんな光景を見せて、ごめん」

 シオンは神妙な顔で頭を下げた。

「……何で、あなたがわたくしに謝るの? 謝らなければならないのは、わたくしのほうでしょう? だって、わたくしは、あなたにをしている男の娘で」

「子供は親を選べない。あの男の娘に生まれたのは、貴女のせいじゃない」

 力強く、きっぱりとシオンは言い放った。

「……シオン」

 シオンがそう言ってくれたからといって彼に対する罪悪感はなくならない。

 確かに、子供は親を選べない。

 あの男の娘に生まれたのは、わたくしのせいではない。

 けれど、わたくしでは、あの男からシオンを守れない。

 それでは、わたくしもまた、あの男と同じなのだ。

 今地獄の最中さなかにいるシオンにとっては、救ってくれない人間など自分を虐げているあの男と何ら変わらないはずだ。

「それに、は初めてじゃない。今更傷ついたりしないよ」

 シオンは淡々と何でもない事のように言うが、聞いているわたくしは胸が痛くなった。

 尊厳を踏みにじられて傷ついていないはずがない。つらくないはずがない。

 けれど、そう思わなければ、シオンは生きていけなかったのだろう。

 家族から愛情を与えられなかった事がつらかった。

 けれど、シオンが今まで受けてきた苦痛に比べれば、大した事ではなかった。

 むしろ、つらいと言う事さえおこがましいだろう。

 家族の愛はもらえなくても公爵令嬢として恵まれた生活をしているのだから。

「僕に最初に、をしたのは、僕の実の父親、斬首刑になったプラティヌム子爵なんだ」

 息を呑むわたくしに、シオンは変わらず淡々と言葉を続けた。

「アーテル公爵が今僕にしている事なんかあの男がしていた事に比べれば、ずっと生温いよ。アーテル公爵は僕を手に入れるために父の不正を突き止めてプラティヌム子爵家を取り潰した。ある意味、僕をあの父親おとこから救ってくれた恩人でもあるんだ。何より、君に出会わせてくれた。その事だけは感謝している」

「……感謝だなんて、わたくしは、あなたに何もしてないのに」

 むしろ、何もできない。

 シオンをあの男から守る事も。

「あんな光景を見ても、僕を嫌悪するのではなく心配してくれた。それで充分なんだよ。今まで僕を気にかけてくれた人はいなかったから」

 どれだけシオンを心配しても、気遣っても、彼を地獄から救い出せないのに。

 救いたいと思うだけで行動しなければ意味がないのに。

 自分を想ってくれるだけで充分なのだとシオンは言うのだ。

「それに……これは、きっと報いだ」

「報い?」

「こんな事を言うと頭がおかしいと思われるだろうけれど、僕には前世の記憶がある」

 シオンの突然の告白に戸惑うわたくしに構わずシオンは言葉を続けた。

前世の僕あいつは愛する女性を強姦した。それで彼女が手に入ると勘違いした馬鹿野郎だ。体の弱かった彼女は、そのせいで死んだ。その報いを僕は今受けているんだと思うよ」

 シオンはほろ苦く微笑んだ。

「……そんなの、シオンのせいじゃない」

 前世で彼が何をしても今のシオンには何の係わりもない事だろう。

 前世の記憶を持っていても、今の彼は「前世の彼」とは違う存在、シオン・アーテルなのだから。

「君ならそう言ってくれると思った」

 シオンは微笑んだ。

 シオンは、わたくしの言葉に心の底から納得していない。

 無理もない。

 シオンを気にかけるだけで、彼を助けられないわたくしの言葉に納得できるはずがないのだから。





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