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時間旅行編

170.猫又の親子

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「探すって、子猫の親を?」

「は、はい!」

「う~ん……たぶん結界の外だよね? 一人で行くのは危険だなぁ」

「えっ、あの……ウィル様は……」

「ごめんね。いろいろ仕事が溜まってて、僕は手が離せないんだよ」

「そ、そうなのですね……ごめんなさい」

 ロトンは泣きそうな顔で謝ってきた。

「ロトンは悪くないよ。本当は僕も一緒に探してあげたいんだ。代わりに誰か、警備部隊の人を一緒に――」

「なら俺が一緒に行くよ」

 後ろから声が聞こえて、僕とロトンは振り返る。
 すると、扉を開けてイズチが入ってきていた。

「イズチ」

「イズチさん!」

「ごめんなロトン。ウィルが忙しいって忘れてたんだよ。テキトーなこと言った詫びに、俺がその猫の親を一緒に探してやるから」

「いいのかい?」

「ああ、そっちのほうがお前も安心だろ?」

 イズチは小さく笑いながら言った。
 結界の外は魔物がいるから、ロトン一人では危ない
 確かに、イズチが一緒なら安心できる。

「ロトンもそれでいいか?」

「はい……ありがとうございます」

 ロトンはまた泣きそうな顔になっていた。
 今度はどちらかというと、うれし泣きのほうだと思うけど。
 というわけで、子猫の親探しは二人に任せることにした。
 僕はというと、溜まっていた書類の山を片付ける作業だ。
 自分の怠慢が腹立たしいよ。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 ウィルの部屋を出た二人は、話しながら廊下を歩いていく。
 向かっているのは、子猫のいる医務室である。

「ご、ごめんなさいイズチさん……あの、ご迷惑をおかけして」

「迷惑なんて思ってないよ。むしろ、こうなるってわかってて放置してた俺のほうが悪い」

「そ、そんなことないです。ボクはその……来てくれて嬉しかったです」

「そうか、なら良かったよ」

 そうして話しているうちに、医務室にたどり着いた。
 中へ入ると、子猫がロトンに駆け寄ってきた。
 ロトンは子猫を抱きかかえる。

「おぉ~ もうすっかり元気になったな」

「はい!」

「それに随分懐いてるよな。もういっそ、お前が面倒見てもいい気もするけど。別れるのは辛くないか?」
 
 イズチがそう尋ねると、ロトンは俯き暗い表情で子猫を見つめた。
 しばらく黙り込んでしまい、イズチは心配そうに見守る。
 ロトンは俯いたまま、縫い付けられたような重い口を動かす。

「寂しい……と思います。でも、この子も親と会えなくて寂しいと思うんです。だから、親がいるなら探してあげたいんです」

 ロトンは子猫に、自分の過去を重ねていた。
 物心着く前に両親と離れ離れになり、奴隷となって過ごした半生。
 顔も名前も、生まれた場所すらうろ覚え。
 もう二度と、彼女は両親に会うことは出来ないだろう。
 この子猫にも、同じ思いをしてほしくないと思っていた。
 イズチはロトンの想いをくみ取り、必ず子猫の親を見つけると決意する。

 そうして、二人は子猫をつれ屋敷を出た。
 向かったのは、王国側にある森。
 街の外は広く、本来は簡単に見つけられないだろう。
 だがしかし、犬人族は他の種族より嗅覚が発達している。
 二人の力を合わせれば、子猫の匂いを辿ることも可能なのだ。

 ロトンは森の中で、木や草に花を近づけて匂いをかぐ。

「こっちだと思います」

「ロトンは俺より鼻が利くな。助かるよ」

 ロトンは褒められて照れていた。
 そんな彼女を見つめながら、イズチは物思いにふける。

「どうかしましたか?」

「いや……実はさ? 今だから言うけど、ずっと前からロトンのことが気になってたんだよ」

「え、えぇ!? き、気になってたって……それはどういう……」

「変な意味じゃなくてな? ただほら、俺たちは同じ種族だろ? だから初めて会ったとき、どんな道を歩んできたのか、どうしてウィルと一緒にいるのか。そういうのが気になってたんだよ。本当はもっと速くに話したかったんだけど、中々聞けなくてさ」

「そうだったんですね」

「ああ。だからこうして話せるようになって、俺は嬉しいよ」

 イズチは笑顔を見せた。
 ウィルやトウヤに見せる顔とは違う。
 とても優しくて、温かい笑顔だった。
 ロトンもほっとして、思わず顔が赤くなる。

「イズチさんって、ウィル様に似ていますね」

「えっ、そう? ちなみにどこが?」

「優しくて、強くて、頼りになって……格好良いところです」

 ロトンは素直に伝える。
 子供だからこそ難しいことを、彼女は臆面泣く話した。
 まっすぐな好意になれていないイズチは、照れて顔を外へ向けてしまう。
 すると、いつの間にか二人は、大きな洞穴の前にたどり着いていた。

「ここは?」

「こんな穴があったんだな。知らなかった」

「ボクも初めて知りました。それにここから匂いが――」

 洞穴の奥から赤い光が二つ。
 光はぐねっと軌跡を描き、穴から飛び出してくる。
 その姿は、普通の猫とは言い難いものだった。
 二人は予想外のスケールに驚きのけぞる。

「なっ! こいつネコマタか?」

 ネコマタとは、トラの亜種と言われている大きな猫である。
 大人になれば、全長二メートルはある。
 特徴は二つに分かれた尻尾。
 魔物ではないものの、かなりの戦闘力を持っていている。
 また警戒心が非常に強く、近づく者を攻撃することも多々ある。
 子供のときは小さく、尻尾も一つのため、普通の猫と見分けがつかない。

 ネコマタは喉をならして威嚇している。
  
「まずいな、かなり怒ってるぞ! 子猫を捕られたと勘違いしているんだ!」

「ど、どうしよう!」

「子猫を放すんだ!」

「わかり――」

 数秒の遅れ。
 ネコマタは痺れをきらし、ロトンに襲い掛かろうとしている。
 強靭なつめは、引っかかれれば命に関わる。
 イズチはロトンを守るため、刀を抜いて立ち塞がる。

「だっ――」

 ロトンは駄目と言いかける。
 イズチが斬ろうとしていると思ったからだ。

「大丈夫だ!」

 しかし、イズチは斬ろうとしていない。
 刀は抜いたが、峰のほうへクルリとひっくり返し、爪を受け止める。
 そのまま腹へもぐりこみ、打撃を加え意識を奪う。
 ネコマタは気絶し、バタリと倒れこんだ。

「大切な親だからな。傷つけたりはしないよ」

 そう言って刀を鞘に納める。
 誰が見ても、格好良いと思う姿に、ロトンの胸が熱くなる。
 ぼーっとする隙をついて、子猫がロトンの腕を飛び出し、倒れているネコマタに駆け寄る。
 心配そうに舐めたりしていたが、生きているとわかって擦り寄っていた。
 その光景を眺めて、二人は顔を見合わせる。

「一件落着、でいいのかな?」

「はい!」

 迷い猫改め迷いネコマタは、無事に親と再会を果たした。
 そして、二人の仲も一気に縮まったのではないだろうか。
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