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魔界開拓編

206.支配

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 魔王軍幹部の一人にして側近。
 参謀でもあるネビロスは、ベルゼに次ぐ実力を持っている。
 ユノ曰く、王国を一晩あれば壊滅させられるほどらしい。
 そんな彼が今、全身から血を流し、呼吸も絶え絶えな状態になっている。
 左腕は切断され、流れ出る血を止めるように、右手で傷口を押さえている。
 人間ならば確実に命を落とすほどの重傷。
 悪魔である彼だからこそ、未だ命を維持できている。

「魔王様を……」

 ネビロスは膝をつく。
 僕らは慌てて駆け寄り、事情を尋ねる。

「酷い……」

 ホロウが青ざめる。

「なっ、何があったんですか!?」

「待て主よ! その前に治療が先じゃ」

「わ、わかった! 今から――?」

 抱えて運ぼうとした僕の腕を、ネビロスが力いっぱいに掴んでくる。
 そして、縋るような目をして、僕に言う。

「お願いです! 魔王様を助けてください!」

「ベルゼ?」

「まだ戦っておられます。私を逃がすため……早く! 一刻も早く助けねば、殺されてしまう」

「なっ……」

 ベルゼが殺される? 
 あのベルゼが?
 圧倒的力、世界最強と言える彼を指して、ネビロスは断言的に言った。
 僕を含む全員が、一瞬だけ彼の言葉を疑う。
 しかし、ネビロスが瀕死の重傷を負っている現状を見て、彼の言葉が真実だと知る。

「ベルゼが……」

 僕の腕を掴むネビロスの力が強くなる。

「どうか、どうか……」

「ネビロスさん!」
 
 彼は意識を失った。
 呼吸と心拍を確認して、弱々しいが生きていることを確かめる。
 僕らは急いで彼を運び、手当てをすることにした。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 時は遡り、ウィルが城下町復興を始めた頃。
 魔王ベルゼビュートは、反抗する勢力討伐に赴いていた。
 ベルゼは軍を率い進行し、圧倒的な力で敵をねじ伏せていく。
 対する反乱軍の首謀は、元魔王軍幹部の一人――

「久しいな、アンドラス」

「はっ! 相変わらず小さいな魔王様よぉ」

「そういうお前は、邪魔なくらいでかいな」

 悪魔アンドラス。
 悪魔の翼と強靭な肉体を有し、顔はカラスに酷使している。
 かつて魔王軍の一人だった彼は、敵味方問わず皆殺しにしてしまうことから、最もイカレタ悪魔として知られていた。

「アンドラスよ、貴様が誑かした我が部下たちは、元気にしておるか?」

「あぁ? そんなもん知るかよ! あれはただの使い捨ての駒、一々覚えてるわけねぇーだろ」

 上位の悪魔は、それぞれに特有の能力を保持している。
 ネビロスの場合は【統括】。
 軍を率いるカリスマ性によって、魔王軍の悪魔たちを総括している。
 アンドラスの能力は【不和】。
 言葉通り、不和をもたらすことが出来る。
 仲間割れ、内部分裂を誘発できる能力を、アンドラスはかつての魔王軍に使った。
 それにより、魔王軍傘下の一部が、アンドラスと共に裏切ってしまったのだ。

「……そうか。アンドラス、お前は変わらんな」

「てめぇもな魔王! 相変わらず甘い。中途半端に強くなきゃー、あの場で殺しちまってたのによう」

 アンドラスはやれやれとジェスチャーをする。
 ベルゼは何かを思い、仕舞いこんで言う。

「我は悲しいぞ、アンドラス」

「あぁ?」

「裏切ったとはいえ、かつての同胞を殺さなくてはならないことが」

「はぁ? 悲しいだぁ? 嘘付くんじゃねぇよ! 本当は殺したくてウズウズしてんだろ? 俺はそうだぜ! 今日という日をずっと待ってたんだからなぁ!!」

 アンドラスは武器を構える。
 両腕に携えた強靭な斧で、多くの敵をなぎ倒してきた。
 その斧が、ベルゼに振るわれる。
 ベルゼは構えない。
 ただじっと前を見据え、立ち尽くしている。

「おらぁ!」

 斧は振り下ろされる。
 衝撃だけで地面が抉れる威力――を、ベルゼは片手で止めた。

「っ――」

「思い上がるでない」

 ベルゼの拳が、アンドラスの腹に当たる。
 アンドラスは血を吐き、後方へ吹き飛んでいく。
 斧を地面に突き刺し、抉りながら衝撃を和らげて止める。

「その程度か? アンドラスよ」

「くっ……舐めるなああああああああああああああああ!」

 アンドラスが吼える。
 魔力を解放し、肉体を強化している。
 豪腕二本、追加で二本。
 斧も増やし、四本腕に斧を装備した。

「ほう」

「前とは違うんだよ! 今度こそ、お前を殺してや――」

 叫んだ直後、ベルゼが光速移動していた。
 アンドラスは気付く。
 目の前に、ベルゼが接近していることを。

「なっ! くっ――」

 咄嗟に斧を振るう。
 が、斧は全て砕かれてしまう。
 ベルゼは筋一本動かしていない。
 ただじっと睨みつけているだけ。

「やはり悲しいぞ。この程度の者を、我は信頼しておったのだな」

 一閃。
 光速の何かが走り、アンドラスの腹を貫く。
 アンドラスは血を吐き、その場に倒れこんだ。

「ぐっ、な、何をした……」

「我の力を忘れたか?」

「っ……」

 ベルゼビュートの能力は【支配】。
 彼は自身を含む、すべての魔力を支配しコントロールすることが出来る。
 アンドラスの斧は魔法の武器だった。
 砕けたのは、ベルゼが斧の魔力を暴走させたから。
 アンドラスの腹を貫いたのは、魔力を超圧縮して放つエネルギー弾だった。
 魔力を支配するということは、魔法を支配するということ。
 故に彼は、神代魔法を除く、すべての魔法を行使できる。
 それこそ、ベルゼが魔王たる所以である。
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