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魔界開拓編

211.万事休す

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 魔王城まで戻ったネビロスは、僕とユノの元へ赴き、ベルゼを助けてほしいと懇願した。
 状況については、一緒に戻ってきた悪魔の一人に聞いて知った。
 僕とユノ、ホロウとギランで集まり話す。

「ネビロスの容態は?」

「ギリギリですが何とか。今は気を失っておられます」

「そっか」

 ホロウが答えてくれた。
 僕らのところへ来た後、ネビロスは力尽きて倒れてしまった。
 僕とユノで介抱して、今は魔王城の医務室で眠っている。

「狂った魔女か」

 文献でチラッと見たことがある。
 御伽噺程度の感覚だったから、実在するなんて夢にも思わなかった。
 聞いた情報も、遠目で見て聞こえたことを教えてもらっただけだから、詳しいことはわからない。
 ただ一つ明確にわかっているのは、ベルゼが危ないという事実だけだ。

「おいおいやべえんじゃねぇのか? どうすんだよ旦那」

「ウィル様……」

 ギランとホロウは不安そうに僕を見つめてくる。
 僕は目を伏せ考えてから、ユノのほうへ目を向ける。

「ワシは構わんぞ」

 ユノは僕の目を見て、どうしたいのかを察して答えてくれた。
 了承を得た後で、改めて方針を口にする。

「僕とユノで助けに行くよ」

 ベルゼが危険な状況だ。
 だったら結論は最初から決まっている。
 僕は当たり前みたいに、堂々と宣言した。

「了解じゃ」

「まっ待ってください! 危険すぎます!」

 そんな僕をホロウが全力で止めようとしてきた。
 心配そうな表情で、必死に言う。

「魔王ですら敵わない相手なのですよ? 助けに行って、無事に済むわけありません!」

 ごもっともな意見だ。
 だけど、それをわかった上で僕は首を横に振る。

「見殺しには出来ないよ。 それにもしベルゼが負ければ、被害は世界中に広まる」

 この世界にベルゼより強い存在はいない。
 狂った魔女の話を聞く前なら、そう断言できていた。
 ベルゼは最強だ。
 彼がいなくなれば、僕たちに勝ち目はなくなる。

「この城下町だけじゃない。いずれ僕らの街にも被害が出るかもしれないんだ」

「ですが……それでウィル様がいなくなったら……」

 ホロウはポロリと涙を零す。
 僕の心は、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
 それでも、僕はベルゼを助けに行きたい。

「大丈夫だよ。ユノが一緒なら、逃げるくらい簡単だ」

「そうじゃな。まずは小僧を救出して、どうするかはその後にでも考えれば良い」

 ユノが付け加えてくれた。
 ごめんね。
 今はこれくらいしか言えない。
 安心させるためには、ちゃんと生きて帰ってくるしかない。

「必ず戻ってくるよ。そうじゃなきゃ、他のみんなにも怒られるからね」

 僕は笑ってそう言った。
 ホロウは涙を拭い、我慢しながら笑顔を作る。

「わかりました」

「うん」

 決意を胸に、僕とユノはベルゼ救援に向かうこととなった。
 とはいえ、魔王城をこのまま不在にするのは忍びない。
 ネビロスがあの状況で、もしも攻め込まれた最悪だ。
 傷ついた悪魔たちの治療も追いつかない。

「ベルゼには悪いけど、みんなの力を借りよう」

「仕方ないじゃろ。秘密だのと言っていられるほど、甘い状況でもなくなった」

「うん」

 屋敷のみんなや、イズチとトウヤにも来てもらうことにした。
 サトラに内緒で色々やってきたけど、そろそろ限界だった頃合だ。
 丁度良いといえば良かったかもしれない。

「あとで謝らなきゃね」

「ワシは絶対に謝らんぞ」

 こんな状況でも、ユノはいつも通りだった。
 そこまでいくと、助けになんて行きたくないと言いそうなのに。

「ベルゼは嫌いかい?」

「嫌いじゃ。じゃが、いなくなられると主が悲しむであろう」

「そっか」

 なるほど、僕のためなのか。
 と思ったあとに、ユノはぼそりと口にする。

「それに、まだこの町を見せておらんからな」

「ユノ……そうだね」

 城下町は変わった。
 この変化を見れば、ベルゼはきっと驚く。
 見せるためには、ちゃんと帰ってきてもらわなきゃいけないよね。

「行こう!」

「うむ!」

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 ネビロスを逃がした後も、ベルゼは戦闘を継続した。
 丸い一日中戦い続け、様々な手を尽くしたが、どれも狂った魔女には通用しなかった。
 身体はボロボロになり、魔王らしからぬ傷を負い、息も絶え絶えな状況になっている。

「はぁ……はぁ……くそっ、手詰まりか」

 全力戦闘を継続した結果、無尽蔵に近かった魔力も底が見えてしまっていた。
 対して魔女は、何事もないように優雅に宙を浮かんでいる。

「狂っておるな……全く」

 皮肉の一つも言いたくなる状況だ。
 最強という自負が、たった一日で粉々に砕かれてしまった。
 ベルゼの瞳には力がない。
 すでに戦意も失いかけている。
 そんな彼にトドメを刺そうと、魔女は魔法陣を展開する。

「ここまでか……」

 ベルゼの頭には、走馬灯のように思い出が過ぎる。
 亡き父の教え、ネビロスたち部下の期待。
 それらを無下にしてしまったことへの罪悪感が溢れる。
 それと同じくらい、ウィルやサトラへの想いが溢れる。

 もう一度、皆と会いたかった――

「変換魔法!」

 次の瞬間、ベルゼの前に分厚い鉄の壁が展開される。
 ミルフィーユのように層を作り、砲撃の衝撃に凌ぐ。
 困惑するベルゼの前に、二人が降り立つ。

「僕の弟に――手を出すな!」
 
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