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魔界開拓編

217.託す者

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 透き通る白い肌。
 煌びやかとは対照的な服と、星のように淡く光る髪。

 純――

 彼女を見て、僕らが最初に感じたイメージは、共通してこれだった。
 ニッコリと微笑む彼女に、ベルゼは眉をひそめて言う。

「待っていた……だと? お前は何者なのだ?」

「わたしくの名はメディア、遠い昔は純潔の魔女と呼ばれておりました」

 純潔の魔女。
 かつて、魔女の国を治めていた王の妻であり、狂った魔女を封じた者の一人でもある。
 本人なのか?
 という疑問が浮かんだが、彼女から感じたイメージが、まさしく純だったことに納得する。
 そして、僕はメディアと目を合わせる。
 メディアは優しく、まっさらな笑顔を僕に向けてくる。
 敵ではないのは間違いない。
 ただ、復活したというわけでもなさそうだ。
 
 メディアは僕からベルゼに視線を向ける。

「あなたが、わたくしたちの末裔ですね?」

「……そうだ」

 ベルゼは警戒しながら答えた。
 さらにメディアが尋ねる。

「お名前を、教えていただけませんか?」

「ベルゼビュートだ。皆からはベルゼと呼ばれておる」

「良き名です」

「そう言われたのは初めてだな……いや、最近はそうでもないか。魔女メディアよ、我からも一つ問う」

「はい」

「我は以前にもこの石碑に触れたことがある。だが、そのときには何も起こらなかった。なぜ今になってそなたが現れたのだ? そもそも、そなたは敵なのか? 味方なのか?」

「味方です」

 即答だった。
 迷う余地もなく、メディアはハッキリとそう答えだ。
 堂々たる振る舞いは、魔王であるベルゼも驚く程のようだ。

「以前に、とおっしゃいましたが、その時にはまだ条件を満たしていなかったのです」

「条件だと?」

 メディアはこくりと頷き、続けて言う。

「条件は二つ。一つはわたくしの末裔が、石碑に触れること。もう一つは……わたしくたちの妹セリカが復活していることです」

「セリカ? 狂った魔女のことか?」

「……はい、現代ではそう呼ばれているのですね」

 メディアは悲しそうな表情をする。
 それから、真剣な表情に変わって、ベルゼを見つめる。

「ベルゼビュート、あなたに伝えるべきことがあります」

「そうか、我も聞きたいことが山ほどある。良い、話せ」
 
「はい」

 そうしてメディアは語ってくれた。
 僕たちの知らない真実。
 過去の悲劇から、現代に至るまでの時間を――

 かつて王と共に国を支えた四人の魔女。
 彼女たちは四人姉妹だった。
 純潔の魔女と呼ばれたメディアが長女で、当時はまだ天真の魔女と呼ばれていたセリカは四女。
 彼女たちは王と出会い、惹かれ、愛する者となった。

「とても幸せでした。王はわたくしたちを平等に愛してくださいました。ですが、セリカにはそれが耐えられなかったようです」

 愛に溺れ、嫉妬し、狂乱して――
 そうして天真の魔女は、狂った魔女となった。
 暴走した魔力は、歪んだ愛によって膨張し、肉体すら変質させてしまう。

「セリカの力は神域へ踏み入っています。肉体も……今の彼女は神に等しい存在となっています」

「神……そうか。だから神代魔法しか通じないのか」

「はい」

 肉体も魔力も、すでに別次元の存在となっている。
 異なる次元に達した肉体には、同じ次元の力でしか対抗できない。
 神代魔法はその名の通り、神々が跋扈した時代に生み出された力だ。

「日を増すごとに、セリカの力は膨れ上がりました。止めることは不可能な領域に達したとき、わたくしたちは決断しました」

 封印魔法。
 神代魔法の一つであり、あらゆる物を封じ込める力。
 メディアはその使い手だった。
 しかし、彼女は使い手ではあっても、真の適合者ではなかったのだ。
 
 神代魔法にはリスクがある。
 命の消費、存在の消滅、方向感覚の欠如。
 大小はあっても、リスクなく使える神代魔法は存在しない。
 封印魔法のリスクは、記憶の忘却である。
 発動するたびに、ランダムで記憶の一部を失う、というものだ。
 これだけでも十分に危険なリスクだが、メディアの場合はこれでは足りない。

「わたくしが封印魔法を発動する際、自分自身を一緒に封じる必要がありました。それこそ、わたくしがここにいる理由です」

 セリカを封印する対価として、己の魂を石碑に封じ込める。
 そこまでして、やっとセリカを止めることができた。
 だが残念なことに、封印は完璧ではなかった。
 長い年月をかけ、封印の力は弱まっていき、第三者でも解除できるようになった。
 メディア曰く、アガリアレプトが封印を解除しなくても、いずれ自力で出てきたらしい。

「わたくしは姉として、妹を止めなくてはなりません。ですが、わたくしの力では完全に封じ込めることは出来ない。だから、未来に託すことにしました」

 そう言いながら、メディアはベルゼへ目を向ける。

「ベルゼビュート、わたくしたちの末裔。あなたの封印魔法を授けます」

「我にだと?」

「はい。あなたには、封印魔法を使う資格が備わっています。わたしには足りなかった物を、あなたは備えているのです。あなたこそが、真の適合者――」

 メディアは両手を前で組み、祈るように瞳を閉じる。
 すると、石碑から光の帯が飛び出し、ベルゼへ絡みつく。
 ベルゼは一瞬たじろいだが、害なすものでないとわかって受け入れた。

「この力でわたくしたちの妹を止めてください。どうか、どうか……」

 光の帯が消えたあと、眩い光が周囲を包む。
 気付けば元の丘に戻っていて、目の前から石碑はなくなっていた。
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