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花嫁編

228.見えすぎる苦悩

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 楽しい会話と一緒に、訓練場の掃除も一段落つく。
 トウヤが協力したことで、予定よりも早く片付いたようだ。
 二人は木陰に移り、昼ごはんの時間まで休憩することに。

「何だかんだ言って、その眼って結構便利だよな」

「ふぇ、そうかな?」

「そうだろ。初対面の奴でも、見ただけで大体わかっちまうんだぜ?」

「あーうん、確かにそうかも」

 そう言いながらも、あまり納得していないようすのニーナ。
 トウヤがニーナの表情に気付き、ささやくように尋ねる。

「お前は違ったのか?」

「う~ん……ちっちゃい頃は大変だったよ」

「ウィルんとこに来る前の話か?」

「うん」

「そっか……そういや、ニーナがここに来るまで何してとか、あんまり知らねぇーんだよな」

「……知りたいの?」

「嫌じゃねぇーならな」

 ニーナはうーんと唸って悩んでいる。
 身振りや表情からして、嫌というわけではなさそうだ。
 それでも渋っている理由を、彼女は説明する。

「話せることってあんまりないよ? 小さかったし、覚えてないことのほうが多いから」

「覚えてることだけで良い。あと、言い難いことは言わなくて良い」

「そう? だったら話そっかな~」

 そう言いながら、ニーナは遠い目をする。
 切なげな瞳を見て、トウヤは察した。
 これから聞く話は、彼女にとって話したいと思うことではないことを。
 それを、自分のために話してくれようとしている。
 真剣に聞くべきだと思い、トウヤは自然と背筋を伸ばす。

「あたしが生まれた所はね? ちーさな村だったんだ。あたしを含めて、二十人くらいしかいなかったなんじゃないかな?」

 ニーナは生まれ故郷のことを話し出した。
 ただし数年以上前のことで、場所や細かい事情までは忘れてしまっている。
 両親の顔も、名前も覚えていないらしい。
 そんな彼女が覚えているのは、とても悲しい出来事。
 子供ながらの純粋さが招いた結末だった。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 ある所に一人の少女が生まれた。
 黒と黄色のトラ模様の毛並みが特徴的で、元気な女の子だった。
 ニーナと名付けられた女の子はスクスクと成長していく。
 小さな村で、久しぶりに誕生した女の子だったこともあり、ニーナは村中から可愛がられていた。

「よーよし偉いぞ~」

 初めて歩いた日の夜は、村を挙げての宴会が開かれた。

「ニーナ~ こっちへおいで~」

 一人の男が、歩いているニーナを呼ぶ。
 ニーナはぷいっと顔を背け、単体側にいる母親に向かっていく。

「ん~ また駄目か~」

「どうしてかしら? この子、村長さんにだけは一度も抱っこされたがらないのよね」

「そんなに中年は嫌なのか……」

 しょぼんとする村長と、笑いが起こる楽しい宴会の場。
 この時はまだ、ニーナが感受者だと誰も知らない。
 そしてもう一つ、明るみになっていない真実があった。

 年を越し、ニーナは五歳になった。
 言葉も流暢にしゃべり、外を元気いっぱいに駆け回る。

「ニーナが元気に育ったな~」

「ええ、とっても」

 村長と母親がニーナを見つめながら話している。
 ニーナがそれに気付き、二人の方へ駆け寄っていく。

「っと、危ないわよ」

「えっへへ~ ごめんなさい」

 ニーナは母親に飛びついた。
 笑いながら謝るニーナに、母親はやれやれと呆れ顔。

「こんにちは、ニーナ」

「……こんにちは」

 村長が笑顔で声をかけると、ビクッと反応して怯えたように隠れてしまう。
 これには村長も苦笑い。

「こらニーナ! ちゃんと顔を見てあいさつしなさい」

「……」

「もぉ~ どうして村長さんの前だとそうなの?」

「だってぇ~ このおじさん、変な色してるんだもん」

「色? 何の話?」

「ほら、あれ!」

 ニーナは村長を指差す。
 母親が村長を見るが、当然何も見えない。
 首を傾げる母親だったが、村長は気付いていた。

「そうか……」

 一瞬、村長の顔が怖くなる。
 冷たい視線が自分に向けられているとわかり、ニーナは泣き出してしまった。
 
 それから数日後、ニーナは奴隷商人に売られてしまう。
 彼女の村の村長は、生まれてくる子供を奴隷として売りさばいていたのだ。
 獣人でも女のこの方が高く売れる。
 だからこそ、村長はとても喜んでいた。
 そして、ニーナが感受者だとわかった時点で、これ以上村においておくのは危険だと判断。
 眠っている間に拘束し、夜明け前に運んでしまった。
 母親や村の仲間には、逃げ出したということにしていた。

 奴隷として売り飛ばされたニーナは、暗い部屋で独りぼっちになる。
 そこからのことは、本人もあまり覚えていないらしい。
 数年間買い手が見つからず、感受者であることも発覚し、魔物の餌として殺されそうになったそうだ。
 そこをウィルに見つけられ、保護された。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 とても暗い話だった。
 悲しいとしか思えない。
 語りたくなかったであろうと確信する。

「悪いな……変なこと聞いてよ」

「ううん、大丈夫だよ? だってあたし、今はとっても幸せだもん!」

 ウィルと出会ったニーナは、彼の発する優しいオーラに惹かれたという。
 彼に助けられたことが、何よりの救いであり幸福だった。

「それにほら! トウヤもいるよ!」

 ニーナはトウヤの腕へ抱きづく。
 屈託のない笑顔を向け、嬉しそうに身体を擦り付ける。
 その笑顔の裏に隠されている過去を知り、トウヤは思った。
 
 守ってやりたい――と。
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