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花嫁編
235.知る覚悟
煙の立ち昇る民家で一人暮らす老人。
彼の名はゾーロという。
ゾーロは昔、この村の村長だったらしい。
そして、彼はロトンを知っている。
ロトンも彼に懐かしさを感じている。
二人が共通している以上、答えは目の前にある。
「二人とも座りなさい」
「えっと……」
「わかっておるよ。何を知りたいのか、今から話そう」
二人は互いの顔を見合う。
イズチは迷っていた。
ここで断れば、まだ引き返せるかもしれない。
いいや、残念ながらこの場所へ辿りついた時点で、その選択肢は費えている。
観念したイズチは、ロトンより先にゾーロの前に座る。
ロトンも後から、イズチの隣へちょこんと座った。
「ふぅ……さて、知りたいのはロトン、お前の両親のことじゃろ?」
「は、はい! お爺さんはその……ボクのこと知ってるんですよね?」
「ああ、よく知っておるよ。お前さんが生まれたときも、その場におったくらいじゃ」
「じゃ、じゃあ――」
「まぁ待て、順を追って話してあげよう」
逸るロトンを諭し、ゾーロは遠い目をして語り出す。
「どこから話そうか……あれは十数年、いやもう少し前じゃったか? ここも小さいなりに賑やかな村じゃった」
犬人族で構成された村が、かつてこの場所にあった。
その村の村長だったゾーロには、一人娘がいたという。
一人娘の名前はリトン。
彼女こそ、ロトンの母親だった。
リトンは同じ村で育ったロイと結婚し、同じ年に子を授かった。
幸せな時間が訪れる……はずったが、時期が悪かったようだ。
丁度その頃、たちの悪い病が流行していた。
小さな村では治療も難しく、大人が何人も倒れていく。
その病に、ロイが先にかかって倒れてしまう。
みるみる内に衰弱し、あっけなく最後を向かえた。
畳み掛けるように、母親のリトンも発症する。
衰弱する身体に耐えながら、彼女は決死の覚悟で出産を迎える。
そうして――
「お前さんが生まれたんじゃ、ロトン」
その直後、リトンは我が子を拝む前に力尽きてしまう。
残されたロトンは、祖父でり村長でもあるゾーロによって育てられた。
「あなたがロトンを……」
「ああ、そうじゃよ」
話はまだ続く。
悲劇はこれで終わりではなかった。
流行病の影響で、村の住人は半分以下になってしまった。
さらに流行病は家畜にも伝染し、やがて食料が尽きてしまう。
増やそうにも人手が足らず、老人から飢えて亡くなっていく毎日。
ゾーロは村長として、苦い決断を迫られる。
「ワシは皆に、この村を捨てることを提案したんじゃ」
このまま残ってもいずれ滅びるだけ。
それならせめて、動ける者たちで新天地を目指したほうが良い。
提案はすぐに受け入れられ、生き残った村人は故郷を捨てた。
そして一人、ゾーロだけが残っている。
「ワシは当時から足が悪かった。とても長旅にはついていけん……反対されたが、残ることにしたんじゃ」
ゾーロは死ぬ覚悟でいた。
しかし、自分でも驚くことに、今日まで生き延びている。
残った僅かな畑をやりくりして、ギリギリだが食べていけているようだ。
後に村を出たロトンを含め、人間の奴隷商人に捕まってしまう。
その後は説明もいらないだろう。
ロトンがウィルの屋敷にいたことが、全てを物語っている。
ゾーロの話はこれで終わり。
聞き入っていたイズチは、ふと隣へ目を向ける。
「ロトン……」
気付いたときには、ロトンは泣いていた。
当然だ。
知りたくなかった現実を押し付けられ、僅かに残った期待を砕かれた。
十四歳の子供が耐えられるわけがない。
イズチは酷く後悔する。
そうして同時に、ウィルが言った言葉の意味を理解する。
そうか。
だからウィルは、ロトンに黙っていたんだ。
知れば悲しんでしまうから。
涙を流すとわかっていたから、話せないでいたんだ。
それを俺は……
「ご、ごめんなさい……ボク……っ」
「ロトン!」
ロトンは家を飛び出ていった。
呼び止めるイズチの声を振り切って。
「くそっ……」
「何をしておる? 早く追わんか」
「わかってる」
唇を噛み締め、イズチも家を出る。
走り去っていくロトンを、イズチが全力で追いかける。
大人と子供、男と女。
走っていれば、いずれ追いつく。
ロトンは一軒の民家へ入っていく。
思い立ったわけでもなく、ただ我武者羅に走った先にあった。
すでにボロボロの家は、崩れてしまいそうなほど脆い。
ロトンが入った直後、ミシっという音が響く。
「ロトン!」
次の瞬間、天井から崩れ落ちる。
咄嗟にイズチが抱き寄せ、崩れ落ちる瓦礫から彼女を守った。
パラパラと屑が落ちる。
イズチは軽い怪我をしているが、命に別状はない。
守られたロトンは傷一つない。
いや、心には深い傷を負っているかもしれない。
「ごめん……ロトン、俺の所為で」
「ち、違います……ボクが会いたいって、知りたいって言ったから……」
「いや違う。もっと先に気付くべきだったんだ」
ヒントはたくさんあった。
それに気付かず、感情に任せて行動した結果がこれだ。
何の準備もしていない。
返す言葉も、慰めもわからない。
今のイズチに出来ることは、泣き崩れる彼女を抱きしめるだけだった。
彼の名はゾーロという。
ゾーロは昔、この村の村長だったらしい。
そして、彼はロトンを知っている。
ロトンも彼に懐かしさを感じている。
二人が共通している以上、答えは目の前にある。
「二人とも座りなさい」
「えっと……」
「わかっておるよ。何を知りたいのか、今から話そう」
二人は互いの顔を見合う。
イズチは迷っていた。
ここで断れば、まだ引き返せるかもしれない。
いいや、残念ながらこの場所へ辿りついた時点で、その選択肢は費えている。
観念したイズチは、ロトンより先にゾーロの前に座る。
ロトンも後から、イズチの隣へちょこんと座った。
「ふぅ……さて、知りたいのはロトン、お前の両親のことじゃろ?」
「は、はい! お爺さんはその……ボクのこと知ってるんですよね?」
「ああ、よく知っておるよ。お前さんが生まれたときも、その場におったくらいじゃ」
「じゃ、じゃあ――」
「まぁ待て、順を追って話してあげよう」
逸るロトンを諭し、ゾーロは遠い目をして語り出す。
「どこから話そうか……あれは十数年、いやもう少し前じゃったか? ここも小さいなりに賑やかな村じゃった」
犬人族で構成された村が、かつてこの場所にあった。
その村の村長だったゾーロには、一人娘がいたという。
一人娘の名前はリトン。
彼女こそ、ロトンの母親だった。
リトンは同じ村で育ったロイと結婚し、同じ年に子を授かった。
幸せな時間が訪れる……はずったが、時期が悪かったようだ。
丁度その頃、たちの悪い病が流行していた。
小さな村では治療も難しく、大人が何人も倒れていく。
その病に、ロイが先にかかって倒れてしまう。
みるみる内に衰弱し、あっけなく最後を向かえた。
畳み掛けるように、母親のリトンも発症する。
衰弱する身体に耐えながら、彼女は決死の覚悟で出産を迎える。
そうして――
「お前さんが生まれたんじゃ、ロトン」
その直後、リトンは我が子を拝む前に力尽きてしまう。
残されたロトンは、祖父でり村長でもあるゾーロによって育てられた。
「あなたがロトンを……」
「ああ、そうじゃよ」
話はまだ続く。
悲劇はこれで終わりではなかった。
流行病の影響で、村の住人は半分以下になってしまった。
さらに流行病は家畜にも伝染し、やがて食料が尽きてしまう。
増やそうにも人手が足らず、老人から飢えて亡くなっていく毎日。
ゾーロは村長として、苦い決断を迫られる。
「ワシは皆に、この村を捨てることを提案したんじゃ」
このまま残ってもいずれ滅びるだけ。
それならせめて、動ける者たちで新天地を目指したほうが良い。
提案はすぐに受け入れられ、生き残った村人は故郷を捨てた。
そして一人、ゾーロだけが残っている。
「ワシは当時から足が悪かった。とても長旅にはついていけん……反対されたが、残ることにしたんじゃ」
ゾーロは死ぬ覚悟でいた。
しかし、自分でも驚くことに、今日まで生き延びている。
残った僅かな畑をやりくりして、ギリギリだが食べていけているようだ。
後に村を出たロトンを含め、人間の奴隷商人に捕まってしまう。
その後は説明もいらないだろう。
ロトンがウィルの屋敷にいたことが、全てを物語っている。
ゾーロの話はこれで終わり。
聞き入っていたイズチは、ふと隣へ目を向ける。
「ロトン……」
気付いたときには、ロトンは泣いていた。
当然だ。
知りたくなかった現実を押し付けられ、僅かに残った期待を砕かれた。
十四歳の子供が耐えられるわけがない。
イズチは酷く後悔する。
そうして同時に、ウィルが言った言葉の意味を理解する。
そうか。
だからウィルは、ロトンに黙っていたんだ。
知れば悲しんでしまうから。
涙を流すとわかっていたから、話せないでいたんだ。
それを俺は……
「ご、ごめんなさい……ボク……っ」
「ロトン!」
ロトンは家を飛び出ていった。
呼び止めるイズチの声を振り切って。
「くそっ……」
「何をしておる? 早く追わんか」
「わかってる」
唇を噛み締め、イズチも家を出る。
走り去っていくロトンを、イズチが全力で追いかける。
大人と子供、男と女。
走っていれば、いずれ追いつく。
ロトンは一軒の民家へ入っていく。
思い立ったわけでもなく、ただ我武者羅に走った先にあった。
すでにボロボロの家は、崩れてしまいそうなほど脆い。
ロトンが入った直後、ミシっという音が響く。
「ロトン!」
次の瞬間、天井から崩れ落ちる。
咄嗟にイズチが抱き寄せ、崩れ落ちる瓦礫から彼女を守った。
パラパラと屑が落ちる。
イズチは軽い怪我をしているが、命に別状はない。
守られたロトンは傷一つない。
いや、心には深い傷を負っているかもしれない。
「ごめん……ロトン、俺の所為で」
「ち、違います……ボクが会いたいって、知りたいって言ったから……」
「いや違う。もっと先に気付くべきだったんだ」
ヒントはたくさんあった。
それに気付かず、感情に任せて行動した結果がこれだ。
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返す言葉も、慰めもわからない。
今のイズチに出来ることは、泣き崩れる彼女を抱きしめるだけだった。
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