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花嫁編

247.自分の心

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 お見合いを終え、僕の頭はかつてないほど混乱していた。
 たくさんの好意を受け取った。
 自分のことを想ってくれる人たちは、こんなにもたくさんいただけでも驚きだ。
 それ以上に、どうするべきなのか悩んでいる。

「で、ワシの所へ来たと?」

「……うん」

 気付けば僕は、ユノのいる研究室に来ていた。
 無意識だったと思う。
 何かを考えるならここだと、身体が勝手に覚えているのかもしれない。
 いや、単にユノと話したかったのか。
 もうどちらでもいいか。

「ねぇユノ……僕はどうすればいいのかな?」

「それをワシに聞くか?」

「だって……わからないんだよ」

「何がじゃ?」

「何がって……だからどうすれば――」

「主の気持ちはどうなんじゃ?」

 僕が言うより速く、ユノが問いかけてくる。
 その質問に固まって、僕はすぐに回答できない。

「主が悩んでおるのは、誰を選ぶか?ではないじゃろう」

「……そうなのかな?」

 ユノはそう言っているけど、僕自身はよくわからない。
 何もかもがぐちゃぐちゃで整理できていないんだ。
 そんな風に悩んでいる僕を見て、ユノは呆れたようにため息を漏らす。

「はぁ~ そんなに悩むんじゃったら、全員と結婚すれば良いじゃろ?」

「なっ、それは駄目だよ!」

「何故じゃ? ここは主の街じゃ、元よりこの街において、世の中の風習も関係あるまい。主が誰と、何人と添い遂げようが、誰も咎めるものはおらんじゃろ」

「そういう問題じゃないよ!」

「ならばどういう問題なのじゃ?」

「それは……無責任だよ」

 僕への想いを語ってくれた人たち。
 その想いに対する回答として、ユノが提案した内容は不誠実だ。
 僕はそう思っている。

「どうじゃろうな? 主ならやえると思うのじゃが」

「買いかぶりすぎだよ。僕なんかに出来ることは限られている」

「そうかのう? 少なくとも、今主が思い浮かべている人数程度なら、幸せにするくらいの甲斐性はあると思うが?」

「ユノ! それって……」

「明確な人数を言ったほうが良かったか?」

「……いや、大丈夫だよ」

 見透かされていると悟る。
 ああ、そうだとも。
 僕が本当に悩んでいるのは、誰を選ぶかじゃない。
 どちらを選ぶべきなのか、ということだ。
 僕への想いを伝えてくれた二人は、僕の心に近い存在だと思う。
 それは間違いない。
 彼女たちの存在は、僕の人生において大きすぎるほどなのだから。

「本当に……どうすればいいんだろう」

「主はどうしたいんじゃ?」

「どうしたい?」

「うむ……こういう時に大切なのは、主自身の気持ちじゃろう」

 僕の気持ち……

「主はどうするべきか、と悩んでおるようじゃが、それは違うじゃろ? ここで主が悩むべきは、どうするべきかではなく、どうしたいかのほうじゃ」

 ユノに諭され、自分の心と語り合う。
 胸に手を当てながら、自分自身の奥にある感情と対面する。

 僕は……僕自身はどうしたいんだろう?
 二人の想いを聞いて、どう感じたんだろう?
 
 そんなの嬉しかったに決まってるよ。

 そうだね、嬉しかったよ。
 彼女たちが僕を好きでいてくれたことを、伝えてくれたことを誇らしく思えた。

 なら、どちらが好きなんだ?

 どちらかじゃない、どっちも好きだよ。
 二人とも、僕にとって大切な存在だ。
 どちらかと出会えなければ、今の僕じゃなくなっていたと思えるほどに。

 その通りだよ。
 だから、僕はどちらかを選べないんだ。
 選ばなくても……いいのかな?

 それはどうだろうか。
 二人を選ぶという選択もあると思う。
 だけど、それは傲慢だとも思えるんだ。
 もしかすると、あるいは二人なら、それでも許してくれると思う。

 ああ、許してくれるだろうね。
 だとしても、それが一番ほしい答えじゃないとわかるんだ。
 彼女たちは、僕に選んでほしいと願っている。
 二人ではなく、たった一人を選び、それが自分であることを望んでいる。
 そう、僕は考える。

 だったら、どちらを選ぶんだ?

「どちらを……」

 僕の頭の中は、二人との思い出で溢れかえっていた。
 どれも大切な記憶で、忘れられないほど色濃く残っている。
 どちらかを選ぶということは、どちらかを傷つけるということ。
 僕はきっと、傷つけることを恐れているんだ。
 いや、怖いんだと思う。

「今を壊したくないんだ……僕は」

「それも一つの本心じゃよ。恥じることはない」

 ユノは優しく言ってくれるけど、僕は情けなくて仕方がない。
 男として、答えを出すべきだと思っているのに……

「違うな。もう答えは出ているんだ」

 そうだ。
 とっくの昔に答えは出ている。
 僕はただ、それを伝える勇気が出ないだけなんだ。
 傷つける怖さに負けて、一歩を踏み出せないでいる。

「はぁ……やっぱり情けないな」

「いいや、主が優しすぎるだけじゃよ」

「優しさ……なのかな?」

「うむ、じゃがな? こういうときくらいは、もっと我がままでも良いと思うぞ?」

「我がままで……か。良いのかな?」

「良いに決まっておるよ」

 わがままに……正直に。
 うちに秘めた想いのまま、僕は一人を選べるのかな?
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