家畜人類生存戦略

助兵衛

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7話 『傲慢』のムール

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カレンは、今まで俺が見てきたどの姿とも違う壮絶な様相だった。
全身から赤黒い瘴気を吹き出し、揺らめく赤い影のような……本当の化け物らしい姿。

弾丸のように猛烈な勢いで、カレンは俺と手を合わせた状態のムールを、背後から襲う。

「……なんだ? 」

絶対絶命の中でもあくまでムールは『傲慢』で、悠長に振り返る。

もうカレンの深紅の爪先はムールの目の前まで迫っていた。

「死ね! ムール! 」

カレンに対して、ムールは不快そうに眉を顰める。
そして、ただ腕を無造作に振るった。

赤い瘴気を纏い明らかに完全な攻撃態勢に入ったカレンと、ただ何の予備動作も無く腕を振るうだけのムール。

常識で考えれば、ムールはカレンの圧倒的な暴力に押し潰され殺されてしまうだろう。
だが、実際は。
俺の全くの予想通り。

無造作に振るっただけの腕に猛烈な勢いは完全に打ち消され、カレンはその場から弾き飛ばされて行ってしまった。

天井と床を何度も跳ね、壁にめり込み、動かなくなる。
辺りの魔人は事態をようやく飲み込み、騒ぎ出した。

ぐったりとして動かない、元に戻ったカレンを取り囲みどうしたものかと相談している。

「む、完全に潰すつもりでやったのだが……知らぬ間に腕を上げたな」

「カレ……ン」

俺にとって、『加虐』のカレンは正しく暴力の象徴と言ってもいい圧倒的な存在だった。
そのカレンが、まるで赤子でもあしらうかのように呆気なく……

「さて、ギンジと言ったか」

ムールは差し出された俺の掌を柔らかに揉む。
黄金の瞳が細められるが、今まで様に不機嫌から来るものではなく笑っているように見えた。

「はい……」

「お前は面白い性質を持っている。少し私の部屋で話そうじゃないか」

「あの、カレン……様は」

む? と思い出した様にカレンに振り返った。
本当に忘れていたらしい、そう言えば、とのっぺらぼうの魔人に指示を飛ばす。

「あれは自分の城に送り返す。何を思ったか知らんが暫くすれば頭も冷めるだろう、普段ならズタズタに引き裂いてやる所だが……今は上機嫌だ」

ムールは明確に笑った。
ニィ、と黄金が細められる。

こう見ると、人懐っこい猫みたいだ。

「さあ来いギンジ」

逆らえる訳も無い。

その愛嬌に絆されたのもあり、俺は素直に彼女と歩き出した。

騒がしいムールの部下である魔人達を帰らせ、カレンものっぺらぼうに担がれて消えていく。

「……うわあ」

開けた場所から扉を幾つか抜ける。
豪華絢爛を絵に書いたような、ハッキリ言って、悪趣味な部屋に案内された。

壁も、床も、全て金や銀、宝石で輝いていて目がとても痛い。
敷かれている絨毯ですら、何か編み込まれているのかキラキラと輝いていた。

手を引いて歩いていたムールが、自慢げに俺を見上げてくる。

「どうだ? 自慢の部屋だ、ここでお前の話を聞かせておくれ」

派手過ぎて逆に溶け込んでいた黄金のベッドにムールが腰掛ける。
俺も促され、隣に腰かけた。

「ふむ、しかし……不思議だ」

ムールはムニムニと俺の掌を揉む。

「何が、でしょう」

「気付いていないのか? 自らの特異性に、我をしても初めて見る特性だ。実に興味深い」

はぁ、と気のない返事しか出来ない。
魔人の言う事はいつだって支離滅裂で、俺の理解を超えている。
考えたって仕方ない。

「ギンジ、お前は人間の世界では何をしていた? 何か特殊な役割にあった人間か? 」

「え? いえ……大学に……学ぶ場所にいました」

今となっては懐かしい。
思い出すのは随分久しぶりだ。

魔人の日本に対する侵攻が始まってから大学は無期限休校になっていたし、自分が大学生なのか何なのかイマイチハッキリしていない。

「ふむ。魔人が居なければ分からない特性だからな……」

「その、ムール様」

人懐っこそうな黄金の瞳が向けられる。
思わず、本当に絆されてしまいそうだ。

「教えてくれませんか、俺は……何が出来てるんですか? 」

良かろう! 
元気良く跳ねて、ムールが言う。
パッと俺の手は離された。

「ギンジ、お前は素晴らしい力を持っている。お前は、魔人の本質たる罪を無効化する力を有しているのだ」

言葉尻が徐々に上がり、テンションが上がっているのが分かった。
俺はそれに着いて行けていない。

「つまりだ、お前に触れると魔人は力を失う……素晴らしいぞ」

「はぁ、という事は……」

自由になった自分の右手を見る。

「ムール様は、今は……どういう状況ですか」

「我は「傲慢』である。変わらずな」

ニィ、と笑うムール。
心の奥底、文字通り刻まれた魔人への恐怖が呼び起こされ、思わずベッドから転がり落ちてしまう。

「ふはは! 『加虐』には随分と虐められたようだ。安心せよ、我はアレのような無意味に虐げはせん……待っておれ」

ムールはひとしきり笑うと、ベッドの下から箱を引っ張り出してきた。
大きな、木製の宝箱だ。

小さな身体を半分は宝箱に突っ込みながら、ムールは何かを探し始める。

「あれは何処へやったか……うーむ、ああ、あったぞ」

ほれ、と差し出されたのは小さな小瓶。
綺麗な装飾が施された小瓶には少しばかりの液体が入っていた。

「傷を癒す秘薬だ。その指くらいなら生えてくるだろう」

魔法の薬という存在は勿論疑わしいが、魔界やそこに住む魔人が実際にいる以上それも今更なのかもしれない。

「さあ飲め、早くお前の力で色々と試したいのだ」

効果の程は分からないが、もし彼女の言う通りの効果があるなら万々歳だ。

「……ありがとうございます」

受け取った小瓶の栓を抜く。
微かに甘い香りを放つ魔法の薬、それを
俺は一気に飲み干した。

「……」

味は栄養ドリンクみたいだ。
不自然な甘さが舌に残る。

「ふむ、どうだ? 」

「どう……」

空になった小瓶をムールに返し、体の様子を確かめる。
言われてみれば、少し身体が熱い気がする。

「ちょっと暖か……あれ? 」

身体が熱い。
異様に熱い。

身体中の汗腺が開き、滝のように汗が流れ始めた。
余りの熱量に頭が痛み、鼓動は早まる。

「はぁ……! はぁ……! これは……」

「おぉ! うむうむ、よく効いておる」

熱は増していく一方だ。
ゴリゴリと、身体の中の大切な何かが削れて勝手に使われていく。

指が、生えてくる。

不自然極まりない、異常な光景。
骨が伸び、筋肉が追い付き、それを皮が覆う。

そしてそれは、とんでもない激痛を伴った。

「ああああ!! 」

黄金の床を転げ回る。
何度も頭を打ち付け、吐き気に身を任せれば口からは血が溢れていた。

「てめぇ……何飲ませやがったぁ」

「言ったであろう? 魔法の秘薬だ」

ムールは転げ回る俺を愉快そうに眺めながら、空になった小瓶を揺らす。

「世の理を無視して、身体には相当の無理をさせる故……そうだなぁ、指を生やすのに寿命が10年は使ったか? これからは養生せよ」

「え、は? 」

とんでもない。
寿命を10年だと?
そんな……そんなの、指が無いのを我慢してた方がマシだ。

「ふざけるな! 指1本の為に命かけてられるかよ! 」

「む? おかしな奴め、

ムールは本当に理解出来ない、と言う風に首を傾げる。

「我の実験に、無傷の綺麗な身体で挑めるのだぞ? 最高の名誉であろう? 何を言っている」

ムールは『傲慢』に笑った。
黄金の瞳が、血反吐を吐く俺を見下す。

「さぁ早く立て、我の実験対象にしてやるぞ? 感涙に咽び泣く事を許してやろう」


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