家畜人類生存戦略

助兵衛

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10話 偽物の証明

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「なぁ『加虐』お話しだ」

「……」

カレンは座り込み、項垂れて言葉は一言も発さない。
あれだけギラギラと輝いていた瞳は暗く、視線は床をさ迷っていた。

「ギンジを取り返しにきたのだろう? 」

辛うじて顔を上げたカレン。
せめてもの抵抗とばかりに紅い瞳でムールを睨みつける。

「……かえせ」

「ほう。あれだけやられて元気な事だ……安心しろ、ギンジは返す」

カレンは完全に回復したのか立ち上った、ムールを睨み続けているが1度刻まれた恐怖は中々に抜けないらしく顔色が悪い。

「だが、正式な手順を踏みギンジを我が物とする」

「ふ、ふざけないで! ギンジは私の奴隷よ! 」

「我は四天王、『傲慢』のムールである」

吠えようとしたカレンを一言で黙らせた、この場の力関係は歴然で揺るぎようがない。

「『加虐』よ、一先ずはギンジを連れて帰るがいい。奴隷の所有に関しては正式に手順を踏まねばならぬ、我とてな。1ヶ月、ギンジとの別れを惜しむ時間をやろう」

「……この……」

歯軋りの音が離れた俺にも聞こえてくる、カレンは口端から伝ってきた血を拭った。

「ギンジ、帰るから……」

「お、おう」

流石に、ここまで打ちのめされても尚反抗するほどの気力は無く。
カレンは俺を連れて部屋から直ぐに出ていった。

廊下を進む途中も、マリアの待つ車に乗り込んでからも、塔に帰るまでも、彼女は一言も発さない。
ただひたすら、不機嫌そうに雷雲を眺めて俺に視線をやる事はなかった。

「到着いたしました」

「そう」

車が塔の傍に停められる。
素っ気なく答えたカレンがさっさと車から降りるので、俺も慌てて後を追った。

例の音もなく現れる扉を通り、カレンはズンズン進む。
あからさまに怒っている彼女に声をかけられず、黙って着いて行くと……彼女は自室に入っていった。

相変わらず仰々しい扉を半分開き、カレンはようやく俺に視線をやる。

「きなさい」

必死に感情を押し殺してはいるが、彼女の紅い瞳は微かに揺れていた。

頷き、カレンに続いて部屋に入る。
マリアは俺の入室を見届けると何処かへ歩いていった。

証明のついていない薄暗い部屋。
雷光だけが唯一の光源である彼女の自室。

「私、目的を変えるつもりはないの」

肩を震わせ、強く拳を握りしめ、怒りや不安を隠し切れなくなったカレン。

そんな彼女を見て、俺は覚悟を決めた。

「ギンジ、あんたは私の味方……? それとも……」

カレンが振り返り、問いを投げかけるより早く俺は跪いた。

「え? 」

「俺はあなたの奴隷です」

みっともない話だが。
俺は人間として尊厳を捨てる覚悟を決めていた。

今1番恐ろしいのは、カレンが俺を信用出来なくなり殺してしまおうとする事だ。

カレンは今、ムールによってプライドを完膚なきまでに砕かれている、
それによって、俺という爆弾を上手く扱えるか不安になっていた。

殺されたくない俺は、必死になって考える。

「あなたの命令に従います、あなたの味方です。敵であるはずがありません」

だから、俺という存在を小さく見せる。

媚びを売って、自分を卑下し、俺を大した事ない制御可能で利用価値のある道具だど認識させる。
心にもない事を言って、形ばかりの忠誠を見せつける。

ただ、問題は……

「ふうん……随分と従順な態度じゃない」

口だけでカレンが納得してくれるとは、到底思えないということだ。

「その言葉、本当なのか試してもいいかしら? 」

「……もちろんです」

ほら来た!
くそ、何をやらされるんだろう。

指を詰めろとか、腹を切れとかやらされそうだ……

寿命を代償に傷を癒す、あの薬の存在を知った今ならそのくらいの無茶はさせられる可能性が頭をよぎる。

「マリア、あれを」

「はい、お嬢様」

扉に耳くっ付けて盗み聞いていたのか、と言うほどピッタリのタイミングでマリアが部屋に入ってきた。

腕を4本使い、大きな瓶を抱えている。

その中には、たっぷりと黒いタールの様な物が入っていた。

「ギンジ、私はね。魔人唯一と言って良い特技を持っているの……生来の『罪』に依らない、後天的な特技。私が城持ちを認められている理由」

瓶を床に置き、マリアが下がる。
中のタールは床に置かれたにも関わらず揺れ続けていた。

「私は魔人を造れるの。しっかりとした完成品はマリアを含めた2つくらいだけれど……」

「造れる? 魔人を……」

「言っておくけれど。コレはマリアと同列に語るのもおこがましい失敗作よ」

はぁ、と気のない返事をして瓶を見る。

魔人は異形とはいえ、基本的に人型だった。
このタール、あるいは黒いスライムのような物体は魔人には到底見えない。

故に失敗作なのかも知れないが。

「廃棄する予定だったのだけど、コレの能力が活かせそうだから持ってきて貰ったの」

「はぁ、なるほど」

この状況に活かせそう能力?
嘘を判別出来るとかだろうか。

大丈夫だ、俺にカレンに対する敵意が無いのは本当で何かで調べられても問題ない。

正確には彼我の戦力差が圧倒的で敵意を持つとかいう次元じゃないから、だが、嘘は言っていない。

「これを呑みなさい」

「はぁ? 」

これってなんだ。
この黒いやつを?

……ええ?

カレンが瓶を持ち上げ、俺の鼻先に掲げた。
そんな事されたって……

「呑みなさい」

カレンは有無を言わさず、ただ瓶を差し出す。

その紅い瞳はいつもの『加虐』では無く、不安で染まっていた。

「……」

この行動が、もしも彼女が自らの衝動を満たす為の物ならば散々嫌がって満足させてやるってのも出来たんだが。

「はやく、呑むの」

これは、そうもいかなそうだ。

不安定に揺れる紅い瞳は、今にも軽率な行動に出かねない。
この場合の軽率な行動とは、俺を殺すと言う事。

俺は瓶を受け取り、蓋を開けた。
幸い、匂いは何もしない。

「……頂きます」

瓶に口をつける。
微かに傾けると、中身が勝手に登ってきた。

俺の口目掛けて、ウネウネと身を捩る。

「……」

最後に、カレンをチラリと見た。
不安そうに、俺の忠誠を試す視線を向け続けている。

忠誠なんてこれっぽっちもあるはずが無い俺は、ただ命惜しさに中身を呑み込んだ。

「……ぅ、うぉえ! 」

黒い液体は喉を押し広げ、俺の意思を無視して喉の奥に潜り込んで来た。

凄まじい吐き気と、気道すら塞ぐ無遠慮さに瓶を取り落としてしまう。
顔面から床に崩れ落ちたが、カレンも、マリアも静観するのみで助け起こそうなんてしてもくれない。

当然といえば当然だ。

こいつら魔人目線からすれば、俺は自分の忠誠を証明する為に決死の行動に挑んでいるに過ぎない。

ふざけんなよ。

薄れていく意識の中で、バレないように憎しみと怒りを噛み締める。

殺してやるぞ、魔人共。

この屈辱も、事ある事に削られる寿命も、全ていつか来る日の為に耐え忍ぶ。

今だけだ、今だけ苦しんで、必ず……


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