家畜人類生存戦略

助兵衛

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14話 初めの来訪者

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「黒菜ちゃん。ギンジくんはどうだった? 彼、君に泣きつかれて困ってたみたいだけど」

私とエマの為に割り当てられた寝室。
無駄かもしれないが、灯りを落としてカーテンと窓を閉め切って話す。

エマも私も声を潜めて、額を突き合わせる様にしていた。

「多分ですけど、これで彼が私達を見捨てたりする事は無いと思います」

少し前に、1人にしてくれと私達を部屋から追い出した彼を思い出す。

藤見銀次、もう会う事は無いと思っていた日本人の生き残り。
そして、私の今のご主人様。

私より何歳か年上。
目の下の濃い隈と疲れ切った表情で若干老けて見えるが、実際は成人して間もない位だろう。

「へぇ、随分彼を買っているのね」

「彼は多分、普通の人なのよ。良くも悪くもね。泣いて懇願されたら無下に出来ないし、雑に扱われたら気を悪くする……だから、普通に接してれば応えてくれる、普通の人」

今の世の中で、その普通の感性を保てるのがどれ程困難な事か。

奴隷となってしまった人達は、皆絶望によって普通の感性を捨ててしまっている。
気を狂わせたり、生を諦めたり、私のように全てを捨ててでも生き残ってやろうと吹っ切れたり。

どの生き方が正解なのか、一番楽なのかは分からない。

「……それより、もう少しゆっくり話してください。流石にネイティブの早口は聞き取りにくいですから」

「あっ! ごめんなさい。黒菜ちゃんって英語が上手だから、つい」
 
彼は何者なのか、何故魔人に贈り物を贈られる立場にあるのか。

一応は彼もそれなりに、所謂奴隷らしい生活をしてきたはずだ。
腕を不自由にしていたり、顔色はストレスのせいか常に悪かった。

なのに、この塔の主人はまるで彼に対して機嫌を伺っているようですらあった。
人類を食糧や資源、玩具として扱う魔人がだ。

「ねぇ、これからどうするの? ギンジ君と仲良くすればいいのかな」

「勿論それもありますが……」

私は日本を再興させる事を諦めていない。

魔人に取り入ろうと思っていたが、あいつらは基本的に人間を下等な生き物としか見ていない。
価値観が違い過ぎて付け入る隙がないのだ。

その点、藤見銀次は都合が良い。

魔人に影響力のある、御しやすい凡人。

「まずは彼を知らないといけません。そろそろ部屋から追い出されて1時間は経ちますし、様子を見てきます」

「あ! 私も……」

「エマさんは大丈夫です。すぐに戻って来ますから待っていてくださいね」






「はぁ……」

ベッドに横になって、四肢を投げ出す。

何も考えたくない。
俺にしか出来ない事があるはずだけど、それは多分責任ある仕事で、俺には荷が重い。

今抱えている事で頭の中精一杯なのに、カレンは俺に奴隷なんか寄越しやがった。 

俺には人間を物みたいに扱ったり、ペットみたいに扱う趣味はない。
そりゃあ、あれだけの美人が側にいたら毎日に彩りが出そうなもんだけど……正直、魔人も顔だけなら良いからな。

顔を手で覆って、深いため息を吐こうとした瞬間、コンコンとノック音が響いた。
慌てて顔を上げると、落ち着いた声がドア越しに聴こえてくる。

「雨宮黒菜です、先程は失礼いたしました」

「あー……いえ気にしないで下さい」

「入ってもよろしいですか? 」

よろしいですか?
何て聞いておきながら、ドアを少し開けてこちらを覗く黒菜さん。

もう少し1人にして欲しいと言おうとしたのに、もう今にも入って来そうな彼女を見て仕方なく部屋に招いた。

「ありがとうございます。銀次様、先程は失礼いたしました。重ねて謝罪を」

「別に気にしないで大丈夫なんで。あの、とりあえず俺の方から君達を放り出すような事はしない。ただ、ここの魔人は気紛れだから…….そっちは約束出来ないですよ」

「銀次様に捨てられないと言うだけで、これ以上望む物はありません」 

目を伏して、悲しげな表情を見せる。
落ち着いて見ると、彼女は本当に綺麗だ。
奴隷の定番衣装なのか、俺も着せられた事のある真っ白い服すら着こなしている様に見える。
実際にはなんの変哲も無いのに、彼女が着るとそういう物に見える。

「どうしてそこまで割り切れるんですか。そんなに、模範的な奴隷を演じられるんですか」

「……」

「さっき見せた、本性の方が人間らしくて良い思いますけど。日本の再興、アレを語る時はもっとギラギラしていた」

まぁ、それを聞くや否や部屋から追い出したのは俺なんだけど。

「……魔人は人類が及ばない戦闘力を持ち、価値観や思考回路が人類とかけ離れていて取り入る隙がありません。ですが、唯一従順な者にはある程度寛容になりました。だからします、それだけです」

黒菜さんはずっと変わらない調子で話し続ける。
俺が思うより、俺が経験してきた物以上に、彼女も苦労してきたんだろう。

「銀次様の事も教えて頂けませんか? 何故、あの魔人にこのような扱いを? 」

少し悩んだが、俺はありのままを彼女に説明する事にした。

直感でしかないが、彼女は俺よりもずっと頭が良い。
そして俺よりもはっきりとした野心というか、目的を持っている。

そんな黒菜さんに、俺の判断を助けてもらいたいという他力本願な理由で俺は全てを話した。

魔人の罪、それに由来する力を無効化する事が出来ると聞いた時、彼女は目を爛々と輝かせていたが。
魔人を殺す事が出来ると聞いて、そして実際に殺したと聞いて天を仰いだ。

フラついて、テーブルに体重を預ける。

「ちょ、大丈夫? 」

「申し訳ありません少し目眩が……」

黒菜さんはこめかみを抑えて、うんうんと唸っていた。

「魔人が銀次様のご機嫌を伺う理由は、それですか…….なるほど、なるほど」

彼女は1人の世界に入って、何度か話しかけても生返事しか返さなくなる。

俺より頭の良い人の思考を邪魔する訳にもいかず、仕方なく窓から外を眺めた。

相変わらず、延々とつづく雷雲と不毛の大地。

「気が滅入る風景だよな……ん? 」

いつ見ても変わらない風景。
そこに、車が一台走っていた。
乾いた大地を突っ走り、土煙を巻き上げながらこちらに真っ直ぐに向かってくる。

来客だ、珍しい。

「じゃあ『加虐』のカレンからしたら、魔人の死を問われるのが一番困るはず…
…銀次様! 何か調査というか、捜索がこの塔に来た事はありますか? 」

いきなり、自分の世界から帰ってきた黒菜さんが顔を上げて俺に詰め寄ってきた。

「い、いや知ってる限りないけど」

「本当ですか!? もし、銀次様の事が他の魔人に知られれば大変な事になります。ここの主が貴方を害さないのは、彼女自身も共犯者だからです。関係ない、彼女の失脚を望む魔人がこれを知れば貴方は……」

大人しかった雰囲気から一転して、捲し立てる黒菜さん。
その圧に押されて、後退りすると背中が窓に当たった。

「彼女が上手くやる事を信じるしかありませんが、何か手を……」

俺に詰め寄りながら、自分の思考の世界に入るという器用な事をしていた彼女だったが、俺越しに窓を、そこに映る車を見て表情を固くする。

「……この塔は来客が頻繁に? 」

「いや、初めてだ。俺が売られてきた時以来だな」


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