家畜人類生存戦略

助兵衛

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18話 闇夜の訪問者

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魔界諜報部の『強欲』のアウルと『疑心』のムジンが塔を訪れてから数日が経っていた。

「お茶をここに置いておきます、ギンジさん」

「あ、ども」

誰だっけ……
あぁ、エマさんだ。

行動的な黒菜さんと違い、この人とはあまり関わりが無い。
関わりが殆ど無いなりに一言で言うと、大人な女性だ。

出会った当初こそオドオドとしていたが、今では俺や黒菜さんよりもどっしりと構えていてお茶なんかも淹れてくれる。

黒菜さん曰くアメリカ人である彼女は、年下である俺や黒菜さんを励まそうと時折ジョークを言ってくれるがウケるのは英語を話せる黒菜さんだけで俺は何が何だか分からない。

アメリカは彼女が攫われた日にはまだ滅んでおらず、彼女は故郷に帰ることを望んでいるようだ。

「黒菜さんもエマさんも英語で話せるなら、俺が英語を学んだ方が早いんすかね」

「無理に学ぶ必要はないと思いますよ。エマさんは日本語を十分話せますし……」

エマさんの入れてくれた紅茶は、とてもホッとする味がしていた。
有り触れた市販の茶葉、味もマリアが用意した物の方が美味しいはずだが、俺は断然こっちが良い。

多分、人類の天敵である魔人、マリアが淹れた紅茶ってのが先入観であるからだろう。

エマさんの紅茶は、久し振りの落ち着いたティータイムを楽しませてくれた。

「そうだけどさ。あ! 英語なら、魔人共に会話の内容を聞かれずに話せるってメリットもありますよね」

黒菜さんとエマさんは俺の発言を聞いて、目を見合せた。

「ギンジ様、魔人は言語では……なんと言っていいのでしょうか。彼らは私達とは全く違う方法で会話をしているのです」

「うんうん」

追従するように頷くエマさんだけれど、俺はいまいち着いて行けない。

「つまり? 」

「魔人は言語関係なく、日本語だろうが英語だろうが自動的に翻訳されるようにして話すのです。原理は知りません、こんなのファンタジーですから」

「じゃあ……暗号とかを作っても無駄って事すか? 」

「そこまでは……分かりません。もしかすると『疑心』のムジン様の持つ読心能力はこの翻訳能力の延長にあるのかもしれません」

黒菜さんはそこから思考の深い所に沈んで行ったようで、ブツブツと物思いに耽ってしまった。
最近、学者肌な人とばかり縁がある気がする。

「ふうん? あ、エマさんお代わりお願い出来ますか、めっちゃ美味しいです」

「お姉さんにお任せしてくださいね」

「ふぅ……」
 
「あ、随分のんびりしてますが、『強欲』のアウルは大丈夫なんですか? 去り際に不穏な事を言っていましたが」

相変わらず黒菜さんは用心深い……が、慎重になり過ぎな気がする。

もう何回目かになる、安心させる言葉を言おうとした所で部屋の扉が開かれた。
奥から現れたのはこの塔の主、カレンと侍従マリア。
二人とも、険しい顔をしている。

「……城を空ける事になったわ」

「え? あぁ、はい」

「もう暫く私自らの出征はない事になっていたけれど、兵が足りなくなってきたみたいだから補充をしてこなくちゃいけない」

カレンが苦虫を噛み潰した様な顔で言う。
言葉の内容に、奴隷の三人は大きく動揺した。

「じゃ、じゃあ地球に行くって事なのか? 」

「……そうよ。地球以外どこに兵を必要としてる場所があるって言うの」

「そうだよな」

「良い? これは間違いなくアウルの手引きによるものよ。態々私の持つ全戦力を地球に持参せよなんて念押しまでされたわ、マリアに留守を任せれない」

カレンの鬱憤は相当溜まっているようで、戦闘時に噴出する赤黒い蒸気が見え隠れしていた。

「ギンジ、私達が塔を空けて間もなくアウルの奴が来るわ。あいつも立場って物があるから無茶な事はしないと思う、勝手に扉を開けたりしたら駄目よ」

子どもかよ、というような注意点を次々と挙げて、俺に徹底させるとようやくカレンは部屋から出ていった。

カレンはアウルからの干渉を嫌っているみたいだが、俺にとっては都合の良い状況と言える。
カレンのいない状況で、秘密裏にアウルを味方に出来れば今後の活動が楽になる。

「行ってしまいましたね……」

「そうですね」

窓からカレンとマリアが車に乗って走り去って行くのを見て、黒菜さんは不安そうに呟く。

アウルがこちらに接触してくるのは何時か分からない以上、不安なっても仕方ない。
黒菜さんとエマさんを2人の部屋に帰らせて、俺はひたすら自室で待つ事とした。

「……」

そう言えば、カレンもマリアも居ない塔に俺達だけっては初めてだ。
あいつらとは嫌な思い出しかない。

私利私欲の為に散々痛め付けやがって、未だに夢に見るトラウマだ。

そんな2人が居なくなった事で、いつもより少しばかり晴れやかな気分で過ごす事の出来る時間となった。
意味もなく部屋を掃除したり、ご機嫌取りで贈られたが手を付けていなかった食べ物を食べたり……久しぶりに羽を伸ばせたと思う。

この認識は、直ぐに強引に訂正される事となるが。




久し振りに風が強く吹く日。

灯りを消してベッドに入っていたけれど、ガタガタと鳴る窓枠に何度も起こされて結局眠ってはいなかった。

「……ん? 」

いつの間にか、窓が開いてる。
風が強くて勝手に開いたんだろうと思い、駆け寄って急いで閉めた。

窓を閉め直して、カーテンに手をかけると後ろから声をかけられる。

「こんばんは」

心臓が飛び跳ねた。
うぉ! と情けない声を出してしまい、背中を窓に打つ。
先日のガラス片が刺さった傷が傷んだ。

「あんたは……」

魔界の止まない雷光に照らされたのはアウルだった。

山羊の様な四角い瞳孔が、明るい所で見た時よりも不気味に浮かび上がっている。

「こんばんは……カレン様でしたら留守にしてますが」

「知っているよ、そう仕向けたからね。僕は君に用があって来たんだ」

きた!
思っていた通り、アウルは俺の『赦し』を欲している。

態々ここまで来てくれたなら、話は早い。

闇夜の中、浮かび上がる様に白いアウルの肌に触れようと手を伸ばして。

「こら、人間如きが気安く触らない」

手袋を填めた手で軽く払われた。
魔人基準の軽く、だ。

激痛が手首に走って膝を付く。

「いっで……! なんで」

「うん? 理由はさっき説明したじゃないか、今回はゴミを取るなんて言い訳しないでよね」

アウルは腰を落として、目線を俺に合わせる。
駄目だ、この瞳を見ていてはいけない。

「攫いに来たよ、ギンジ君」

それは恐ろしい笑みだった。
いや人間の基準で笑み、なんて表現で収めていいのか分からない。

止めどなく溢れる黒い悪意が、薄く弧を描く唇から漏れ出ている様だった。

「君にはちゃんと自己紹介していなかったね。僕の名はアウル、罪の名は『強欲』。君が欲しい、攫いに来た」

「攫いにって……俺が触れれば全部済むじゃないか! 」

「うん? 」

アウルは部屋の灯りをつけながら、不思議そうな顔をする。

「いや、だって……俺の『赦し』が欲しくて、来たんじゃ」

俺が言い終わるより早く、アウルは目を丸くしたかと思うと、腹を抱えて笑い出した。
俺を心底、馬鹿にした大笑いだった。

「あははは! ひひ、え? 嘘、そう思って逃げなかったのかい? 君……俺の赦しが欲しくて? だって? あははは! おかしい! 凄く面白い! 君って凄く……」

「『傲慢』だね」

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