家畜人類生存戦略

助兵衛

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20話 狂えれば楽だ

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ムジン曰く、アウルはもう俺を所有した気でいるらしい。

カレンは地球に行っている。
正確な日程は分からないが、1週間や2週間で戻ってこれるものでは無いのだそうだ。

「その間に、手続きとギンジ君の籠絡を進めようと思っているみたい」

籠絡?あれが?
魔人の価値観にはついていけない。

「いっててて」

「あ、ああごめんなさい……」

人間、爪が無くなると何も出来なくなってしまうんだな。
爪は物を掴むのに必須の部位だとか聞いた事あるが、そもそも力学的な云々より指が痛くてマトモに動かせそうにない。

止血と消毒をムジンにやってもらいながら、少しでも情報を集める。

「ギンジ君、憔悴しきって何もやりたくないと思うけど、それで良い。アウル様は君の感情があるとまた消そうとしてくる、君はあの方の娯楽品に徹して欲しいから」

「は、はは……そうかよ」

「気を悪くしたらごめんなさい。必ず、何とかするから。少しだけ我慢していて欲しい」

痛みで痺れる脳味噌を無理に動かさなくていいなら、楽で良い。

気絶するように、眠りに落ちた。






多分、次の日。
ベッドの上で、揺れ動かされて目が覚める。

腫れた瞼を開けると、彩やかな蒼い肌。
ムジンだ、反射的に身を硬くするが直ぐに冷静になった。

痛め付けられ慣れるってのも、嫌な慣れだ。

「ギンジ君、アウル様が呼んでいる。昨日言ったことは覚えているよね」

「あー……ああ」

「うん、そんな感じで」

補助されながら起き上がって、椅子に座らされた。
やけに部屋の中央に置かれた椅子だな。

ムジンは湯を使って俺の体を拭き、身綺麗にしてから服を着せる。
繊細で気を使ってくれる動きだが、どうしても今までの傷や、昨日の傷に触れて痛みが走った。

「悪いな」

ムジンは答えない。

「……? 」

俺にだけ聴こえるように、耳打ちするように口を寄せる。

「ギンジ君、アウル様が来るから。重ねて言うけれど、昨日言った通りにね」

なるほど、分かった。

しかし、何も言われなくとも。
どうも身体が重くて、思考が纏まらない。
頭が痛いんだ、耳鳴りもずっと止まない。

「やぁ、ムジン。出来てる? 」

扉の隙間から、アウルが顔を覗かせた。
こうして恐ろしい魔人が突然現れたってのに、リアクションも上手く出来ない。

「はい、先程用意が整いました。ご緩りとお楽しみください」

「うん! そうさせてもらうよ」

ムジンは一礼して部屋から出ていった。
入れ替わりでアウルが部屋に入り、椅子を引き摺ってまた対面に座る。

「動くな」

言われなくても動かねえよ。
指を動かすのだって気怠い中、かけられた拘束は抵抗していないせいかそれ程強く感じられなかった。

アウルは俺が動けないのを確認すると、手袋を外す。
白く細い、綺麗な指が露わになった。

「僕は人類の文化の中でも、特に娯楽が好きでね、読書や映画鑑賞を嗜むんだ。酒や煙草、薬物の類も好きで、態々内臓機能を人間並に弱めて楽しんだりもする」

人差し指を立てて、俺の頬に触れた。

2秒。

しっかりと時計で測ったようなタイミングで指が離される。
アウルは目を閉じて、何かを噛み締めるように何度も頷いた。

「うん、なるほど……これは中毒と表現するのがやはり、的確だね」

何処から取り出したのか、ワインの栓を開けて独り呟く。
真っ赤で、血のようなそれをグラスで煽り、また俺の頬に触れた。

2秒。

決して過剰に触れる事はない。

「酒と同じで、身の丈にあった楽しみ方をすればいい」

アウルは酔っているのか、いつも良く回る口が更に饒舌となる。

「そうだ、ムジンにツマミでも作らせるかな」

本当に作らせやがった。
料理を運ぶムジンは俺と目を合わせようとせずに、逃げるように部屋から出て行った。

「あぁ……ギンジ君、君は素敵だ。ずっと飼ってあげるからね」





次の日。
時間の感覚が曖昧だ。
いつ寝たのか、いつあの悪魔から解放されたのか覚えていない。

気付けばムジンに連れられて、廊下を歩いていた。

そして、また椅子に座らされ、動くなと命じられる。

「……ふふ」

今日のアウルは以前ムジンが制作した資料を再度読み込んでいた。
暫く読み、時折顔を上げて俺の身体に触れる。

2秒。

決して揺るがない。

「ギンジ君は相当に美味しいらしいね。でも体内に取り込めばより力が強く作用するらしいから……もっと安全になってから楽しむとしよう」




あー。

なんだ、何日目か。
頭が痛い。

今日のアウルは煙草を咥えていた。
ただ、揺蕩う煙の臭いが普通と違う気がする。

「人類の娯楽への探究心には、本当に驚かされるよ。態々脳に作用する植物を見つけて、加工して、ふぅぅ……」

煙を俺に向けて吹き掛ける。

怒りは湧いてこない。
何もだ、何も感じない。
ただ眠いような、辛いような。

頭が痛い。

「でも滅びちゃうんだよね、人類。はははは! いやぁ、ははは! 面白いねぇ。弱っちい、君は愛玩用に飼ってあげるからね」

……





あ?
気付くと椅子に座っていた。
時間の感覚が日毎、曖昧になっていく。

相変わらずアウルは何か娯楽品を楽しみながら、俺を楽しむ。

今日は何だろう。
今のところ何も持っていない。

「ふんふんふーん……あ、来たね」

ムジンだ。
もう随分口を聞いていない。
何か料理を運び、テーブルに並べていく。

「お待たせ致しました。既に処理済みの物を調理していますので、法には触れません」

「待ってました! カレンも良いストックを作ってるじゃないか。彼女はどういう余興だい? 食べて良いのかい? 」

誰かがビクリ、と震えた。

顔を上げると。
おや、これまた久しぶりの顔。

エマ、なんとかさん。

美しいブロンドの髪は、ストレスの為か少し色褪せているようにも見える。
俺の色覚がおかしくなったのか、判別はつかない。

「お、おまたせいたし、ました」

恐る恐る料理を置き、退散しようとしたエマさんと一瞬目が合う。

震える瞳、恐怖や絶望に染まる蒼い色彩の中に、何かが垣間見えた。
口を動かす、一瞬だけ。

読唇でもしろってのか、無理を言う。
なんて言ったのかなんて、分からない。

何かを伝えたい、でも何を伝えたいのかはわからない。

なんだ……
指……彼女は去り際、指を三本立てる。

……?

「おぉ、いいねぇとても美味しそうだ」

早々と退散したエマを忘れ、アウルは運ばれてきた料理に舌鼓を打っていた。

アウルは様々な娯楽を楽しむ。
食事が今日こいつの楽しむ娯楽なんだろう。
俺はメインディッシュ、或いは観賞用って訳だ。

「うん! うまい! 」

どうでもいい、どうせ動けない。

「どうだいギンジ君、君も一口」

アウルが何か料理を一口、俺の前に差し出した。

頭痛が酷くて暫く物を食べていないが、目の前に突き出された料理からは香ばしい肉の匂いがして、つい涎が溢れてくる。

「ふふふ。口だけ、動いていいよ」

お言葉に甘えて口を開ける。

少し調味料の味が濃いが、たった一口が空きっ腹に染み渡るようだった。

何の肉だろう、と考えていると。

じゃーん! と楽しげにアウルが皿を寄越す。

「なーんだ! 」

皿の料理を丸ごとくれるって訳じゃないらしい、別に良いけど、ムカつく奴だ。

なんだ、って。
料理だろう。

皿の上には頭部が乗っていた。
色鮮やかな野菜や果物でトッピングされた頭部。
加熱と調理によって崩れ、辛うじて原型が分かる頭部。

なんだこれ。
人間のあたまか。

死体だ。

落ち窪んだ眼窩から、香ばしい煙が漂う。

「……? 」

ギョロリ、と目玉が生えた。
違う、生えるはずがない。

目玉は暫く視線を彷徨わせて、俺を見詰める。
ちがう、死んだ人間の目は動かない。

口を動かすのだ、パクパクと。

「おまえはなにをしている」

地獄から響くような声だった。

恐ろしくなって息すらできない。
有り得ない、死んで生首、しかも調理までされて、話すはずがない。

「おまえはなにをしている」

違う。

そもそも。

人が死んで、料理されて、食われてる。
それを美味しいとか言って食う化け物がいて、俺にも食わせようとしてくる。

この頭のおかしい状況はなんだ。

まて、なんだ。
俺は何で動けない、文句も言わない。

怖いからだ、恐ろしい目に遭わされたからだ。
謎の力で抑えられているからだ。

思い出す。

「……あ」

気付く。
自分が狂いかけていた事に。
気付いて、口を閉じた。 

どうするべきか、考える。

大丈夫。
今の俺には憎しみがある。
もう忘れない、誤魔化さない。










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