2代目魔王と愉快な仲間たち

助兵衛

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43話 もう1人の人類最強

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人類唯一の大国にして、人類圏大陸の支配者、ヴィセア帝国。
その心臓部である帝都より数十キロの地点にある古ぼけた屋敷があった。

魔法研究所、と書かれた表札には蔦が這っており、手入れが満足に行われていない事を示している。

そんな一見廃墟に見えるこの施設に、一人の男が訪れた。

男は黒い制服のフードを目深に被り、許可も取らずに施設に足を踏み入れる。
屋内も酷い有様で、明かりの無い廊下を進む男の行く手を蜘蛛の巣や住み着いていた野生動物が阻んだ。

しかしそんなアクシデントにも一切動揺せず、男は最初から当たりを付けていたかのように1つの部屋に入る。

「失礼します」

部屋の中では、小さな女性が忙しなく動き回っていた。

壁や床に落書きをしていたかと思うと、猛烈な勢いで資料に計算式を書き込み。
かと思えばテーブルの上に置いてあった器具でお手玉をして遊び、またある瞬間には弾けるような俊敏さで薬品を調合する。

「……」

部屋に入ってきた男にも気付かず、女の子は夢中で実験や計算と遊びを交互に繰り返す。

暫くそれを見守っていたが、痺れを切らした男が声をかけた。

「ロリエル様」

良く通る低い声が響く。
女の子が実験器具を放り投げて、振り返った。

「あら、ごめんなさい気付かなかったわ。夢中になっていたの」

元帝国十二勇士の一員にして、帝国の魔法技術の発展を一手に担う大魔道士。

不老の魔女、ロリエルが男と目線を合わせる為に蹴っ飛ばしていた椅子の上によじ登る。

「あらあんた、そんなに陰気臭い格好して……屋内ではフードくらい外しなさいよ。アンバーは元気? シィフ君」

背伸びして、少し屈んでくれた男のフードを外してやる。
鋭い目付きの顔が室内灯に照らされた。

通常の勇者教関係者とは色を反転させたデザインの黒い制服。
黒い制服は勇者教の中でも特に過激な武装集団、異端審問部のみが着用を命ぜられた恐怖の象徴であった。

「大司教様は先日の騒動の対処に休む間もなく追われております」

そして彼はその勇者教の尖兵である異端審問部の長、シィフ。
喋りつつも、細い目は用心深く室内を観察していた。

泣く子も黙る異端審問官長を相手に、ロリエルはマイペースな態度を崩さない。

「あぁ、悪魔王が二代目魔王君を攫ったやつね。アンバーも歳なんだから大人しく任せていればいいのにね」

人類圏大陸最大の組織である勇者教の長である大司教も、その右腕であるシィフも、ロリエルにとっては手のかかる弟の様な物である。 

現役を退いたが、以前は魔法技術の指導を戦闘員に行っていた事もあり勇者教の内部には彼女を慕う者は多い。

異端審問官長シィフも、その1人であった。
淡い青春が脳裏を過ぎり、シィフは雑念を振り払う。
彼は今日、ここに仕事で赴いたのだ。

「それにしても此処に態々来るなんて珍しいわね! 魔法の指導でもして欲しいのかしら? 予約制よう? 」

びっしりと氏名と日付が書き込まれた用紙を突き付けられるが、シィフはそれを断ってまたフードを被った。

「あら、じゃあ何の用かしら? アンバーに頼まれていた魔法ならもう納品したでしょう? 」

「ロリエル様。俺が出向く用事なんて1つしかありません」

シィフは灰色の瞳を獰猛に輝かせて、腰の剣に手を添えた。

ロリエルはテーブルに腰かけて、何もせず次の言葉を待っている。

「異端審問を行う。帝国十二勇士ロリエル、貴様には一連の事件の首謀者である容疑がかかった」

シィフは剣こそ抜かないものの、刃と同じくらい鋭い視線を幼い外見のロリエルに向けた。

一般人なら卒倒する程の剣幕、異端審問という言葉。
しかしロリエルは鼻で笑う。

「あのねシィフ君。なんで私そんな事しなきゃいけない訳? 世迷言もそのくらいに」

「貴様は二代目魔王、異世界人のカズヤを帝都最奥の牢獄へと転送したな」

やれやれ、と言った様子で余裕を見せていたロリエルの表情が固まる。

「マリーナの転移魔法陣に誤作動を起こすよう細工が施されていた。態々アンバー大司教様が多忙の為に、防護が緩んでいた隙間をついて悪魔王の前に転移するようにな」

「それで? 私を疑うの? 何の証拠もないじゃない。酷い言い掛かりだわ」

実際、異端審問部はこの事件の証拠を何も集められていない。
転移魔法陣には細工された形跡こそあれど、個人を特定出来る証拠は何も存在していたかった。

しかし、この証拠の無さを異端審問官長は見逃なかった。
……見逃せなかった。

「残留する魔力を無色透明になるまで隠蔽、個人を対象とした魔法陣への細工が行うだなんて、アンバー大司教様でも出来ん。例え悪魔王でも」

「えー……」

つまりは、証拠の無さが証拠だとシィフは言うのだ。
この人類圏大陸において、それ程の工作が出来るのはロリエルをおいて他に存在しない。

「だが、当然これは決定的とは言えない。アンバー大司教様も疑いこそしたが断定は出来なかった」

「もーそうでしょ! 私を疑うだなんてほんと、恩知らずな奴な……シィフ? 」

シィフはポケットから小さな金色の指輪を取り出し、少し躊躇した後に恭しく指にはめた。

キラリと、光源とは関係なく指輪が光る。

「アイツ……そう、あたしには散々文句言ったくせに」

コロコロと変わる子どもの様なロリエルの表情が、鋭くなっていく。

「それで? 」

十二勇士の象徴。
勇者の残した十二の宝具が1つ。
邪悪な物を滅ぼすと言われる黄金の指輪。

「この審判の指輪でこれより特例の異端審問を行なう。帝国十二勇士ロリエル、自らの潔白を……証明して下さい」

「……」

シィフは指輪のはめた手を伸ばす。
微かに震える指先を、ロリエルは跳ね除けた。

「私も甘くなっちゃったわね。疑われた時点で消すべきだった」

あぁ……
一瞬、泣きそうな顔をしたシィフが短剣を抜く。

「ロリエル! 貴様を異端者として断罪する! 」

事前に取り決めでもしていたかのように、ロリエルとシィフは同時に戦闘態勢に入った。

シィフは腰の短剣を抜いたのに対して、ロリエルは指を軽く振る。
たったそれだけなのに、冗談のような勢いでシィフがその場から弾き飛ばされた。

ボロボロの扉を突き抜け、何枚か壁を貫通してようやく小部屋に転がり込む。

「ぐっ……! 」

呻きながら立ち上がると、つい先程自分が通ってきた穴の先から目も眩む光が差し込んでいた。
魔力による発光だと即座に判断して、回避行動を取る。

宙に満ちる無よ。魔の先導が命ずるアブラ…

光は激しく明滅を繰り返し、無理矢理ロリエルの掌の上で球体に押し込められると。

燃えよカタブラ!

引き絞られた矢の如く、甲高い音と共にシィフに向かって放たれた。

強烈な熱波と衝撃にシィフは吹き飛ばされ……余波で屋敷が崩れ始める。

回避行動を行ったとはいえ、間近で光の矢を受けたシィフは衝撃で巻き上げられた瓦礫と共に、何メートルも先の森に叩き付けられた。

「あ……ぐ、くそ」

軋む体と制服の下から滲む血を無視して立ち上がる。

「流石だねシィフ君。殺したとは思ってないけど、直ぐに立たれるとは」

輪郭を淡く発光させ、ロリエルが浮遊しながらシィフの元に降り立つ。
その両手には、先程放たれた光の矢と全く同じ物が2つ蓄えられていた。

「あの色物の魔王モドキをどうするつもりだ。なぜこんな事を……」

短剣を構え、臆すること無くジリジリと距離を詰めるシィフの瞳は微かに揺れていた。
先に攻撃を仕掛けてきたロリエルを、まだ完全に敵として見れていない。

「……私の目的は今も昔も変わらない。勇者とつるんで馬鹿やってた時と同じよ、私はただ魔道の真髄に届きたい」

「それとあの異世界人とどう関係がある! 」

会話の最中に駆け出したシィフが猛烈な勢いで刺突を行う。

ロリエルは見えない壁で短剣を弾くと、右手の光を矢として放った。
幾つかの内蔵を貫通して、シィフの口から血が溢れ出る。

「君達は見て見ぬふりをしている。魔王と同じ量、質、色彩の魔力を偶然異世界人が持っているはず無いでしょう」

何とか体勢を整えようとしていたシィフに、最後の光の矢が放たれた。
短剣でそれを逸らすも、酷使に耐えきれなくなった刃は砕け散ってしまう。

「アンバーが大丈夫と言ったから盲信しちゃったのかな? 彼こそ、最も先入観に囚われて事態を理解出来ていない人間なのに。愚かよね、大賢人も老いには勝てない」

「アンバー大司教様を愚弄するな! 他でもない……貴方が! 」

ロリエルは次々と光の矢を生み出し、両掌でお手玉をする。
何時でもお前なんて殺せるんだぞ、凄んでみせた。

「勇者が死んだから、魔王も死んだ。勇者が復活しないから、魔王も復活しない ……違うよ、魔王は蘇った。新たな力を態々異世界から引っ張ってきて」

「……」

「私は魔道の真髄を見たい。魔物やら人類の未来なんてどうでもいい……彼は私に真理を約束してくれた。私が裏切った理由なんてそんなものだよ」

勇者と魔王が健在であった頃から。
40年前の決戦から、いやもっとずっと以前、魔王がこの世に現れた時から。

世界最高の魔法使いは、人類の敵であった。

「さて、そろそろ彼は起きる頃かな」
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