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第5話 嫉妬(2)

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 ドラの火で火傷したアオの手を水道水で冷やす。そのあと保健室へ行った。火傷の原因を聞かれ、咄嗟に亜が理由を適当に言って誤魔化してくれた。

 結局、俺たちは始業式をすっぽすことになった。気になっていたクラス分けだが、わざわざ担任が保健室までやってきて教えてくれた。俺たちのクラスはめでたく一緒。ここまでくると腐れ縁さまさまだ。

 スポーツバックに入れたドラのこともあるし、教室へは戻らず、屋上へとやってきた。今日の天気は春の日差しらしく、優しい太陽の光が暖かい。寝不足気味の俺にとってはすぐに爆睡できそうだ。

 亜と一緒に屋上のベンチに腰かけた。朝から疲れた、それに眠い……。

「悪かったな、いろいろ……」
「どぉって事ないって。それよりカバンの中、大丈夫かよ」
「あ、ドラ? 大丈夫だろ」
「いや、ダメだろ。こんな狭いところへ押し込んだままじゃ。犬だって慣れないところへ押し込められるの嫌がるんだぞ」
「ちょっ、亜!」

 亜が俺からスポーツバックを取り上げ、ファスナーを開けた。するとドラが長い首をカバンから出した。

「大丈夫だったか? えーっと名前は……」
「あ、ドラ」
「あ、そうだった。簡単すぎて忘れてた。ドラ、大丈夫だったか?」
「くううう……」

 ドラはカバンから自分を助けてくれたのが亜と分かると、威嚇しなくなった。その代わり、長い首を亜の手にスリスリと擦りつけた。

「くすぐってぇ」

 さすが、亜は犬を飼ってるだけあって、生き物の扱いに慣れている。ドラも直感で分かるのか、最初に亜に威嚇していたとは思えない。亜の腕に飛び乗ったり、肩に乗ったりして、なんだか楽しそうだ。親父とドラが遊んでいる時には感じなかったのに、なんだか寂しい気持ちになった。なんだこれ?
 
 ぽかぽかの春の陽気が寝不足の俺に睡魔が襲ってきた。ベンチに寝っ転がったが最後、俺はドラと亜が遊ぶのを眺めながら、瞼を閉じていた。



ハル、悠。起きろって」
「ん?」

 瞼を開けると、目の前にドラの顔がドアップで飛び込んできた。上体を起こすと同時に、口をぺろっと舐められた。

「わぁ! 驚かすなって」
「だって寝ちゃうんだもん。そろそろ帰ろ」
「え? もうそんな時間?」
「今日は始業式だけだからな。授業は明日からだろ」
「あ、そうか」
「そういえばさ、ドラって。悠にしかペロッてしない?」
「え、なんで? まぁそうだけど」
「ふーん」
「え、なんなの? なんか知ってんなら教えろよ」
「いや、なんとなく」
「なんだよ、その意味深な言い方は」
「俺の勝手な想像だけど、悠のこと番いって思ってんのかなーって思ってさ」
「つがい?」
「分かりやすく言うなら、結婚相手、ってことかな」
「け、結婚相手! なんでそうなるんだよ」
「だから、なんとなくだって。たとえばさ……」

 不意に亜に肩を掴まれ、押し倒された。亜が俺に覆いかぶさってくる。太陽の光が目に入って、亜の表情がはっきり見えない。

「え? 亜?」

 ゆっくりと顔を近づけ、互いの鼻先が触れた。

「亜? ちょっと待って」
「くうううう!!」

 ゴーーーッツ!
 ドラが火を吐いた。しかもさっきより火力が上がっている。

「冗談、冗談だって。ごめん、ごめん」

 覆いかぶさっていた亜が笑いながら俺から離れると、代わりにドラが俺の上に飛び乗ってきた。腹にドラの爪が刺さった。

「くうううう!!」
「ドラ、腹に爪! 痛えよ」
「ほらね」
「ほらねじゃねえよ、亜。ちょっとドラどけって」

 亜がドラを抱っこし、俺に手を差し出して起こしてもらった。スポーツバックにドラを入れながら、亜がボソッと呟いた。

「こりゃ強力なライバル登場だなぁ」

 ライバル登場? なんのこと?

 亜がドラの入ったスポーツバッグを俺に差し出した。そしていつもと同じ笑顔で、いつものように言った。

「ほら帰ろ、悠」
「あ、うん」



 その夜、俺がドラへもう学校へは連れて行かないと告げたら、家の中で火を吐いた。まじ、火事になるからやめろと言っても聞く耳もたずだ。
 そしてついに俺の我慢も限界で「オマエなんて大嫌いだ! 顔も見たいくない!」と怒鳴ってしまった。

 次の朝、ドラの姿がどこにもなかった。
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