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第8話 いや、無理だから
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あの家出騒動から既に数ヶ月が経った。
その間に俺は15になったし、ドラもだいぶ大きくなった。どのくらい大きくなったかというと、頭の先から尻尾の先まで、いわゆる全長というやつが俺の身長より長い。寝るときベッドから尻尾が出るらしく、俺の片足に巻きつけて寝るくらいだ。
それにしても不思議なのは、家出して戻ってきた後のドラが、めちゃくちゃおとなしくなったこと。最初、どんな変化だよと思ったけど、すぐに慣れてしまった。いま思うと、これも人の姿になるための準備だったのだろうか。
そしていよいよ、その日が近づいてきていた。
朝から様子がおかしいドラ。
起こしても気だるそうに目を開けたかと思うと、すぐに瞑ってしまう。体調でもおかしいのかと思ったが、そうではないらしい。結局その日は一日中ベッドで寝ていた。
そして次の日の朝のことだった。
「あれ、ドラ?」
ドラの体温は人に比べると格段に低い。ちゃんと測ったことはないが、ドラに触れるとひんやりとして冷たいからだ。
でもこの日、俺はなんとなく隣で寝ているドラに触れた。いつもと違う肌触りと体温。ドラには鱗があるが滑らかですべすべ。で、今日のドラも滑らかだが、どちらかというと柔らかいし暖かい体温を感じた。
寝ぼけながら起き上がり、ふと隣に寝ているはずのドラに目をやった。
あれ? いない? というより、隣には人っぽい形が寝ていた。
え、人の形?
布団を掛けず、裸で寝ている。白い肌にエメラルドグリーンが混じった短い銀髪。髪に触るとサラサラしている。顔は俺に背を向けて寝ているから見えない。
「へ? えええー! 誰!?」
俺の大声に気づいたのか、その白い裸体がゆっくり上体を起こし、俺のほうに身体を向けた。
すかさず俺は胸とあそこへ目が行った。男だ。
目を擦りながら小声で「ハル? おはよ……」と言った。
喋れるのか?!
「え、誰? なんで俺の名前?」
「くうぅぅるる、ハルぅ」
この癖のある鳴き声。
「ドラ?」
「うん、ハルぅ」
「うわぁ、ちょっとドラ!」
ドラが勢いつけて抱きついてきた。その拍子に俺は再びベッドへ仰向きで倒されると同時にドラが口をペロではなくて、チューしてきた。
「ドラ、ちょっと……まっ……ぷはぁ」
「ハルぅ」
「待ってって!!」
ドラを無理矢理に俺から退かしたが、すぐに馬乗りされ両腕を押さえられた。
「ドラ?」
ドラはにっこりと笑いながら俺の首筋に顔を埋めて、すり寄ってきた。
あれ、こいつこんないい匂いだったっけ? ふわっと甘い香りが鼻の奥を刺激した。
じつはこの香り、ドラゴンが将来の伴侶にだけ匂わせ、相手を虜にする香りだった。
俺は本能でヤバいと感じるが、ドラの魔力に敵う術は持ち合わせていなかった。
*
「悠ちゃん? 大丈夫?」
食卓のテーブルでぼーっとしている俺の目の前で、親父が手を振っている。大丈夫なんだが、今朝のことが頭から離れない。あんなチューは初めてだ。もとい、チュー自体、初めてだ。いわゆる人生初めてのファーストキス。しかもいきなりベロチューだった。
ドラには俺のTシャツとスエットパンツを履かせた。サイズはピッタリ。つまりドラは人の姿だと俺と同じ大きさということだ。
それに俺の隣に座らせてはいるが、さっきから俺を膝の上に座らせようとしている。なんなんだ一体。
「ところださ、こちら様は?」
「ドラ……」
「え、ドラちゃん?」
「はい、パパさん」
これには親父も驚いたようだった。最初にドラを見た反応と大違いだ。
「ドラちゃん! パパって呼んでくれるのー!? しかもお話ができるー」
ってそこかよ!
親父にとって、パパと呼ばれるのは一種の憧れだったらしい。
「で、いつから? 今朝から?」
「……あ、うん。今朝起きたらこうなってた。な、ドラ」
「はい!」
いつもよりドラのテンションが高い。俺はいつも低いが、今日はさらに低い。
「ドラちゃんって男の子だよね?」
「そうです、僕は男です。パパさん」
満面の笑顔のドラ。
パパと呼ばれて有頂天の親父。
俺は一体、朝から何を見せられている?
「パパさん、お願いがあります。僕はハルと今すぐ結婚したいです。だってハルは僕の花嫁だから」
「「結婚?! 花嫁!?」」
再びニコニコ顔のドラ。
結婚って、結婚だよな? なんで俺が? ドラと? 相手はドラゴンだぞ! それに花嫁ってなんだよ。花婿の間違えじゃないのか?!
「悠ちゃん、ドラちゃん、おめでと」
「ありがとう、パパさん」
「おい、ちょっと待てよ! なんで俺がオマエと結婚なんだよ」
「ハルは僕が嫌い?」
「そういうことじゃなくて! 結婚って、それに俺が花嫁って……納得いかねえだろ」
「僕はハルが好き……じゃだめ?」
うるうる瞳のエメラルドグリーンが揺れる。
「そういうことじゃなくて……」
話ができるようになったとはいえ、会話が噛み合わない。俺もどこから聞けばいいのか分からなくなってきた。
「ちゃんと説明しろってこと!」
さっきまで流暢にしゃべっていたドラだったが、なぜかたどたどしく説明し出した。ドラが言うには、とにかく俺との結婚は決まっている、と言うことだった。それに数々のミッションのことだった。
「いや、それってただの偶然だろ……」
「僕の魔力が増えて、人の姿にもなれました。全部ハルのおかげ」
「俺は別に何もしてないって……」
「それに、もうすぐ迎えがきます」
「迎え? 誰を?」
「僕たち」
「いや、だから俺はだな全然納得してないって!」
「じゃあ、どうすれば納得できるんですか?」
「いや、それはだな……俺はこの前、15になったばっかだぞ。それに結婚なんて考えたことねーし、しかもドラゴンとだなんだなぁ 」
「じゃあ、いま考えてください」
ドラの真剣な眼差し。こいつこんな顔できんのかよ。クソカワな顔で俺をみんなって。
ここはちゃんと断らないと。俺も男だ!
「とにかく、悪いけど俺は無理だから」
そして俺は勢いよく席を立った。
この後のことはよく覚えていない。気づいたら亜の家に来ていた。いや、正しくは逃げてきた。
「ごめん亜、しばらく泊まらせてくれ」
そう、今度は俺が家出する番になった。
その間に俺は15になったし、ドラもだいぶ大きくなった。どのくらい大きくなったかというと、頭の先から尻尾の先まで、いわゆる全長というやつが俺の身長より長い。寝るときベッドから尻尾が出るらしく、俺の片足に巻きつけて寝るくらいだ。
それにしても不思議なのは、家出して戻ってきた後のドラが、めちゃくちゃおとなしくなったこと。最初、どんな変化だよと思ったけど、すぐに慣れてしまった。いま思うと、これも人の姿になるための準備だったのだろうか。
そしていよいよ、その日が近づいてきていた。
朝から様子がおかしいドラ。
起こしても気だるそうに目を開けたかと思うと、すぐに瞑ってしまう。体調でもおかしいのかと思ったが、そうではないらしい。結局その日は一日中ベッドで寝ていた。
そして次の日の朝のことだった。
「あれ、ドラ?」
ドラの体温は人に比べると格段に低い。ちゃんと測ったことはないが、ドラに触れるとひんやりとして冷たいからだ。
でもこの日、俺はなんとなく隣で寝ているドラに触れた。いつもと違う肌触りと体温。ドラには鱗があるが滑らかですべすべ。で、今日のドラも滑らかだが、どちらかというと柔らかいし暖かい体温を感じた。
寝ぼけながら起き上がり、ふと隣に寝ているはずのドラに目をやった。
あれ? いない? というより、隣には人っぽい形が寝ていた。
え、人の形?
布団を掛けず、裸で寝ている。白い肌にエメラルドグリーンが混じった短い銀髪。髪に触るとサラサラしている。顔は俺に背を向けて寝ているから見えない。
「へ? えええー! 誰!?」
俺の大声に気づいたのか、その白い裸体がゆっくり上体を起こし、俺のほうに身体を向けた。
すかさず俺は胸とあそこへ目が行った。男だ。
目を擦りながら小声で「ハル? おはよ……」と言った。
喋れるのか?!
「え、誰? なんで俺の名前?」
「くうぅぅるる、ハルぅ」
この癖のある鳴き声。
「ドラ?」
「うん、ハルぅ」
「うわぁ、ちょっとドラ!」
ドラが勢いつけて抱きついてきた。その拍子に俺は再びベッドへ仰向きで倒されると同時にドラが口をペロではなくて、チューしてきた。
「ドラ、ちょっと……まっ……ぷはぁ」
「ハルぅ」
「待ってって!!」
ドラを無理矢理に俺から退かしたが、すぐに馬乗りされ両腕を押さえられた。
「ドラ?」
ドラはにっこりと笑いながら俺の首筋に顔を埋めて、すり寄ってきた。
あれ、こいつこんないい匂いだったっけ? ふわっと甘い香りが鼻の奥を刺激した。
じつはこの香り、ドラゴンが将来の伴侶にだけ匂わせ、相手を虜にする香りだった。
俺は本能でヤバいと感じるが、ドラの魔力に敵う術は持ち合わせていなかった。
*
「悠ちゃん? 大丈夫?」
食卓のテーブルでぼーっとしている俺の目の前で、親父が手を振っている。大丈夫なんだが、今朝のことが頭から離れない。あんなチューは初めてだ。もとい、チュー自体、初めてだ。いわゆる人生初めてのファーストキス。しかもいきなりベロチューだった。
ドラには俺のTシャツとスエットパンツを履かせた。サイズはピッタリ。つまりドラは人の姿だと俺と同じ大きさということだ。
それに俺の隣に座らせてはいるが、さっきから俺を膝の上に座らせようとしている。なんなんだ一体。
「ところださ、こちら様は?」
「ドラ……」
「え、ドラちゃん?」
「はい、パパさん」
これには親父も驚いたようだった。最初にドラを見た反応と大違いだ。
「ドラちゃん! パパって呼んでくれるのー!? しかもお話ができるー」
ってそこかよ!
親父にとって、パパと呼ばれるのは一種の憧れだったらしい。
「で、いつから? 今朝から?」
「……あ、うん。今朝起きたらこうなってた。な、ドラ」
「はい!」
いつもよりドラのテンションが高い。俺はいつも低いが、今日はさらに低い。
「ドラちゃんって男の子だよね?」
「そうです、僕は男です。パパさん」
満面の笑顔のドラ。
パパと呼ばれて有頂天の親父。
俺は一体、朝から何を見せられている?
「パパさん、お願いがあります。僕はハルと今すぐ結婚したいです。だってハルは僕の花嫁だから」
「「結婚?! 花嫁!?」」
再びニコニコ顔のドラ。
結婚って、結婚だよな? なんで俺が? ドラと? 相手はドラゴンだぞ! それに花嫁ってなんだよ。花婿の間違えじゃないのか?!
「悠ちゃん、ドラちゃん、おめでと」
「ありがとう、パパさん」
「おい、ちょっと待てよ! なんで俺がオマエと結婚なんだよ」
「ハルは僕が嫌い?」
「そういうことじゃなくて! 結婚って、それに俺が花嫁って……納得いかねえだろ」
「僕はハルが好き……じゃだめ?」
うるうる瞳のエメラルドグリーンが揺れる。
「そういうことじゃなくて……」
話ができるようになったとはいえ、会話が噛み合わない。俺もどこから聞けばいいのか分からなくなってきた。
「ちゃんと説明しろってこと!」
さっきまで流暢にしゃべっていたドラだったが、なぜかたどたどしく説明し出した。ドラが言うには、とにかく俺との結婚は決まっている、と言うことだった。それに数々のミッションのことだった。
「いや、それってただの偶然だろ……」
「僕の魔力が増えて、人の姿にもなれました。全部ハルのおかげ」
「俺は別に何もしてないって……」
「それに、もうすぐ迎えがきます」
「迎え? 誰を?」
「僕たち」
「いや、だから俺はだな全然納得してないって!」
「じゃあ、どうすれば納得できるんですか?」
「いや、それはだな……俺はこの前、15になったばっかだぞ。それに結婚なんて考えたことねーし、しかもドラゴンとだなんだなぁ 」
「じゃあ、いま考えてください」
ドラの真剣な眼差し。こいつこんな顔できんのかよ。クソカワな顔で俺をみんなって。
ここはちゃんと断らないと。俺も男だ!
「とにかく、悪いけど俺は無理だから」
そして俺は勢いよく席を立った。
この後のことはよく覚えていない。気づいたら亜の家に来ていた。いや、正しくは逃げてきた。
「ごめん亜、しばらく泊まらせてくれ」
そう、今度は俺が家出する番になった。
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