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さざ波

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 大学のカフェテリアへ行くと、いつもの場所に、いつものように聖吏が座って、本を読んでいた。

 まだ約束の時間には早い。しばらく遠くから聖吏を観察してやとうと決め、気づかれないよう、端っこのソファを陣取った。

(顔はいいが、真面目そう……っか。たしかに当たってるかもな)

 聖吏の顔パーツで一番印象があるのは、青い瞳だと優里は思っている。ほとんど表情を変えないから、幼馴染の優里でさえなにを考えてるか分からない時が多い。でもふとした、その青い瞳に優しい光が差し込む時がある。そんな時、同性なのにドキッとしたことがあった。

 髪はツーブロックスタイルで漆黒。髪色のせいか、端正なフェイスラインがさらに強調される。近寄り難いというのは、たぶんヘアスタイルのせいもあるのかもしれない。

 聖吏がどんな本を読んでいるのか、目を凝らしてみるが、距離があって表紙が見えない。しばらく観察していたが、特別変わったこともない。大して面白くもないなと思い、ソファから腰を浮かした矢先、二人組の女生徒が聖吏のテーブルへやってきていた。同じソファに座り、ノートを見せていた。そのノートを指差しながら、聖吏が何か説明している感じだった。

(勉強でも教えてんのかな……。それにしても聖吏の表情って変わんないな。なに喋ってんのか、全然見当つかね)

 説明が終わったのか、女生徒たちが一礼して、テーブルから離れていった。しばらくすると、また別の女生徒がやってきて話をした。それが何度か続いた。その中の何人かは、手紙らしきものを渡していた。

(クッソ……聖吏のやつ、あんなにモテんのかよ。俺なんかカフェに居たって、誰も来やしないのに。……なんかすっげぇ、イライラする)

 やっと聖吏が一人になった。苛立つ気持ちを抑えながら、優里は聖吏のいるテーブルへ向かった。

「聖吏、お待たせ」
「優里? もう終わったのか? それともサボったのか?」
「悪いかよ……」
「別に悪いとは言ってない」

 聖吏が立ち上がり、優里の頭をぽんぽんと撫でた。いつもは嬉しいのに、今日に限っては虫の居所が悪く、聖吏の手をはたき落としてしまった。

「優里?」
「ガキ扱いすんなよ。帰るぞ」
「ちょっと待ってくれ、優里」
「なんだよ」
「優里を待ってる間、勉強を教えて欲しいって言われてんだ」

(また女かよ!)

「なら俺一人で帰る。じゃあな」
「優里!」

 優里は踵を返すと、足早にカフェを出ようとした。しかし腕のリーチが長い聖吏に、すぐ腕をつかまれてしまった。

「放せよ! 聖吏!」

 つい大声で叫んでしまい、ざわめきが一瞬止まった。そして周囲の視線が集まっているのを感じ、ばつが悪い。

「優里、今日のお前はおかしいぞ」
「いいから、放せって!」

(分かってる。悪態をついていることは分かってる。でもどう抑えればいいのか分からない)

「ちょっと外いくぞ」

 聖吏に腕を掴まれたまま、外へ連れ出された。

「聖吏、放せって!」
「優里、何かあったのか?」
「別になにもねぇよ!」

(何かあったのは聖吏のほうじゃんか。告白されたことだって、なにも教えてくんねぇし。さっきだって……)

「優里……お前、あの日からおかしいな」
「あの日?」
「覚えてないか……、用事があるから先に帰るって、言った日あったろ?」
「……」
「古墳…へ行ったんだってな。独りで行ったのか?」
「……だったら、なんだよ」
「うちの母さんが優里のおばさんから聞いたって。古墳から優里が戻ってきたとき、気分が悪くなって大変だったって……」
「……」
「あそこは山道が整備されてないし、大怪我でもしたらどうする!」
「怪我なんかしてねぇし、いいからもう放せって!」

 腕を振り解こうとするが、聖吏はガッチリと掴んで放さない。いつもならすぐに放してくれるのに。聖吏のほうだって、今日はおかしい。

「放せって!!」
「優里、いい加減に 」

 バチん、と大きな音がしたかと思うと、急に左頬がヒリヒリしてきた。

 聖吏の瞳に悲しげな影が差した気がした。

 聖吏の腕を振り払い、左頬が摩った。痛い。

「優里…悪い、つい…、すまん。大丈夫か 」

 聖吏が顔をさすろうとするのを察し、とっさに反対側へ身をかわした。そして「聖吏の馬鹿野郎!」と叫び、駆け足でその場から走り去った。

 背中の向こうで、聖吏がなにか叫んでいたが、全部無視して走り続けた。

 ぶたれたのは、初めてだった。しかも聖吏にぶたれるなんて……。悔しくて涙が溢れてきた。

 優里は家へは戻らず、そのまま古墳を目指して山を登った。
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