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偽り

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「へぇ、優里くんの泣いてる顔も、そそりますね」

 首筋に顔をうずめられ、耳たぶや首筋を噛まれた。そして鎖骨のほうへと舌が這いずり回る。その度に、体がビクンと反応した。

「こんなので感じるなんて、優里くん、感度良過ぎます……思いっきり可愛がってあげますね」

 丈を信用したことを優里は後悔していた。でも助けてくれた時に感じた、表現し難い感覚。あれがあながち嘘だとも思えない。だから今、犯されそうとしていることが、どうしても理解できない。

 瞑っていた目を開け、丈を見上げた。さっきは狂気に満ちた瞳だったが、いまは苦しそうに見える。それに太ももの内側を触っているが、肝心の箇所を触ろうとしない。

(なんでだ?)

 周りにいる暴漢たちは、優里が丈に触られるのを見ているだけだ。それでも充分に性的興奮を覚えるらしい。ある者はマスターベーションを始めていた。

 誰もが次は自分の番とでもいうかのように、ニヤニヤしながら、見下ろしている。

 首筋に再び丈が顔をうずめると「ごめん……なさい」と小声が聞こえた。

(えっ?!)

 次の瞬間、「うっぅ!」という叫び声とともに、どさっと鈍い音がした。丈の体がスローモーションのように、ゆっくりと優里の脇へ倒れる。

 上体を起こした優里は、周りにいた暴漢たちも倒れていることに気がついた。

(えっ、なにが起こった?)

「優里!」

 聞き覚えのある声に優里の心臓が高鳴る。そしてゆっくりと振り返るとーー。

「皇琥!!」
「優里、大丈夫か?!」

 駆け寄った皇琥に、思いっきりしがみついて泣いた。
 
 こんな風に泣くのは何年振りだろう。まるで小さな子供みたいに、わんわん声を上げて泣いた。あやすように背中をぽんぽんと優しく叩いてくれる。それが余計に嬉しくて、優里は泣き続けた。

「ここを離れるぞ。腕を…俺の首へ回せ」

 言われた通りにすると、皇琥が優里の体を横抱きしながら立ち上がった。

(うわっ……お姫さまだっこ……)

 優里の顔に熱が集まる。

「もう大丈夫だ」

 見上げると皇琥がにこっと微笑んでいる。それを見て、また涙が溢れそうになった。優しい笑顔に安心したのと、やっと会えた嬉しさで胸がいっぱいになる。

 そっと頭にキスを落とす皇琥。そしてゆっくりと歩き出した。

「あいつは?……大丈夫かな」

 皇琥の肩越しに見える丈に目配せした。倒れて意識があるのかさえ分からないが、このまま放っておくわけにはいかないと無意識のうちに見つめていた。皇琥の方へ顔を向き直すと、目を丸くして驚いて、頭を振った。

「放っておけ…お前を襲った奴だぞ…それに、そのうち気がつくだろう」
「でも……」

 油断していたとはいえ、皇琥の言う通り、丈に襲われた。でも何か心に引っかかる。なんだろう、この感じ。

 そんな優里を察したのか、皇琥がそっと岩のうえに優里を降ろした。

「お前はここで座っている。俺が様子を見てくる」

 そう言って、倒れている丈の元へ皇琥は向かった。何度か体を揺すっている。すると、意識を取り戻した丈が上体を起こした。

 優里のところから、皇琥と丈の会話は聞こえない。ただ、丈が皇琥に何度も頭を下げ、ふらつきながら立ち上がると足早に山を降りていった。

 皇琥が優里のところへ戻ってくるなり、「もう大丈夫だ」と告げた。

「あいつ、どこへ?」
「神社だ。この事態を警察へ伝えろと言っておいた」
「俺たちも急いで戻ろう」
「……」
「皇琥?」
「……まだ近くに暴漢共がいるかもしれない。正直、この禁足地にまで入ってくる輩だ。降りるよりも登った方が早そうだ。それと……、お前は酷い有様だからな。神子のイメージが崩れるぞ」
「そんなに俺、……ひどいのか?」
「……」

 少し冷静になってくると、皇琥の言うことに一理あると思った。さっき大泣きしたから化粧など、とっくに崩れているだろうし、何度、地面に倒されたことやら。

 着ていた装束を見ると、ボロボロだ。ところどころ破けている。薄衣の千早はもとより、白衣も袴もだ。

(これ絶対、親父や美鈴ねえに怒られるな……)

「これを掛けてろ」

 皇琥が着ていた上着を肩に掛けてくれた。皇琥の香りがする。最初に会った時にも香ったウッデイ系の香水。まるで皇琥に抱きしめられている気がして、顔が熱くなってきた。

 不意にクイっと顎を皇琥に掴まれ、持ち上げられた。珊瑚朱色の瞳と目が合う。煌めく宝石のように綺麗な色。優しい色を孕んでいて、吸い込まれそうだ。

「……優里、綺麗だ」

 本当はもうぼろぼろなはずなのに、皇琥は綺麗と言ってくれた。それが嬉しくて、ただ黙ったまま、ゆっくりと瞬きを一度だけして、微笑んだ。ありがとうの意味を込めて。

 皇琥の顔が近づいてくる。自然と瞳を閉じた。少しひんやりとした柔らかい唇が重なった。いつぶりだろうか。この高揚感を忘れないよう、皇琥からの蕩けるようなキスを優里は何度も享受した。
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