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眩暈
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「…ゆう…り? 優里? もうすぐ着くから、そろそろ起きろ」
「? ……ん、ううん」
眠たい目を擦りながら、優里はなんとか瞼を開けた。眼前には聖吏の整った顔が近くにあり、慌てて頭を持ち上げる。どうやら聖吏の肩を借りて寝ていたと気づくのに、そう時間はかからなかった。大学までたったの数駅だというのに爆睡していたのかと思うと、少し気恥ずかしい気持ちになり、小声で謝った。
「あっ、悪りぃ……」
「構わないさ。それより爆睡するほど疲れてたのか?」
「疲れてないけど、ただ最近…眠れなくて」
「……そっかぁ…昨日はぐっすり寝てたけどな」
「って、聖吏!」
昨夜は数日ぶりに聖吏と一夜を共にした。聖吏が言っているのは、ことの後のことだとすぐに気づき、優里は少し声を荒げてしまった。その声を聞いた乗客の視線が集まるのを感じ、ごまかすように車窓へと顔を向ける。
窓の外には毎日見慣れた風景が目の前を通り過ぎていった。電車のスピードが徐々に落ちていくと同時に、通り過ぎる風景がもっとはっきりと形を成していく。その風景を眺めながら、優里はここ最近のことを思い出していた。
皇琥の屋敷で神楽を見せてから早くも数週間が過ぎていた。その間、皇琥、そして聖吏との関係は順調にいっている。週末は皇琥の屋敷で過ごすことが多くなり、その反対に平日はいつも通りに聖吏と大学へ行き、その後はどちらかの家で過ごすという生活だ。
二人とのことは先祖が決めた許婚だが、今は恋人同士と言ったほうがしっくりくる。しかも結婚前提の恋人たち。何もかもが順風満帆で問題もなく過ぎていく。それなのに、最近の優里は睡眠不足だけでなく、食欲不振も続いていた。それに加え、突如不安に襲われたり、気持ちが落ち着かなかったりな具合。当然このことは二人には話していない。優里自身、大したことじゃないと思っているし、何より彼らに心配をかけたくないからだ。
車内に到着を知らせるアナウンスが流れると、ドアへ向かって歩いていく乗客が増えはじめていた。ホームで電車を待っている大勢の人の姿も見える。隣に座っていた聖吏が先に立ち上がり、手を差し出した。
「ほら、降りるぞ」
先ほど声を荒げてしまったこともあり、バツが悪い優里は聖吏の手をとらずに立ちあがろうとした。だが次の瞬間、電車が急に揺れバランスを崩して倒れそうになった。
「危ない!」
逞しい腕が優里の体を抱きかかえた。そのお陰で、優里は倒れずにすんだが、顔に熱が集まると同時に頭がふらふらする感覚に襲われる。両目をぎゅっと閉じた。
「大丈夫か?」
「……うん」
「優里?」
「……ごめん、ちょっと立ち眩み」
聖吏の肩に頭を預け、しばらくじっとしていた。実はここ最近、立ち眩みを頻繁に起こすようになっていた。
「優里?」
「ごめん、すぐ良くなるから」
「謝らなくていい。それよりお前、顔青いぞ」
「えっ?」
「とりあえず降りて、ベンチで休もう」
聖吏に支えられながら電車を降り、すぐに近くのベンチへ座らされた。いつもの立ち眩みとは違う。手先が痺れはじめ、顔から血の気が引き、暑くもないのに体中から汗が吹き出し始めた。額や頬に触ると冷たい。体から汗が出ているのに、全身が震えはじめ、寒いとさえ感じる。
「優里? 駅の医務室へ行こう!」
「大丈夫。それにしばらく座ってればおさまるから……それより聖吏は大学へ行けよ」
「今はそんな事どうでもいい。お前をひとりにできるか」
「でも……」
「心配するな。問題ない」
「……ごめん」
「謝ることじゃない。それより医務室へ行くぞ。ここだと落ち着かないだろ」
血の気が下がった顔をあげ、周りを見回した。こちらを見ながら、通り過ぎていく人たち。心配そうな顔を向ける人たち、なにがあったのだろうかと興味本位な顔をする人たち。たしかに聖吏のいう通りだ。でも体が震えて、立ち上がれるのかさえ分からない。体が重たく感じる。
「立てるか?」
返事をする代わりに頷いたが、やはりすぐには立てそうにない。そうこうしているうちに聖吏が屈んで真正面から腕を両脇へ通し、ゆっくりと持ち上げられた。立ち上がると、聖吏の胸にぴたりと体がくっつき、胸がドクンと疼く。でも聖吏を押しやる力も残っていない。情けない気持ちと恥ずかしい気持ちが入り混じるが、いまは愚痴をこぼす気にもなれなかった。
「歩けないなら、このまま抱きかかえてもいいぞ」
「だ、大丈夫だって!」
咄嗟に否定したが『抱きかかえる』の言葉に思わず冷たくなった顔が熱くなる気がした。こんな状態でも変な妄想はできるらしい。それに急に周りが気になりはじめ、さっきよりも通行人が見ているように感じた。
「優里?」
聖吏の手が額に触れた。暖かい。
「まずいな……」
「え、なに? ちょっ、聖吏!」
いきなり聖吏が優里を横抱きにし歩きはじめた。
「聖吏、降ろせって!」
「危ないから暴れるな。それにまともに歩けないだろ?」
「っ!……」
「頭、俺のほうへ預けろ」
「……うん」
まさか公衆の面前で、お姫様抱っこされるとは予想していなかった。でも聖吏の言うとおり、立ち上がったのはいいが、まともに歩けそうにないのは事実。
全身の力を抜いて頭を聖吏の首元辺りに預けた。そしてゆっくりと瞼を閉じた。人混みのざわざわした喧騒が耳に届く。きっと通り過ぎる人の注目を集めているだろう。でも誰に見られようと気にする必要はないんだと心の中で呟いた。
「? ……ん、ううん」
眠たい目を擦りながら、優里はなんとか瞼を開けた。眼前には聖吏の整った顔が近くにあり、慌てて頭を持ち上げる。どうやら聖吏の肩を借りて寝ていたと気づくのに、そう時間はかからなかった。大学までたったの数駅だというのに爆睡していたのかと思うと、少し気恥ずかしい気持ちになり、小声で謝った。
「あっ、悪りぃ……」
「構わないさ。それより爆睡するほど疲れてたのか?」
「疲れてないけど、ただ最近…眠れなくて」
「……そっかぁ…昨日はぐっすり寝てたけどな」
「って、聖吏!」
昨夜は数日ぶりに聖吏と一夜を共にした。聖吏が言っているのは、ことの後のことだとすぐに気づき、優里は少し声を荒げてしまった。その声を聞いた乗客の視線が集まるのを感じ、ごまかすように車窓へと顔を向ける。
窓の外には毎日見慣れた風景が目の前を通り過ぎていった。電車のスピードが徐々に落ちていくと同時に、通り過ぎる風景がもっとはっきりと形を成していく。その風景を眺めながら、優里はここ最近のことを思い出していた。
皇琥の屋敷で神楽を見せてから早くも数週間が過ぎていた。その間、皇琥、そして聖吏との関係は順調にいっている。週末は皇琥の屋敷で過ごすことが多くなり、その反対に平日はいつも通りに聖吏と大学へ行き、その後はどちらかの家で過ごすという生活だ。
二人とのことは先祖が決めた許婚だが、今は恋人同士と言ったほうがしっくりくる。しかも結婚前提の恋人たち。何もかもが順風満帆で問題もなく過ぎていく。それなのに、最近の優里は睡眠不足だけでなく、食欲不振も続いていた。それに加え、突如不安に襲われたり、気持ちが落ち着かなかったりな具合。当然このことは二人には話していない。優里自身、大したことじゃないと思っているし、何より彼らに心配をかけたくないからだ。
車内に到着を知らせるアナウンスが流れると、ドアへ向かって歩いていく乗客が増えはじめていた。ホームで電車を待っている大勢の人の姿も見える。隣に座っていた聖吏が先に立ち上がり、手を差し出した。
「ほら、降りるぞ」
先ほど声を荒げてしまったこともあり、バツが悪い優里は聖吏の手をとらずに立ちあがろうとした。だが次の瞬間、電車が急に揺れバランスを崩して倒れそうになった。
「危ない!」
逞しい腕が優里の体を抱きかかえた。そのお陰で、優里は倒れずにすんだが、顔に熱が集まると同時に頭がふらふらする感覚に襲われる。両目をぎゅっと閉じた。
「大丈夫か?」
「……うん」
「優里?」
「……ごめん、ちょっと立ち眩み」
聖吏の肩に頭を預け、しばらくじっとしていた。実はここ最近、立ち眩みを頻繁に起こすようになっていた。
「優里?」
「ごめん、すぐ良くなるから」
「謝らなくていい。それよりお前、顔青いぞ」
「えっ?」
「とりあえず降りて、ベンチで休もう」
聖吏に支えられながら電車を降り、すぐに近くのベンチへ座らされた。いつもの立ち眩みとは違う。手先が痺れはじめ、顔から血の気が引き、暑くもないのに体中から汗が吹き出し始めた。額や頬に触ると冷たい。体から汗が出ているのに、全身が震えはじめ、寒いとさえ感じる。
「優里? 駅の医務室へ行こう!」
「大丈夫。それにしばらく座ってればおさまるから……それより聖吏は大学へ行けよ」
「今はそんな事どうでもいい。お前をひとりにできるか」
「でも……」
「心配するな。問題ない」
「……ごめん」
「謝ることじゃない。それより医務室へ行くぞ。ここだと落ち着かないだろ」
血の気が下がった顔をあげ、周りを見回した。こちらを見ながら、通り過ぎていく人たち。心配そうな顔を向ける人たち、なにがあったのだろうかと興味本位な顔をする人たち。たしかに聖吏のいう通りだ。でも体が震えて、立ち上がれるのかさえ分からない。体が重たく感じる。
「立てるか?」
返事をする代わりに頷いたが、やはりすぐには立てそうにない。そうこうしているうちに聖吏が屈んで真正面から腕を両脇へ通し、ゆっくりと持ち上げられた。立ち上がると、聖吏の胸にぴたりと体がくっつき、胸がドクンと疼く。でも聖吏を押しやる力も残っていない。情けない気持ちと恥ずかしい気持ちが入り混じるが、いまは愚痴をこぼす気にもなれなかった。
「歩けないなら、このまま抱きかかえてもいいぞ」
「だ、大丈夫だって!」
咄嗟に否定したが『抱きかかえる』の言葉に思わず冷たくなった顔が熱くなる気がした。こんな状態でも変な妄想はできるらしい。それに急に周りが気になりはじめ、さっきよりも通行人が見ているように感じた。
「優里?」
聖吏の手が額に触れた。暖かい。
「まずいな……」
「え、なに? ちょっ、聖吏!」
いきなり聖吏が優里を横抱きにし歩きはじめた。
「聖吏、降ろせって!」
「危ないから暴れるな。それにまともに歩けないだろ?」
「っ!……」
「頭、俺のほうへ預けろ」
「……うん」
まさか公衆の面前で、お姫様抱っこされるとは予想していなかった。でも聖吏の言うとおり、立ち上がったのはいいが、まともに歩けそうにないのは事実。
全身の力を抜いて頭を聖吏の首元辺りに預けた。そしてゆっくりと瞼を閉じた。人混みのざわざわした喧騒が耳に届く。きっと通り過ぎる人の注目を集めているだろう。でも誰に見られようと気にする必要はないんだと心の中で呟いた。
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