2 / 26
第1話 思い出しました
しおりを挟む
「この世に神など存在しなかった!」
──ザン。
なにかが断ち切られる音。
なにが? 繊維だ。身につけているブレザージャケットの。ワイシャツの。
「滅んでしまえ、人も獣も『人越者』も、なにもかも! っふふ、ふははははっ!」
背中にべっとりとこびりついた男の声が、耳ざわりでしょうがない。黒板を爪で引っかいたみたいだ。
静かにしてくれ、黙れよ、そう言葉にしたいのに。
「ぅう……あ……」
酸素を求める魚のように、ぱくぱくと、口の開閉しかできない。言葉に、ならない。
冷たくて硬い鋼が、胸から生えている。肋間をかいくぐって、心臓を串刺しにしている。
青白い月明かり。にぶく反射する刃。真紅の飛沫が、視界に映るものを極彩色で染め上げる。
「……海琴……」
名前を、呼ばれた気がする。呼んだのは、目の前で呆然と立ちつくす天斗か。
成績優秀でスポーツ万能。神から一物も二物もあたえられたイケメンくんは、まぬけ顔すら『映える』ってか。
(はは……ウケる……)
アホ面をさらしている天斗も、死にかけているじぶんも。
なんでだよ、どうしてこんなことになった? 意味不明すぎてわらいが止まらない。
(……ちく、しょう)
最期の最期まで、日の目を見ることもできないなんて。
「みこと……うそだろ海琴、海琴ォッ!!」
薄れゆく意識のなか、重苦しい漆黒にぽっかりと浮かんだ青白い満月が、爆ぜた。
これはそう、たいした腹の足しにもならない、ちっぽけな人間の悲劇。
──とかいう散々な人生を、真冬の池に突き落とされたせいで思い出しました。
「ねぇあいつ、上がってこないよ……!」
「しっ、知らねぇよそんなの!」
『こんなつもりじゃ』
『悪気はなかった』
そうだよな。いつの時代も、いじめたやつはそれが『いじめ』だと認識していない。
そういうやつらには、「じぶんがされて嫌なことをひとにするな」とか叱っても無駄だよ。「じぶんが嫌じゃないからいいんだ」ってとられる可能性があるから。
他人の気持ちをイメージする想像力に乏しい。だから面白半分にくり返す。
「だいたい、腕がちょっとあたっただけだろ。あのノロマが勝手に落ちただけ、おれたちには関係ねぇもん!」
あまつさえ、『悪いのは相手だ』と。
(……そんなの、意味もなく突き落とされた僕がむくわれないじゃんか)
ずるずると岸辺に這い上がった僕の頭上で、ぎゃあぎゃあとわめいていた近所のガキんちょたちが、急に戯言を引っ込める。
「けほけほっ、こほっ……ふぅう」
からだが重い。頭がガンガンする。
命からがら浮上してきたはずなのに、なぜだろう、薄氷を張る水中よりも息がしづらい。
はっ、はっと浅い呼吸をかさねながら、新雪を引っかいた指先に、ふと違和感。
「……え?」
違う。指先だけじゃない。両手両足、それから腰まわりに、明らかな異変。
まず指と指のあいだに、発達した膜のようなものがある。
「なんだよ、これ……水かき?」
それじゃあ、手の甲をびっしりと覆った……ちょっと硬くて光沢のある、紺青色のこれは。
「うろ、こ……?」
ふるえる声でつぶやいて、そろそろと、首だけでふり返る。
そして絶句。もっとも顕著な違和感──尾てい骨のあたりから生えた、尾びれを目の当たりにして。
「人魚だ、人魚がいるぞ!」
「しかも見て、あの髪の色! 『黒髪さま』よ! はじめて見るわ、神さまの使いよ……!」
わらわらとあつまった野次馬が、池のほとりに座り込む僕を、あっという間に取りかこむ。
「人魚さま、『黒髪さま』! われらをお救いくださるのですね、おぉありがたや!」
嬉々として押し寄せる人の波にもまれながら、咽頭をせり上がるものがある。
(なんで僕が、あんたたちを救わなきゃいけないんだよ……くそったれ)
吐き気がする。手のひらを返して媚を売るあいつらに。
なにより、こんなときでさえ悪態のひとつもつけない、臆病者の僕自身に。
「その袍は、雨か!?」
「あぁ小雨、アタシたちのかわいい子!」
人波をかき分けやってきた顔ぶれは、もう見飽きたもの。吐き気は最高潮に達する。
「帰りが遅いから心配したぞ!」
「さ、さ、帰っておいしいご飯をこしらえてあげようねぇ!」
世界とは不条理なもので。
この日、僕を小間使いのようにこき使っていたケチな育ての夫婦は、人びとの暮らしも心も貧しい村で、大富豪へと続く切符を手にしたのだった。
──ザン。
なにかが断ち切られる音。
なにが? 繊維だ。身につけているブレザージャケットの。ワイシャツの。
「滅んでしまえ、人も獣も『人越者』も、なにもかも! っふふ、ふははははっ!」
背中にべっとりとこびりついた男の声が、耳ざわりでしょうがない。黒板を爪で引っかいたみたいだ。
静かにしてくれ、黙れよ、そう言葉にしたいのに。
「ぅう……あ……」
酸素を求める魚のように、ぱくぱくと、口の開閉しかできない。言葉に、ならない。
冷たくて硬い鋼が、胸から生えている。肋間をかいくぐって、心臓を串刺しにしている。
青白い月明かり。にぶく反射する刃。真紅の飛沫が、視界に映るものを極彩色で染め上げる。
「……海琴……」
名前を、呼ばれた気がする。呼んだのは、目の前で呆然と立ちつくす天斗か。
成績優秀でスポーツ万能。神から一物も二物もあたえられたイケメンくんは、まぬけ顔すら『映える』ってか。
(はは……ウケる……)
アホ面をさらしている天斗も、死にかけているじぶんも。
なんでだよ、どうしてこんなことになった? 意味不明すぎてわらいが止まらない。
(……ちく、しょう)
最期の最期まで、日の目を見ることもできないなんて。
「みこと……うそだろ海琴、海琴ォッ!!」
薄れゆく意識のなか、重苦しい漆黒にぽっかりと浮かんだ青白い満月が、爆ぜた。
これはそう、たいした腹の足しにもならない、ちっぽけな人間の悲劇。
──とかいう散々な人生を、真冬の池に突き落とされたせいで思い出しました。
「ねぇあいつ、上がってこないよ……!」
「しっ、知らねぇよそんなの!」
『こんなつもりじゃ』
『悪気はなかった』
そうだよな。いつの時代も、いじめたやつはそれが『いじめ』だと認識していない。
そういうやつらには、「じぶんがされて嫌なことをひとにするな」とか叱っても無駄だよ。「じぶんが嫌じゃないからいいんだ」ってとられる可能性があるから。
他人の気持ちをイメージする想像力に乏しい。だから面白半分にくり返す。
「だいたい、腕がちょっとあたっただけだろ。あのノロマが勝手に落ちただけ、おれたちには関係ねぇもん!」
あまつさえ、『悪いのは相手だ』と。
(……そんなの、意味もなく突き落とされた僕がむくわれないじゃんか)
ずるずると岸辺に這い上がった僕の頭上で、ぎゃあぎゃあとわめいていた近所のガキんちょたちが、急に戯言を引っ込める。
「けほけほっ、こほっ……ふぅう」
からだが重い。頭がガンガンする。
命からがら浮上してきたはずなのに、なぜだろう、薄氷を張る水中よりも息がしづらい。
はっ、はっと浅い呼吸をかさねながら、新雪を引っかいた指先に、ふと違和感。
「……え?」
違う。指先だけじゃない。両手両足、それから腰まわりに、明らかな異変。
まず指と指のあいだに、発達した膜のようなものがある。
「なんだよ、これ……水かき?」
それじゃあ、手の甲をびっしりと覆った……ちょっと硬くて光沢のある、紺青色のこれは。
「うろ、こ……?」
ふるえる声でつぶやいて、そろそろと、首だけでふり返る。
そして絶句。もっとも顕著な違和感──尾てい骨のあたりから生えた、尾びれを目の当たりにして。
「人魚だ、人魚がいるぞ!」
「しかも見て、あの髪の色! 『黒髪さま』よ! はじめて見るわ、神さまの使いよ……!」
わらわらとあつまった野次馬が、池のほとりに座り込む僕を、あっという間に取りかこむ。
「人魚さま、『黒髪さま』! われらをお救いくださるのですね、おぉありがたや!」
嬉々として押し寄せる人の波にもまれながら、咽頭をせり上がるものがある。
(なんで僕が、あんたたちを救わなきゃいけないんだよ……くそったれ)
吐き気がする。手のひらを返して媚を売るあいつらに。
なにより、こんなときでさえ悪態のひとつもつけない、臆病者の僕自身に。
「その袍は、雨か!?」
「あぁ小雨、アタシたちのかわいい子!」
人波をかき分けやってきた顔ぶれは、もう見飽きたもの。吐き気は最高潮に達する。
「帰りが遅いから心配したぞ!」
「さ、さ、帰っておいしいご飯をこしらえてあげようねぇ!」
世界とは不条理なもので。
この日、僕を小間使いのようにこき使っていたケチな育ての夫婦は、人びとの暮らしも心も貧しい村で、大富豪へと続く切符を手にしたのだった。
0
あなたにおすすめの小説
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる
しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。
いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに……
しかしそこに現れたのは幼馴染で……?
残念女子高生、実は伝説の白猫族でした。
具なっしー
恋愛
高校2年生!葉山空が一妻多夫制の男女比が20:1の世界に召喚される話。そしてなんやかんやあって自分が伝説の存在だったことが判明して…て!そんなことしるかぁ!残念女子高生がイケメンに甘やかされながらマイペースにだらだら生きてついでに世界を救っちゃう話。シリアス嫌いです。
※表紙はAI画像です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる