異世界転性いーあーるさぶすく!〜ぼくら月極用心棒〜

はーこ

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第3話 客寄せ熊猫ならぬ客寄せ人魚

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 人魚の涙には、つぶ銀を。

 ありがたーいお話をききたいなら、きんまたは諸々の宝玉を持参し、要相談。

 涙を、心をしぼり尽くされ、見た目だけはきれいに着飾って、お遊びもいいところな『神秘の救世主』に据えられる。

(……ふざけんな。僕は客寄せ熊猫パンダじゃないんだよ)

 くすぶる本音も、腰抜けの僕は飲み込んでしまう。

 だって……こわい。目に見える景色だけでもこんなに悲惨なのに、外の世界になにがあるっていうんだ?

 自由を望む僕自身が、未来に希望を見いだせずにいた。

(……どうせ今夜も、言われるがまま、消費されるだけ)

 ずいぶんむかしに凍てつかせた心が、バラバラとくずれ落ちる音がする。

 隅々までひび割れ、粉々に砕けたそれは、最後には風にさらわれて、あとかたもなくなってしまうんだろう。

「──おいユイ! 雨はどこだァ!」

 深い深い諦めの海底に沈み込んでいた思考が、怒号にも似た叫びによって引きあげられる。

「どうしたのよ、あんた。騒々しい」

「いいから雨を連れてこい! はやくしろォッ!」

 耳をすませ、夫婦の口論をとらえる。

 お世辞にも、『お客さま』を出迎えるのにふさわしい様子とはいえない。


 幾重にもかさねた女物の衣裳の裾と尾びれを引きずりながら、そろり、そろりと私室を出る。

 雨のふり続く宵時は、廊下を照らす灯火ともしび心許こころもとない。

 ひたり、ひたり。人ならざる二本足で、薄暗い朱塗りの廊下をすすむ。

 その突きあたりに、夫婦の影はあった。

「お呼びでしょうか、とうさん、かあさん」

「雨! この愚図がァ!」

 男はつばを散らし、虫の居所が悪いようだ。

 見れば赤ら顔で、呼気からはむわんと嫌なにおいがただよう。あぁ、なるほど。いつものね。

「酒がねぇぞォ! チンタラしてねぇで、酒を買ってこねぇかァ! じゃねぇと……!」

 殴られる、と身をこわばらせた刹那。

 鬼の形相で詰め寄る男の顔が、ぐりんと一回転する。

「……はっ……?」

 なにが起こったのかも理解できないうちに、はぽーんと蹴り上げられた鞠のように、視界から消え失せる。

 人の頭部が放物線を描いて、とぽん、と池にホールインワン。

 遅れて首なしの胴体が、鮮血を噴出させながら転倒した。

「あ、あんた……? いっ……いやぁあああッ!!」

 恐怖に満ちた絶叫が、どこか遠くにきこえる。


「──『人越者じんえつしゃ』を掲げ、違法商売をくり返している虫けらは、貴様らか」


 ふいに、朱塗りの欄干から音もなくおり立つ影があり。

 ひるがえる漆黒の衣。びゅうと吹きおろす風のなかにあって、地底にひびくような若い男の声は、不思議と鮮明に鼓膜をふるわせた。

 こちらに背を向けた彼の顔は、うかがえない。

「じ、じんえつ、しゃ……?」

「人智を超越せし者。天帝に準ずる存在──にも関わらず、人間風情が舐めた真似を。『知らなかった』ではすまさんぞ」

 男は右手に、なにかをにぎっている。

 ゆらゆらと煙のように輪郭がはっきりしないが、シルエットは長剣のように見える。

 けれどそれは金属ではなく、黒光りするなにか──いや、によって形成されていた。

 矛盾しているようだけど、暗闇のなか、たしかに黒く発光しているのだ。

 ──黒い光の剣。そうだ、見間違いじゃない。

 それじゃあ、切っ先からぱたり、ぱたりと滴るものは。

 男がふみ出し、「ひぃ……!」と引きつった悲鳴があがる。

「い、いや、やめて……来ないで」

 腰を抜かし、恐怖に打ちふるえながら、ずりずりと後退する女。黒衣の男は、歩みを止めない。

小雨シャオユイ! かあさんを助けておくれ、はやく、小雨ッ!」

 僕? 僕に助けを求めてるの? 物好きだなぁ。

 こんな状況だけど、やけに他人事のように感じる。

「……ずっと、つたえたかったことがあります。見ず知らずの僕をひろって育ててくれたこと、感謝しています」

「小雨……!」

「でもそれは、もう過ぎたこと」

「なっ……!」

 たしかにはじめは、山中に捨てられた赤子を不憫に思うくらいの慈悲をもち合わせていたんだろう。

 じぶんたち夫婦は、こどもを授かれなかったから、と。

 その愛は、貧しさを前に、ぼろぼろに風化してしまったけれど。

「すり切れるくらい僕をこき使って、僕のだいじなものを平気で台無しにして……そうやって手に入れたかねも博打だか宝石だかに溶かして! 結局なにが僕に残った? なにもないだろ? もううんざりなんだよ、毎日毎日毎日毎日ッ!」

 どこから間違っていたかなんて、いまさらどうでもいい。

 踏みにじられた心は、元通りになんてならない。

「都合のいいときだけ親の顔はやめろ! 僕はあんたたちを家族だと思ったことはない!」

 ……だめだ、これ以上は。

 そうと脳で理解していても、堰を切った激情を押しとどめることなんてできない。
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