14 / 26
第13話 熱くて、溶ける
しおりを挟む僕がまだ雅楽方 海琴という人間をやっていたころ。現代の日本もまた、僕にとって不条理な世界だった。
「恋人ができた」
「は?」
夏は日長。時刻は夕時でも、太陽はいまだにさんさんと照りつける。
等間隔で植えられた街路樹の影をふみしめながらひと言だけ発すると、おなじ帰り道の一歩先を行く天斗が、足を止めてふり返った。
「まったまた、面白い寝言でちゅねー? みこちゃん、おねむなのかなぁ?」
「本気だよ。だから、そうやって絡んでくるのはやめて。距離おこう」
「……あ?」
ふだんの僕は、反論しない。思いどおりにならなかったことが、天斗は気に障ったんだろう。
「俺を差しおいて恋人つくって、青春謳歌? 生意気なんだよ、海琴のくせに」
木もれ陽の下、僕を見つめる黒の瞳に、ほの暗い影が落ちた。
ほどなくして、いっしょに登下校をしていた恋人から避けられるようになる。
天斗は上機嫌になって、「まだ一週間だろ? かわいそー」と爽やかに笑いとばした。「俺が慰めてあげよっかー?」とも。
そうして鼻歌をうたいながら、これみよがしに僕の手を引いて、帰路につく日々。
さながら、手首に枷をはめられた罪人のような心境だった。
* * *
「また恋人できたの? 節操ないよね」
断れる雰囲気じゃなかったの。
「どうせ一週間ももたないんだから、諦めれば?」
わかってる……わかってるよ、そんなこと。
「……は? おまえなんで、俺の許可なく放課後デートとかしちゃってるわけ?」
逆に、なんで許可が必要なの? 天斗には関係ないでしょ。
恋人のことが好きかというと、わからない。
その気もないのに、思わせぶりな態度をとることがよくないのは、わかってる。
だけど僕のそれには、少なからず、天斗への抵抗が含まれていた。
「手をつないだし、その先もしたから」
ヤケになって吐き捨てた次の瞬間、すさまじい勢いで視界が回る。
呼吸ができない一瞬。
じりじりと、足もとから灼けつくような猛暑の日は、憎たらしいほどに快晴だった。
瑠璃色の空。白い入道雲。蝉の鳴き声。
どさり、とアスファルトを叩くスクールバッグの音で、止まっていた時が動き出す。
さやさやとそよぐ木もれ陽の下。両肩を街路樹の幹に縫いとめられた僕は、身じろぎひとつゆるされない。
「……むかつく」
黒髪がなびく。
いつもの、小学生がちょっかいをかけてくるようなそれじゃない。間近にせまった天斗には、一切の表情もなかった。
このときようやく、僕はじぶんの過ちに気づく。口からでまかせを言った代償は、大きかった。
「むかつく、むかつく」
「天斗」
「あぁもう、最悪」
「そらと……そら」
「ほんと、なんなんだよおまえ」
「まって、おねがい、そら……」
胸を押し返そうとすれば、
「──だまれよ」
ドスのきいた低音とともに、こわばる唇へ、ふたたび噛みつかれる。
「んぅっ……」
あぁ……痛い。
ギリギリとつかまれた両肩が。
グサリと貫かれた心臓が。
にじむ視界は、陽炎のせい?
「ハッ、嫌がらせに決まってんだろ」
おそろしいほど整った顔をゆがませて、天斗はささやいた。
「自意識過剰だねぇ、みこちゃん?」
間違った、間違った、間違った。
選択を、間違った。
「おまえは俺の、オモチャなんだよ」
でも、もう遅い。なにもかも。
蝉の鳴き声が遠い。
じりじりと灼熱にさらされて、僕たちをつないでいたものが、いびつに折れ曲がった。
「──海琴。おまえは、俺のものだ」
ファーストキスはレモンの味だなんて、大嘘だ。
* * *
それから天斗は、たびたびキスをしてくるようになった。
僕が殻から抜け出そうとすると、締めつけるように。
しきりに「上書きするぞ」とこぼしていたけど、その意味がいまだに理解できない。
だって僕は、天斗以外のだれとも、キスしたことなんてないのに。
ふつうではない距離感のふれあいがあっても、僕と天斗は恋人ではない。恋人にはなれない。
だって、僕らは。
「……天斗」
クーラーのファンが上下するじぶんの部屋で、天井をあおぐ。
ようやく唇を解放された僕は、ベッドに転がされた体勢のまま、僕を組み敷く天斗を見上げた。
「ねぇ、僕を思いどおりにできて満足? 天斗──そら兄」
意地悪で、自分勝手で、強引で。
そのままどこまでも嫌なやつだったら、めいいっぱい悪口を投げつけて、突き飛ばしてやれるのに。
「っ……」
どうして、なんで、僕を翻弄してきた天斗が、いまにも泣きそうな、悲痛な顔をするのか。
「海琴……海琴」
天斗は、完全な悪にはなれない。
「おまえは、俺の、だろ……?」
独りで怯える迷子みたいに、たよりなく声をふるわせて、ふいにしがみついてくる。
痛いくらいに腕をまわされ、肩口に顔を押しつけられて。
小刻みなふるえをじかに感じたら、伝染したみたいに、僕の心臓までふるえ出してしまう。
「なぁ、海琴。……なんで俺たち、兄妹なんだろうな」
……わからない。
「なんでおまえが、俺の妹なんだろう」
……わからないよ。
幾度となく問いを投げかける天斗の求めるものが、僕にはわからない。いまさら神さまが答えてくれるとも思えない。
諦めに似た気持ちで、心が麻痺していく。
「こっち向いて……海琴」
もう何度目かもわからないキスは、じわりとにじむたがいの汗のせいで、しょっぱかった。
……あつい、暑い、熱い。
ベッドサイドに放置された冷房のリモコンを探りあてようとすれば、手を枕もとに引き戻され、指を絡めるように、シーツへ縫いとめられる。
「俺だけだ。おまえを守ってやれるのは、俺だけ」
うわ言のようにくり返される言葉が、暑さで茹だった脳内では、くぐもってきこえる。
あぁ、熱い。抱かれた境界線がわからない。溶けてしまったみたいだ。
──規則的にきしむベッドのスプリング。
ぴたりと密着した天斗の、艷やかな熱吐息が、絶えず鼓膜をふるわせる。
余すところなくふれられたからだは、熱をはらんでいない場所など、どこにもなかった。
「海琴……海琴、海琴……っ」
激しく揺さぶられ、視界がチカチカと明滅をくり返した。
生理的な涙で、なにもかもがかすんで見える。
もう、どうにかなってしまいそうだった。
これは夢だ。救いようのない妄想。
そうでしょ? だって。
「……俺から離れるな、いなくなるな……」
僕みたいに冴えない女が天斗にかまわれるなんて、ぜったいおかしい。
意地悪な天斗。だけどほんとはやさしい天斗。
僕の……私のお兄ちゃん。
なんでもできるきみがコンプレックスで、『私』は『僕』になったのに、これじゃあ意味がないじゃない。
「海琴……俺はおまえが、おまえがいなきゃ……」
ひと夏のあいだに殻を抜け出せなかった蝉は、飛ぶことも、鳴くこともできない。
のしかかる想いを受けとめきれずに、ぐしゃりとつぶされるだけ。
「海琴っ──!」
──熱で、満たされる。
僕にすべてを叩きつけても、天斗が「好きだ」と愛をささやいてくれることは、なかった。
0
あなたにおすすめの小説
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる
しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。
いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに……
しかしそこに現れたのは幼馴染で……?
残念女子高生、実は伝説の白猫族でした。
具なっしー
恋愛
高校2年生!葉山空が一妻多夫制の男女比が20:1の世界に召喚される話。そしてなんやかんやあって自分が伝説の存在だったことが判明して…て!そんなことしるかぁ!残念女子高生がイケメンに甘やかされながらマイペースにだらだら生きてついでに世界を救っちゃう話。シリアス嫌いです。
※表紙はAI画像です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる