星夜に種を〜聖母になっちゃったOL、花の楽園でお花を咲かせる!〜

はーこ

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本編

*37* 凍えとぬくもり ジュリSide

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「嫌なことも怖いことも、人間の汚いところも、全部全部見せないようにしてきた。泣いてほしくなかったからだ。悲しませたくないって思うのはいけないこと? オレは何か間違ってる?」

「正しいか間違っているか。それを判断するのは君じゃない。僕でもない。セリちゃんだ」

「違う……」

「違わない。あの子の感情は、あの子だけのものだ」

「だったら、それじゃあ! なんでオレには母さんの感情が『視える』の? ヴィオさんだってオリーヴさんの感情を『感じる』ことはできても、『視えない』って言ってた。なんでオレだけ、こんな……」

 オレと話すとき、母さんはいつも笑顔だ。本当に美味しそうにオレの手料理を食べてくれる。
 母さんのそばは陽だまりみたいにあったかいのに、夜は途端に凍えるんだ。

「母さんは……夜になると、泣いてるんだよ……」

 悪夢にうなされる母さんを、あと何度目にすればいい?
 涙を流しながらしきりに誰かの名前を呼ぶ母さんを、あと何度目にすればいい?

「……どんなに腕によりをかけてフレンチトーストを焼いても、母さんのすきまは満たせなかった……」

 はたと気づいたら、パンケーキを焼いていて。
 それからオレは、何をした?
 母さんに、何をしようとしていた?

「本当のオレは、いいこなんかじゃない……」

 笑顔の裏で、何を考えてる?
 母さんの感情は覗き見するくせに、自分の胸のうちは一切明かさない。

 頭をむしゃくしゃさせる本当の原因は、イザナへの同族嫌悪じゃない。
 彼に投影した自分自身に対する、自己嫌悪だったんだ。

「『いいこ』って、何なんだろうねぇ……」

 それは独り言だったのか、問いかけられていたのか。
 力なくうなだれたオレの手にそっと手がふれて、ひやりとした感覚に目を見開く。

「何百年と生きてきて、巷じゃエデンの生き字引なんて言われてるみたいだけど、未だにわからないよ」

 焦れったいな。あなたみたいな人のことを言うんだよ。
 皮肉でも返してやろうかと思ったのに、物憂げに伏せられたアメシストを目にしたら、できなかった。
 彼の人格を、その礎となったこれまでの人生を、オレなんかが語れるわけがない。

「ジュリ、僕はね、自分のマザーがわからないんだ」

「……どういう、こと?」

「先々代のマザー・グレイメアだったということしか、僕は母について知らない」

 イザナは何を言ってるんだろう。マザーのことが、わからない……? 自分の家族のことなのに?

「この名をもらって以降、母が僕に会いに来てくれたことは一度もなかった。希薄な繋がりの中、お互いが空気のようだったよ」

「そんな……」

「信じられないかい? 本当のことだよ。だから僕は母が亡くなったとき、ほかの兄弟姉妹みたいに発狂せずにいられたんだろう」

 ……なんて哀しいことを語るんだ。絶句する間も、衝撃的な独白はなされる。

「だけどそれってね、とても薄情なんだよ。だって涙も出なかった。今じゃあ、母がどんな顔でどんな声をしていたのかも思い出せない。こんな親不孝な僕は、『いいこ』ではないだろう?」

 あり得ない。マザーが自分のこどもを疎むだなんて、聞いたことがない。
 マザーの愛情を受けて実を結ぶ。それが生命の種だからだ。

「何か、理由があったんじゃないの?」

 そうせざるを得ないような、深い理由が。
 夢中で声に出せば、ふわりとアメシストが笑む。

「そうだね、僕もそう思う。たしかめる術は、もうどこにもないけれど」

 ──失言だった。完全に。

 なのに、それでも、イザナは笑んだまま。
 ただただ静かなその表情を目の当たりにして、オレは彼の言わんとすることをハッと理解するんだ。

「だからね、君には僕みたいな思いをしてほしくないんだ。あのとき母とちゃんと話しておけば、向き合っていればよかったって、後悔してほしくないんだよ、ジュリ」

 衣擦れがして、純白の袖が目前で滑る。
 埋められた距離をどうこうしようなんて思考は、もうできそうにない。

「君にどんな理由があっても、セリちゃんは受け止めてくれるはずだ。君が、彼女にそうしてあげたいと願っているように」

 右手を包み込んでいた手は、いつの間にか背中に回されていた。

「僕はマザーの第一子でもなんでもないからね。使命とか、そういう小難しいことは教えてあげられない。ひとまずその辺に置いとこう」

 背に回された腕は力強く、頭に添えられた手のふれ方は優しい。

「ほかに頼れる兄弟もいない中で、君は頑張りすぎなくらい頑張ってる。ちょっとひと休みしても、いいんじゃないかなぁ?」

 プラチナブロンドが、間近で頬を擽る。見渡す限りの銀河が、一面の銀世界へ移り変わった瞬間。

「……オレ、は、かあさん、に……」

「うん」

「かあさんに……いわなきゃ、いけないことが……っ」

「大丈夫……大丈夫」

「オレはっ……!」

「君の思うように、セリちゃんとお話してごらん? きっと大丈夫だから、ね」

 反則だ、と思った。
 今まで散々吐いてきた悪態も反感も、根こそぎ吹っ飛んでしまう。
 とんとん、と背を叩かれたら、もうどうにもならなくて。
 呼吸もままならず、しがみついた肩に嗚咽を押しつける。
 とめどなくあふれる涙を拭う指先は、やっぱりひやりとしていて。

「負けるな、ジュリ」

 彼のぬくもりは全部『心』に行ったんだと、やっとわかったよ。
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