涙の後に

harapeco_106

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恋の始まり、苦しみの終わり

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あの日、君にメールを送らなかったらこれほど苦しい思いをすることはなかったのかもしれない。だけど、あの日君にメールを送らなかったらあれほどの幸せを感じることはなかっただろう。


なんか気になる。斜め前に座ってる、あの人。始まりはそんな程度だった。

満開の桜並木の下を、新品の靴で通る気持ちは小学1年生のそれとさして変わらないのかもしれない。高校3年間を半ば捨てて、すべてを勉強に費やしてきた私がついに勉強から解放されたのだ。念願だったこの大学に入学できたのは奇跡のようなことであり、しかしまぎれもない事実であった。専攻ごとに指定された座席のところに行く。何人かはもう座っていて、楽しそうに話していた。じぶんのなまえがかいたかみがはってある一番端の後ろの席に荷物を置いた。とりあえず七海の姿を探す。七海は戦友だった。定員3人の同じ専攻を目指して、ともに勉強してきた仲間だ。いいのか悪いのか、2人ともその専攻の合格点には届かず、学校こそ同じであるものの違う専攻になってしまったのだが。
「明香!」
遠くから手を振る七海の姿が見えた。
「これからもよろしく」
そう言い合って、思い出話に花を咲かせていると、席に着くようにとアナウンスが入った。
「とりあえず、終わったらご飯行こうね!」
七海がとびきりの笑顔でいう。
「わかった、終わったら連絡するね」
そう言って七海と別れた私は自分の席へと戻った。新しい大学生活に目を輝かせた新入生の活気あふれる空気とともに始まった入学式。黒島那月と名前の書いてある斜め前の席だけ空席のまま。

入学式は終わりに近づいていた。これほど退屈だとは思わなかったが、小中高だって同じようなものだったことを思い出す。プログラムで最後から2番目の校歌斉唱が始まった頃、黒島那月はやってきた。決まり悪そうな顔をして、椅子と新入生との間をすり抜ける。自分の席について少しほっとしたような顔をして、左右の人にぺこりとお辞儀をした。黒島那月は小柄で見るからにサッカーが得意そうな雰囲気をしている、男の子だった。

「なががったね、入学式。こういうのいらないから早く彼氏ほしいな」
七海の口癖だ。最近はもう「彼氏ほしい」しか言わない。
「七海なんてかわいいんだからすぐできるでしょ」
お世辞じゃなくて、七海は本当にかわいい。彼女とは高校からの付き合いだが、告白された人は高校だけでも数知れず…。七海と少しでも話した男子は落ちるなんて噂があったくらい。すらっとしたモデル体型に小さくて整った顔、よく笑ってでも媚びてない彼女は女子からも憧れられる存在なのだ。
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