異世界の弟とごはんを。

高槻桂

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第一部

06.トースト

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 朝目が覚めて、ぼんやりと天井を見上げる。
 航の夢を見たが正夢なのだろうか。とりあえず今日はATMに寄ろう。
 生活費だと言っていたから百万くらい入っているだろうか。いや流石にそんなに無いか。

 まあいい。スマートフォンを手にとってアラームが鳴る五分前だと気づく。
 アラームを切って体を起こす。うーんと伸びをしてカーテンを開けた。
 あー今日もいい天気だ。勝臣はそう思いながらベッドを降りた。
 寝室を出るとリビングのソファベッドの上でセレスティノがぐーすがと寝ていた。

 あーあ、リラックスしちまって。そう思いながら勝臣はくすぐったい気持ちになった。
 それだけセレスティノがこころを許してくれている証のようでなんだかくすぐったい。
 まあそれを言うなら自分も爆睡してたんだけどな、と思う。いやいやあれは航の夢を見ていたからだなんて言い訳をして。

「……」

 そっとベッドサイドに腰掛けて、その寝顔を見下ろす。さらさらの黒髪が一筋唇に引っかかっている。
 くくっと笑って指先でそれを払ってやるともにゃもにゃとなにか言いながら目蓋が震えた。

「おはよう、ディーノ」
「あー……おはよう、兄さん」

 一瞬その視線が戸惑ったがすぐに昨日のことを思い出したのだろう、ふにゃっと笑った。
 ここで誰?と言われたら傷つく自信が勝臣にはあった。ただ、なぜそんなことで傷つくのかは分からなかった。
 深くは考えず勝臣は立ち上がると朝飯はパンでいいか、と聞いた。

「うん、いいよ」
「んじゃ、まずは歯ァ磨いてくっか」
「うーい」

 狭い洗面所でふたり並んで歯を磨いて顔を洗う。別にふたり同時じゃなくていいのになんだかそうするのが楽しかった。勝臣には兄弟がいないからだろうか。こういう些細なふれあいが楽しい。
 着替えは後回しにしてキッチンに立つ。
 四つ切の食パンを二枚トースターに放り込んで電気ケトルで湯を沸かす。
 ふたつしかないカフェオレボウルを取り出してそこにコーンスープの素を入れる。

「それはなに?」
「コーンスープの素だよ。これに湯を注ぐとコーンスープができるんだ」
「お湯入れるだけで?」
「そう」
「すごくない?」

 勝臣はふはっと笑うとすごいよな、とまた笑った。
 セレスティノといると、当たり前のことだと思っていたことが本当は凄いことなんだと思い出させてくれる。
 パンが焼けるより早く湯が湧いてそれをカフェオレボウルに注いだ。

「くるくるってかき混ぜる」

 スプーンを渡すとセレスティノが言われた通りくるくるっとかき混ぜる。
 とたんにとろみが出てきて完成したコーンスープにセレスティノは感動していた。

「すごい!」
「はは!じゃあテーブルに持って行ってくれ」
「あいさ!」

 セレスティノがカフェオレボウルをふたつ持っていくと同時にトースターが鳴った。
 皿に焼き上がったトーストを乗せて冷蔵庫からマーガリンとジャムを取り出す。

「ディーノ、これも持ってって」
「あい」

 トーストの皿を渡してバターナイフとスプーンを取り出すとローテーブルに向かった。

「うちにバターなんて高級なもんはないからマーガリンで我慢してくれ。ジャムはイチゴとマーマレード」
「ん」

 そしていただきますと手を合わせてそれぞれトーストを手に取る。
 勝臣はマーガリンを塗ってからイチゴジャムを塗ってかぶりついた。セレスティノはマーマレードを塗ってかぶりつく。
 さくくっとした表面にマーガリンが染み込んで歯を入れるとじゅわっとあふれる。マーガリンの塩気とイチゴジャムの甘さが絶妙にマッチして勝臣を幸せな気分にさせた。ただ焼いて塗っただけなのに。くそう、なんだか悔しい。

「うまーい」

 ほにゃーと顔を綻ばせるセレスティノにふっと笑いがこみ上げる。

「ディーノはなんのジャムが好きなんだ?」
「えー、母上がよく作ってくれたリンゴシナモン」
「へえ。リンゴシナモンなら売ってるから買ってみるか。お前の母さんのより美味しくないかもだけど」
「うん、こっちの世界のも食べてみたいな」

 そんなことを話しながら簡単な朝食を済ませてふたりで洗い物をして。

「ねえ、服ってどれ着れば良いの?」

 そんなことを聞いてくるセレスティノに昨日買ったシャツとジーンズを合わせてやって。

「さ、暑くならないうちに出かけるぞ」

 ふたりはとりあえずマンションの前のコンビニに行った。夢の真偽を確かめるためにATMを操作する。

「は?!」

 残高を見て固まった。昨日より一千万円増えている。
 やりすぎだろ、と思ったがしかしセレスティノがいつ頃働けるようになるか分からないことを思えばこれは有り難く頂いておくべきだろう。勝臣は割り切ることにした。
 コンビニを出てうわあと思いながら駅に向かう。

 最寄駅に隣接している携帯電話ショップへと向かった。
 勝臣の名義でもう一台スマートフォンを契約してとりあえずセレスティノに持たせる。セレスティノは物珍しげにしながらショルダーバッグにそれをしまった。
 手続きで時間を食ってしまい、気づけば昼だ。

 コンコースに隣接している食べ物横丁で冷たいうどんを食べた。
 わさびが初体験だったセレスティノは勝臣の忠告に従って少しずつつゆに溶いて食べていた。気に入ったようで良かった。
 帰る足でスーパーに寄って、セレスティノに買い物の方法を改めて教える。
 物の場所、値段、どれくらい必要か。そしてレジの通り方。ついでに新しいマイバッグを買ってそれをセレスティノ専用にした。

 自分専用のものが嬉しかったのかセレスティノは上機嫌でマンションへの道を歩いていた。その足取りに迷いはない。よし、道順覚えたな、と思いながら勝臣は観察する。
 マンションに着いてセレスティノに鍵を使わせる。手間取ることなく開けられた。
 ついでにポストも開けさせてみる。これも暗証番号をちゃんと覚えていた。

 ディーノってぽやぽやしてるけど覚えは良いんだよな。そう思いながら部屋に辿り着いた。
 きっちりセレスティノが鍵をかけるのを見守ってから勝臣は靴を脱いだ。

「よーし、ちゃんと覚えてるな」

 良い子だ、とセレスティノのさらさらの髪を撫でると彼は嬉しそうに目を細めて笑った。
 そこではっとして手を離す。

「あ、触られるの嫌だったら言えよ?」

 すると彼はきょとんとして嫌じゃないよと言った。

「むしろ嬉しい。家族って感じする」

 その言葉にほっとして勝臣はそうかと笑った。
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