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帝国からの移住者が増えたことでアルリヒト王国の街の各所にワープゲートを設けたのだが、そこに関所を置くことにした。まあ税関である。
こちらの街ではスパイスや茶葉は普通に手に入るので、商人でもないのにそれを大量に帝国に持ち出して稼がれても困るのである。
そのために一定量の持ち出しは禁止したしその一定量に関してもある程度の金銭を払わねば持ち出せないことにした。
商人や職人も大勢移住してきてくれた。そのために帝国でしか手に入らないというものはアルリヒトにはほぼなく、ほとんどの移住者がアルリヒトに移住してからはアルリヒトから出なくなった。帝国への逆流がないのだ。
それもそうだろう、帝国と比べてアルリヒトは税も安く地価や物価も安いので住みやすい。
一度ここで暮らしてしまうともう帝国には戻れないのだ。
そのため話を聞いた帝国民が我も我もと移住を希望したが、移住者を募り始めて三ヶ月も経つころには抽選となっていた。
アルリヒトの国王は領土拡大より小さな国を幸せにしたい、という信念を持っていたためにさらに二ヶ月も過ぎるころには移住者の受け入れを打ち切ったのだ。
アルリヒト王国民になれた者たちは己の幸運を噛み締めたのだった。
その日、敬介は城の中にある菜園で野菜の出来具合を見ていた。
トマトはツヤツヤだし葉物はパリッとしているしスイカは大きくてぱんぱんだ。
季節は冬だったがこの菜園は目に見えないビニールハウスのようなものが張ってあって季節関係なくさまざまな野菜が採れる。
ミニトマトをひとつちぎってそのまま口の中に放り込む。それを咎める者はここにはいない。
ぷちっと弾けた途端に広がる甘味と酸味。うん、美味しい。
「どうですか?」
ここの管理人がにこにこと尋ねてくる。敬介はごくりと飲み込むとにこっと笑って見せた。
「凄く美味しいよ。また甘味が増したんじゃないかな」
「そうなんです。だからぜひケイスケ様に食べていただきたくて」
「君の管理が良いおかげだね」
「ありがたきお言葉」
ここは敬介の実験室のようなものだった。いろんな野菜の品種改良を試みている。
そんなもの指をひとつ鳴らせば終わることなのだが、敬介はこうして地道にやることこそ意味があると思っている。
地道にやることで使用人たちの仕事も生まれる。敬介が全てを解決してしまっては彼らが活きる場所がなくなってしまう。
ここにいる使用人たちは敬介の都合で生み出された者たちばかりだ。敬介の都合で生んでおいて彼らから仕事を奪うなんてもっての外だ。
「君たちがいてくれるから私は毎日美味しいものが食べられる。これからも頑張ってね」
管理人はありがとうございます、と目元を潤ませて頭を下げた。
菜園を出るとアルべニーニョがこちらにやってくるところだった。
「ちょうどよかった。視察の時間なので迎えにきました」
「え、もうそんな時間だった?ごめん」
「いえ、大丈夫ですよ。あなたは菜園に行くと時間を忘れるので私がきちんと管理してますから」
誇らしげに言うアルべニーニョに敬介はふふっと笑う。
「感謝してます」
「どういたしまして」
笑い合って、手を取り合ってふたりは城の外へと向かう。
「国王陛下!宰相閣下!」
街へ出ると途端にひとびとに囲まれる。敬介は丁寧に握手を交わし、言葉を交わして少しずつ歩いていく。
子供が産まれたんです、という女性がいれば立ち止まって赤子を抱いてやり、ささやかな祝福を与える。祝福、と言ってもこどもが夜泣きをしなくなるとかその程度だ。それでも母親はありがとうございますと何度も頭を下げて敬介たちを見送る。
大きな不便はないかと聞いて周り、川が増水していると聞けば赴いて水量を調整して対処したりもした。
そんな中で敬介は病院にだけは足を運ばなかった。
初めの頃は足を運んでいたのだがその度に魔法で病を治してくれ怪我を治してくれと懇願されて対処しきれなくなったからだ。泣いて縋られてそれを振り払わなければならない。それが辛かった。
それでも敬介は魔法で治したりはしなかった。キリがなかったしひとり治してしまえば全員治さねばならなくなってくる。人間とはそういうものだと敬介は知っていた。
今の医療で治らないのならば死を受け入れる。それもひとつの在り方だと敬介は思っている。
自分たちは不老不死だからそんなことが言えるのだと言われてしまえばそれまでだがそれでもむやみやたらに魔法で治して回るようなことはしたくなかった。
今日の視察区域を回り終えるころには夕方になっていた。
ふたりが城に戻るとサロンに四大臣が集まって紅茶を飲んでいた。
「お疲れさーん」
サルベルーニャがひらひらと手を振る。他の三人もそれぞれお疲れ様ですと声をかけてくれた。
アルべニーニョがふたり分の紅茶を追加でメイドに頼むと敬介をカウチに座らせて自分もその隣に腰掛けた。
紅茶を出されてそれをひとくち飲んで一息つくとアルべニーニョが今日もお疲れ様でした、と労ってくれた。
「明日は西地区だったっけ」
「ええ、西第一地区です」
「そろそろもう少しいい名前にしたいねえ。寂しいよね、東地区だとか西地区だとか」
「そうやって仕事を増やすんはどうかと思うで」
「センス問われますよねえ」
サルベルーニャとガウマノリッテが顔を見合わせて肩をすくめる。
「うーん、公募とかはどうだろう。街の人自身にどんな名前がいいか募ってそこから選ぶとか」
「それいいかもしれませんね」
クシャメラックが目をぱちぱちと瞬かせた。ウスラキノフも頷いている。
「各地区で募集をかけてそれで決める。それいいですね」
「でしょう?じゃあそのように手配しないとね」
「私が請け負いましょう」
クシャメラックの言葉にじゃあお願いねと敬介は任せる。
「ああ疲れた。夕ご飯なにかな」
「今夜は鴨肉のローストがメインだと聞いていますよ」
ガウマノリッテの言葉にわあ、と敬介がニコニコ笑顔になる。
「私、鴨肉好きなんだあ」
無邪気な笑顔に五人はこのひとは本当に穢れを知らない人だと思う。
もちろん、自分たちより長く生きている分世の中の見たくないものも見てきただろう。
それでもこんなにも無邪気でいられる。それこそが創世神たる証なのだ。
一生命尽きるまで、この人を守っていこう。支えていこう。
アルべニーニョがそっと敬介の手を握る。
「愛しています」
「へっ?!急にどうしたの?!」
顔を赤くしてあわあわする敬介をアルべニーニョは抱きしめる。
「愛しています、永遠に」
いつになく真摯な声音に敬介は大人しくなるとおどおどとその体を抱き返した。
「私も愛しているよ、アリー」
サルベルーニャがぴゅうっと指笛を鳴らして囃し立てた。アルベニーニョの腕の中で敬介が照れて笑う。
これから永遠に続いていくとある日の幸せな一幕だった。
こちらの街ではスパイスや茶葉は普通に手に入るので、商人でもないのにそれを大量に帝国に持ち出して稼がれても困るのである。
そのために一定量の持ち出しは禁止したしその一定量に関してもある程度の金銭を払わねば持ち出せないことにした。
商人や職人も大勢移住してきてくれた。そのために帝国でしか手に入らないというものはアルリヒトにはほぼなく、ほとんどの移住者がアルリヒトに移住してからはアルリヒトから出なくなった。帝国への逆流がないのだ。
それもそうだろう、帝国と比べてアルリヒトは税も安く地価や物価も安いので住みやすい。
一度ここで暮らしてしまうともう帝国には戻れないのだ。
そのため話を聞いた帝国民が我も我もと移住を希望したが、移住者を募り始めて三ヶ月も経つころには抽選となっていた。
アルリヒトの国王は領土拡大より小さな国を幸せにしたい、という信念を持っていたためにさらに二ヶ月も過ぎるころには移住者の受け入れを打ち切ったのだ。
アルリヒト王国民になれた者たちは己の幸運を噛み締めたのだった。
その日、敬介は城の中にある菜園で野菜の出来具合を見ていた。
トマトはツヤツヤだし葉物はパリッとしているしスイカは大きくてぱんぱんだ。
季節は冬だったがこの菜園は目に見えないビニールハウスのようなものが張ってあって季節関係なくさまざまな野菜が採れる。
ミニトマトをひとつちぎってそのまま口の中に放り込む。それを咎める者はここにはいない。
ぷちっと弾けた途端に広がる甘味と酸味。うん、美味しい。
「どうですか?」
ここの管理人がにこにこと尋ねてくる。敬介はごくりと飲み込むとにこっと笑って見せた。
「凄く美味しいよ。また甘味が増したんじゃないかな」
「そうなんです。だからぜひケイスケ様に食べていただきたくて」
「君の管理が良いおかげだね」
「ありがたきお言葉」
ここは敬介の実験室のようなものだった。いろんな野菜の品種改良を試みている。
そんなもの指をひとつ鳴らせば終わることなのだが、敬介はこうして地道にやることこそ意味があると思っている。
地道にやることで使用人たちの仕事も生まれる。敬介が全てを解決してしまっては彼らが活きる場所がなくなってしまう。
ここにいる使用人たちは敬介の都合で生み出された者たちばかりだ。敬介の都合で生んでおいて彼らから仕事を奪うなんてもっての外だ。
「君たちがいてくれるから私は毎日美味しいものが食べられる。これからも頑張ってね」
管理人はありがとうございます、と目元を潤ませて頭を下げた。
菜園を出るとアルべニーニョがこちらにやってくるところだった。
「ちょうどよかった。視察の時間なので迎えにきました」
「え、もうそんな時間だった?ごめん」
「いえ、大丈夫ですよ。あなたは菜園に行くと時間を忘れるので私がきちんと管理してますから」
誇らしげに言うアルべニーニョに敬介はふふっと笑う。
「感謝してます」
「どういたしまして」
笑い合って、手を取り合ってふたりは城の外へと向かう。
「国王陛下!宰相閣下!」
街へ出ると途端にひとびとに囲まれる。敬介は丁寧に握手を交わし、言葉を交わして少しずつ歩いていく。
子供が産まれたんです、という女性がいれば立ち止まって赤子を抱いてやり、ささやかな祝福を与える。祝福、と言ってもこどもが夜泣きをしなくなるとかその程度だ。それでも母親はありがとうございますと何度も頭を下げて敬介たちを見送る。
大きな不便はないかと聞いて周り、川が増水していると聞けば赴いて水量を調整して対処したりもした。
そんな中で敬介は病院にだけは足を運ばなかった。
初めの頃は足を運んでいたのだがその度に魔法で病を治してくれ怪我を治してくれと懇願されて対処しきれなくなったからだ。泣いて縋られてそれを振り払わなければならない。それが辛かった。
それでも敬介は魔法で治したりはしなかった。キリがなかったしひとり治してしまえば全員治さねばならなくなってくる。人間とはそういうものだと敬介は知っていた。
今の医療で治らないのならば死を受け入れる。それもひとつの在り方だと敬介は思っている。
自分たちは不老不死だからそんなことが言えるのだと言われてしまえばそれまでだがそれでもむやみやたらに魔法で治して回るようなことはしたくなかった。
今日の視察区域を回り終えるころには夕方になっていた。
ふたりが城に戻るとサロンに四大臣が集まって紅茶を飲んでいた。
「お疲れさーん」
サルベルーニャがひらひらと手を振る。他の三人もそれぞれお疲れ様ですと声をかけてくれた。
アルべニーニョがふたり分の紅茶を追加でメイドに頼むと敬介をカウチに座らせて自分もその隣に腰掛けた。
紅茶を出されてそれをひとくち飲んで一息つくとアルべニーニョが今日もお疲れ様でした、と労ってくれた。
「明日は西地区だったっけ」
「ええ、西第一地区です」
「そろそろもう少しいい名前にしたいねえ。寂しいよね、東地区だとか西地区だとか」
「そうやって仕事を増やすんはどうかと思うで」
「センス問われますよねえ」
サルベルーニャとガウマノリッテが顔を見合わせて肩をすくめる。
「うーん、公募とかはどうだろう。街の人自身にどんな名前がいいか募ってそこから選ぶとか」
「それいいかもしれませんね」
クシャメラックが目をぱちぱちと瞬かせた。ウスラキノフも頷いている。
「各地区で募集をかけてそれで決める。それいいですね」
「でしょう?じゃあそのように手配しないとね」
「私が請け負いましょう」
クシャメラックの言葉にじゃあお願いねと敬介は任せる。
「ああ疲れた。夕ご飯なにかな」
「今夜は鴨肉のローストがメインだと聞いていますよ」
ガウマノリッテの言葉にわあ、と敬介がニコニコ笑顔になる。
「私、鴨肉好きなんだあ」
無邪気な笑顔に五人はこのひとは本当に穢れを知らない人だと思う。
もちろん、自分たちより長く生きている分世の中の見たくないものも見てきただろう。
それでもこんなにも無邪気でいられる。それこそが創世神たる証なのだ。
一生命尽きるまで、この人を守っていこう。支えていこう。
アルべニーニョがそっと敬介の手を握る。
「愛しています」
「へっ?!急にどうしたの?!」
顔を赤くしてあわあわする敬介をアルべニーニョは抱きしめる。
「愛しています、永遠に」
いつになく真摯な声音に敬介は大人しくなるとおどおどとその体を抱き返した。
「私も愛しているよ、アリー」
サルベルーニャがぴゅうっと指笛を鳴らして囃し立てた。アルベニーニョの腕の中で敬介が照れて笑う。
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