三十歳童貞で魔法使いになれるなら五十歳童貞は魔王になれる~実は創世神だそうです~

高槻桂

文字の大きさ
20 / 20

20

しおりを挟む
 帝国からの移住者が増えたことでアルリヒト王国の街の各所にワープゲートを設けたのだが、そこに関所を置くことにした。まあ税関である。
 こちらの街ではスパイスや茶葉は普通に手に入るので、商人でもないのにそれを大量に帝国に持ち出して稼がれても困るのである。

 そのために一定量の持ち出しは禁止したしその一定量に関してもある程度の金銭を払わねば持ち出せないことにした。
 商人や職人も大勢移住してきてくれた。そのために帝国でしか手に入らないというものはアルリヒトにはほぼなく、ほとんどの移住者がアルリヒトに移住してからはアルリヒトから出なくなった。帝国への逆流がないのだ。

 それもそうだろう、帝国と比べてアルリヒトは税も安く地価や物価も安いので住みやすい。
 一度ここで暮らしてしまうともう帝国には戻れないのだ。
 そのため話を聞いた帝国民が我も我もと移住を希望したが、移住者を募り始めて三ヶ月も経つころには抽選となっていた。

 アルリヒトの国王は領土拡大より小さな国を幸せにしたい、という信念を持っていたためにさらに二ヶ月も過ぎるころには移住者の受け入れを打ち切ったのだ。
 アルリヒト王国民になれた者たちは己の幸運を噛み締めたのだった。


 その日、敬介は城の中にある菜園で野菜の出来具合を見ていた。
 トマトはツヤツヤだし葉物はパリッとしているしスイカは大きくてぱんぱんだ。
 季節は冬だったがこの菜園は目に見えないビニールハウスのようなものが張ってあって季節関係なくさまざまな野菜が採れる。

 ミニトマトをひとつちぎってそのまま口の中に放り込む。それを咎める者はここにはいない。
 ぷちっと弾けた途端に広がる甘味と酸味。うん、美味しい。

「どうですか?」

 ここの管理人がにこにこと尋ねてくる。敬介はごくりと飲み込むとにこっと笑って見せた。

「凄く美味しいよ。また甘味が増したんじゃないかな」
「そうなんです。だからぜひケイスケ様に食べていただきたくて」
「君の管理が良いおかげだね」
「ありがたきお言葉」

 ここは敬介の実験室のようなものだった。いろんな野菜の品種改良を試みている。
 そんなもの指をひとつ鳴らせば終わることなのだが、敬介はこうして地道にやることこそ意味があると思っている。
 地道にやることで使用人たちの仕事も生まれる。敬介が全てを解決してしまっては彼らが活きる場所がなくなってしまう。

 ここにいる使用人たちは敬介の都合で生み出された者たちばかりだ。敬介の都合で生んでおいて彼らから仕事を奪うなんてもっての外だ。

「君たちがいてくれるから私は毎日美味しいものが食べられる。これからも頑張ってね」

 管理人はありがとうございます、と目元を潤ませて頭を下げた。
 菜園を出るとアルべニーニョがこちらにやってくるところだった。

「ちょうどよかった。視察の時間なので迎えにきました」
「え、もうそんな時間だった?ごめん」
「いえ、大丈夫ですよ。あなたは菜園に行くと時間を忘れるので私がきちんと管理してますから」

 誇らしげに言うアルべニーニョに敬介はふふっと笑う。

「感謝してます」
「どういたしまして」

 笑い合って、手を取り合ってふたりは城の外へと向かう。

「国王陛下!宰相閣下!」

 街へ出ると途端にひとびとに囲まれる。敬介は丁寧に握手を交わし、言葉を交わして少しずつ歩いていく。
 子供が産まれたんです、という女性がいれば立ち止まって赤子を抱いてやり、ささやかな祝福を与える。祝福、と言ってもこどもが夜泣きをしなくなるとかその程度だ。それでも母親はありがとうございますと何度も頭を下げて敬介たちを見送る。

 大きな不便はないかと聞いて周り、川が増水していると聞けば赴いて水量を調整して対処したりもした。
 そんな中で敬介は病院にだけは足を運ばなかった。
 初めの頃は足を運んでいたのだがその度に魔法で病を治してくれ怪我を治してくれと懇願されて対処しきれなくなったからだ。泣いて縋られてそれを振り払わなければならない。それが辛かった。
 それでも敬介は魔法で治したりはしなかった。キリがなかったしひとり治してしまえば全員治さねばならなくなってくる。人間とはそういうものだと敬介は知っていた。

 今の医療で治らないのならば死を受け入れる。それもひとつの在り方だと敬介は思っている。
 自分たちは不老不死だからそんなことが言えるのだと言われてしまえばそれまでだがそれでもむやみやたらに魔法で治して回るようなことはしたくなかった。
 今日の視察区域を回り終えるころには夕方になっていた。

 ふたりが城に戻るとサロンに四大臣が集まって紅茶を飲んでいた。

「お疲れさーん」

 サルベルーニャがひらひらと手を振る。他の三人もそれぞれお疲れ様ですと声をかけてくれた。
 アルべニーニョがふたり分の紅茶を追加でメイドに頼むと敬介をカウチに座らせて自分もその隣に腰掛けた。
 紅茶を出されてそれをひとくち飲んで一息つくとアルべニーニョが今日もお疲れ様でした、と労ってくれた。

「明日は西地区だったっけ」
「ええ、西第一地区です」
「そろそろもう少しいい名前にしたいねえ。寂しいよね、東地区だとか西地区だとか」
「そうやって仕事を増やすんはどうかと思うで」
「センス問われますよねえ」

 サルベルーニャとガウマノリッテが顔を見合わせて肩をすくめる。

「うーん、公募とかはどうだろう。街の人自身にどんな名前がいいか募ってそこから選ぶとか」
「それいいかもしれませんね」

 クシャメラックが目をぱちぱちと瞬かせた。ウスラキノフも頷いている。

「各地区で募集をかけてそれで決める。それいいですね」
「でしょう?じゃあそのように手配しないとね」
「私が請け負いましょう」

 クシャメラックの言葉にじゃあお願いねと敬介は任せる。

「ああ疲れた。夕ご飯なにかな」
「今夜は鴨肉のローストがメインだと聞いていますよ」

 ガウマノリッテの言葉にわあ、と敬介がニコニコ笑顔になる。

「私、鴨肉好きなんだあ」

 無邪気な笑顔に五人はこのひとは本当に穢れを知らない人だと思う。
 もちろん、自分たちより長く生きている分世の中の見たくないものも見てきただろう。
 それでもこんなにも無邪気でいられる。それこそが創世神たる証なのだ。
 一生命尽きるまで、この人を守っていこう。支えていこう。
 アルべニーニョがそっと敬介の手を握る。

「愛しています」
「へっ?!急にどうしたの?!」

 顔を赤くしてあわあわする敬介をアルべニーニョは抱きしめる。

「愛しています、永遠に」

 いつになく真摯な声音に敬介は大人しくなるとおどおどとその体を抱き返した。

「私も愛しているよ、アリー」

 サルベルーニャがぴゅうっと指笛を鳴らして囃し立てた。アルベニーニョの腕の中で敬介が照れて笑う。
 これから永遠に続いていくとある日の幸せな一幕だった。
しおりを挟む
感想 1

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

瀬川セガ
2023.06.28 瀬川セガ

めっちゃ面白いです!

2023.06.29 高槻桂

ありがとうございます!

解除

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式の話

八億児
BL
架空の国と儀式の、真面目騎士×どスケベビッチ王。 古代アイルランドには臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式があったそうで、それはよいものだと思いましたので古代アイルランドとは特に関係なく王の乳首を吸ってもらいました。

一人の騎士に群がる飢えた(性的)エルフ達

ミクリ21
BL
エルフ達が一人の騎士に群がってえちえちする話。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

何故よりにもよって恋愛ゲームの親友ルートに突入するのか

BL
平凡な学生だったはずの俺が転生したのは、恋愛ゲーム世界の“王子”という役割。 ……けれど、攻略対象の女の子たちは次々に幸せを見つけて旅立ち、 気づけば残されたのは――幼馴染みであり、忠誠を誓った騎士アレスだけだった。 「僕は、あなたを守ると決めたのです」 いつも優しく、忠実で、完璧すぎるその親友。 けれど次第に、その視線が“友人”のそれではないことに気づき始め――? 身分差? 常識? そんなものは、もうどうでもいい。 “王子”である俺は、彼に恋をした。 だからこそ、全部受け止める。たとえ、世界がどう言おうとも。 これは転生者としての使命を終え、“ただの一人の少年”として生きると決めた王子と、 彼だけを見つめ続けた騎士の、 世界でいちばん優しくて、少しだけ不器用な、じれじれ純愛ファンタジー。

転生したらスパダリに囲われていました……え、違う?

米山のら
BL
王子悠里。苗字のせいで“王子さま”と呼ばれ、距離を置かれてきた、ぼっち新社会人。 ストーカーに追われ、車に轢かれ――気づけば豪奢なベッドで目を覚ましていた。 隣にいたのは、氷の騎士団長であり第二王子でもある、美しきスパダリ。 「愛してるよ、私のユリタン」 そう言って差し出されたのは、彼色の婚約指輪。 “最難関ルート”と恐れられる、甘さと狂気の狭間に立つ騎士団長。 成功すれば溺愛一直線、けれど一歩誤れば廃人コース。 怖いほどの執着と、甘すぎる愛の狭間で――悠里の新しい人生は、いったいどこへ向かうのか? ……え、違う?

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。