春日遅々

阿波野治

文字の大きさ
12 / 14

別れ

しおりを挟む
「えっ、僕も一緒に七階まで上がるの?」

 マンションに到着し、部屋に向かおうという時になって、高田が急に慌て始めた。

「うん。そのつもりでたくさん買い物をしたから、持ってくれないとちょっと困るかな。勿論、無理にとは言わないけど」
「……そうだよね。荷物持ちなんだから、部屋の前まで運ばないと意味ないよね」

 再び千代子を適当な場所に繋ぎ、二人はエミルを先頭にエントランスに入っていった。

 エレベーターの中で二人は無言だった。高田は唇を固く結び、強張った顔で操作パネルを凝視している。

(高田くんってば、そんなに緊張しなくてもいいのに。大げさなんだから)

 そう思うエミル自身も、その実、高田に対して話しかけづらさを感じていて、沈黙を破れずにいるのだった。

 一言も会話が交わされないまま、エレベーターは七階に到着した。エミルの部屋は降りてすぐのところにある。ドアの前で荷物が受け渡され、別れの時が来た。

「今日はどうもありがとう。……よかったら、上がってお茶でも飲んでいきます?」
「えっ? そんな、とんでもない!」

 高田は弾かれたように上体をのけ反らせ、愛犬の尻尾に負けない勢いで右手を左右に振った。

「僕は千代子がしたことの責任を取っただけだ。そのお礼をされたら、また森園さんになにかしなくちゃいけなくなるよ。それに、千代子をこれ以上待たせられないし」

(ちょっと高田くん、エミルと千代子ちゃん、どっちが大事なの?)

 そんな文句が頭に浮かび、思わず笑い声をこぼしてしまう。しかし訝しげな高田の視線に気がつき、すぐさま表情を引き締めた。

「そうだね。ここはペット禁止だから、千代子ちゃんを部屋まで連れてくるわけにいかないもんね。……ゴメンね。最後まで無理言って」
「いや、全然気にしてないから。じゃあ、僕はそろそろ」
「あ、あの!」

 去ろうとした高田を呼び止める。

「あの公園まで散歩に行ってるってことは、高田くんのお家、ここから近いんだよね? 近いんだったら、また会う機会があるかもしれないね」
「そうだね。その時はまた千代子と遊んでやってくれれば、あいつも喜ぶと思う」
「うん、きっとそうする。……さようなら」

 高田がエレベーターに乗り込む。ドアが閉まってその姿が隠れる。箱が降下を開始した直後、ふと思った。

(千代子ちゃんのために、スーパーでなにか買ってあげればよかったかな)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

レオナルド先生創世記

ポルネス・フリューゲル
ファンタジー
ビッグバーンを皮切りに宇宙が誕生し、やがて展開された宇宙の背景をユーモアたっぷりにとてもこっけいなジャック・レオナルド氏のサプライズの幕開け、幕開け!

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

せんせいとおばさん

悠生ゆう
恋愛
創作百合 樹梨は小学校の教師をしている。今年になりはじめてクラス担任を持つことになった。毎日張り詰めている中、クラスの児童の流里が怪我をした。母親に連絡をしたところ、引き取りに現れたのは流里の叔母のすみ枝だった。樹梨は、飄々としたすみ枝に惹かれていく。 ※学校の先生のお仕事の実情は知りませんので、間違っている部分がっあたらすみません。

『 ゆりかご 』 

設楽理沙
ライト文芸
  - - - - - 非公開予定でしたがもうしばらく公開します。- - - - ◉2025.7.2~……本文を少し見直ししています。 " 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始 の加筆修正有版になります。 2022.7.30 再掲載          ・・・・・・・・・・・  夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・  その後で私に残されたものは・・。 ―――― 「静かな夜のあとに」― 大人の再生を描く愛の物語 『静寂の夜を越えて、彼女はもう一度、愛を信じた――』 過去の痛み(不倫・別離)を“夜”として象徴し、 そのあとに芽吹く新しい愛を暗示。 [大人の再生と静かな愛] “嵐のような過去を静かに受け入れて、その先にある光を見つめる”  読後に“しっとりとした再生”を感じていただければ――――。 ――――            ・・・・・・・・・・ 芹 あさみ  36歳  専業主婦    娘:  ゆみ  中学2年生 13才 芹 裕輔   39歳  会社経営   息子: 拓哉   小学2年生  8才  早乙女京平  28歳  会社員  (家庭の事情があり、ホストクラブでアルバイト) 浅野エリカ   35歳  看護師 浅野マイケル  40歳  会社員 ❧イラストはAI生成画像自作  

処理中です...