少女と虎といつか終わる嘘

阿波野治

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南那を誘う

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 食べ終わったあとは、畳んだ敷き布団を枕にして寝ころび、考えごとをするのと、南那の仕事を観察するのとを同時並行する。
 何度見ても南那の指づかいは実に巧みだ。流れるような十指の動きがあまりにも美しく、思わず見とれてしまい、懸案解決のための思案は二の次になる。

 じっくりと観察してみて分かったのは、南那の手指が演出するのは機械の美しさだということだ。算出済みの最善の動きを正確無比になぞる端麗さ。それを愚直なまでに反復されることで奏でられる音楽の流麗さ。一見単調にも感じられるが、「代り映えのない、面白味のない光景だ」という一瞬の思いさえやり過ごせば、一連の動きに見る見る魅了される。長時間眺めつづけるうちに、魔が差すように倦怠が過ぎることもないではないが、基本的にはリラックスした気持ちでいつまでも眺めていられる。

 しかしやがて、不意に引っかかりを覚えた。
 南那は一生、こんなふうに黙々と竹細工を作りながら生きていくのだろうか?
 若者が少ない、娯楽はないに等しい村で。両親が不在の、古びた家で。虎と取引をして実の父親を殺した、などという不名誉な噂のせいで、住人たちからうとましがられながら。

 真一はいささか唐突ながら、「南那と虎が取引を交わした」という噂の真偽が不明であることに気がついた。
 気になってはいたのだ。ただ、尋ねづらかったことと、虎にまつわる諸問題に悩まされていたこと。この二つに邪魔をされて、確認をとるのをつい後回しにしていた。
 南那の父親は虎に殺されたのだから、この問題も虎の問題の範疇だ。
 それについての真相を知ることで、行き詰っている現状に風穴を開けられないだろうか?

「南那ちゃん」

 おもむろに上体を起こし、片手で寝癖を整えながら呼びかける。南那は作業中に呼ばれたときはいつもそうするように、手を動かしながら真一に注目したが、顔を一目見たとたんに全ての手指が停止した。

「ああ、緊張しないで。今からちょっと、南那ちゃんといっしょに散歩に行きたいなって思ってるんだけど」
「どうしてですか」
「気分転換したほうがいいんじゃないかな、と思って。朝から気温が高くて、散歩日和とは口が裂けても言えないけど、汗をかくのも気分転換のうちっていうか」
「わたし個人としては、その必要性は感じませんが」
「俺は感じるんだよ。余計なおせっかいかもしれないけど、たまには小休止もいいんじゃない? ぶっちゃけると、一番の目的は南那ちゃんとじっくり話がしたいからなんだ」
「話なら家でもできますよ」
「言うと思った」

 思わず笑ってしまった。感情表現が控えめな南那ではあるが、付き合いが長くなるにつれて、こう言えばこう返してくるだろうと、なんとなくパターンが掴めるようになってきた。

「俺がさっき言ったこと、もう忘れた? 気分転換するっていう目的、家の中だと叶えられないでしょ。それとも、なに? 外に出たくない理由があるの?」

 南那のまばたきの頻度が増えた。沈黙が五秒ほど続いて、作りかけのハンドバッグが作業台にそっと置かれる。

「そうですね。断る理由はないし、真一さんといっしょに散歩したいです。――ただ」

 一瞬、口元に微笑が灯った。少女らしい、年齢相応のかわいらしい微笑が。

「バッグ、きりがいいところまで作らせてください。三分もかかりません。終わったら外に出ましょう」
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