少女と虎といつか終わる嘘

阿波野治

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 真一が口を動かしているあいだ、南那の顔の向きは八月の風に揺れる竹林から動かない。それでいて、一言一言を噛みしめながら聞いてくれているのが、横顔からは伝わってくる。

 南那はおもむろに真一のほうを向き、儚げな笑みを口元に浮かべた。一瞬でそれを消し去って顔を前に戻し、話しはじめる。

「みんなは、地区長は特にそうだけど、虎に対しては激しい憎しみを抱いていますよね。地区長は虎対策に力を入れているからこそ、前例のない若さでその地位にまで上り詰めたようなところがあって。そんな虎に対する敵意と嫌悪が伝わったからこそ、あなたはわたしにそんな質問をしたんだと思います。ただ仲間が殺されただけでこんなにも恨み、憎しみ、悲しんでいるのなら、虎のせいで父親を亡くした少女は、いったいどんなに深い恨みと憎しみと悲しみを胸に秘めているのだろう、と。
 でも、実はわたし、虎のことはそんなに憎んでいません。今も同じ地区で暮らす住人が被害に遭っているのは、悲しいことだし、嘆くべきことで、一刻も早くこんな日々が終わればいいと願っています。でも、その悲しみとか、嘆きとか、惨劇に終止符が打たれてほしい気持ちは、みんなと同程度ではないでしょうか。家族が犠牲になったから、みんなよりも虎を深く憎んでいる、というわけではありません。一人一人と比較したわけではないのですが」
「……えっと。確認だけど、南那ちゃんのお父さんが虎に殺されたのは事実なんだよね?」
「そうです。殺されました。父親が虎に襲われて殺される瞬間を、わたしはこの目でしっかりと見たし、わたし以外の住人も、父親の体に牙や爪の跡がくっきりと刻まれているのを確認しました。
 虎には恨みや憎しみを抱いているけど、その深さは小毬の他の住人とあまり変わらない。一言にまとめるなら、以上が回答になります」

 再び振り向けられた顔を見て、真一はたまらなく切ない気持ちになった。普段どおりの無表情で、虎に対する恨みや憎しみは人並みだと言ってのけたこと、それが切ない。

「話は変わるようだけど、南那ちゃんは虎となんらかの取引をして、虎に父親を殺してもらったと噂されているそうだね。それは、真実なの? それとも嘘?」

 この質問にはさすがの南那も驚いたらしく、双眸の面積が少し広がり、上下の唇にわずかな隙間が生じた。しかし、表情が元どおりになるまではあっという間だった。体ごと真一に向き直り、風に流れる長い黒髪をさり気なく手で押さえて、こう答えた。

「ノーコメントで」
 体をさらに四十五度回し、竹林に背を向ける。
「もう帰りましょう。そろそろ、日陰を歩いていても暑い時間帯ですから」
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